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世の中、一度手を伸ばしてその世界に入り込むとなかなかその手を離してくれないらしい。
部活が無いと学校は授業を受けるだけになってしまう。すると、授業時間がとても長く感じることが分かった。
授業中に寝たことはないが、労力を使わないように片腕に顔をのせて、教師の話を聞きながら、頭三割くらいは吹奏楽部についてと次の部活についてを考えていた。未だ吹奏楽部を辞めたことが自分にとって正しい選択だったか分からない。またこれから先、吹奏楽部のチームメイトに普段の日常で遭遇したとき、どのように接すればいいのだろう。裏切り者として嫌な目で見られるか、それとも変な気を遣わせてしまうかもしれない。
人間関係は厄介だと改めて思う。心の準備など無意味な気がする。しかし時間はいつも通り流れ、待ってはくれない。そのため、僕は早めに決断して、まだ知らない世界を知るために別の部活には入ろうと思う。
そんな中突然、
「朝宮、次のユークリッドの応用問題を黒板に書け」と指名された。
高校数学は、解くまでの過程が長く難しい。先程までの考え事を中断して席をたち、黒板に向かう。
黒板に解答を書いている間の生徒の待ち時間の過ごし方はまちまちであった。ボーっとしていたり、先のほうの問題を予習していたり……。ただ、一番気の合う友人がほほえんできたのだけ、気になる。
解き終わり再び席へ戻る。答えの核は合っているのだが、教師が補強や補足を付け加える。問題の解き方へのプロセスは頭に浮かぶのだが、自分の将来についてはなんの骨組みも立っていない。僕は一体何者なのだろう。そんな答えの出ない問いについて考えたことがあるのだが、考えれば考えるほど自分が分からなくなったので考えないようにしている。
今現在、自分は成績上位にいる。しかしたとえ成績が悪くても、世渡りが上手い人が人生の勝ち組ではないか、と難しい問題を解いていてふと思う。そうは思いつつも、周りの人に流されないことをモットーにしている自分は着々と問題集をこなしてきていた。
あと五分で長かった午前中の授業が終わる。今日もあの少女は閑散としたあの神社にいるのだろうか。一人でたたずむ姿が目に浮かぶ。中三のこの時期に悩みはないのだろうか。
教師は授業が終わりに差し掛かってきたので、締めに入っている。宿題が提示された。はあ、と溜め息をついてメモを取るとチャイムが鳴った。
昼休み。いつもの庭で弁当を食べようと立ち上がった瞬間、名前を呼ばれた。見るとドアに吹奏楽部の部長さんがいた。
弁当を置いて、廊下へ向かう。部長さんは小学生の頃からトランペットを吹いていたらしい。部内トップの実力であるのが何よりの証拠だ。学校内でも人気がある方で、サイドに伸ばした黒髪がとてもよく似合うとても可愛い方だ。そんな人に名前を呼ばれると普通の男子高校生ならば、嬉しく思うのが当然なのだろうが、吹奏楽部を辞めた自分が部長さんと面と向かって話すのはいささか気まずい。
「ここで話すのはちょっとアレだから」
と言って歩き出した。ここは自分も素直に従って後に続く。女子天下であった部活内でも男子共はとても従順だった。
屋上までつくと空いてる場所を見つけて腰を下ろした。屋上は心地よい風が吹き、校庭の他にも市街地まで見渡せたので、人気の昼食スポットであり、訪れる生徒は少なくなかった。
部長さんは市街地の方を眺めていたので、自分は校庭の方を見る。集団で騒ぎながら、サッカーのような遊びをしていて、とても楽しそうだ。しばらくすると部長さんから口を開いた。
「音楽は人生を豊かにしてくれると思うの。人の心に刺激を与え、楽しくさせたり、しんみりされたり、かなしくさせたり……。そういう力があると思うの。それをみんなで作り上げる。苦しいこともあるかもしれないけど、みんなでやれば乗り越えられる。吹奏楽の面白さを思い出してほしい。朝宮くんは吹奏楽部辞めるべきではないと思うの。朝宮くんは部にとって必要だよ。きっと将来後悔する。今ならまだ戻ることもできると思う。……なんで朝宮くんは部活を辞めようの思ったの?」
