06.季節外れの転校生 その30
「なにやってんスか」
そのドアが勝手に開いて、なぜか風呂上りの俺が顔を出した。というのは冗談で、ちょっと考えれば鏡介だと判るんだが。
「うょえー!?」
予想外だったからか、紅娘が奇声を上げて、思い切り驚いた仕草をして見せた。
うょえーってなんだよ、と突っ込もうかと思ったがそれどころではない。なにしろ、紅娘が手を振り上げた瞬間、あの鍋が宙に舞い上がったからだ。
鍋が飛ぶだけならまだいい。だが今、その鍋の中には煮え湯がなみなみと入っているのだ。被ったら火傷どころの話ではない。
鏡介は洗面所のドアを閉めてその熱湯から身を護る。
「どわぁ!?」
俺は、条件反射的に後ろに飛びのいた。はいいんだが後ろがすぐトイレだったためドアに後頭部をぶつけてしまった。
そして紅娘は。
「アイヤーっ!?」
ひときわ大きな金切り声とともに、鍋の中身をもろにかぶってしまった。しかもその直後に、鍋がひっくり返った状態でコントの金タライのように紅娘のアタマに命中し、紅娘はちょっとふらふら〜っとした後、ぺたんと床にへたりこんだ。
「なんだなんだ、何がありやがった!?」
「今の声は何!?」
「な、なんだこの湯気は!?」
「おにぃちゃんっ、大丈夫っ!?」
「What happen!?」
紅娘の声に、2階にいたバレンシアを含むうちのモノたちが一斉に廊下に飛び出してきた。
そして、廊下の惨状に一瞬皆が呆然となる。廊下は水浸しで湯気がもうもうと立ちこめ、その真ん中にぬれねずみになった紅娘がへたりこんでいるのだから、誰でも「何事か」と思うだろう。
紅娘の頭に、まるで三度傘のように乗っていた鍋がずり落ち、ごとんと鈍い音を立てて床に落ちる。その下から、目を回した紅娘の顔が出てくる。
「ほっ、紅娘!大丈夫かーっ!」
最初に我に返ったのは俺だった。思わず駆け出すと紅娘の肩をゆすり、頬を軽く叩く。
「・・・・・・ふ、ほへ、あ、将仁サン?」
「よかった、気がついたか。熱くないか、どっか痛くないか?」
そして、視界の端に白い着物姿を見つけた俺はそっちに声をかけた。
「レイカなにやってんだ!早く何か冷やすものを!」
「え?」
レイカは元冷蔵庫なだけに冷やすことにかけてはプロ、のはずだ。熱湯を浴びたんだから、火傷なんかする前に冷やすのが先決だ。
だがそのレイカがちょっと戸惑っている。
「いいから早く!」
「わ、判ったわ」
返事をしたレイカが身構え、そして気合と共に左手を突き出した。
だが、俺はマジで知らなかった。話半分では済まない、レイカの力のすさまじさを。
その瞬間、目の前が真っ白になり、何か恐ろしく冷たい空気の塊のようなものがぶつかってきた。それは、まさしく吹雪(本物はテレビでしか見たことがないが、そう呼ぶのがふさわしいと思った)だった。コレじゃ本当に雪女じゃないか。
「わぁ!?」
屋外ならともかく、俺が今いるのは民家の廊下だ。その吹雪はまるで雪崩のように突き進み、紅娘がもたれかかっていた洗面所の扉にぶつかった。
俺はとっさに飛びのいたため直撃は逃れたが、意識が朦朧としていた紅娘は、その吹雪をもろに食らってしまった。
その衝撃で家が軽くゆらぐ。それが収まると、さっきまで湯気だったものがきらきらとした氷の結晶となって宙を舞い、天井や床に撒き散らしたあのお湯が凍りつき、まるで廊下が冷蔵庫の中になったような異様な光景になっていた。
そして。
「わ、ほ、紅娘ちゃん!?」
その端に、真っ白な霜に覆われて、崩れた雪だるまのような姿になった紅娘がいた。
「レイカ、お前やりすぎだって、ちったぁ手加減してやんなよ」
「それは、将仁くんが何か冷やすものを早くと言ったから」
「そうは言っても、凍らせるのは極端でしょう」
「時間短縮を重視しただけよ」
他のモノたちから非難されるのもかまわず、レイカは手を頭の後ろにやって、ばっと髪を広げた。
腰にかかるほどの癖の無い黒髪が、まるで翼を広げたように空中に大きく広がり、そしてレイカが大きく左右に首を振るのに合わせて空中を踊り、そして静かにおさまる。
何のまじないかと思うが、実はこれ、熱を逃がしているんだそうだ。冷気を出した後は熱がたまるそうで、その熱を髪から放出している、らしい。
って、こっちはそれどころではない。さっきは火傷の心配をしたが今度は凍死になる可能性が大だ。
「お、おい、紅娘、生きてるか!?」
「紅娘ちゃん、これからお茶なんだから、しっかりして!」
俺とケイで、紅娘の体についた霜を払い落とす。すると紅娘の顔や体が出てくるが、さっき熱湯を被っていたせいでその湯までが凍結し、いわば紅娘の体の表面に氷がびっしり張り付いたような感じになっている。
どうも、作者です。
レイカがいよいよ本当に雪女と化して参りました。
今頃の季節にいてくれたら、嬉しいかもしれませんねw
さて、熱湯を浴びた後で雪だるまになってしまった紅娘ですが、無事なのでしょうか?
それは、次回を乞うご期待!