06.季節外れの転校生 その4
「ごめんやす」
なんか聞きなれない言葉と共に、転校生が教室に入ってくる。
その転校生の姿をみた瞬間、ほんの一瞬だが、俺はその転校生に見とれてしまった。
確かに美人だった。まるで美人画から抜け出したような清楚な風体に、均整の取れたスタイル、そしてなにより、俺たちとはちょっと違う、派手ではないが、ミステリアスな雰囲気を持っている。
「みなさん、始めまして。うち、賀茂杏寿と言います。京都のほうから下って来ました。関東のほうに来るんは初めてで、右も左も判らんことばかりですが、よろしゅう頼みますー」
その転校生が妙に古臭い京訛りで挨拶すると、クラス中がどよめいた。男子の中では、変な角度に構えて決めているつもりのやつもいる。一方の女子は、その転校生をにらむか、鼻の下をのばした男子を見てあきれるかだ。
ホント単純だな、こいつらは。
「それで、賀茂さんの席ですけれど・・・・・・どこか希望はある?前のほうがいいとか」
「んー、せやったら・・・・・・」
先生の言葉を受けてその転校生は少し考えこむような仕草をして、教室をぐるりと見回す。
「ん、あのへんやったら、多分問題ないと思います」
指をさしたのは、そこら中で放たれる“こっちこいオーラ”に反し、特に何も考えていなかった、俺のあたりだった。前のほうでも後ろのほうでもない、かといって真ん中でもない、あえていえば真ん中よりちょっと前の正直微妙なあたりだ。
えっ、と思ったその瞬間、俺はその杏寿という女に、尋常ならざる鋭い視線でにらまれたような気がした。
「ええと、それじゃ、真田君のとなりにしましょう。近くの男子は、賀茂さんの机を運んであげて」
その瞬間、数人の男子が席を立って、教室の後ろに置かれた机一式を運んでくる。転校生、賀茂さんに対しポイントを稼ごうとでもしているんだろうか。
「みなはん、こないなことさせてしもて、えろうすいまへんなあ」
だが、その一言でそいつらはぐずぐずになって鼻の下を伸ばす。だらしない奴だ。決して、ポイント稼ぎができなかったからひがんでいるのではない。
「よろしゅう、真田はん」
と、席についたその転校生、賀茂さんがにこやかにあいさつをしてくる。
「あ、ああ、よろしく」
確かに、美人だ。間近で見るとさらによく判る。微笑まれただけでぐずぐずになるのも無理はない。
だが俺は、なんとなくだが、この転校生、賀茂杏寿に、気を許してはいけない気がした。さっき俺を見たときの目線の鋭さが、妙に気になるのだ。
そのことをちょっと話そうかな、と思ったところで、先生が朝のホームルーム終了を告げて、教室を出て行った。
すると、待っていたかのようにクラス中の男子が賀茂さんのまわりに群がり、質問攻めにし始めた。とはいえ、聞くことといえばお決まりの、どこに住んでいるかとか彼氏はいるのかとかいうものばかりだ。お前らはそんなことしか聞くことがないんかい、とツッコミを入れたくなる。
そんなこんなで立つタイミングを逸してしまったので、その男子に交じって話を聞くことにする。せっかく席が隣になったんだ、このぐらいでバチは当たるまい。
それで判ったことなんだが、彼女は今、とある事情で親元を離れ、四賀茂神社というところにお世話になっているらしい。それで、土日などはその神社で巫女さんのアルバイトをやっている、と言っていた。
ちなみに、巫女さんと聞いて、男どもの数人が変に盛り上がっていた。別に巫女さんなんて初詣とかで見ることができるし、そんなにありがたいもんでもないと思うんだが、口にしたらまた朴念仁だなんだとバカにされるに決まっているのでここは黙っておくことにした。
ホームルームと授業の間の休み時間はごく短く、あっという間に一時限目の始まりのチャイムが鳴る。男どもがあわただしく席に戻り、教科書を出し終えたころに、一時限め、日本史の先生がやってきた。
「あのぅ、すんまへん」
不意に、賀茂さんが声をかけてきた。
「な、何ですか?」
「うち、時間割が判らんかったさかい、教科書忘れてしもてん。見してもろて、よろしおす?」
ちょっと緊張してしまったが、ただ単に教科書を忘れたから見せて欲しい、というだけだ。そう来られると、断るのも問題があるので、机を近づけて、教科書が賀茂さんにも見えるようにする。
「おおきになぁ」
賀茂さんは恐縮している様子だが、俺はそれと別の意味で困ってしまった。というのも、クラス中の男子の怒りと羨望が入り混じった視線を一斉に浴びることになってしまったからだ。
異常に居づらい状況だが、そんなことはお構いなしに授業は進んでいく。
気を紛らわすために教科書に目をやると、ちょうど明治から大正に切り替わるあたりをやっていたため、「西園寺公望」という単語が眼に入りちょっとびっくりする。ちょっと考えれば、俺が西園寺という家系の一員だってことは、俺しか知らないはずだからそんなにびびる必要はないんだが。
ちらっと横を見ると、賀茂さんはこっちに目もくれず、黒板の内容を書き写している。そんな状況では話しかけるわけにもいかないので、こっちも真面目に授業に取り組むことにする。
しかし・・・・・・これが、針のむしろというやつか。学校の授業がこんなに長く感じるのは、生まれて初めてかもしれん。なんつーかもう、全部放棄して廊下で立っていたほうが楽だ。
授業時間がまだ半分ぐらい残っているのに、俺は、隣に座って俺の教科書を一緒に見ている女が、なんでその席を選んだ、と恨めしく思ってしまうのだった。
どうも、作者です。
やっとサブタイトルにもあった転校生の登場です。
主人公氏のとなりというのは昔からあるベタな展開でツマランかもしれませんが、大目に見てください。
ちなみに、この転校生・賀茂杏寿があやつる京都訛りですが、実はかなりいい加減です。
イメージは、祇園の舞妓はんがしゃべるような京ことばなんですが、これが難しくて難しくて。まあ、今時の高校生で京ことばをデフォでしゃべるような人はいない、と言われてしまえばそれまでなんですが。
というわけで、拙作をお読みいただいている方々の中に、京ことばに詳しい方がいらっしゃいましたら、ご指摘・ご意見のほうよろしくお願いします。
もちろん、それ以外のご意見・ご感想もお待ちしています。
長くなってしまいましたが、それでは次回も乞うご期待!