08.慣れというのは恐ろしい その2
「ん゛ーっ!ん゛―――――っ!」
1階に降りて、洗面所の前を通りかかったとき、中から男のくぐもった声が聞こえた。
この家にいる俺以外の男と言ったら鏡介しかいない。朝風呂に入ると言っていたらしいからこの声の主は鏡介に間違いない。
「あいつ、ヘンな声出して風呂に入るんだなぁ」
なんて思いながら通り過ぎようとしたとき。
そのドアのむこうから、何かがドンドンと床や壁を叩くような音が聞こえてきた。
「うふふ・・・・・・らぅえれふよぉ・・・・・・」
ついでに、鏡介と明らかに違う”女”の声が聞こえる。この声はクリンだな。
・・・・・・なんか変だ。風呂に入るのにこんな音するか?
「入るぞ〜」
顔を洗うために洗面所に入る。そこで見たのは。
「ん゛―っ!ん゛―っ!ん゛――――――っ!」
「観念ひてくらはいれぇ、がわんろ限界らんれふぅ」
洗面所の床に半裸で仰向けになり、じたばたと暴れる鏡介と、その上に身を投げ出すように横たわる白い髪のメイドさん、つまりクリンの姿だった。
だが、こんなところで何をしているんだと思ってちょっと覗き込んでみて、絶句してしまった。
鏡介の奴、何をん゛―ん゛―言っているのかと思ったら、口をクリンの手で塞がれていた。が、絶句したのはそこではない。
なんと、クリンの奴、長い舌を出して、鏡介の顔やら耳やらをべろんべろんと嘗め回しているのだ。しかも興奮しているのか、鼻息が荒い。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
なんつーか、朝立ちしたICBMがさらに硬直しそうな光景だ。普通は男が女を押し倒すもんだと思うんだが、逆というのも・・・・・・って違う!
「おい」
「ころ時間らら、ヒビキはんもシデンはんも起きてないでふからぁ」
「ぅおいっ!」
「ひゃいっ!?」
一言では聞こえなかったんだろうか。少し大声で呼びかけると、クリンはびくっと体を硬直させて顔をあげる。
そしてこちらを向くと、長い舌をべろーんと出したまま、いつもは眠そうに半開きにしている目を見開いた。
「あ、あえ?まひゃひとひゃん?りゃんれひょこい?」
「・・・・・・まずは舌を引っ込めてから喋れ」
俺の言葉に従ってか、クリンが舌を掃除機の電源コードのようにしゅるしゅると口の中に引っ込める。
「で、クリン、お前は何をしていたんだ?」
風呂場はクリンのテリトリーだが、今日は服を着ているぶんこっちが有利だ。その優位を保つように、股間のICBMのことを一旦忘れて俺はクリンへ改めて問い掛ける。
「・・・・・・だってぇ・・・・・・」
俺が怒っていると思ったんだろうか、起き上がったクリンがしょんぼりしたクリンが口を開く。
「・・・・・・本来の役目を、果たしたくてぇ・・・・・・」
「・・・・・・は?」
「私ぃ、浴用のスポンジですからぁ・・・・・・体を洗うのが本来の役目ですからぁ・・・・・・そのぉ、どうしても、洗いたくなってしまってぇ・・・・・・」
そう言われて、少し考えさせられてしまう。
人の姿をしているからつい忘れがちになるが、うちにいる連中はそのほとんどがもとは道具だった連中だ。で、道具というのはある用途に使うために存在するから、それが出来ないとなると存在意義が無くなってしまう。
目の前でしょぼくれているクリンの場合、それが「人の体を洗う」ことだが、今のクリンにそんなことをさせたら、正直自制できる自信はない。クリンひとりなら(本人もいいと言っていたし)何の問題も無くヤッてしまうのだろうが、うちにはあと8人もの女がいるのでそんなことをさせたら大騒ぎになってしまう。
クリンもそのへんが判っているからガマンしていたが、それにも限界があるってところか。そう思うと、目の前のクリンが妙に可愛そうになってきた。
「・・・・・・なあ、クリン」
声をかけると、クリンはしょんぼりした顔を上げる。
「じゃあ、顔を洗ってくれ」
「・・・・・・え?」
「これから学校に行かなきゃならないから、朝風呂するほど時間がないんだ。顔だけでガマンしてくれ」
その瞬間、クリンの顔がぱあっと明るくなり、全力で飛びついてきた。
そしてすかさず、俺の顔を満遍なくあの長い舌で舐めまわしはじめる。なんか久しぶりに主人に遭った犬みたいだ、と思っていたのもつかの間、俺の体が、特に股間がヤバイことになってきた。
まず、クリンの舌は、頼んでもいないのに俺の耳や首筋まで舐めまわしてくる。しかも、長さだけでなく形まで変わるらしく耳のせまい所まで舐められ、その度にくすぐったいような妙な感覚が走る。
次に、クリンに抱きすくめられているため、メイド服越しだがクリンの胸、どころか全身が押し付けられている感覚がある。
最後に、興奮したクリンの吐息が嫌でも耳に入ってくる。これがもうダイレクトで、喘ぎ声のようにさえ聞こえてしまうのだ。
なんというか、非常に、ヤバイ。ICBMが、触りもせずに暴発してしまいそうだ。
だが、止めろと言おうにも、俺の口をクリンの手が塞いでいるためうめき声しか出せないし、その力もバカみたく強く振りほどけない。
助けを求めようにも、さっきまでいたはずの鏡介はいつのまにか姿を消しており、さらにドアが閉ざされている。
そして。
「ふぅ、ご馳走様でしたぁ」
クリンの欲求が解消され、ようやく開放された時には、俺は気力と精神力を使い果たしてくたくたになっていた。なんかクリンに色々吸い取られたような気分だ。
こんな理由で言うのもかっこ悪いが、学校に行きたくないと思ってしまった。