07.穏かな日は遠く その28
そんなとき。今度はヤジローが顔をあげた。
「何の音だ、これ」
言われてみて耳を澄ますと、わずかにではあるが家の外から自動車やバイクの排気音みたいな変な音が聞こえてきた。それも、俺たちが住んでいる閑静な住宅街にはおよそ似つかわしくない、俗に暴走族と呼ばれる連中の車やバイクが出すような騒々しいものだ。
「なんだよあれ、うるせぇなぁ」
窓の外をちらりと見て、さも鬱陶しそうにヤジローが呟く。音の感じからして、まだ窓からみえるほど近くではなさそうだが、俺からしても確かに気にはなる。
「なぁ、あれ、あの音、近づいて来てまへん?」
そして、賀茂さんが言うとおり、その爆音はだんだんと大きくなってくる。そして、大きくなるに従い、それが1台や2台じゃないことがはっきりと判るようになった。
うちに関係あるバイクといえばヒビキだ。今は外出しているし、元のバイクの時に排気音がでかかったから判らなくはないんだが、あいつは一人しかいないから「複数」ってのはありえない。
「ちょっと見てくる」
野次馬根性旺盛なシンイチが立ち上がったのをきっかけに、うちのモノたちやヤジローたちがぞろぞろと野次馬と化して外を見る。行動力のある連中になると靴をはいて外に出てみたりする。実は俺もその一人だった。
そして、俺が家の前に出ると、ちょうどその騒音の元が、30mぐらい先の曲がり角を曲がって姿を現したところだった。
案の定、それはバイクだった。しかも10台ぐらいの集団だ。そしてそのバイクは、風除けにごてごてした装飾がついていたりマフラーが長かったりと、改造していないのが見当たらない。
さらにはその中に1台、紫色のワゴン車が混じっており、そいつにも羽みたいな奇怪な装飾がついている。
そして、そのバイクに乗っている連中も異様だった。いわゆる暴走族、最近では珍走団とか言われている、特攻服と称されるなにがかっこいいのか理解に苦しむ改造学生服みたいなのや、派手なワッペンや刺繍がついたライダースーツを着込んだやつらだ。中にはもう時代遅れな応援団の旗みたいなものを掲げた奴もいる。
だが、そんな外見に似合わず、そいつらは妙にふかす事も(うるさくなるような改造をしているんだからそれでも十分うるさいんだが)変なスピードを出すことも危ない運転をすることもなく、気持ち悪いぐらいに模範的な運転をしながら、こっちに向かって走ってくる。
なんだありゃ?と思って見ていると、そいつらがうちの前にせまって来たので、さっさと通り過ぎてくれと思いつつ道をあける。
だが、その妙にお行儀のいい暴走族の、唯一の四輪走行であるあの紫色のワゴン車が、なぜかうちの家の前でききーっとブレーキ音を立てて停止した。それに伴い、他の族連中も停止する。
と同時に、その特攻服やライダースーツを着込んだ連中がものすごい勢いでバイクから降り、紫色のワゴン車のまわりに集まってくる。
その中の一人が、そのワゴン車のスライドドアに手をかけると、あっけに取られて見ている俺達の前で一呼吸置いてから、がきょんとそのスライド式のドアのロックを外す。
「お疲れさんっしたッ!」
「「「「「「「お疲れさんっしたッ!!!!!!」」」」」」」
その瞬間、リーダー格らしい奴の声に続いて野太い野郎どもの大音声が響き、特攻服の男たちが一斉に頭を下げる。
なんなんだよ、これ?なんてことを考えている俺たちの目の前で、ドアが開いたワゴン車の中から聞き覚えのある女の声がした。