07.穏かな日は遠く その15
「わ、あいったったったったいっ」
その手が、ちょっとヤジローの手をひねる。するとまるで電気でも流れたかのように、ヤジローの手が俺の胸倉から離れた。
「どこの馬の骨か知らんが、貴様、我が上官に手を出すとはいい度胸だな」
幼いわりにドスのきいた女の子の声とともに、手をひねり上げられ、ひっくり返る寸前の体制でヤジローが引っ張られていく。
手を掴んだ深緑色の着物の袖に、真っ赤な日の丸が描かれていた。シデンだ。まあ、俺のことを上官なんて呼ぶのは奴ぐらいだが。
「ていっ!」
「ぐえっ」
そして、俺から数歩離れたところでシデンが気合を入れると、ヤジローは轢かれた蛙のような声をあげ、べしゃ、と潰れた。
「て、な、何しやがる!」
「とうっ」
「ふげっ」
いきなり潰されて面白いわけが無いヤジローは当然のように掴みかかるが、体育の授業ぐらいしか格闘技の経験が無いヤジローがシデンの相手になるはずも無く、今度は一瞬で宙を舞ってから床に叩きつけられる。
「上官。無礼者を処分してやったぞ。感謝するがいい」
何があったか判らないといった様子でひっくり返っているヤジローを尻目に、シデンは意気揚々と俺のところへ戻ってきた。
「え、ええっと、あなたは?」
だが、その様子を見ていた委員長に声をかけられると、いきなり機嫌の悪い表情になった。
「貴様こそ何者だ」
そして、じろっと佐伯をにらみつける。あいかわらずけんか腰だな、こいつは。
こんな対応をされれば、委員長もむっとなる。
「なっ、何よ、聞いているのはこっちよ」
「人に名を尋ねるなら、まずは自ら名乗るのが礼儀であろう」
「ちょっと、こっちは客として来ているのよ。それ相応の対応ってものがあるでしょう」
「ふん、聞いているぞ。お前たちは本来招かれざる客だ」
その瞬間、きっ、という音がしそうなほどに鋭い視線を、委員長がこっちに向ける。
「ちょ、待て、俺はそんなこと言ってないぞ」
「聞かずともその程度のこと、上官の表情でわかる。伊達に共に暮らしてはおらぬ」
俺のかわりにシデンの奴が得意げになって答える。なんかシデンの奴、調子が出てきたのか、口数が多くなっている。
「それはご挨拶ね。でも今は真田君の招きで来ているの。立派な客でしょう?」
委員長も負けていない。まあクラスの連中と議論して負けたことが無い委員長だけに、見るからに自分より年下の奴に負けたくないという思いがあるんだろう。
強気な者同士、にらみ合いが続く。一方、それを眺めるシンイチや、さっきひっくり返されてから復活してきたヤジローは、なんだありゃといった様子だ。
「止めへんかてええんどすか?」
それとまた違う、穏やかな様子でやり取りを眺めていた賀茂さんだったが、さすがに気になったのか、こっちに聞いてくる。
止めて聞くような奴らじゃ無いとは思うが、このまま放っておくといつまでも続けそうなので、間に割って入ることにした。