08.慣れというのは恐ろしい その10
じゃあ、車に気をつけて帰るんだぞ」
「ふっ、心配は無用だ。上官こそ、午後の勤めをしっかり行うのだぞ」
昼休みの終わり間際、俺はケイとシデンを見送るため生徒用玄関に来ていた。
「ねえ、お兄ちゃん、ケイも帰らなきゃ、ダメ?」
くいくいと俺の袖を引いたケイが、小声で聞いてくる。
「おうちと連絡が取れなくなっちゃうけど、いいの?」
そう言いながらも、目はそれ以上に「寂しいよぅ」と言っている。普通ならケータイになってもらってからポケットなりに収めるのだが、今日はそうするわけにはいかない。
なぜか、と説明するまでもない。玄関にいるのは俺だけではないからだ。次の授業に向かうために外から帰ってくる連中や逆に出て行く連中でごった返している上に、うちのクラスから暇な連中が何人も見送りに来ているのだ。
「悪いけど、今日のところは帰ってくれ。残られるのもちょっと問題があるし、な」
「うううううぅぅぅ、わかったよぅ」
相当不満がありそうだが、それでもケイは俺から手を離してくれた。
「では皆の者。我等はこれで失礼する。上官のこと、よろしく頼む」
かわりにケイの手をつかんだシデンが、俺たちのほうを向いて手を振っていた。大げさな奴だな。
だが、うちのクラスメイトはそれに輪をかけて大げさだった。
「またなにかあったらおいで、歓迎するよ」
「他のお姉さんでもいいぞぉ」
と、まるで引越しを見送るかのように、口々に見送りの言葉をかけているのだ。全く、このムダなエネルギーを他のことに費やせというんだ。
そして、二人の姿が見えなくなったとき。
「マサもあなどれないねぇ」
クラスメイトの一人が、俺の肩に手を回してくる。
「あんなかわいい子と一緒に住んでりゃ、他の女には目も行かないかぁ?」
「お前、朴念仁じゃなくて、ムッツリだったんだなぁ」
「さーて、戻るかぁ。色々と聞きたいこともあるしなぁ」
そして、俺は連行されるようにして教室へと引っ張られていった。
ふと、その視界にひとつの白い塊が入ってきた。1匹のネコだ。白地に虎縞という、さっき生徒指導室の窓から見たネコと同じ柄なので、多分同じネコなんだろう。
そいつはすぐにどこかへ行ってしまったんだが、なんか妙に気になった。
気にはなったんだが、その時の俺は両脇をがっちりガードされていたため追いかけることも適わず、俺はそのまま教室へと連行されてしまった。