01.それは1本の電話から始まった その12
「んーっ」
机に向かっていて硬直した背筋を伸ばす。とりあえず宿題は終わった。これでひと段落だ。
なんか今日は色々あって疲れた。今日はもうシャワーで済まして寝ちまおう。
・・・・・・ん?
「静かだな・・・・・・」
あの二人は、俺の部屋には入ってこなかった。一応、家主である俺に気を使ってくれたのかも知れない。
でも、静か過ぎる。
「もしかして、さっきのって、夢だったのかな」
いつの間に寝たのか覚えがないが、一度そう考えると「やっぱり夢だった」という思いが一気に強くなっていった。当たり前だ、携帯電話やプラズマテレビが人になるなんて非常識、あるはずがない。
だが、そう思うとちょっと寂しい気持ちにもなった。
夢であってほしいような、現実であってほしいような、不安定な気持ちになりながら、俺は、部屋の扉を開いた。
「あっ?あ、将仁さん、お疲れ様でしょう」
テーブルに頬杖をついて船を漕いでいたテルミが、顔を上げてこちらを見た。
二人は、居た。思わず、体が縮みそうなほどのため息をついてしまう。
「将仁さん?どうしたのでしょう?」
その様子がよほど大げさだったのか、テルミが心配そうに近寄ってくる。
「あぁ、二人が居るのが、夢じゃないんだなって思ってさ」
「まぁ」
テルミは、俺の返事が可笑しかったのか、くすくすと笑った。
「わ、笑い事じゃないぞ。俺、本気で心配したんだから」
「くすくす、ご、ごめんなさい、先ほどと、反応があまりに違ったものですから」
「ひっでーな」
「うふふっ、でも、そんなに心配してもらえるなんて。私たちは幸せモノでしょう」
ちょっと悪態をつきながらも、俺は、やっぱりほっとしていた。
そしてそのときにはじめて、俺はテルミのエプロンの胸のところにポケットがあって、その真ん中に「MITSUISHI」というロゴの刺繍があることに気づいた。
「ミツイシ、ねぇ」
「え?どうしたのでしょう?」
「あ、いや、こんなところに刺繍があるなんて気づかなかったからさ」
「あら。でも、家電製品であれば、メーカーのロゴが入っていてもおかしくないでしょう?」
「んー、まあ、そうか・・・・・・あ、ケイは・・・・・・寝てるのか?」
ふと視線をはずすと、ダイニングのテーブルにうつぶせになって、ケイがすぅすぅと寝息を立てていた。
「少し前まで、起きていたんですよ。お話がしたいと言って」
「そうか、悪いことしたかな」
携帯電話も、寝るのかな?それとも、人の姿だから寝るのかな?もしかしてバッテリー切れとか?
そんなことを考えながら、そっとケイの頭をなでてやる。
「・・・・・・にいちゃん。ケイ・・・・・・ばるから・・・・・・」
ケイが、寝言を言った。なんだか、本当に妹ができたみたいな気がして、ちょっと嬉しい。
だが、そこで、あることに気がついた。
ケイとテルミって、どこで寝るんだ?俺、一人暮らしだから、寝具はワンセットしかない。客が来ることなんか想定していない(来ても泊まっていくことなんかない)から予備なんかない。もとのモノの姿であれば、気にもしないんだろうが、今はどっちも女の子だ。女の子に「床で寝ろ」なんて薄情なことは言えない。
「テルミ、あのな・・・・・・悪いんだけど、今日は、俺のベッドで寝てくれないか?」
考えた末、狭いうえにあまり綺麗じゃないので申し訳ないんだが、床で寝るよりはましだろうと思って、俺はテルミにそう提案した。
すると、テルミは、目をぱちくりさせた後、くいっと眼鏡を上げて、ちょっと顔を赤くしながらもじろっと俺を見つめてきた。
「将仁さん?それは、私に、夜のお相手をしろということでしょうか?」
「は?」
「いけませんでしょう、そんなこと。いくら将仁さんが性欲有り余る若人であるとはいえ、そんなことを軽々しく口にしてはいけないでしょう」
「ちょっと待て!お前、今、変なこと考えただろう!」
なんか、おかしなほうに考えているな、こいつ。テルミって、しっかりしているようで意外ととぼけた奴なのか?
「俺はだな、ベッドがひとつしかないから、テルミとケイはそこで寝てくれって言おうとしたんだよっ!」
言っててこっちが恥ずかしくなって来たじゃないか。
「え、でも、将仁さん、よく、夜中に、その、私の前で、自力で、発散されていらっしゃったので」
うっ、そ、そういえば、俺、DVDを見ながら、テレビの前で、自家発電したことがあるな。しかも結構な回数。
は、恥ずかしいぞ、これは。もう、自分ちでエロDVDは見られなくなったじゃないか。
じゃなくて!
「その話は、もう後だ後!俺はケイを連れて行くから、テルミは先に行っててくれ」
強引にテルミを部屋に押し込む。そして、珍しそうにきょろきょろと俺の部屋を見回すテルミを尻目に、俺はケイを抱え上げ、そして俺のベッドに横たえる。そして、フロに入るためのバスタオルと換えのパンツ、そして冬用の掛け布団を引っ張り出した。
「俺はこれからフロに入るから」
そして、自分の部屋のドアを閉める。ついに自分の部屋まで追い出されてしまったが、しょうがないと自分に言い聞かせた。