ACT.03-25_At the ″their″ Cliff.[chapter.06~08]
6
「うん」
その誰かは、双眼鏡から目を離す。
「行動はあり、けどミッションは変更なし。こうも上手く行ってくれるんじゃ、何て言うかクナブラ=クォド=アモル殿はやっぱり良い狩場になりそうだネ☆ ゲゥエアィイッヒッヒ☆」
7
任務、ヴァティカン郊外のハルピュイア生息地の調査。
護衛役として同行者一名。外周部ラバロ門付近の教会直営総合宿泊施設『アルミス=レクトゥロ』一階ロビーにて合流。
指定時刻、一七時二七分。詳細なプロファイルは後で送る。
「……何て言うか、適当にも程があるメモだよねコレ。せめて相手の名前くらい書いといて欲しかったのに、これじゃあ合流するのに何時間掛かることやら……そりゃまあ、情報が洩れちゃヤバいからってのはあるけどさあ……」
さて、場所と時間が変わって現在。
彼女事こと『勇者』は夕食代わりのホットドッグ(教会領外からの輸入品……らしい)にかぶり付きながら、空いた片手で小さな羊皮紙に目を落としていた。
そこはクナブラ=クォド=アモル殿が存在する中枢部からは結構離れた場所、つまる所ヴァティカンとその外との接点たる区域だ。ここは対魔術結界『約束された地』によって防護されたヴァティカンの中では唯一、指定時間だけ結界が解除され、円卓騎士による検問付きではあるが街の内外への自由な出入りが許可されたエリアでもあった。それだけ外の人間や情報、資材なども入っていくし、逆にヴァティカンで生産された物品や辺境配置の円卓騎士なんかも出ていく。
ようはエドワルドが店を開いていた区画ともまた違った雑多さに溢れた所なのだ。もちろん教会領中枢としての法は普通に適用されるし、魔術の行使なんてしようものならすぐさま城壁配置の円卓騎士がすっ飛んでくる。どういう理不尽があるにせよ、ルール自体は街のどこでも共通ということだ。
「……いや、分かるんだよ。リディアスだって他の仕事で忙しくて、閣下のいないクナブラ=クォド=アモル殿をきちんと回していって、その上子供達の授業にも手を付けないといけないってのも承知の上なんだよ。しかもリディアスって小姓って名前の執事長でしょ、閣下の部屋の掃除とか整頓とか書類の整理もしなくちゃいけないから、他のことに気を取られる暇もないって言うのは分かってるよ。……だけどさあ、ちょっとこのメモは酷くない? 相手の顔も知らないって言うのに、その場で合流してパーティー組めってのは無理ゲーじゃない?」
「結果的に成功したのですから……その、あまり気にすることは、……ない、と思います」
「いつも通りの嫌がらせとかじゃないよね? リディアスってああ見えても結構腹が真っ黒な文字通りの黒s」
「そういう教会のオエライサンに怒られそうな発言はいけないと思いますよ!?」
「冗談よ冗談、私も少しは緊張してきてるんだから、ついでの憂さ晴らしってヤツ。まあ近郊とは言っても初めての場所に行くんだから、緊張感はある程度保っとかなきゃいけないかも知れないけれど」
そんな街の中を、『勇者』ともう一人の少女が並んで歩く。
ルーシー=ギブスンとかいう名前らしい。らしい、というのは本人から自己紹介された時に初対面の緊張のせいか本物の『勇者』に顔を合わせた動揺のせいか、この少女がガッチガチになってしまい名前を上手いこと言えなかったためだ。服に付いていた名札のそれとは一致しているから多分本名で良いのだろうけど……しかしこの少女も彼女に負けず劣らずの奇妙な子だ。
