07.穏かな日は遠く その30
「あんたたち、将仁のクラスメイトなんだってな。あたしは川杉響。一応、将仁の親戚ってことになってる。よろしく頼むわ」
「私は、この家の食事と栄養管理を担当している、氷室怜香よ。よろしく」
「そういえばご挨拶していませんでしたぁ。私ぃ、こちらに住み込みで働いていますぅ、安房久倫と申しますぅ」
3人が自己紹介して、ようやくこちら側全員の挨拶が完了した。驚いたことに、ケイ以外はみんな真田以外の姓を名乗り、この共同生活が始まるまでまったく関係が無かったことを強調している。
モノたちの努力に、俺は頭が下がる思いだったんだが。
「んじゃ、マサ、えーと真田の弁当を作ったのは、氷室さんだったんですか?」
「ええ。それも仕事のひとつだから」
「あー、そ、そうだったんですか、そうっすか、仕事っすか」
「なに?何か言いたいことでもあるのかしら?」
「あ、そのー、マレー語とか、判るのかなーと」
「へ?あたしがかい?」
「ええと、マレーシアとのハーフなんすよね、ヒビキさんって」
「あ、あー、そういうことかい。残念だけど、あたしゃ物心付いた時から日本に住んでいたもんでね、日本語しか判んないんだわ」
「Why ユーはsuchなことをinquireするデース?」
「そ、それは、その・・・・・・ねえ」
「But、このspec も、なかなかhardデースよ?Stiff backはhaveしてしまうシ」
「・・・・・・いやみにしか聞こえない」
「そういえば、貴様、京の都の生まれだそうだな」
「はぁ?あ、へぇ、そうどすけど?」
「京の人間は、靖国をどう受け止めておるのだ?」
「ヤスクニ?靖国神社のことどすか?」
「他にあるまい。支那の者どもや半島の輩は英霊の眠る地を目の仇にしておるが」
「どうと言わはりましても・・・・・・うちは、そんなに気にしてまへんえ?」
「気にしてない?」
「どこにあっても、お社はお社でっしゃろ?」
それに気づくやつはいない。それだけ作りこまれた設定だってことなのかもしれないが、ここまであっさりスルーされるとなんか不憫になってくる。
「ま、いいか。変なこと言われなけりゃ」
さっさと頭を切りかえると、俺は席を立った。
「あれ?お兄ちゃんどこ行くの?」
「ん、ちょっと着替えてくる。うちにいるのに制服でいることもないだろ」
「うん、わかった」
「行ってらっしゃいませ」
ケイとテルミに見送られ、俺はリビングを後にし、ようとしたときだ。
「そう。あなたも、お弁当を作ってほしいのね?」
レイカの声が聞こえた。ちょっと気になって覗いてみると、ヤジローがレイカと向き合っていた。
「いいんすか!?ホントすか!?」
「別に構わないわよ。1つ作るのも2つ作るのも3つ作るのもそんなに手間は変わらないもの」
そして、レイカは軽く微笑んだ。整った顔からのそれは見ていてもなんかいい。
いいやつだ。と思ったんだが。
「ただし、タダというわけにはいかないわね」
その笑みを浮かべたまま、レイカは何とも冷たいことを口にした。
「おい、金とるのかよ!?」
「当たり前でしょう、こっちは仕事でやっているのだから。将仁君の友達だからといって、それだけでそこまでしてあげるいわれは私には無いもの。それに材料費もタダではないし」
びっくりして質問したら、レイカの奴は平然とそう返しやがった。
「そうね、まずは代金から。みんな学生でお金がないだろうから、1食につき500円にしておいてあげるわ。それから、容器は自分で用意して、自分で取りに来ること。そして、嫌いなものがあったとしても残さないこと。どれか一つでも守れなかったら契約はそこまで、再契約は無いと思いなさいな。ああ、それからもうひとつ。将仁君に持って行かせるのも不可ね」
前言撤回。なんつーことを言うんだ、こいつは。ヤジローのやつは、そんな生っぽい話をされたもんだから唖然とした顔をしちゃってる。
でもまあ、ヤジローのぶんの弁当を学校に持っていくのは確かに嫌だ。
気を落とすな。そういう思いを込めて、ヤジローの肩をぽんぽんと叩いてやった。
どうも、作者です。
ちょっと、モノの名前についてコメントの続きを。
バレンシア:マックィーン・・・この世界の、バレンシアと同じメーカーのパソコンの名称。
クリン:安房・・・もともとは「あわ」という読み方だったが、そのままでは面白くないのでちょっと読み方を変更。
ヒビキ:川杉・・・カワスギというメーカーのバイクだったから。
レイカ:氷室・・・雪女のイメージと冷蔵庫のイメージから、昔からある「氷室」を連想したため。
ちなみに、現実世界ではどこに該当するかは、言わなくても判ると思います。
ご意見・ご感想などお待ちしています。
では、続きをお楽しみください。