昨日、自分が部活を辞めると言ってから色々考えてくれたことが伺える。
迷惑をかけてしまったと思いつつ、有り難いなあと思う。
「僕は今年の四月からトロンボーンを吹き始めてたんですけど、やっぱり周りとの差を感じたというか、短期集中を習慣、継続して努力する自分のやり方と、短期日数に長時間の練習の仕方があってないなと最近思い始めたんです。」
しばし沈黙が流れた。
「吹奏楽というものはたくさんの楽器で成り立っているから、個人練習、パート練習、全体練習があり、時間がかかるのはしょうがない事だよ。それに朝宮君が辞めることでトロンボーンの音に厚みがなくなる……みんなで演奏することに意義があると思うよ。」
「自分も確かに音楽は楽しいって思うんですけど、高校生は時間がないって自覚し始めましたし、部員のみんなと違って、純粋に音楽を楽しめていないって感じたんです。」
部長さんは少し時間をおいて喋りだす。
「確かに高校生は時間がない、とみんな思っているよ。その中で吹奏楽部をやることがのちのち大切な意味があったって分かる。チームを思って、みんなで懸命に練習する。どの楽器、パートもチームで重要な役を担っている。個々の努力が全体につながるんだよ。演奏は楽しいでしょ?」
僕は思ったことを素直に言う。
「確かに吹いている間はとても楽しいです。でも部長さん。後輩の戯言を許してください。この世に必然なんてない、と僕は考えているんです。選択肢はいくつもあって一つじゃない。そして最後に選ぶのは自分の本当の直感から。温度差が違う人間が場にいたって空気を壊すだけだと思うんです。部長さんの言っていることは正しいし、あなたは僕が高校に入って出会った尊敬する人の一人です。コンクールへの部活の統制もかっこよかったですし、僕と違って輝いて見える。」
先輩に対して少し生意気だったかもしれない。でも、僕が言いたいことを素直に聞いてくれていた。
「朝宮君の言いたいことはなんとなく分かった。私は小学生からずっと楽器を吹いてきているから、初心を忘れているのかもしれないね。それに朝宮君は中学まで運動部のだよね。私は相手と体を動かして、勝負をするという経験がないから、私の考え方は少し堅いのかもしれないね。」
部長さんは微笑んでいた。それからいくつか他愛も無い話をした。先輩と一対一で話せる機会なんてそうそうないだろう。部長さんは朗らかで優しい先輩だった。
「戻ってきたくなったら、すぐ戻ってきてよ。メンバー確保が最優先だから。」
そう言って、屋上を後にしていった。時計を見ると昼休憩の終わりまで十分を切っていた。昼飯を食べていないことを思い出し、急いで教室まで戻った。
過ぎてみても授業が長く感じた。急いで次の部活を見つけるよりももう少し、この何も背負うことのない時間を過ごそうという結論に至ったので、ゆったりと靴を履き替え、外へ出る。
昨日より一層、冷たさを増した風が彼に吹きつける。その風に乗って、金管楽器の音が耳にすんなり入ってくる。少し違和感を覚えるような音色だった。
吹奏楽部について考えないでいこうとしていた矢先に、否応なく耳が反応する。音色の違いに気づいてしまったことで、自分はまだ吹っ切れていないのではないかと疑ってしまう。
そんな思考を遮断して、今日もあの神社に少女がいるのだろうかと考える。雲は昨日より速く動いている。相変わらず人々は、昨日と変わらない行動をしているようだった。
校門を出ると市街地とは反対側へ歩く。市街地より賑わっていない隣の市へ向かう道を歩く人はほとんどいなかった。がその分、開放感を感じた。丘の周辺にいれば、誰もが気づくであろうあの山が今や自分の中で存在感を増している。なぜ今まで気づかなかったのだろうか。
山が近くなると、急に道が自然味を醸し出す。人が通った気配がないくらい静かだった。
