06.季節外れの転校生 その29
「アイヤー、将仁サン。ちょど良かたアル」
着替えを手に降りてきたところで、今度は紅娘と鉢合わせした。だけなら別になんともないんだが、今はなぜかいつも背負っている鍋を両手でかかえている。
まだ何か食うのか?と思って鍋の中をのぞくと、そこに入っていたのは水だった。いや、熱気が僅かだが伝わってくる、これはお湯か?においとかはしないからスープってこともないだろう。
「将仁サン、お風呂入るだたら、ちょとそのドア開けてほしいアル」
「その前に、なんだそれは」
「何て、ただのお湯アル。ミナサンでお茶しようと思って、茶杯(湯飲み)とか小茶壺(急須)とか暖めるのに使たアルけど、汚れてナイし捨てるの勿体無いアルからお風呂にいれよと思たアル」
「油汚れとかこげつきとかついてないだろうな」
半分冗談でそう言うと、紅娘はむっとなった。
「将仁サン、アナタ私のこと、そんな汚い女と思てたアルか?」
「え、あ、そういうわけじゃなくて」
「調理の道具は、常にちゃんと手入れして綺麗にする、コレ常識アル。ましてやコレはワタシの一部、それ貶すのはたとえ将仁サンでも許さないアルよ!」
どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。紅娘は身を乗り出して怒り出してしまった。
「わ、わかったわかった、ごめん、いらない事言ったのは謝るよ」
その迫力につい視線をそらした時、ふと彼女が両手に持っている鍋の中が見えた。その鍋底にはさっきは無かった気泡がびっしりとついていた。その気泡は、俺が見ている前でだんだんと数を増し、そして大きくなっていく。その様子は、鍋に水を張って火にかけ、加熱した様子に似ている。
まさかと思うが。
「・・・・・・紅娘」
「何アル」
「煮立ってないかこの鍋」
俺の指摘に、ふと我に返った紅娘が鍋の中に視線を移す。
「あ、アイヤー、やてしまたアル」
そして、一転してばつが悪そうな表情になった。
すでに鍋の中の湯は熱湯に変わり、もうもうと湯気を上げている。こんなのを風呂に入れられたら、すこし前にバラエティ番組でやっていた熱湯風呂になってしまう。
だが、さっき見たときは鍋の中に泡なんかなかったし、ましてや湯気なんてほとんど出ていなかった。ということは、紅娘が持っている間に、勝手にお湯が沸いたということになる。
「ま、将仁サンがあんな事言うアルから、つい熱くなてしまたのコトよ」
何をやったのかと問い詰めたところ、最初に帰ってきたのはそんなセリフだった。
かっとなりやすい人のことを「瞬間湯沸かし器」なんて表現することがあるが、これはそれを地で言っているということか。
「しかし、なんでお前にそんな能力がある?鍋には熱出すものなんかないだろ」
「何を言うアル、中華の真髄は火と熱を御することにあるのコトね。強い火、弱い火、ワタシにかかれば自由自在アル」
「・・・・・・そうか」
火を制御するのは中華鍋じゃなくて料理人だろうとか、火はどこにあるとか、熱源なしで湯を沸かす説明になっていないとか、突っ込む余地がたくさんある話だが、とりあえずは黙っておくことにする。下手に逆鱗に触れると、今度こそ本当の熱湯になってしまうだろうし、そんなのを風呂に入れられたら、熱いどころの騒ぎではないからだ。
・・・・・・・最近、モノたちの人外度に驚かなくなってきたな、俺。
「とりあえず、そのお湯、風呂に入れちまおう。ずっと持っていると重いだろ」
「ん、謝謝アル」
そして洗面所のドアをあけようとしたときだ。
どうも、作者です。
紅娘に何か鍋に関する特殊能力を持たせようと考えた結果、こうなりました。
実は、鍋単体で紙が自然発火するぐらいにまで熱くなります。
さて次回、風呂から誰かが出てきます。
何があるのでしょうか?
乞うご期待!