07.穏かな日は遠く その17
「えーと、こいつの実家って色々厳しいところみたくてさ。なんとかいう武術を教えていて」
「零式柔術だ」
こいつのオリジナル苗字は中嶋か、と思う間もなく自己紹介が終わってしまったので、ちょっとフォローを入れる。すると、すかさずシデンが返してきた。
「零式?聞いたことないな」
「柔術自体、私たちには縁が無いからね」
シンイチたちが口々にそんなことを言う。当たり前だ、俺も今日始めて聞いたんだ。
「ふん、当たり前だ。零式柔術は、その成り立ちからして秘密が多いのだ」
すると、不意にシデンの口数が多くなった。
「零式柔術とは、第二次世界大戦時に日本軍が編み出した格闘術のひとつで、相手を手早く沈黙させることに重点を置いたものだ。だが沈黙させると言っても永遠に沈黙させてはならない場合もあり・・・・・・」
もうすっかりいつもの調子に戻ってしまったようで、零式柔術とかいうあの武術?のことを得意になって話し始める。そんな設定があったとは知らなかったので、俺もちょっと関心を持って聞いてしまった。
聞いていると、不思議と矛盾がない。もしかしたら、俺らが知らないだけでそういう武術が実際にあるのかも知れないと思わせるものだった。事実、矛盾があると必ずツッコミを入れる委員長ですら感心して聞いている。
そうしているところで、ドアがばんっと開けられて、誰かが入ってきた。
「お兄ちゃんおかえりなさーい!」
その誰かは、そう叫んで俺に飛びついてきた。まあこんなことをする奴は一人しかいない。さっそく変身して来たのか。
「おー、ケイか。ただいま」
そう言いながら、俺の胸元に抱きつくケイの頭をなでる。するとケイも満面の笑みで俺を見上げる。・・・・・・なんか、幸せだ。と思ったとき。
「おにぃちゃんだぁ?」
そんな頓狂な声が背後からした。
振り向くと、シンイチのやつがあっけに取られた表情でこっちを見ている。
「おい、マサ。お前、妹なんかいたのか?」
その目がなんか羨ましそうだ。知らなかった、こいつって妹好きだったのか。そういえばこの前、「お兄ちゃんなんて呼んでくれたらもう」なんて言ってたよな。今朝はロリコンはいかんと言っていたが、お前がロリコン(というには少々育っているが)だったってことか。
そんなことを考えていると、いつのまにかケイが俺の後ろに回ってうちのクラスメイトたちをこっそりと覗いていた。明らかに警戒している。
「ちょ、ちょっとシンイチ、怯えているわよっ」
「お、おいらに言うなよぉ」
「なに言ってんの、あんたが無用心に聞くからじゃないのっ」
「だっておいら聞いたこと無かったんだもんよ、マサに妹がいるなんて」
「そんなわけないでしょ、親戚だって真田君も言ってたじゃないのっ」
なんかシンイチと委員長が小声でやり取りをしている。シンイチが時々委員長に小突かれているのが、二人の力関係を如実に現している。けど、まあこっちは大丈夫だろう。
「あらら、難儀どすなぁ」
賀茂さんはそれを見てか、困ったような笑顔を浮かべているし。
「ううぅ、なんでマサばっかり」
「こらそこっ!私を無視するなっ!」
「アッー!」
こっちではヤジローがシデンにひっぱたかれているし。
と、そのシデンがツカツカとこっちにやってくると、ケイに視線を合わせるようちょっと身を屈めた。
「ケイよ、この連中は怖くはないぞ。不届き者は我がすでに成敗してある」
そしてケイにそう言う。成敗というのはさっきヤジローにやったアレだろうが、確かに痛そうだったな。そのせいかヤジローもちょっとシデンに対しては萎縮しているっぽい。
「ほら、お客さんだぞ。挨拶しなさいって」
俺からも背中を押してやって、やっとケイが出てきた。
「あ、こ、こんにちは。真田蛍、です」
そしてぺこりと頭を下げた。