服装らしい服装と言えば、地肌に直接羽織ったシルクのようなフード付きの……カーディガンなのか? それと肩掛けのマント、それから黒タイツに腰回りを覆う簡素な鎧が一式。鎧については名札と錠前がセットでくっ付いている辺り、本来の用途は貞操帯とかだったりしないのだろうか。Victor……ヴィクター? ヴィクトル? 読みは知らないが、とにかくこの少女の夫か男かご主人様か、まあその辺の何かなのだろう。
そういうプライベートにはあまり突っ込まないのがジェントル(違)というものだ。彼女は羊皮紙を懐に入れ、腰の『聖剣』を軽く撫でながら、
「それにしても……ルーシーさん、で良いかな。貴方もアモル=クィア=クィスクの聖術師なの? リディアスが直々に送って来る程となれば相当の腕がありそうだけど」
「あ、えと、ルーシーで構いません。……ヴィクトルからも、その……人見知りな性格は改善した方が良いって言われているので、できれば気軽に読んでいただけると」
「……その貞操帯に付いてる名札もヴィクトルって書いてあるけど……まさか旦那?」
「ひゃいっ!? ちょ、いつの間にそれを!? おかしいな、ちゃんとスカートに挟んで見えないようにしてたのに……よ、よりによって『勇者』さんに見られてしまうなんて……はうう……」
耳まで真っ赤になるぐらいなら何で普通の恰好をしないのか、という疑問は言わないでおこう。先程から周囲の男どもの視線がこっちに向いているのを見るに、この場でそういう方向に会話を持って行くのは良くなさそうだ。
「……そ、そのぉ……私は聖術師じゃありません。アモル=クィア=クィスク修道会のことは知ってますけど、教会には入信してないんです。生前洗礼も受けてないし、そのせいでミドルネームも貰えてなくて」
「あれ? それじゃあ『借名無神者』だったりとか? 確か異端盗伐の人員増強の名目で、洗礼を受けていない人間を引き抜いて傭兵として扱っているっていう」
「実はそれでもないんです。というか私の出目からするとこの街……教会領の中枢であるヴァティカンにいること自体が結構マズいというか、入ったことがバレるとちょっと面倒なことになりそうと言うか。あまり大声では言えませんが、私も魔術を使うことのできる人間ですから……。理論上は全ての魔術行使、ないし魔術師の市内侵入を防げるはずの『約束された地』に私のような魔術師が入ったとなれば、それこそ問題になるなんてレベルに留まりません。私はリディアスさんに手伝ってもらって合法的に入れてますが、実際はこれだけでもちょっとした暴動が起きかねない異常事態なんです」
道理でメモが簡素な訳だ、と数ページめくれば納得の彼女。
しかしそれなら護衛役にしてもマシな人選はなかったのだろうか。円卓騎士団でも黄金柏葉以上の階級に当てられている者は暗殺系『ギルド』の職人とも互角以上に渡り合える実力を持っているのが普通と言うし、その気になればフィナンジュを経由して直接引き抜くこともできたはずだが……裏にも裏で面倒な事情があるのだろう。
リディアスには清楚な外見に似合わず陰険で悪趣味な所があるが、仕事自体はキッチリこなす有能な人物なのだし、伊達や酔狂で人選を行ったとも思えない。このルーシー=ギブスンという少女も見た目はこんな感じだが、きっと腕の方は確かなはずだ。
「まあ合法とは言っても書類を違法に書き換えるとか結構グレーゾーンな所もあって、この顔がバレたらやっぱり円卓騎士が飛んでくるはずですが」
「最後は力業かよあの黒〇事!! やっぱやること成すこと仕事全般が信用できないじゃない!!」