昨日の神社へ入る山の入り口である鳥居を見つけると、一度深呼吸をして、中へ踏み込んだ。
昨日と変わらない静けさ。秋を象徴するかのように見頃である紅葉。景色を堪能するかのようにじっくりと見ながら進む。社殿までつくと昨日の少女がいた。昨日より時間が早いからか、本を読んでいた。可憐な雰囲気だ。
自分に気づいて顔を上げる。一瞬顔を輝かせたように見えた。彼女がいることに安堵を感じ、隣へ行って腰を下ろした。
「今日もいるんだね。」
「案外、岡高生さんも暇なんだ。私はだいたい平日は毎日来てるよ。」
まあ、暇なのは部活に所属していないからであって、決して高校生は暇ではない。しかし、恥ずかしいので言わないでおいた。
見ると受験の参考書を読んでいた。
「君はどこの高校を受験するか決めたの?」
「まだだよ。実際に決めるのは、12月ぐらいだし……。まあ、選択肢は多いほうがいいかなと思って。」
選択肢が多いほうがいい、とは一概には言えないと僕は思う。
選択肢が多いということは、自分の可能性が広がるということだ。しかし、最終的には何を目指すのか選択する、つまり多々の可能性を切り捨てなければならない。選択肢が少なければ、それぞれを特化させることができるが、多いと平均的に力を注ぐので、自分が何をしたいのか分からなくなる。ちょうど、……今の自分の様に。
不意に彼女が立ち上がった。
「岡高生さんは今日は何時までいるの?」
「多分、君が帰るくらい。」
彼女は少し考え込むような仕草をする。
「それなら今日、久しぶりに本殿に行くから一緒に行かない?」
いいよ、と答えようとしたが、頭が質問の内容を理解をできていなかった。久しぶりに行くという、意味が分からない。だって、彼女は社殿の中に座っているのだから。
「本殿ってどこ?」
「山の頂上に決まってるじゃん。」
彼女は少し驚いたように応える。
やっぱり自分の中の常識というか建築感覚は間違っていなかったようだ。
「岡高生さんは知らなかったんだー。ここの神社って、景色が綺麗という理由で昔はけっこう有名だったらしいよ。だから、所々道は舗装されているし、今も景色は綺麗だよ。」
高校生は過ごす時間の流れの違いからか、学校の付近の情報に疎いらしい。実際、世間話についていけてない奴さえいる。でも、自分はそこまででは無い。ただ、情報源が世界の出来事をリアルタイムで発信するデジタル新聞派だったが……。
「君は今まで一人で本殿まで行ってたの?」
「そうだけど、普段の一人だと、『本殿に行こう』とはなかなか思い立たないから。……実際、三ヶ月に一回ぐらいしか行ってないけどね……。」
いつ来なくなるかも分からない自分が来ているうちに早めに本殿に誘うとは、聡明な判断だと思う。
「いいよ。でも、道分からないから君の後にただついていくだけになっちゃうけどね。」
返事を聞くと、彼女は荷物をまとめて立ち上がった。
社殿の奥にはコケが生えた石畳が広がっている。結構急な階段だ。その場所だけ木を切り抜いたように周囲は色づいた木々が連なる。彼女の歩幅に合わせて、すぐ後ろについて歩いていく。
みると、三方と呼ばれる神餅や神酒・水を供えるための木製の台とお供え物を持っている。少し重そうだ。
「それ、持ってあげようか?」
すると彼女は、にかっと笑って応えた。
「いつものことだからいいよ。それに、私の方ばっかり見て人の心配するよりも景色を見て、自分中心に考えた方がいいよ。うっかりしてると転ぶし。」
意外と行く道は滑らかではなく、なかなかハードに思われた。
自分中心でいいのだろうか。
社会は集団を乱すものを許さない。それ故に、人は周りを気にする。自分の考えを抑えてまでして、集団中心で考えようとする。それがいつしか人々の間で自然と身についていく。
しかし今は二人しかいない訳であり、どちらが偉いとかいう優劣もなく対等な関係だと思うから、自分中心に考えても良いのかもしれない。
「頂上までどのくらいなの?」
