07.穏かな日は遠く その19
「おーい、紅娘。今、手ぇ離せるか?」
カウンターからキッチンを覗いて声をかけてみる。
「はいはいはーい、今行くアルー!」
すると、返事と同時に、紅娘がすっ飛んできた。
「あっ、ニーハオ!ワタシ、李紅娘アル!ヨロシク!」
そしてカウンターから半身乗り出し、満面の笑みを向ける。何も言ってないのにたいした洞察力だ。それともただ単に愛想がいいだけなのか。
「あ、うん、よろしく」
それに圧倒されたのか、委員長も苦笑しながら頭を下げる。
そんなやり取りを横目に、キッチンの中を見てみると、色々使ったはずなのに綺麗に片付いている。レイカもそうなんだが、料理が上手い人は、料理が終ると後片付けも終っているというが、使う本人が元々台所用品だっただけに、いっそうその気持ちが強いのかもしれない。
唯一使われているのと言えば、コンロの上に乗せられた、紅娘の本体とも言うべきあのでかい中華鍋だ。自分の一部を火にかけて大丈夫なんだろうか、とは考えないことにする。元々そうやって使われるものだし、何より鍋いっぱいの水を煮立たせる熱量を自力で出す程だから熱いのには慣れっこなんだろう。そう自分を納得させる。
そして、その鍋の中から、肌色っぽい直径30cmほどの円柱状のものが生えている。あれは、蒸篭だろうか。知らなかった、中華鍋って蒸し料理にも使えるんだ。
紅娘の料理の腕前は、さすが元調理器具だけあり、中華料理を作らせたら天下一品だ。台所を管理するレイカの存在もあり、実際に作ったのは彼女がうちに来たその日だけだが、そこで彼女が作った料理はレイカのそれと張り合えるほどに旨かった。
そんな紅娘の作る本場点心だから、期待も高まるというものだ。
「どしたアル、もしかしてもう待ちきれないアルか?」
色々と考え事をしていたら、にゅっと出てきた紅娘に声をかけられた。
「ん、あ、そうだな〜、いい匂いしてるし、何作ってんだろうなーって」
「んふふ〜、それは秘密アル。もうちょとで出来るアルから待ってるヨロシ。ね♪」
うーん、気になるが、そう可愛らしく指を立ててウインクされては文句も言えない。
「・・・・・・しょうがねぇなあ」
足取りも軽くコンロのほうへと進む紅娘を見送り、テーブルのほうへと向かう。
「ほら、湯呑を出すがいい。茶を注いでやろう」
「ありがとうございます・・・・・・俺が客なのに」
なんかヤジローの奴、シデンに完全に下に見られてるな。
「あら、でもこのお茶すごく美味しい」
「ほんまやわ。宇治のお茶さんにはかなわんけど、中国茶もなかなかええもんどすなぁ」
いつのまにか戻った委員長と賀茂さんは茶飲み話を始めてるし。
「・・・・・・俺、もうちょっとぬる目がいいんだけど」
「え、ええっと・・・・・・紅娘ちゃーん、ちょっとぬるいお湯ってあるー?」
「あ、いいっていいって、ちょっと待てば冷めるから」
自分の言葉を聞いてケイがてけてけとカウンターのほうへ向かったのを見て、シンイチは慌てて止めたりしている。
なんかもう、まったりとした時間に突入しているな。