07.穏かな日は遠く その2
「ほぉら、お兄ちゃん早く来てよぉ。ぐずぐずしてると、昨日と同じ電車になっちゃうよ?」
「わ、ちょっと待て、ネクタイがまだ」
ケイに腕を引っ張られ、ネクタイを締めながら、俺は玄関へ向かっていた。
うちの朝は、人数が多いわりにのんびりしている。朝から時間に追われるのが俺と常盤さんぐらいしかいないからで、あと早起きなのといえば、朝食の用意をするレイカと、朝のニュースを流すテルミの家政婦コンビぐらいだ。
「じゃ、行ってきます」
リビングをのぞくと、テレビ画面を出して朝のニュース番組を流すテルミと、そのニュース番組を真剣になって見ている常盤さんがいたので、その二人に声をかける。
「いってらっしゃいませ、将仁さん、ケイちゃん」
テルミが、体がテレビになっているため、首だけで挨拶する。それに向かっていた常盤さんも、こっちを向いて手を振っている。
「あ、ちょっと待ちなさい将仁くん」
と、そこに他の人が顔を出した。キッチンで仕事をしていたレイカだ。
なんだろうと思いながら待っていると、手に何かの包みを持って出てきた。
「これを持って行きなさい」
そう言って渡された包みはずっしりと重く、またなぜかほんのり暖かい。
「なんだコレ」
「お弁当よ」
俺の質問に、レイカはこともなげに答える。おかげで、俺も一瞬その意味を掴み損ねてしまった。
「弁当か・・・・・・って、弁当!?」
思わず聞き返してしまう。なにしろ高校に入ってこのかた、弁当なんて持っていったことなんぞ一度もないし、他人に作ってもらったこともない。
「何か問題でもあるかしら?味も栄養バランスも考えて作ったのだけれど」
「あ、いやその、なんで弁当なんて」
「外食だと、栄養バランスが把握しにくいから、作ってみたのよ。将仁くんの栄養管理は、私がしっかりやっていくと言ったでしょ」
そう言われれば、初めて俺の前に現れたときにそんなことを言ってたっけ。
「あ、ありがとう」
「ふふ、当然なことをしただけよ。将仁くんに限ってそんなことはないと思うけれど、残したら駄目よ」
礼を言うと、レイカはわずかに照れくさそうにそう言った。
「レイカお姉ちゃん、ケイのはないの?」
不意に、横からケイがレイカの袖を掴む。
「心配しなくても、ちゃんと用意してあるわ。少し待っていなさい、持ってきてあげるから」
「うんっ!」
そして、レイカがキッチンにまた入っていく。
「あーっ、将仁サンそちだたアルか!」
かと思うと、今度は違うほうから違う声が聞こえた。
そっちを向くと、紅娘が紅いステンレス製水筒を両手に持ってこっちに来るところだった。今日は起きていたんだな。
「ハイ、将仁サンこれ持っていくヨロシ」
俺たちの前に来ると、紅娘はその水筒をこっちに差し出す。なんか今日は色々渡される日だ。
「これは?」
「お茶アル。喉渇いた時とかに飲むヨロシね」
水筒を受け取った俺を見て、紅娘がにっこりと微笑む。
「昨日飲んだウーロン茶かなぁ?」
「んー、ちょと違うアルね。説明は省略するアルけど、お昼ぐらいまでならあったかいと思うアル」
「あったかいほうがいいの?」
「そうアル」
ケイはそのお茶に興味を持ったらしい。そのことを紅娘に色々と聞いている。
「将仁くん、ケイちゃん、お待たせ」
そこに、俺のそれより2回りほど小さい弁当包みを持ったレイカが現れた。
「ん、ああ、ご苦労さん、レイカ」
「わぁ、ありがとうレイカお姉ちゃん!」
「ふふ、どういたしまして。それでは、次の仕事に取り掛かりましょうか」
「じゃあワタシもそろそろ行くアル。二人ともいてらしゃいアルね」
「ああ、がんばってな、二人とも」
バッグに渡された荷物をしまいながら二人を見送ると、ケイのほうに向き直る。
「そんじゃ行くか。今何時だ?」
「えっと、7時15分だから、今出れば、7時32分に間に合うよ」
「そうか、じゃあそろそろ出ようか」
「了解っ!」
俺が靴を履くために上がりかまちから片足降りると、ケイがびしっと敬礼してから、ぴょんっと飛び上がって空中で丸くなり、光と共にケータイに変身する。
「んじゃいってきまーす!」
その携帯電話をポケットに入れると、俺は家を飛び出した。