周囲が木々に覆われ、社殿が下に見えなくなるぐらいまで歩いてきたときにふと、疑問に思った。
「まだ、全然先だよ。だって頂上まで行くんだから。」
「麓にある社殿は何なの?」
「あれは、拝殿っていって、本殿の分霊が祭ってあって、本殿に行かない人のための神社みたいなものなんだよ。今ではその拝殿にさえ人がこなくなっているんだけどね。」
少し歩くとあたりは完全に森だった。色づいた葉の所々からは光が漏れている。葉の色づき方の違いが周りのどこに目をやっても分かる。山の入り口にマムシ注意という看板があったが、草は生い茂っていなく脚下は見やすいため蛇はいなさそうだった。。
「岡高生さんって、意外と帰るの早いんだね。」
岡高生がみんな早いんじゃなくて自分が部活をやっていないから、と素直に言おうか迷ってたが、結局隠す必要もないと思ったので、素直に答えることにした。
「実は、つい先日部活動をやめたんだ。ちょっと忙しすぎたから。」
「……そうだったんだ。何の部活に入っていたの?」
「トロンボーンっていう金管楽器だよ。」
「あっそれ知ってるよ。トランペットより低いけど、音色が結構似てるやつだよね。」
中学までは吹奏楽部は女子の入っている割合がすごく高いのだから、女子は知っている人が多いのかもしれない。
「君は何をやってたの?」
「うーんと、テニス部に入っていたよ。」
さっぱりした外見から、よく似合うだろうなと推測する。中学はテニス部だった自分といつか一勝負したいものだ。
いつしか大きかった石畳の階段が小さめの石に変わり、道幅が狭くなった分歩きづらくなっていた。右側が少し切り立って、自分たちがだいぶ登ってきたことが分かる。
「本殿には中学の友達とかと来たことはあるの?」
「ないよ。だって皆塾とかに籠もってるし、皆からしたらここって時代が遅れてるっていう印象があるんだって。」
「高校生なんかここに神社があるなんて、ほとんどの人が知らないと思うよ。」
「うわー。なんか本当に私と生きている時代、一緒なのかなー?」
彼女と初めて会ったときは口下手なのかと思ったが、そうではなかった。彼女と会話するのが楽しい。
急に周りが騒がしくなってきた。
見ると鳥やサルがいる。冬の準備として、食料を集めているのだろうか。
鳥の鳴き声も、鳴き方の違いからか重音奏に聞こえる。ここにいると生命が『今を生きている』って感じる。
「ここらへんは結構賑やかだね。」
「頂上まであと少しだからね。本殿にも結構動物がいると思うよ。」
木々の真新しい爪跡や足跡から動物の生活感を感じる。今まで身近で生活をしていたのに、知らなかった別世界がすぐ隣にある。
「私たちがここに干渉しちゃだめだよ。特に最近の人は人間が偉いと思って、動物を下位に見てるから、すぐ餌をあげようとするの。でもそんなの思い上がりだから。」
「じゃあ、君はここの動物には干渉してないの?」
うん、と頷いた。
「自然界には一定のルールがあるから、こんな人の手が及ばない地では観察することに徹してるの。今までは一回もなかったけど、もし異常を見つけたらその時は父さんを呼んでなんとかしてもらうけどね。」
栗や野いちご、山葡萄が生えている。この山は果物も豊富なようだ。
「食べれる果物はつんでもいいよ。そこのやつは食べれるよ。私たちが取る分ぐらいなら、全然干渉したことにならないから。」
笑いながら、つんだ野いちごを手渡ししてくれた。少し酸っぱいが美味しい。山葡萄も店のものよりは小ぶりだが、瑞々しくジューシである。ここの動物たちはこんな美味しい物を食べているから健康なのか、と少し羨ましく思う。
少女は山についての知識は豊富だ。が、一般中学生の知識としてはどうだろうか。
「ぶどうといえば、日本で生産量一位の都道府県って知ってる?」
「知ってるよ。果物の多くが生産量一位の……山梨県」
馬鹿にするな、とばかりに即答する。
「では、なぜ山梨県は果物の生産量が多いのでしょうか?」
「昼と夜の一日の気温差が大きく、年間の日照時間が日本一長いことと年間の降水量が少ないことだよね?」