一応朝っぱらの騒動の後、クナブラ=クォド=アモル殿に戻ってきた時に適性検査の解答用紙をチラ見してみたのだが、筆跡から筆圧からインクの滲み方までそっくりコピーできるという技量は目を見張るものがあった。何せ自分の文字と全く変わらないだけではない、その日その日のコンディションによる微妙な書き方の変化までトレースしているのだ、あれだけの腕があれば教皇インノケンティウス六六世の書簡だって簡単に偽造できるだろう。
そう考えると書類を書き換えるなどリディアスにとっては造作もないことなのだろうが……博愛人道主義を掲げてるアモル=クィア=クィスク修道会の『修道院長』の側近がそんなことをして怒られたりしないのだろうか。ちょっとその辺が不安な彼女だった。
「……目的のためには多少の黒い手段も止むを得ないって感じか。そもそもアモル=クィア=クィスク修道会の教義自体、儀式も聖書もクソ喰らえって感じだしなあ」
「最近勢力的に強くなってきているプロテスタントよりもヒャッハーしてそうな感じですね……噂話は多少聞いてますけど、何でもトップのアストレア司祭枢機卿が頭のネジが五〇〇本ぐらい抜けてるモノスゴイ変人だとかいう」
「変人で済まない所がアレなんだけどね、閣下は。妹さんを粛清されてるって言うのにあの性格の明るさだもんなあ……並の奴とはメンタルの耐久力が比較にならないよねえ」
「?」
薄い目で呟く彼女と、小首を傾げるルーシーの横を銀色の鎧の一団が横切る。
肩のマーキングからして六大修道会の一角、プラエセプトゥム=クゥム=ヴェリタス修道会の連中だろう。日々の鍛錬こそが主の教えを理解するに至る最短ルートだと説く自力回向風味の修道会で、特に円卓騎士団に所属者が多いという話だったか。夜店が賑わう外周部の雰囲気とはやや乖離した印象もあるが、思えば彼等も聖書の教えとはやや異なる修行が主流だったはずだ。
かつてのイレギュラーも、時間がたてばレギュラー。
教会による統治体制の最初期から存在したはずのアモル=クィアが次第に異端のような扱いを受けてきているのは、ある意味その弊害なのかも知れない。
(まあ、それを言ったら『ギルド』も同じか。『骨船』のノルマンディー航路だって、前は地元民の『ギルド』が運送を請け負ってた所に教会が首突っ込んだ形だからなあ……航路の利権闘争だって何回やったことか……)
「……えっと、『勇者』さん? そろそろ城壁が……」
と、そんな風に考えていると横にルーシーの顔が。
思ったより考えに浸っていたらしい。彼女は若干気恥ずかしく頭を掻きながら、
「……ああ、もうそんなトコか。歩いてると意外に狭いんだよねヴァティカン。外からだとあんなにデカく見えたのに、自分の足で踏んでみると拍子抜けするって言うか……」
「それは『勇者』さんの体力が常人以上だからです。私は魔術で多少強化してるから大丈夫でしたけど、ヴァティカンの中心部から城壁まで徒歩で行ける人なんてそうそういませんからね。普通は馬車ですよ、この広さだと」
ルーシーの言葉に釣られるように視線を上げる。
そこには地上の光にかき消されて見えにくくなった星空をさらに覆い隠すように、巨大な構造物がそびえ立っていた。ヴァティカン外周を円形に取り囲む城壁であり、かつヴァティカンを外敵から防御する結界『約束された地』の発振器だ。
