07.穏かな日は遠く その7
「あの朴念仁が、弁当だとぉ!?」
「あいつ、今一人ぐらしだったよな。まさか自分で作ったんじゃないだろうな」
「うっそー、将仁くんって料理できるの?」
教室に残っていた連中がざわつきはじめる。お前ら、自分の飯はどうでもいいのか?
「おいマサ。誰に作ってもらったんだよ」
やにわに、俺の前の席にこっち向きで座ったヤジローがいきなりそんなことを聞いてくる。なんか、刑事ドラマの取り調べみたいだ。そのまわりには暇なクラスメイトどもが壁となって興味津津にこっちを見ている。ある意味さらしものである。
「証拠は挙がっているんだ、正直にゲロしちまえよ」
俺が机の上に出したバッグの紐をつかんで、ヤジローがコントようなセリフを吐く。
「お前ら、自分のメシはどうすんだよ」
「何言ってやがる、こんな心配事抱えたままじゃ喉を通らねぇってなもんだ。なぁ!」
ヤジローの呼びかけにひま人どもがそろってうんうんとうなづく。つくづく、ヒマな連中だ。
「あのなお前ら、言っとくがお前らが想像してるようなもんじゃないぞ」
ヤジローの手から弁当入りのバッグをひったくる。
「これはだな、うちの都合で一緒に住むことになった、えーと親戚の人に作ってもらっただけだ」
「それって昨日のケータイの子か?」
「へ、あ、いや、違う」
不意に、ヤジロー以外から質問が飛んできた。警戒していなかったためそのまま答えてしまったが、直後、NGワードを答えてしまったことに気がつかされた。
「ってことは・・・・・・あああ!お前何人と同棲してんだよ!」
「お前ってそういう奴だったのか!?実は隠れナンパ師だったのか!?」
「てめーらちゃんと話を聞けーっ!」
思わず叫んでしまう。全く、お前らは俺がどこまで朴念仁だと思ってるんだ。
ちゃーちゃーちゃらららちゃーちゃちゃー。
その時、ちょうど呼び出し音が鳴った。
「もしもし今取り込み中っ!」
着メロでケイだと判っていたので、即効で取り出し言いきる。
「ごはんはっ!?」
「だから今取り込み中だって!」
「でもおなかすいたーっ!ごはんー!ごはんごはんーっ!」
ケイがだだをこねる。幼稚園のガキかこいつは。いつもがいい子なだけによけいそう感じるのかも。
小さく舌打ちしてから、はたと困ってしまう。
言われてみれば確かにケイの分の弁当ももってきてある。が、ここで食うことはできない。俺一人であればなんとかなると思うが、それではケイが食えない。かといってケイを今ここでみんなの前にいきなり出したらクラス中がパニックになること必定、メシどころではなくなる。
しかも、脱出するにしても廊下への出口はすでに固められている。
「マサ、てめえいい度胸だな、俺らを無視して女とラブい話かぁ!?」
その俺の様子を見ていたヤジローが、目つきをさらにきつくして聞いてくる。気がつくと、野次馬の中に、ヤジローと同じような目をした奴がいる。そいつらはみんな彼女がいない(ということになっている)連中だ。
これは危険だ。一刻も早く脱出しなければ、メシ食う時間がなくなる。いや、それだけならまだしも、どんな目に合わされるかわかったもんじゃない。
ふと横を見ると、空気の入れ替えをするために、窓が全開になっているのが見えた。
幸い、そのまわりには誰もいない。机はあるがその席の奴は不在。
ここしかない、今しかない!
その時はそう思った。いや、それしかないと思った。
だから俺は、右手に携帯、左手に弁当入りのバッグを引っつかむと、全速力でそっちに駆け出していた。