01.それは1本の電話から始まった その10
普通ならテレビでも見て時間を潰すんだが、いまはそのテレビが台所で飯を作るというわけの判らない状況になっているためどうしようもない。
何か他のもので時間つぶしするにしても、下手にいじるとまたそれが女の子になったりするかも知れないのでうかつに手を出せない。なにしろどういうきっかけで変化するのか、全然わからないんだから。
ぐううううう。
その瞬間、また俺の腹が鳴った。くそー、なんつータイミングだ。
「あ、また鳴った。面白ーい」
うーん、笑われてしまった。
でも、屈託のないその笑顔を見ていると、何か笑われてもいいかなと思えてしまう。
「ねえねえねえ。何でおなかが鳴るの?ケイも鳴るようになるのかな?」
「なるのかなって言ってもなあ。ケイは何か食べるのか?」
「んー、わかんない。まだ食べたことはないし」
「そっか」
よいしょっと立ち上がる。
「あれ?お兄ちゃん、どこ行くの?」
「ああ、ケイの分も作ってもらうんだよ」
「その必要はないでしょう」
その時、テルミの声がした。見ると、大きな鍋を両手に持って立っている。もう作ったのか。
「冷蔵庫がほとんど空でしたので、素麺にしました。今、おつゆを持って来ましょう」
その鍋をテーブルに置くと、流しに用意してあった別のお盆を持ってくる。そこには、めんつゆが入ったマグカップとかお椀とかが乗せられている。その中のひとつは皿で、薬味の刻み葱がこんもりと盛られている。そういえば素麺は買ったけど茹でるのが面倒だったから作らないでいたんだっけ。
それと別の皿には、パックで買っておいたおしんこがつけあわせとして乗っている。
「さ、どうぞ」
箸が手渡される。うぅ、なんか緊張するな。
「ねぇお兄ちゃん、これってどうやって食べるの?」
「どうやってって、ん?ケイ、箸は使えたのか?」
「んー、わかんないけど、やってみるっ。だから、使ってみせてっ!」
と言いながら、手に箸を握り締めている。こりゃ、もしかしたら箸の使い方から教えなきゃなんないかもしれないと心の中で苦笑してしまった。
テルミのほうはただにこにこしながら。やっぱり俺を見ている。
こりゃ、俺が食わないと始まりそうにない。意を決し、箸を右手に、マグカップを左手に持った。
「じゃ、じゃあ、いただきますっ!」
ずるるるるっっ!
もぐもぐもぐ。
ごっくん。
「どう、でしょう?」
すかさずテルミが聞いてくる。なんとなく緊張しているような感じがする。
「うん・・・・・・うまいよ」
「あぁ、よかった。将仁さんにそう言ってもらえれば安心でしょう」
「おい、ちょっと待て、俺は毒見役か?」
「あらあら、そんなに怒らなくてもいいでしょう、ふふふっ」
正直、素麺の味なんかそんなに変わらないんだろうが、女の子が茹でた、と思うだけで美味いような気がしてしまう。
「ふぅん、お箸って、こう使うんだ・・・・・・よいしょ、あ、あれ?」
「あぁ、ケイさん、お箸は、こうやって持つんでしょう」
「えっと、こう?あ、あれ、うまくいかない」
「ほら、一本目はこう持って・・・・・・」
テルミがケイの手を取りながら箸の持ち方をレクチャーしている。
なんだか本当の姉妹が見せるような、ほのぼのした風景に、目じりが下ってしまう。
「テルミさんって色々できるんだね」
「それはもう、テレビですから。最近はテレビでもお箸の使い方を取り上げていますでしょう?」
「うん、でもケイももうメモリーしたよっ」
でも、やっぱりこいつらの本質は機械なんだよなぁ。
ちょっと寂しい気持ちになりながら、俺は素麺をすすった。