「それを社会用語で?」
「中央高地の気候」
「正解。」
案外地理が得意らしい。
「山梨で果樹園の多い土地の様子は?」
「ええっと……、山に囲まれた軽い傾斜に水はけの良い砂だったっけ?」
「それを社会用語で?」
「扇状地ーー」
重要用語はすんなりでてくるが、その用語の説明は難しいはずなのに、要点をついている。
「昔は果樹園が多くなかった。その代わりに何をやってた?」
「桑畑。蚕を育てるためだよね。外国と貿易が始まった明治時代に、蚕の糸が日本の主な輸出品だったから。」
ここから歴史に絡めた問題を出そうと思ったら先読みされた。『社会は、色々と繋がっている』ということを教えてあげようかと自負していたのに……。
問題を出している方は自分であるはずなのにこっちも試されている気がする。やっぱり僕たちの関係は対等なのかもしれない。共通の知識の話題で楽しかった。
問題を出すことは面白い。人に知らなかった事を教え、それが彼らの生きていく上で糧となり、思い出となる。そんな生徒にとって当たり前のことが、教師としての生きがいになるのだろう。しかし、やっぱり自分は教師には向いていないなと思う。
立場の違う人間とは話題共有がしにくい。それ以上に教師と子供となると立場が対等でないため、自分の中に優越感が生まれてしまうのかもしれない。生徒が知らないことを自分が教えてあげられる。そんな思いを懐きながら、仕事をしていたくなんかない。それにそんな職場で今まで知らなかった世界が分かるようになるとは思わない。だって、今まで生徒として先生の仕事内容などを見てきたのだから。
周りを見渡すとまた、静けさが戻り始めていた。
「私のこと、見直した?」
僕の目を覗き込むように聞いてきた。
「ああ、結構見直した。僕の知らないことばっかり知っていたから、違う世界で生きている人かな。とか思っていたけど、案外共通知識も持っていて親しみが湧いた。」
自分の思ったことを率直に伝える。
「そう。それはよかった。」
そう言って、再び僕の前に出て歩き出す。
突如、白銀色の大蛇が目の前に現れる。木の葉から漏れる光を反射していて、神々しくもある。
彼女はその横を慣れた足取りで先に進んでいく。
「ヘビっていうのは結構臆病な子なんだよ。だからこっちが何もしなければ、ヘビも何もしてこないんだ。それにこの白蛇はいつもこの辺りにいるんだよ。キレイな白色だし、私はなんか神様の使いみたいに思っているんだ。と、ここで君に朗報、このヘビのあたりを超えると本殿はすぐそこだよ。」
木々の合間から外界を見ると学校はもとより、市街地まではるか眼下に見える。
じわりじわりのにじみ出る達成感を抑え、白蛇の横を通り過ぎる。案外穏和なヤツだった。
そこから少し進むと、そこにはまた別の世界が広がっていた。鮮やかな赤や黄色の暖色の和やかな空間に翠緑が緊張感を与える。翠緑は騒然と整列され、太く真っ直ぐ、天に向かって伸びている。各節が輝き、荘厳さを醸し出す。
この山の植物はどれも、人の手がかかってないからか、どっしりとしている。勾配が緩やかになり、両側の一番手前に並んだ竹だけ淡い黄色と赤色の花を咲かせていた。それが重なり合って、威圧的でありつつ華やかである。今、この瞬間のためだけに、長い年月をかけて何年も前から準備してきたようであり、やっと今、咲いているような力強さがある。それはまるで小学生の頃に修学旅行で行った奈良の嵐山の竹林のようだったが、それを上回る華やかさと静かでゆったりと流れる時間を感じさせる、荘厳さがあった。
ゆったりと竹林を進むと、ついに社殿が見えた。麓の拝殿とは比べ物にならないほど大きい。
本殿は平らな土地にたっており、景色が見えるよう一部分の木々が切られていた。代わりに手すりが設置されているのが見える。
早くあの場所へ行って壮大な眺めを見たいという衝動に駆られた。残りの道を走って、駆け抜けて、遂には少女を追い越して、風を切って僕は目的地に到着した。