東のマルグロッタ門から西のオステリア=デッロザ門、北はラバロ門からクァルトゥス=ムニチピオ=ローマ門まで、直径一五キロメートルを超す巨大城塞。その強度は並の攻城用兵器では破るどころか傷一つ付けることも敵わない、まともに攻めたかったら奇跡陣並の火力を持ってくる必要があるとされているが……正規の記録に載っていないだけで、実際には何度か魔族の攻撃によって崩された部分もあるらしい。しかもその度に急ピッチで修復され、情報操作記憶処理も徹底して行われるために、誰もそのことを知らないか覚えていないという極み付きなのだった。
……こう、その都度修理作業に駆り出される円卓騎士や聖術師が不憫でならない。せっかく仕事をしても功績を残してもらえないというちょっと残念な職場と化している気もする、という率直な意見は胸にしまい込んでおくとしよう。
「城門が閉まるのは夜の九時ですから、もう少しだけ時間がありますね。私は大丈夫そうですけど……『勇者』さんは何か準備とかは? 治癒用の護符とかならストックはありますけど」
「いざって時に護符で呑気に治療を待ってるのは素人っぽいからパス。体力も十分だし、軽い怪我だったら自分で治すよ」
「……そのいざって時に体力不足で倒れる方がもっと素人臭いですよ。特に今回は目的地に何があるのか分からないんですし、備えは多い方が良いんです。という訳でちょっとあの辺寄っておきましょう」
「……意外に手慣れてる感じなのね。露出趣味の変な子だって思ってゴメン」
「こういう仕事をする時は当たり前ですよ!! っていうかろ、露出って、そそそれ私のことですか!? あの、ち、ちちち違いますから私のこの格好はきちんと意味があるのであって決して誰かに素肌を見られて性的に興奮してどうこうとかそういうような変態的趣味はありませんから誤解しないで下さいいい!!」
またしても耳まで赤くなって顔の前で両手を振るルーシー。この初々しい反応からしても全体的にイジられ慣れていないようだ。彼女としてもこういうキャラの子と話すのは久しぶりなので結構面白みを感じているのが、その割には結構しっかり露出狂の定義を説明できている所が気に掛かったりはしている。
まあ、とりあえずこんな茶番は横に置いておき、ルーシーの勧めに従い城壁周りの出店をいくつか漁っていく。
中心部で買うとかなり割高な品が多いヴァティカンだが、こういう外周部周辺だと安く手に入ることが多いようだ。薬液、包帯、消毒薬、即時再生用の護符など、持てるだけのものは入手。多少出所の怪しいものもあったことにはあったが、店主の話を聞く限りでは大丈夫だろう。……一部を除いて。
「……こんな時間帯にこんな店に来るとか、さてはお嬢ちゃんたち……夜が寂しくてたまらねえ感じかn」
「よし決めたこいつぶっ殺す」
「あ、あのいくら発言が気に入らないからって真っ向から『聖剣』を振りかざすのは駄目だと思います!! そ、その人『聖剣』見ただけで泡拭いて気絶しちゃったじゃないですか!?」
……などというやり取りも挟みながら、ひとまず目的は達成。ちなみに今のムサいおっさんについては『聖剣』の刃の錆にする気も起きなかったので、一応靴底でナニを踏み潰してからその場を後にする。商品代だけ置いて持って行ったので違法にはならないと思うが、余計な注目を浴びてしまうと色々ややこしくなりそうなので早歩きだ。
そうこうしている内に円卓騎士の検問を過ぎ、城門も抜けた。
晴れてヴァティカンの城壁の外、北端であるラバロ門。名前の通りこのまま北に進めばすぐそこに小さな商業地区ラバロがあるのだが、今回の目的はそれではない。
(……ラバロも一回行ってみたいトコだけど、今は目標が違うからなあ。しばらくは我慢だぞ私。これが終わったらいっくらでも遊びに行ける……ようにリディアスがしてくれるはずだし!!)
