07.穏かな日は遠く その26
「Hello. ミーは、Valencia McQueenと言いマス。At first, this houseについてexplainしマース」
どうにも怪しい、というよりうさんくさい口調だが、それでも聞いていると、内容は以外にまともだった。
最初に、この家が「弁護士の常盤」つまり常盤さんの持ち物で、他のメンバーはそこに「とある事情で」一つ屋根の下で生活をしていることを説明した。
次に、この家に今いる連中の関係についての説明になったんだが、実のところこれが結構すごいことになっていた。
まず、俺が家の外で話した「親戚」は、俺、ケイ、鏡介、シデン、紅娘と、外出して不在のヒビキの6人に絞られていた。鏡介はさっき俺が言ったとおり「別々に引き取られ、生き別れた双子の片割れ」ケイは俺から見て「父方のはとこ」シデンは「母方のはとこ」とされていた。そして、その格好と時々口にする中国語、そして何よりあのインチキくさい喋りのせいで日本人に見えない紅娘は、「中国残留日本人孤児の孫」という、ないことはないだろうが少々無理のある設定になっていた。なお、今ここにいないヒビキについても説明があり、そこでは「父方の親戚がマレーシア人女性との間に設けた子」という、ベタといえばベタだがちょっと問題がありそうな設定だった。
そして、親戚ではないとされたメンバーのうち、バレンシアは自分を「日本の法律を勉強するためにアメリカからツテを伝って常盤弁護士の元へ来て、住み込みで働いている助手」と説明。テルミとクリンは、「大所帯になってしまったこの家の家事を切り盛りするために、常盤弁護士に雇われた家政婦」ということにされており、レイカは、「栄養管理のために常盤弁護士に雇われた調理師」ということになっていた。
そして俺たちと常盤弁護士との関係だが、バレンシアはそこでとうとう「遺産」という言葉を使ってしまった。とある人物(具体的な名前は出さなかった)の残した遺産を継ぐ資格を有するのが俺達6人であり、どうやって分配するかを決めるために集まってもらったのだそうだ。さすがに遺産総額や分配方法についてはぼかしていたが、それでも高校生に対しては少々刺激の強い話だ。
この設定について、うちのモノたちの間ではちゃんと話し合いがもたれていたらしく、誰も異論を唱えなかった。あえていえば、ここでそれを初めて聞いた俺が、一番違和感を覚えていると思う。
正直、電話をしてから俺が帰ってくるまでの間にこれだけの設定をよく作ったもんだと、ちょっと感心してしまった。
「And so, Miss Tokiwa andミーは、the estate(遺産) がfairly(正当)にsplit(分配)されるヨウ、lawyer(弁護士)とシテobserve(監視)しているのデース。Do you understand?」
最後にそう言って、バレンシアの説明は終わった。
「おいマサ、なんで黙ってたんだよ?」
「ホントに金持ちになれそうじゃんか」
最初に反応したのは、シンイチとヤジローだった。俺の両脇にやってくると、いきなり肩を組んできて、左右からグリグリとウメボシをしてきたり、ゴツゴツとコブシで小突いてきたりしてくる。
なんか悪意が込められているような気がする。それが証拠に。
「こんだけ美人に囲まれて、さらに金持ちになるだなんて、羨ましいじゃねえかこの野郎!」
「明日からしっかりタカってやっからな、覚悟しろよ?」
リビングの床に引き倒され、二人からチョークスリーパーやら腕ひしぎやらを仕掛けてきやがった。これが結構マジで痛い。
「コラ、痛い、痛いっ!離せ、マジ痛いって!」
俺も結構本気で叫んでいるんだが誰も止めてくれない。というのも。
「あーあ、はしゃいじゃってもう」
「いいなー、ケイもあんなふうにお兄ちゃんとじゃれてみたいなー」
「上官も大げさだな。あんないい加減な技、痛いわけがなかろう」
と、誰一人俺の危機を察してくれない。
「い、いい加減にしろーっ!」
渾身の力を振り絞り、暴れようとすると、二人はぱっと手を離しやがった。