07.穏かな日は遠く その36
「でさ、とっとと帰ろうとしたらさ、どーしてもお供させてくれって言うから」
荷物を持たせて、うちまで送らせた、と。やれやれ、バイクが暴走族に説教するとは、世も末だね。
なんて言っている場合ではない。下手すりゃ傷害罪になるんじゃないか、これ。
「先に手を出したのは向こうだから、それは正当防衛ですね。星にするのは過剰防衛になりかねませんが、オートバイを振り回したぐらいで怪我をさせていないなら、障害にも脅迫にもなりませんね。包丁も、氷製ならすぐ融けてなくなるでしょうし」
だが、常盤さんはいくつか根拠を並べて平然と「こっちは悪くない」と言ってくれる。なんか、常盤さんがいれば、多少悪いことをしても無罪に出来てしまいそうだ。うーん、だから偉い悪役は優秀な弁護士を味方につけているのか。まあするつもりはないけど。
それにしても、こいつら、特にヒビキとレイカは、平気で力を発揮しているなぁ。ただでさえ目立つ連中なのに、そんなことをされたら俺はどうすればいいんだ。
「あ、常盤様。そういえば、先日話題になった方が、将仁さんのご学友と一緒に、おいでになったでしょう」
そんな俺の心中など意にも介さずといった感じで、話題はいつのまにか賀茂さんのことに移っていた。
「Oh、そう言えバ、certainlyデース。Indeed、yesterdayのtodayにcomeするとハ、ミーのCPUでもout of expectだったデース」
予想できるわけないだろ、俺だって帰り際まで知らなかったんだから。ついでに言うと、今話題に上がっている賀茂さんはついでだったんだし。
「でも、そなに坏的人には見えなかたアルけど」
「いや、我はあれをなかなかの狐だと見たぞ。こちらが不審に思っていることには気づいただろうにそれに気づかぬ振りをしている」
「きつね、ですかぁ?耳もしっぽもなかったですけどぉ」
「あのね、妖怪じゃないんスから」
そういう鏡介も妖怪みたいなもんなんだが。
「でもでもぉ、あの人、ぜえぇぇぇったい、何か企んでるよぉ!」
その中でそうぶち上げたのは、他でもないケイだった。
「だぁってあの人、お兄ちゃんに何か渡してたもん!昨日はじめて会ったのに馴れ馴れしすぎるよぉ!」
よっぽど気に入らなかったらしい。まだ晩飯の途中だってのにケイの奴は箸を持った手をぶんぶん振り回しながら元気に文句を言っている。おかげで横に座っている俺はいいとばっちりだ。
「ね!ね!シデンちゃんも紅娘ちゃんもそう思うよね!」
「おい、ケイ。まだメシの途中なんだから、箸を振り回すのはやめろって」
注意をすると、ケイはおとなしくなるが、面白くなさそうな顔をして箸の先をがじがじと噛んでいる。俺が賀茂さんから何か貰ったのが相当気に食わないらしい。
「何を貰ったのですか?」
だが、この話になぜか常盤さんが乗ってきた。
「なんか、鈴がついたお守りみたいなのを、貰ってましたよね」
言わなくてもいいのに鏡介が口を出す。
「お守り?」
常盤さんが、箸をおいてからこっちを向く。
「将仁さん。そのお守り、見せてくれませんか?」
なんか、ちょっと目が怖い。目をそらすと、今度はレイカと目が合った。こっちもなんか怖い目をしている。そこで気が付いたが、女性陣全員がなんか黙ってこっちをにらんでいる。
「我々に隠し事をするのか、上官」
箸を置いて、シデンがドスを聞かせた声を出す。俺は、お守りを貰っただけで、他に何も変なことはしてないぞ。
「えーと・・・・・・これです」
このままだとあとでどんな目にあうか判らない(これは鏡介でも肩代わりできないだろうし)ので、あきらめてポケットからあの厄除けのお守りを取り出す。
そして、常盤さんに差し出したとき、お守りについた鈴が、ちりんちりんちりんと澄んだ音を立てた。
その瞬間。
「わぁっ!!!!!!」
耳元で爆発音でも聞いたかのように、モノたちが一斉に飛びのいて耳を押さえたのだ。それも相当のものだったらしく、食事中は箸と茶碗を絶対に離さないヒビキがそれを放り投げてまで耳を押さえているし、表情の乏しいレイカですら眉間に皺を寄せている。素早いケイとシデンはあっという間にそこから姿を消し、メガネッ子コンビのテルミとバレンシアは耳をふさいでその場にしゃがみこみ、紅娘は何を勘違いしたのか頭に鍋を被りながら耳をふさいでいる。クリンに至っては耳を押さえたままひっくり返って痙攣を始める始末。その中で、鏡介は一度聞いたことがあるからか、顔をしかめて耳を塞いでいるが一見すると落ち着いて座っている。
一体、なんなんだ?と思って自分の手の中にあるそのお守りに目をやる。
が、持っていたはずのあのお守りが、手の中から消えていた。