06.季節外れの転校生 その31
やばいぞこれは。マジで凍死したか?
「おい、レイ・・・・・・」
レイカのほうを見て、何かいってやろうかと思ったときだ。
氷と霜で白く染まった廊下の床に、黒くて丸いものが落ちているのが見えた。紅娘の中華鍋だ。凍りつく前に引っ掛けたのか、左手が鍋の取っ手をしっかり掴んでいる。
それだけなら別になんということはないんだが、あの吹雪の中でも、鍋は凍り付いておらず黒鉄色の輝きを放っている。それだけではない。鍋のまわりの氷も解けていて、床の板目がはっきり見える。
さっきのように、鍋が熱を出して氷を溶かしているのだ。そして鍋に触れている左手にも、氷どころか霜すらついていない。
そのとき、紅娘の体のほうから、ぴしぴしぴしっ、みしみしっという音がした。
「あー、びくりしたアル」
そして声がした。
振り向くと、さっきまで氷に包まれていた紅娘の顔があった。そしてそのまま紅娘は、何事もなかったかのように立ち上がった。ぱらぱらぱら、とその体から氷のかけらが剥がれ落ちるが、そのかけらは床に落ちるまでに水になっている。
「ぷうぅぅ」
そして、水浴びしたあとの犬のように首を激しく振るわせると、水の飛沫が飛んできた。
なんかあまりに平気そうなので逆に心配になってしまい、紅娘に声をかける。
「お、おい紅娘、お前、体のほう、大丈夫なのか?」
「ん?何アルか、将仁サン?」
「なにって、熱湯かぶったり、かと思えば氷づけになったり」
すると、きょとんとしていた紅娘が、にたーっと表情を変化させた。
「将仁サン、ワタシのこと、心配してくれてるアル?」
「心配って、そんなの当たり前だろ、普通だったらタダじゃすまないもん」
「アイヤー、謝謝ワタシとても大四喜アルー!」
突然、満面の笑みとともに紅娘が飛びついてきた。心配されたことが相当嬉しかったらしい。
「むぅっ」
と、そこにケイが割り込んできて、俺と紅娘をぐいっと引き剥がす。
「お兄ちゃん、鼻の下伸びてるっ」
そして、怒ったような目つきで下からにらみつけてくる。思わず俺は自分の鼻の下を押さえてしまった。
いたたまれなくなって視線をケイから紅娘に移すと、紅娘はあの中華鍋を両手で持ち直して、俺に向けていた。
「将仁サン、心配は無用アル。ワタシは火に直接かけられる鍋アル、熱いのは慣れっこアル」
そしてその鍋を曲芸のようにくるくる回すと、自分の背中に背負いなおした。
どうやら、本当になんともなさそうだ。俺はちょっとほっとした。
が、そのとき。
どんどんどん。という何かを叩くような音が聞こえた。
「まーさひーとさーん、ドアが開かないんスけどー、なーにやってんすかー」
そして、ちょっと間延びした男の声がする。
そのときになって初めて、俺はこの廊下の惨状に気がついた。廊下の床や壁についた氷は気温で解けてきているが、それはすなわち廊下が水浸しになるということだ。
そして、その余波を食らった洗面所のドアが、完全に凍結してしまっていた。つまり早い話、鏡介は洗面所に閉じ込められてしまったのだ。
「すんませーん、開けてくれないと出れないんスけどー」
「悪い、こっちからも開けられないんだ。悪いけどしばらく待っててくれー」
とりあえず、鏡介にそう声をかけてなだめておく。
そして、それからしばらく、うちのモノ総出で水浸しになった廊下の掃除をすることになったのだった。
どうも、作者です。
さすがは元鉄の塊、あの程度ではなんともないようです。
しかし、この後、どうやって家の中を元通りにしたのか。作者である私もちょっと不思議に思っています。
さて、今回で6日目は終了です。
次回から7日目がはじまります。
相変わらずのドタバタが続きますが、ちょっとだけ核心に触れていくことになります。
それでは次回を、こうご期待!
なお、次回から、あとがきは毎回に入らなくなります。
なにげに面倒くさいし、ネタバレにも繋がると、つい先日気がついたもので。
それではよろしくお願いします。