07.穏かな日は遠く その9
「はい、お兄ちゃんお弁当」
いつのまにか俺の横に座ったケイが、バックの中から包みを取り出し、大きいほうを俺に差し出す。こんなところを見られたら、クラスメイトに何されるか判らんので、念のためまわりをもう一度見回す。そして、こっちを見ていそうな気配が無いことを確認してから、レイカ力作の弁当の包みを開ける。
そこには、さすがレイカ自信作というだけのメニューがぎっしり詰まっていた。バランスを考えて、と言っていたとおり野菜が多めで、またそのテイストも和風にまとめられているので見た目は少々地味だが、レイカの料理の腕、特に「和食」を得意とする彼女が作った和食テイストの弁当とあっては期待が膨らむのも当然だ。
さらに、ご飯とおかずは別々になっていて、ご飯はのりで上を覆われた、いわゆるのり弁になっているという手の込みようだ。
「わぁ、手が込んでるねー♪」
横で自分の弁当のふたを開けたケイが、中身を見てはしゃいだ声をあげる。ケイのほうはひとつの弁当箱にご飯とおかずが一緒に入っていてサイズも俺のそれより2回りほど小さいが、メニューは俺とほぼ同じだ。
「じゃあ食うか。いただきます」
「いただきまーす♪」
箸を手に合掌する。施設時代の習慣でついやってしまうのだが、横ではケイも俺の真似をして合掌していた。
まずはのり弁から。黒いつややかな面に箸を入れる。割ってみると、ご飯の真ん中にものりが挟んである2層構造になっており、のりの下にはかつおぶしが敷かれている。
口に入れるとほんのり磯の香りと醤油の香りが口の中に広がる。冷めてもいいように味付けは濃い目になっているが、それでも各素材の味わいを相殺しないようになっている。などと偉そうなことを脳内で言ってみるが、要するに美味い。
「わぁ、おいしーい!さっすがレイカお姉ちゃんだね!」
きんぴらを食べたケイも絶賛する。俺も異論は無い。文句が言えるのはよほどのグルメか、和食が大っ嫌いな奴か、味覚がおかしい奴だろう。
おかずも、さっき言ったきんぴらをはじめ、サトイモの煮物、焼き鯖の切り身、たまねぎとにんじんの天麩羅、マグロ赤身のヅケなどなど、一見ちょっと弁当には不向きなメニューもあるが、食べてみると見た目ではわからない細工がされていて意外な味わいがある。
「こんな凝った物作るなんて、レイカの奴何時起きしてるんだろうな」
「うん、この前聞いたんだけど、レイカお姉ちゃん、テルミお姉ちゃんより早起きなんだって」
「うえ、そうなのか?」
朝の準備ってそんなに時間がかかるものなのか。一人暮らししてからずっと適当に済ませていたから別に大したこと無いと思っていたんだが。もしかして人数の関係かな?
「あーっ、お兄ちゃん食べるの早いよぉ。ご飯はよく噛んで食べないとちゃんと消化できないんだよ?」
そう言われ、我に返ってみると、半分以上なくなっている。考えながらも箸は動いていたらしい。無意識で箸を進ませるとは、恐るべしレイカの弁当。
「もうお兄ちゃんったら食いしん坊さんなんだから」
すると、不意にケイが自分の弁当箱から里芋の煮物をつまみ上げ、こっちに差し出してきた。
「ほら、ケイのおいもあげるから。はい、あーん」
・・・・・・へ?
「あーん♪」
・・・・・・ちょっと待て、どこで覚えたそんなもん。さてはこいつ、ネットで余計な情報を仕入れたな。
「んもう、お兄ちゃん口開けてよぉ」
こっちがどうすべきか戸惑っていると、ケイはすねだしてしまった。
仕方がない。辺りを見回し、見ている奴がいないのを確認してから、覚悟を決め、ぱくりとやる。
すると、機嫌が直ったらしくケイはにこにこ顔になる。なんかこの笑顔をみていると、さっきのも許せてしまうような気がする。とはいえ、人前でやれと言われたら困ってしまうが。
とりあえず、その後は昼食を済ませた連中が出てくるまで、ケイと一緒にのんびり弁当を食ったり、たわいもない話をしたりで時間を潰した。教室に戻ったらまたしょうもない質問攻めにあうんだろうが、それは仕方ないと、覚悟を決めた。