06.季節外れの転校生 その7
すると、その行く手に一人の男が、まるで幽霊のように現れて立ちふさがった。
一見すると目立たない奴だ。うちの男子の制服を全部のボタンをきっちり締めている。こいつも転校生なんだろうか、見たことがない奴だ。
だが、その男が全身から醸し出す雰囲気は、俺たちのような一般学生のそれと明らかに違った。なんと言おうか、目の前に立っているだけなのに、得体の知れない恐怖を感じるのだ。
「お待ちなさいっ!私をないがしろにするなんて、許さなくってよ!」
すると、近衛お嬢様が、俺の後ろから声をかける。
「全く、この程度の礼儀もわきまえない者が西園寺の後継者だなんて、期待はずれもいいところですわ」
振り向いた俺に向けて、近衛と名乗るこの女は、腕を組んで、がっかりだとでも言いたげな表情をしている。こいつはいったい、俺になにを期待していたんだ。
「まあ、よろしいですわ。真田将仁さん、いいえ西園寺将仁さん。あなたを、私の下僕にして差し上げますわ。感謝なさい」
挙句の果てに、俺にしもべになれだと。何で西園寺のことを知っているのか、少し引っかかったが、それ以前に、いくら相手が美人のお嬢様でも、こうも神経を逆撫でられると腹が立つ。
「なんだと?」
「あら、清華家の分際で、摂家たる近衛の一員である私に楯突くおつもり?」
「摂家だか石器だか知らんが、なに訳のわからんことを言っているんだ。アホかお前は?」
「な、な、なんですってっ!この私に向かって阿呆だなんて、この無礼者!」
「俺が無礼だったらお前は非常識だろうが!なんで縁もゆかりも義理も恩もない、今日会ったばかりの奴にこの俺がこき使われなきゃならねぇんだ!」
「きいいいいいっ!この私がっ、わざわざここまで出向いてやったというのにっ!その口の聞き方は何ですの!?」
「てめぇが勝手に来ただけだろうが!こっちは頼んだ覚えはねぇやい!」
いつの間にか双方ヒートアップして口論になってしまっている。
「迅っ!」
どうやらこのお嬢様は反論されることに慣れてないようだ、横を向いてそこにいる男子生徒にヒステリックに声をかける。
ふふん、勝った。と思ったのもつかの間。その声をかけられた男を見て、背筋に冷たいものが走った。
というのも、その男は、さっき俺の前に立ちふさがった、あの得体の知れない恐怖を放つ男だったのだ。そうか、この男、迅というのか。ではなくて。
「この男をいためつけておやりなさい!」
「こら待て」
と言えたかどうか。気がつくと、俺は床にひっくり返っていた。しかも、仰向けになった俺の喉元には、迅と呼ばれた男子生徒のつま先が突きつけられている。
何をされたかすら分からない。ただ、体のいろんな所に鈍痛が走っている。投げられるのはシデンの相手とかで慣れてきたが、これはただ投げられただけではない、ような気がする。
なんなんだ、この迅とかいう男は!?
「何やってるんですかーっ!」
口論ぐらいならともかく、教室の真ん中で実力行使は目に余ったらしい。うちのクラス委員、佐伯がすっ飛んでくる。
それと同時に、始業のチャイムが鳴る。
「ふん、チャイムに救われましたわね。この場は退いてさしあげますわ」
近衛お嬢様は、口元を扇子で隠しながら笑う。絵にはなるが、憎らしくもある。
そして、彼女は高笑いを残しながら、取り巻きと共に隣のクラスへと消えていった。
「なによあの女!」
「おい、大丈夫か?」
すでにうちのクラスのほとんどが俺のまわりに集まっていた。
女たちはあの高飛車ぶりがそうとう気に入らなかったらしく、口々に悪口を言っている。
男のほうはと言うと、心配そうに声をかけて来てくれた奴がいた。やっぱり持つものは友達だ、と思ったら。
「お前、あの美人とどんな関係なんだよ」
「なんでお前にばっかり美人が集まるんだ!」
「メアド知ってるのか?電話番号は?」
だと。美人を独り占めした報いだ、とでも言いたいのだろうか、俺の心配をしてくれる奴は一人としていなかった。
俺は何もしていない。賀茂さんが隣になったのは偶然だ(と思う)し、今の近衛お嬢様に至っては会ったことはおろか、2時限目の休み時間に入るまで、存在すら知らなかった。
だが、状況が悪い。訴えても誰も聞く耳を持たないのが現状だった。
所詮、男の友情なんてそんなもんだ。俺は心の中で人知れず泣いた。
どうも、作者です。
クローディアのボディーガードらしき男、迅の登場です。
実は私、この迅という男のことを、フルメタルパニックの相良宗介なみのぶっとんだキャラで構想していたんですが、そもそも世界観が違うからかそこまでは突き抜けられませんでした。
彼も、これから多少はストーリーに絡んできますので、楽しみにしていてください。
それでは、次回を乞うご期待!