08.慣れというのは恐ろしい その4
「おっす、モテ男」
学校についてふぅっと一息ついた瞬間、後ろから首に腕を回された。
振り向くとそこにはいつもの坊主頭がいた。
「言っておくが、お前のぶんの弁当はないぞ」
先制パンチを繰り出すと、案の定ヤジローは舌打ちをする。レイカは仕出し弁当屋じゃないんだからそんなのは当たり前だ。ちなみに俺とケイのぶんの弁当はあるから誤解のないように。
「友達がいのない奴だなぁおめーはよぉ」
「メシたかるだけの友達なんかいらん」
そんなやり取りをしていると、扉から入ってきた女子集団の一人が隣の席にやって来た。
「おはようさんどす」
その女子、賀茂さんはカバンを自分の机に置いてから、にこやかに挨拶をしてきた。
うん、京美人の笑顔は絵になる。
「あ、真田はん。きんのはお呼ばれしてもろて、ほんまおおきにな」
そんなことを思っていると、律儀にも賀茂さんは昨日の件のお礼を言ってくる。
「あ、いや、俺は別に何もしてないから、礼なんていいよ」
改めて礼を言われるとなんか照れくさい。が、この一言でやっぱりきてもらって良かった、と思ってしまう。やっぱり、単純なのかな、俺って。
「なんだおまえ、顔赤くしやがって。朴念仁のくせにいっちょまえに照れてんのか?」
「るせぇっ、だいたいてめぇも昨日うちでさんざん食ってったくせに感謝の言葉もねぇのか」
「あらあら、仲がよろしおすなぁ」
「そーなんすよ、こいつとは入学当時からの腐れ縁でして」
「ヤジロー、その言葉昨日から何回言った?」
ジト目で俺がヤジローを見たとき、不意にケータイが鳴る。
「はいもしも・・・」
「おにーちゃんのバカー!」
通話にしたとたん、大声で頭をガンッと殴られた。
「な、なんだよいきなり」
「お兄ちゃん顔が赤いー!浮気者ーッ!スケコマシーッ!」
「・・・・・・ふぅ」
確か、この前もこんなやり取りをしたよなぁ。
「挨拶ぐらい誰だってするだろ、お礼言われてちょっと照れくさかっただけだよ、変なこと考えたわけじゃないって」
「うぅーっ、ホントぉ?」
「ホントだよ、だから機嫌直せって」
そうやってなんとかケイをなだめ、ケータイを閉じてポケットに収めた。
そこでふと視線を感じたので後ろを向くと。ヤジローがニヤニヤして、賀茂さんがにこにこしてこっちを見ている。
「なんだよ、二人とも」
「いや、そうやってるとなんか浮気を問い詰められているみたいだなーと」
「なんだよそれ、浮気も何もそういう相手なんかいないだろうが、今のはうちのケイだよ」
「あぁ、あの大人しかった子どすか。ほんにええお兄はんどすなぁ」
「うーん、まぁお兄ちゃんって呼ばれてるから」
「じゃああのメイドさんには「ご主人様」とか言われてんのか?」
「だから俺のメイドじゃないんだって何回言わせるんだ」
実際は人でもないんだが、口にするわけにはいかないのでそこで黙っておく。
「せや、真田はん。きんのあげたお守り、持ったはる?」
不意に、賀茂さんが聞いてくる。お守りといったらあれのことだろうが。
「あ、ごめん。無くしたら悪いと思ってうちに置いてきた」
「ほんまどすか?」
「ホンマホンマ、なんか学校に持ってきたら盗られそうな気がしてさ」
これは、半分は本当だ。今やクラス男子の羨望の的である賀茂さんの隣の席だってことでクラス男子の大半に睨まれているってのに、そこにその賀茂さんから貰ったものをこれ見よがしに持っていったら何をされるか判ったもんじゃない。
残りの半分は、あの鈴を警戒したからだ。昨日の鈴の一件で、どうやらあの鈴はうちのモノたちが本能的に大嫌いな音を出すことが判ったので、うっかり鳴らしたらケイが人前で携帯電話から人になってしまうかもしれないからだ。
そして正直、俺もあの件で賀茂さんへの警戒心が戻りつつあった。なにしろあのお守りを渡した張本人である。何にも知らないとは思えない。そう考えると、一昨日からの彼女からのアプローチも何か裏があるような気がしてくる。
とはいえ、その”裏”がどんなものかは見当がつかない。心当たりはありすぎるぐらいあるが、それが賀茂さんにどうプラスになるかが思いつかないからだ。
それに、たとえ裏があったとしても、やっぱり美人からのアプローチは嬉しかったりする。
「そうどすか・・・・・・」
俺の返事を聞いて、賀茂さんはちょっとがっかりしたみたいだった。
だが、俺はそれに構っている場合ではなかった。昨日のことを2人組のバカが言いふらしたせいで、クラスの男子から敵視&質問攻めされる羽目になったからだ。
まぁ、あいつらが黙っているとは思ってなかったから予想はできたが、同時に、クラスでの地位が格段に落ちたな、と思い知らされてしまった。