08.慣れというのは恐ろしい その3
朝飯を多めに食って消費した気力・体力を補ったものの、通勤ラッシュでその分も消耗してしまう。慣れれば平気になるんだろうが、さすがに1日や2日では無理だ。
徒歩通学も真面目に考えたが、そうすると1時間ぐらい歩くことになる。歩くのはいいんだがその分早起きしなきゃならなくなるので考えから除外した。バイク通学は、ヒビキなら喜んでやるだろうが校則違反なので却下。チャリ通(自転車通学のこと)は、自転車を買わなきゃならなくなるし、学校に駐輪の申請をしなきゃならないのと、これが一番の問題で、気付かないうちに力が発動して擬人化させちまう可能性があるのでこれも却下。
そうなるとやっぱり電車通学しかない。
慣れるまでの辛抱だ。そう自分に言い聞かせつつ、駅を出たところで壁にもたれて一息つく。
すると、昨日に続いて某宇宙人映画の着メロが鳴ったので、ポケットからケータイを取り出した、そのときだ。
俺の視界の中に、何かが飛び込んできた。
ぽくっ。
とっさに両腕を上げてガードすると、謎の飛行物体はガードされそのまま下に落ちた。
見ると、それはボストンバッグだった。しかも大いに見覚えがある。
「おっす、相変わらずいい反射してんな〜」
顔をあげると、やっぱりあのサッカーバカだった。
「シンイチ、出会うなり人にボストンバッグ投げつけるたぁどういう了見だ?」
そのバッグを投げ返すと、さすがサッカーバカ、サッカーボールのように胸でトラッピングし、そのまま足の甲に滑らせ着地させた。
「ただの挨拶じゃねぇの、そんな目ぇとんがらせんなって」
何をぬかす、そんな挨拶したことないだろうが。
「ちょっとぉ〜、お兄ちゃ〜ん、通話にしてるんだから出てよぅ〜」
そこに、電話の通話口からケイのすねた声が聞こえる。
「悪い悪い、バカに捕まって」
「だーれがバカだよ」
「お前だお前だ」
「そーだそーだ、お兄ちゃんとの時間を邪魔するなー!」
ケイが電話の姿でわいわいとわめく。わめくのはいいんだが、どさくさにまぎれて恥ずかしいことを言うのは止めてほしい。
「あれー?またケイちゃんとラブトークかぁ?」
「お前も乗るな」
顔を出したバカの面に裏拳を入れ、ようとしたがよけられた。
「だってぶっちゃけ羨ましいじゃん。あーんな可愛い子に囲まれた生活なんて」
・・・・・・こいつはやっぱり判ってない。あいつらが一人残らず道具だってことに。気づいていたら大事だが。
「あら、一人じゃ不満かしらぁ?」
「いでででででっ!」
そのシンイチの耳を引っ張っていく奴がいた。うちの委員長、佐伯だ。昨日は気づかなかったが、どうやらこいつらは毎朝一緒に登校しているらしい。
シンイチよ、俺はお前が羨ましい。こう言っちゃなんだが、うちにいるのは元々道具であって「生身の女」ではない。そして「生身の女」にもてた覚えがない俺は、もとモノであっても女の子に好かれるのは嫌ではないのだが、最近になってちょっと寂しいと思えて来ているのだ。
・・・・・・正直、普通の女ではしてくれないようなことまで、さっきされてしまったのは忘れておくことにする。
なんか俺、朝一からちょっと情けない気分になってしまった。