06.季節外れの転校生 その22
「あ、そうだ。常盤さん」
ふと、あることを思い出した俺は、梨をくわえている常盤さんのほうを向いた。
「はい?何ですか?」
「常盤さん、清華家とか摂家とかって、知っています?」
その瞬間、梨をもう一口かじろうとした常盤さんの動きが止まった。
「ええ、知っていますよ。でも、それが何か?」
だが、すぐになんでもないように梨を一口かじる。昨日の夜に、泣きながら外を見ていた人とは思えないほどの落ち着きっぷりは、さすがと言わざるを得ない。
が、一瞬止まったということは、何かあるのではないか?そう思うのは当然だ。
「なんなんですか、それ?」
俺は、隣のクラスに転校してきた近衛お嬢様の話をした。
あのお嬢様は、清華家のくせに摂家にはむかうのか、と言っていた。そんなもんに従うつもりは毛先ほどもないが、気にはなる。
「清華家や摂家というのは、鎌倉時代に制定された、公家の格式のことです。格が高いほうから、摂家、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家となっていて、たとえば西園寺家は、上から2番目の清華家に属しています」
いつのまにか、電話線を咥えたバレンシアがディスプレイを持っていた。そのディスプレイには、ネットで拾ってきたらしい、その華族についての説明が載ったホームページが映し出されている。
「そして、近衛という家名は、最上格の摂家に確かに存在します。それも、5つある摂家の中でも、九条家と並んで古くから在る家名だと言われていますね」
常盤さんは、そう言いながらバレンシアのディスプレイの一部を指差す。そこには確かに、「近衛家」の文字が書かれている。
「ですが、今では、旧華族というだけでは何の力にもなりません。今の近衛家は、公達としてよりは、資産家や事業家、投資家としてのほうが有名ですね」
「資産家?」
「はい。今の頭首、近衛幸太郎氏は、高度経済成長期にアメリカに渡って、一代で巨万の富を築きあげた人物です。そして鉄鋼王の娘を妻として迎え、今では、アメリカ全体の株の7%から8%を握っているとさえ言われています」
アメリカの株がどんなもんかは知らないが、途方もない額であろうことは想像がつく。そんなのが後ろ盾にあったら、高飛車にもなろうというものだ。
だが、そんなすごい家なら、わざわざこっちにちょっかいを出す必要がないのではなかろうか。
「それだけ金持ちなら、なんでわざわざ将仁さんを名指しで下僕にするとか言ってきたんスかね」
同じことを考えたのだろう、鏡介が梨を口に運びながらつぶやく。
だが、その瞬間、常盤さんの手が止まった。
「世の中には、どんなにお金を積んでも手に入らないものもあるのですよ。特に将仁さんは、あなたにあって近衛さんにない、そしてお金では絶対に手に入らないものを持っているでしょう?」
「金で手に入らないもの?」
そう言われて、思わず俺は鏡介と見詰め合ってしまう。
そして、ひとつの結論がひらめいた。
「擬人化の力!?」
「その通りです。それは、今では西園寺家でもただ一人にのみ引き継がれる無形の力。お金では買えないものでしょう?」
うーん、言われてみれば確かにすさまじいものだよな。役に立つかはいまいち自信が無いが、毎日が楽しくなることは間違いない。
「近衛家と西園寺家は、過去の歴史を遡ってみても、決してよい関係を保っていたとはいえませんし、特に戦後は完全に断絶しています。ですが、物部神道とその力のことは、正確にではないにしても旧華族全体に知られていますから、近衛家の人間も知っていてもおかしくありません。だから、これは少し強引な推理ですが、クローディアさんはそれを自分の意のままに使いたいと思い、そしてその力を使うのが同じ高校生であると知って、アプローチをかけてきたのではないでしょうか」
なるほど。と思わず納得してしまった。
どうも、作者です。
今回はちょっと真面目(?)な話です。
清華家や摂家のくだりは、Wikipediaより引用させていただきました。
ちなみに、今回に限らず、旧華族に関わるところについては、資料の内容をそのまま引用させてもらっているところがあります。
それでは次回を乞うご期待!