07.穏かな日は遠く その21
「ほんまにそないお熱いもんなんどすかぁ?・・・・・・ふぁっ」
ちょっと大げさに見えるシンイチとヤジローの様子に呆れながら、賀茂さんが小籠包を箸でつまみあげ、一口かじる。その瞬間、細い眉が八の字になった。
「あ、あっひゅ、あっひゅ、あひゃいわ、ほんわ」
そして、口元を押さえて奇妙な言葉を口にする。
「はぁ、はぁ、な、なんえこれ、むっちゃ熱い何かがでてきはったえ!?いきなりやったから、つい飲み込んでしもたわ」
その瞬間、耳を疑ってしまった。まさか聞き違えかと思ったが、周りを見るとみんな驚いた顔をしている。ということは、みんな同じ言葉を聴いたってことだよな。
「え?え?うち、なんぞけったいなこと言うた?」
判ってないのは、賀茂さんだけらしい。まさかと思うが。
「もしかして、賀茂さん、小籠包を食べたことがないの?」
俺が疑問に思っていたことを、委員長が聞いてくれた。委員長も同じことを考えていたということだろうが、でもいまどき?と思ったんだが。
「う・・・・・・へえ、そうなんどすわ」
どうやら賀茂さんは本当に小籠包自体を知らなかったらしい。さらに話を聞いてみると、なんと賀茂さんは、中華料理自体ほとんど食べたことがないそうだ。
「アイヤー、日本の人なら皆知てると思たから小籠包にしたアルのに。餃子のほが良かたアルか?」
「我でも知っておるというのに、真に珍しい奴だな」
「シデンちゃん、そんなこと言っちゃダメだよぉ」
うちのモノたちがそんなことを言う。俺としては、ちょっと前まで人ですらなかったお前らが知っていることのほうが不思議なんだが。
こんこん。そこに、ドアをノックする音がした。
「将仁さん、俺っす。入っていいッスか?」
そしてドア越しにそんな声がする。男の声ってことは鏡介か。
「ああ、いいぞ」
俺はそう答えた。すると、がちゃという音とともにドアが開いた。
「おまえん家、ずいぶんと大所帯だなぁ。まだいるの・・・・・・」
ちょっと呆れ気味のシンイチの言葉がそこで切れる。シンイチだけじゃない。ヤジローも、委員長も、賀茂さんも、入ってきた奴の姿を見て、自分の目を疑っているみたいな表情をしている。
そういえば忘れていた。うちの連中に会わせるのは、これが初めてだったんだっけ。何も予備知識がないところに、俺とそっくり、どころかマジそのまんまな奴が現れたんだから、そりゃ驚くわな。
「あ、お客さんがいたんですか、ってどうしたんスか、みんな固まっちゃって」
「悪い、お前のこと紹介するの忘れてたんだ」
鏡介は鏡介で、何を驚いているといった風情だ。仕方が無いので、また俺がフォローに回ることにする。
「こいつ、鏡介って言ってさ。えーと、俺の双子の弟なんだ。んー、俺らがずっと小さい頃に別のところに里親に出されたらしくてさ、音信不通だったんだ」
俺、嘘が上手くなったな。いいことなんだろうか、悪いことなんだろうか。
「ども、はじめまして。加賀見鏡介っていいます。よろしくたのんます」
そうやって鏡介が頭を下げると、ようやく納得したらしく委員長たちの硬直が解けた。
「そ、そうなんだ、真田君って、双子、だったんだ」
「双子って、ホントにそっくりなんだな」
そうはいってもやはり、俺がもう一人現れたようなものなので、驚きの色は隠せないようだ。無理もない。初めて現れたときは、モノたちですら悲鳴をあげて驚いていたぐらいだからな。
だが、そのとき部屋に入ってきたのは、鏡介だけじゃなかった。
どうも、久しぶりにあとがきを書く作者です。
ちょっと、擬人化たちの苗字についてコメントします。
テルミ:三石・・・ミツイシというメーカーのテレビだから。
シデン:中嶋・・・ゼロ戦のエンジンを開発し作っていたメーカー・中島飛行機より。
ケイ:真田・・・苗字を決める、という話をきいていなかったため、とっさに主人公と同じ名前を出した。
紅娘:李・・・擬人化する前に使われていた中華飯店の主人の苗字。
鏡介:加賀見・・・そのまんま、鏡から。
ちなみに、まだ出てきていない擬人化たちにもちゃんと苗字がついています。
そのうち出てきますので、楽しみにしていてください。