08.慣れというのは恐ろしい その8
昼飯が終わっても、二人は俺を解放してくれなかった。
「上官よ。どうせこれからすることもないのであろう。貴様が勤めるこの学校を見たい。案内しろ」
昼飯をたいらげたシデンが、いきなりそんなことを言ってきたからだ。
「案内しろっておまえなぁ、本来部外者だろうが、勝手にうろついていいと思っているのか?」
「いいんじゃないの?」
いきなり後ろから女の声がした。振り向くと、なんか笑顔を浮かべた委員長が立っていた。
「昼休みの間だったら邪魔にならないし、せっかく来てもらったんだから案内してあげれば?」
いいのか、学級委員長がそんな校内秩序を乱すようなこと言って。
「上官っ、上官というものは部下の要望に耳を傾けるものであろう!」
シデンはシデンでその言葉を追い風に話を通そうとするし。
「んじゃおいらが案内してやろうか?」
「あってめこの勝手なこと抜かすな!」
「おめーは顔が怖いんだよ!見ろ、怖がってるだろ!」
こっちの男子どもは無責任にもこんなふうに盛り上がっている。おかげでまたケイが怖がって俺にしがみついてくる。
・・・・・・気は進まんが、しょうがない。
「はぁ、全くお前らは人の日常を引っ掻き回しやがって。昼休みの間だけだぞ?」
頭を撫でてやると、ケイはぱあっと表情を明るくした。
「全く、最初からそう言えば良いのだ、気の利かぬ奴め」
腕を組んで、ふふんと言いたげな表情でこっちを見ているシデンも、なんか嬉しそうに見える。
一方で、見事に振られた男子一同と一部の女子はなんか暗いオーラを放ちながらこっちをじっとりした目で睨んでいる。
「さ、さてと、昼休みは限られているから、さっさとまわろうか」
とりあえずそのオーラに捕獲されないうちに、俺たちは教室を後にした。
「しかし、よく考えたらケイは結構この学校のことを知っているんじゃないのか?」
廊下を歩きながら、ふと浮かんだ疑問をケイに投げかけてみる。なにしろケイは元携帯電話であり、俺はその携帯電話をほぼ毎日持って来ていたんだから。
「えー、それはそうだけどぉ、でもケイが知っているのってごく一部だよ?」
「え、そうなのか?」
「だって普段はポケットの中だもん、出してくれた時の光景しかわかんないもん」
「・・・・・・あ、そうか」
そりゃそうだ。擬人化前は動くと言っても震えるだけだもんな。
「なあ上官、何か音楽が聞こえるのだが、これはなんだ?」
「ああ、これはオケ部が練習しているんだ。学園祭も近いしな」
「ガクエンサイ?」
「生徒が主催でやるお祭りだよ。クラスごとや部活ごとに色々な展示や催し物をするんだ」
「ふぅん。ねえ、お兄ちゃんは何をやるの?」
「え?ああ、うちのクラスで中国をモチーフにした模擬店をやるらしい」
「あ、だから昨日、あの委員長さん、紅娘ちゃんに色々聞いてたんだね」
うーん、それは気がつかなかった。昨日は色々な意味ではらはらしっぱなしで、そこまで気が回らなかった。
なんかそんな話をしながら歩いているうちにケイも学校の雰囲気に慣れてきたのか、シデンと一緒に楽しそうにはしゃぐようになってきた。
うん、はしゃぐのはいい。いいんだが、学校中どこを歩いても注目されてしまうのは少々困ってしまった。なにしろ、本来いないはずの年頃の子が、コスプレじみた格好ではしゃいでいるのだ、注目されないわけがない。
生徒ならともかく、先生に見つかったら、これはまずいかも。
「真田君」
そんなことを考えて内心穏やかじゃなかった時に、とうとう声をかけられてしまった。
覚悟を決めて振りかえる。うちのクラス担任の、徳大寺先生がそこにいた。
「真田君、あの子たちは、どこの誰かしら」
そう聞いてくる先生の声は、とても事務的な感じがする。参ったな、徳大寺先生って、意外と校則違反には口うるさいんだよなぁ。
「あ、えー、その、二人とも俺のはとこで、忘れ物を届けに来てくれて、えー」
なんとか言い繕おうと言葉をひねり出す。すると、俺のことを気にしたのか、二人がてててっと俺のところへと駆け寄って来た。
「上官、何奴だこの女は」
先生のことをじろっと睨みながら、シデンが思いっきり失礼なことを言う。
「バカ、何てことを言うんだ、俺のクラス担任だよ」
「えぇっ!?じゃあお兄ちゃんの先生!?」
「こらっ、大声出すなっ!」
シデンを叱るとこんどはケイが驚いた声をあげる。お前はいい子だと思ったのに、なんでそう困らせるようなことを言うんだ。
「ずいぶん、元気な子たちね」
先生の表情も、微妙に引きつっている。非常にまずい兆候だ。
怒られるのは俺なんだぞ、判っているのか二人とも。いや、そもそも数学の教科書を忘れさえしなければこんな事にはならなかったのだ。今度から準備は間違いなく行おう。うん。
そんな自問自答を頭の中で繰り返しつつ、ふと顔を上げると、先生はなぜかケイとシデンのことをじぃっと見つめていた。
「・・・・・・真田君、ちょっと聞きたいことがあるの。二人を連れて、生徒指導室に来てもらえないかしら」
と、先生が妙に改まった様子で俺にそう言ってくる。
これは、お説教かそれとも反省文か。俺は、二人がはしゃぐのをほっといたことを、今更ながらに後悔し、がっくりと肩を落とした。