ラバロ門を背にして東、ハルピュイアの主な生息地の一つとして知られるマルティリャーナ教会立公園。今回クナブラ=クォド=アモル殿に墜落したハルピュイアの少女の証言から、『ピネウス=アンテピティス』含めた違法『ギルド』による密猟行為の疑いが持たれている場所だ。
近日の調査結果などから多少とも絞り込みはできているが、まだ『ピネウス=アンテピティス』によるものだとは断定できていない。ハルピュイアの食糧である小~大動物の個体数激減は人為的なものである可能性が高いものの、本当に『ギルド』の犯行なのかどうかまでは掴めていないのが現状なのだ。その点も含めた今回の調査活動という訳である。
今夜も夜間警備に勤しんでいる円卓騎士の皆さんを後ろ目に、彼女は今一度手元のメモに視線を移す。
「マルティリャーナ教会立公園ねえ。ハルピュイアが住むにしては少し小さい気もするけど、実際の所ってどんな感じなんだろ。っていうか生息地? な割にはヴァティカンに近い……いやむしろお隣さんじゃない。あの『異変』が本当に奴等の仕業だって言うなら、こんな場所にまで入り込んできてるなんてマジで命知らずってレベルじゃないな。『ミーシャ』のいたインテルノ=ポメーツィアよりもさらに距離が短いし」
「『ミーシャ』……この間の『スライム』の事件ですか? 何でも『勇者』さんがアストレア=A=アストラーニュ司祭枢機卿の命で盗伐したっていう」
「まさか自分が当事者になるとは思わなかったけど、大体そんなんかな。盗伐……まあ、盗伐か。この表現もあんまり正しいとは言えないけど、あれからインテルノ=ポメーツィアってどうなってんのかな」
聞く話では、再建は駐留していた円卓騎士と、あの辺で勢力を強めていたルクルム=アクゥド=インペリウム修道会が主導しているらしい。件の事件が教会に与えた影響自体は小さいが、現場がヴァティカンへの陸路の駅としての役割もあった街ということもあり、そう簡単に放棄する訳にはいかないようだ。
ルーシーはルーシーで南側に顔を向けて、
「『ミーシャ』が根を張ってた部分が崩落して地盤沈下が起きてるって話ですし、建物の修復に取り掛かるまでには結構な時間が掛かると思います。アスファルト舗装の石畳とか、敷き直すの大変そうですけど……」
ふと遠い目をしていた、そんな時。
「ゲゥエアィイッヒッヒ☆ いや~~~随分待たせてくれたねえ『勇者』ちゃあぁン。流石の俺っちも退屈が退屈で退屈し過ぎてアレをああしてどうこうしちゃうトコだったゼ☆」
背後でもない。
かと言って真正面でもない。
生理的嫌悪感を煽るような嘲笑だけが、彼女達のすぐ近くから響き渡る。
いいや、
(……?)
ふっ、と一瞬彼女の足元に影が落ちる。
城壁から漏れ出る街の光に照らされて、彼女の足と全く同じ場所に、人の形の影が。
(、真上!?)
敵意、ついでにそれ以上の殺意。
エレメントを知覚し、操作することのできる『適合者』が感じ取れるとされる第六感だとか何だか言われるそれが、彼女の背筋に爪を立てたかのようだった。敵対心を超える『殺したい』が、頭上から降り注ぐ流れ星か……あるいは透明な吊り天上のように、一直線に突き刺さってきたのだ。
とにかく自分の感覚が掴んだ危険を回避すべく、ルーシーの腰を蹴って転がしつつ自分も横に飛ぶ。反射的に『聖剣』で防御の構えを取れるようになったのは『ミーシャ』戦以来の成長だと素直に思いたくもなるが、相手はそんなことまでいちいち考えてはくれない。
直後、ガンッ!! と火花さえ散らしながら、巨大な金属の塊がラバロ門外の石畳を貫いた。それも石と石の隙間を通すとかいうテクニック系ではなく、石の一枚や二枚を纏めて、その上周辺の畳まで巻き込む破壊を伴う力押し。振り下ろされた鉄塊の正体は両手持ちのバスタードソードのようだが、全体が錆や血糊で汚れている上に刀身は中程から折れて損失してしまっている。経年劣化の具合から見ても相当長く使い込まれたか、もしくは短期間にかなりの酷使をされたかという印象が浮かぶが、それは即座に別の光景によって上書きされる。
