07.穏かな日は遠く その33
ぱたんとドアが閉まって、やっとうちを騒がした連中が姿を消す。
「ふぅ〜・・・・・・」
ここ数日で何度目かの、身がしぼむような息を吐く。なんか寿命が数年分縮んだ気分だ。
よく考えたら、こいつらしょっちゅう外出しているし、そこで人目にさらされているし・・・・・・まてよ、確かこいつら、街中で空を飛んだり時速80キロで走ったり人を氷漬けにしたりしている・・・・・・けど、モノだからってことは判ってないよな。
「お〜に〜い〜ちゃ〜ん?」
その俺の背中をくいくいと引っ張り、恨めしげな声を出す奴がいる。
振り向くと、とっても不機嫌、を通り越して恨めしそうな顔のケイが、俺を見上げている。
「出して」
そして、なんかくれってな感じで手をこっちに差し出す。が、声のトーンの低さはただの「なんかくれ」って感じではない。
「へ?何を?」
「さっき、賀茂さんから何か貰ったでしょ。出して」
「うぇっ!?」
思わずポケットの中に手を突っ込んでしまう。そこには、さっき賀茂さんからもらったお守りが入っているのだ。
「出してっ!」
すると、ケイが獲物に襲い掛かる肉食獣のごとき動きで俺の手に飛びかかってきた。
酔っ払ったときといい、こいつはどこかネコっぽいところがある。ってそれどころではない。
取られたらどうなるかわかったもんではないので、すばやくそのお守りを指に引っ掛けて引き出し、高々と差し上げる。ケイは俺より頭一つ小さいしそのぶん各リーチも短いからこれで届かない。
「わーんっ、それお兄ちゃんが持ってちゃだめ〜っ、ケイに渡すのぉ〜っ!」
ぴょんぴょんと俺に飛びつくきながらケイはそのお守りを取ろうとする。ちなみにそれをやろうとするのはケイだけで、他のモノは仲のよい兄妹がじゃれているのを見守るかのように楽しそうに眺めているか、そそくさとそこから離れて自分の仕事、もしくは手伝いに取り掛かるかだ。
「これは俺が貰ったんだ、だから俺のもんだろ!」
「や〜っ、やだ〜っ、持ってちゃやだ〜っ!」
なんか知らんがそこでもみ合いになる。なんでそこまで執着するんだ。
ちりんちりん。
そうやってもみ合っていると、お守りについていた鈴が鳴った。まあ頭の上に掲げてあれだけ暴れれば鳴るのは当たり前だ。
だがその瞬間、おかしなことが起きた。
あれだけ暴れていたケイが、一瞬体をびくっと震わせると、耳を押さえて俺から飛びのいたのだ。
「ど、どうしたんだ?」
「や、やっぱりいらない!」
そしてくるりときびすを返すと、リビングへと逃げるように消えていった。
「どうしたんだ、ありゃ?」
「その、鈴のせいじゃないですか?」
次に声をかけてきたのは鏡介だった。だがこいつの場合、このお守りを俺から取り上げようとする気配はない。
「その鈴の音ですが、将仁さんはどう思います?」
と思ったら、妙なことを聞いてくる。手の中にあるそのお守りの鈴に目をやるが、そこにあるのはどうってことはない、直系5ミリ程度の金と銀のめっきがされた鈴だ。
ためしに、自分の耳元で鳴らしてみるが、そこから聞こえる音も、ちりんちりんというごくありふれた鈴の音だ。
だが、ふと横を見て、俺はその音がどこか普通ではないことに気づいた。
鏡介が、なにか嫌な音でも聞いたように両耳をふさいで顔をしかめている。そして、いつのまにか俺から数歩離れていた。
「・・・・・・なんか、嫌な音ですね」
「そうか?俺はどうとも思わないけど」
「本当っすか?」
鏡介が、とっても嫌そうな顔でそう聞き返してくる。こいつにとっては、この鈴の音は「なんか嫌」な音のようだ。
お守りの本体、というか赤い紐細工の部分を見ると、金糸で「厄除け」などと書かれている。つーことは、このお守りは厄を除けるもので・・・・・・じゃあなにか、このお守りについている鈴の音が嫌いなケイや鏡介は災厄だってことか。そんなアホな。
しかし、考えてみりゃ、災厄とは言わないが、妖怪に近いといえばそうともいえる連中だよな。
「でも、ま、この音が嫌なら、みんなの前には出さないようにしとこうか」
俺はそう言いながら、そのお守りをポケットの中に押し込んだ。