07.穏かな日は遠く その35
将仁が友人を連れてきていた頃。
食材を目いっぱい入れた袋を提げ、ヒビキとレイカはスーパーから出てきたところだった。
そしてその駐車場で、彼女らはあの奇妙な連中と遭遇してしまった。
買い物客でごった返す夕方の駐車場で、暴走族とおぼしき連中が、人の迷惑も顧みずに爆音を撒き散らしながら暴走行為をしていたのだ。
「迷惑な奴らだねぇ」
ヒビキが、その連中を怒り半分呆れ半分といった様子で眺めながらそう口にする。
「まったく、あんな改造しやがって。される側の身にもなれよな、まったく」
「ほっときなさい。そのうち、モノのほうからしっぺ返しされて痛い思いするわよ」
「チッ」
最初はレイカの言葉に従って、舌打ちしながらも無視していたヒビキだったが、そいつらの一人が自分にぶつかりそうな所をバイクで走っていったのを見て、ついに切れてしまった。
「てめーら!」
振り向きざま叫ぶが、すでにヒビキにニアミスしたバイクは走り去っている。しかしヒビキの声は他の暴走族連中にも聞こえていたようで、さっきと別のバイクが近づいてくる。
そっちがそうくるなら。
ヒビキは、振り向きざまそのバイクに乗った暴走族に向けて、食材が目いっぱい入った買い物袋を持ったままの自分の腕を叩きつけた。プロレス技のラリアートだ。そして、それは見事に決まり、食らった暴走族はバイクの上で仰向けにひっくり返った。
そしてそのバイクごとフェンスに激突し、暴走族はそのまま転倒した。
普通、そんなことをすればやった本人もただではすまない、下手をすれば腕を骨折する可能性もある。
だが、ヒビキは薄ら笑いさえ浮かべ、平然と仁王立ちしている。
そんなことをされ、なめられたら終わりな暴走族連中が黙っているわけがない。
爆音を撒き散らすバイクに乗った連中が、駐車場中からヒビキとレイカのまわりに集まってくる。そして、まるで映画かなにかの1シーンのように二人のまわりをぐるぐると回りだす。
「全く、だから無視しなさいって言ったじゃないの」
「けど、あんなことされておとなしくしてなんかいられるかって」
「腹を立てるのは構わないけれど、巻き込まないで欲しかったわね」
その煙の中心で、ヒビキとレイカが戦場に取り残され敵に囲まれた兵士のようなやり取りをする。
と、その二人の前に、ひときわ装飾が多いバイクが停まる。それに伴い他の族連中もバイクを止める。そして、レザーのベストを着た男が、そのバイクから降りてきた。
そいつがこの族のリーダーなのだろう。髪型をリーゼントに決めた体格がいいその男は、威嚇するように肩をいからせながらヒビキのほうへと歩いてくる。
「おいアマぁ。なめたことしてくれんじゃねぇの。どういうつもりだ、あぁ!?」
そして、触りそうなところまで顔を近づけ、巻き舌ですごんでくる。
気が弱い一般人であれば、縮み上がって何も出来なくなるだろう。だが、ヒビキは違った。
「顔が近いんだよ、うっとうしい」
ちぢみあがるどころか、平然とそう言い返したのだ。
「て、てめえこのアマ!」
その一言で頭に血が上った族のリーダーは、反射的にヒビキの胸倉に掴みかかる。
「最低だね、女に手ぇ上げるのかい」
だが、ヒビキはそれに対して静かに言い返した。
そして、自分を掴んでいる族のリーダーの手首を握り返す。
「んがあぁっ!?」
すると、リーダーが悲鳴をあげ、そして手を離す。
「やられたらやり返すのが、あたしの主義でね」
すかさず、ヒビキの手がリーダーの胸倉を掴み、そして片手で軽々と持ち上げる。
「しばらく、頭冷やしてきな!」
そして族のリーダーを掴んだまま、ヒビキは数歩助走をつけると、槍投げのようなモーションでその腕を思いっきり空へと振りぬいた。
「うひゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」
今まで誰にも聞かせたことがないような情けない悲鳴をあげながら、リーダーの姿が空に吸い込まれていく。やがて、きらーんという輝きを残し、族のリーダーは星になった。
「こ、このアマ!」
その光景を見て浮き足立った暴走族のメンバー数人がかかっていく。だが、次の瞬間その足が止まり、そして情けなくも残らず腰を抜かしてしまった。
その前に、怖い顔をしたヒビキが立っている。だがそれだけなら怖くはない。怖いのは、その頭上に高々と掲げられた右手、そしてその上に乗っているものだ。それは、さっき空に消えていったリーダーが乗っていた、大型バイクだった。大の男でも全身を使わなければ起こすことすらできないようなそれを、目の前の女は片手で、しかも軽々と持ち上げているのだ。
「どうすんだい?やるんだったらあたしは構わないぜ?おら!」
挑発的なことを言いながら、ヒビキは右手を大きく振り回す。それに従い、彼女に掴まれた状態の大型バイクがうなりをあげて空を切り、腰を抜かした族連中の頭上をかすめ、そしてヒビキの頭上に再び戻ってくる。
「ば、バケモノ・・・・・・」
蒼白になった族の一人の口から、そんな言葉が漏れる。
「おおおおい女!おおおおとなしくしろ!」
ライダースーツの女は、相手にしたら命がいくつあっても足りない。そう思ったのであろう族の何人かが、どこからかナイフやら特殊警防やらを取り出し、今度はレイカにかかっていく。
「全く、これから帰らなくてはならないというのに。食材が痛むわ」
しかし、レイカは自分が攻撃の対象になったのに、いつもどおり落ち着いている。その右手が、さりげなく左の袖に差し込まれている。
と同時に、レイカの体が踊るようにくるりと回転し、白い着物の袖と癖のない黒髪が広がる。それと同時にひゅっとそのレイカの前の空間が切り裂かれ、族の足が止まった。
再び正面を向いたとき、レイカの右手には、街中で持ち歩くと間違いなく銃刀法違反になりそうな、抜き身の刀のような巨大な刃物が握られていた。
レイカの得意技、氷の柳刃大包丁だ。それを、レイカは頭の上で軽く振り回すと、その包丁を正面に構える。その姿はまるで絵画のように美しいものだが、それ故に静かな迫力を感じさせる。
「仕方ないわね、相手してあげるわ」
そして、整った口元をくっと上げる。
「こ、このっ」
それを見た暴走族の2人がナイフを振り上げた瞬間。鋭い金属音と共に、そのナイフが宙を舞い、地面に転がった。
レイカの包丁が弾き飛ばしたのだ。
そして、冷たい目でその一人に向けて包丁の切っ先を突きつける。
「さぁ、どうすんだい?」
そこに、バイクを片手で掲げたヒビキが近寄ってくる。
「お、おい、もしかしてこいつら、うわさの」
「すっ、すいませんでしたーっ!」
こんな連中を相手にしていたら、命がいくらあっても足りない。そう悟った瞬間、暴走族一団はその二人の足元にひれ伏していた。