「ヴぇっはっは☆」
舌を垂らすような粘っこい音を立てて、巨剣を引き抜く……のではない。
石畳に深々と差し込まれたまま、地面を抉り取るようにして強引に振り回す。あたかも瓦礫の火矢のように、大量の粉塵と石畳の欠片を撒き散らしながら、『勇者』の『聖剣』、その柄頭へと正確な斬撃を加えてきたのだ。
(なッ)
その程度では『聖剣』に傷が付くことはないが、それでも彼女の銃身バランスは狂わされる。『聖剣』の質量そのものが振り子となり、彼女の防御姿勢を崩してしまう。身体の真正面を守るはずが横に反れ、上半身を無防備な状態で晒してしまう。
だが、
「……この、程度……ッ!!」
『勇者』としての肉体、エレメント操作により徹底的に強化された肢体。それらを用いて縺れる脚運びを無理矢理に押し込み、弾かれた『聖剣』の回転を逆に利用して手の中でくるりと回し、逆手に持ち替える。次の動作は単純だ。
全長一メートル強の『聖剣』の重量を無視し、相手の胴体を横薙ぎにする。
『光』のエレメントを筋肉に流すことで起こした強制的な筋収縮。それに伴う高速の斬撃は常人は、当然のこと円卓騎士や聖術師でも回避はできないはずだが……そいつは剣先に柔肌を裂かれながらも、すんでのところで後ろに飛んで直撃を避けていた。
コンマ一秒の思考時間しかなかったにも拘らず、反応速度が異様に早い。その上『聖剣』よりも長大で重量のあるはずのバスタードソードを華奢な片手で、細身のナイフのように軽々と扱っている。どう考えても一般常識を逸脱し質量や重力法則を無視した挙動だ。先程の悪寒と言い、何かしらの聖術なり魔術なりを併用していなければ成せる業ではない。
そしてヴァティカンを出た直後、マルティリャーナ教会立公園へのルート途上での奇襲、と言うことは……
「アンタ……聞かなくても察しは付くけど、『ピネウス=アンテピティス』の職人?」
「分かっててもわざわざ聞いちゃう所はいつも通りじゃねえの『勇者』ちゃん? まー否定もしなけりゃ肯定もしないけど? 知りたかったら俺っちの死体から直接抜き取るのが一番手っ取り早いんでね? 教会って死者を敬うフリしときながらそういう聖術の開発にも手を出してるって話だし、『勇者』権限使えばデータベースくらい漁れるんでねえの? きっひぃっきぃ☆」
ヴァティカンを出て数メートルもしない内にいきなり襲撃とは、『ピネウス=アンテピティス』も粋な真似をしてくれる。
そんな感想を抱きながら見据えた相手は、小柄な……少年? いや声質からして少女か? どちらにしても全身をワイヤードビキニにも似た棘棘しい装束に身を包み、背中を覆うように頭にマントを引っ掛けた何者か。夜の暗さとマントの影で顔までは見えないが、それとは対照的に衣装はえらく露出度が高い。腕や脚や首回りなど、至る所に黒光りするワイヤーを巻き付けた外見は、どちらかと言うと悪趣味な教会重鎮が自分用の商売女に着せるために作った舞台衣装の方が近いだろう。
それに右脇腹から垂れている血は『聖剣』の切っ先が引っ掛かったことによるものだろうが、自身の負傷に戸惑っている感じではない。しばらく眺めた後、指先で傷口をなぞり、爪を立て、自分から荒々しく広げていくように掻き回していた。
その激痛さえ、ある種の快楽であるかの如く。
