06.季節外れの転校生 その18
「そういえばぁ、将仁さんはぁ、何をされに来たのですかぁ?」
「あ」
そうだ、思い出した。鏡介に差し入れをと思って物色しに来たんだ。
しかし改めて考えてみると、差し入れに向いたものはほとんどない。その最大の理由は、この家の台所を管理している冷蔵庫のレイカが中身ごといなくなっているのと、そのレイカがかなりの健康志向なため、いわゆる「菓子」の類の買い置きがないのだ。
それでも探してみると、カウンターに置かれた籠に、2個の梨が入っているのが見つかった。
「これでいいか」
食器棚から皿を出し、流しの下から包丁を取り出す。レイカが使う氷の包丁が印象的ではあるが、その前から俺が使っていた包丁も持ってきてあるのだ。それに俺だって一人暮らしのときは多少自炊していたから包丁ぐらい使える。
その梨を洗って、皮をむく。リンゴなら皮ごと食えるが、梨の皮は食えたもんじゃないからな。
ふと、その視界の端に、クリンがちょっと顔を引きつらせて見ているのが見えた。
「どうした?」
「きゃあ!」
俺がそっちを向くと、クリンは悲鳴をあげた。
「そ、それ、こっちに、向けないでくださいぃ」
「それって、包丁か?そんな怖がらなくてもいいだろ、刺すわけじゃなし」
「あぅ、そ、そんなこと言ってもぉ、刃物って苦手なんですよぅ。すっぱりと切れちゃうじゃないですかぁ」
どうやら、クリンは刃物が苦手らしい。こころなしか顔色まで悪くなっている。まあ確かに、殴ろうが蹴ろうがスポンジは元に戻るが、刃物で切れたら戻らないしな。
しかし、どんなことがあってもほわわんとしていそうなクリンにも、怖いものはあったんだなぁ。
「いてっ!」
そんなことを考えながら梨をむいていると、手元が狂ってしまった。
クリンがさっききれいにしたばかりのシンクに、むきかけの梨と包丁が転がり、そして切ってしまった左の親指から流れる血が、ぱたっ、ぱたっ、と赤いしみを作っていく。
「あちゃー・・・・・・」
とりあえず血がついた梨なんか食わせるわけにはいかないので、梨を拾い上げてシンクの横に置く。そして改めて傷口を見ると、これが綺麗にすっぱりと切れていて、今も赤黒い血が湧き出している。
ちょっと深そうだが、すっぱり行っているみたいだから、これなら絆創膏でも巻いておけばすぐ治るだろう。と思っていると、突然そこにピンク色の何かやわらかいものが巻きつき、そして引っ張られた。
なんだなんだ、と思っていると、俺の親指がぱくっと咥えられてしまった。
どうも、作者です。
クリンの怖いものがひとつ判明しました。
とはいえ、別にいじめようというつもりはないのでご安心ください。
さて次回ももうすこしクリンとの会話をお楽しみください。
それでは次回を乞うご期待!