「まあにゃあ……最初の一手は合格って感じかァ。『勇者』ちゃんも流石に『聖女昇華』で突然変異したスライム相手にゼエハア言って逃げ回るだけだった時とは大違いだねえェ。で? だからどうしたって話じャああるんだけど? あんな末席、『ピネウス=アンテピティス』の皆さんとかに比べればクソも極まった雑魚っつーか、やっぱスライムはスライムらしく経験値稼ぎになるべきだっつーか、ねえ? そんでもって『勇者』ちゃんも目いっぱい強くなって、んで最後にはボスに美味しく頂かれちまう訳だねェ……ああいう意味で。ゲゥエアィイッヒッヒ☆」
「……本当に狂ってるな。『紅舞』とかいう奴よりも悪目立ちしてる」
「そりゃあ、『ピネウス=アンテピティス』って違法に作られた密猟系『ギルド』だし? まともな感性を持った奴が入ってきてる訳がないじゃあん。こういうのとか、順当に理性喪失したような奴が喜んで発狂できる場が欲しかった所にボスの一言とか、いやぁあああーもうたまんねえッスよたまんねえ!! どっかの『借名無神者』みてえな甘っちょろい慣れ合いとかとは大違いってのォ!! ギキヒッヴぇえぁ!?」
金属同士を擦り合わせるような嫌悪感を誘発させる笑い声が、唐突に途切れた。
マントを被っているために素顔の見えない頭が真横に折れていたのだ。見た限り頸椎骨折ではないようだが、明らかに横殴りの衝撃を受けている。ついでにワイヤードビキニのような衣装で覆われた胴体も各部が赤く腫れ上がっている。脇腹の出血なんて潰した紙パックの如く噴き出している有様だ。
もちろん、こいつの意志とは無関係なアクションだろう。
その原因は彼女に腰を蹴られて転ばされたルーシーだ。いつの間にやら少女の手の中には、どこから出てきたのかも分からない祈祷書が握られていた。それも単なる羊皮紙の塊ではなく、全体が純金のような輝きを放つ金属質の『聖書』。外見的には黄金のようではりながら風に煽られて紙のようになびくという矛盾した外見のそれを開き、空いた右手の指でページをなぞっている。
文字を読む、つまり聖書の音読。修道会に入信した聖術師が真っ先に基礎訓練として行うものだ。聖術魔術を問わず記号としてはこの上ない程にベタなものだが、この場合はむしろ単純な術式の方が効果を見込みやすいか。
「……対魔術結界『約束された地』、展開ベクトル調整。認識指向を変更すればこのようにも使えると聞きましたけど、まさか本当にできるなんて……」
「早速だけど援護どうもルーシー。ついでにそいつの口を蝋か何かで塞いどいてくれない? マジでこういうタイプの相手は苦手だから」
「しれっと怖いことを要求してきますね『勇者』さん!? そ、そのできないことはないですけど、ちょっとそれビジュアル的にどうなんですか『勇者』さんの所業として許可されるんですかね!?」
「あのね、認められるかなんてこの場合は問題じゃないでしょ」
今一度『聖剣』を回し、順手に持ち直す。
今度の構えは防御ではない、こちらからの積極的な攻撃姿勢だ。柄を握る右手を後ろに下げ、左手は幅広い刀身の側面に沿えるようにして止める。筋肉のストッパーさえ解除すれば、そのまま石畳に靴底がめり込む程のエネルギーが彼女を押し出してくれるはずだ。
こいつの素性は知らないが、『ピネウス=アンテピティス』の職人であることは間違いない。
その上ヴァティカンの外に出た直後の襲撃となれば、狙いが『勇者』なのは明白。
発言がどこまで真実かはまだ掴めない。限度からしてこいつの人格は破綻していると見るのが適切だろうが、断言するにも時期尚早だ。つまり、やるべき事は決まる。
「とりあえずコイツを何とかする。そうでもしなけりゃここから先には行けなさそうだし」
「……『ピネウス=アンテピティス』の職人を相手に、二人だけ……やっぱり蹴るべき仕事でしたかねこれ……ヴィクトル、寝る前のキスを忘れちゃったからこうなったのかな……」
「しれっとリア充アピールするんじゃないのルーシー。とにかく、コイツをどうにかしない事には始まらないんだから。ドSなリディアスの無茶な依頼でもね、やり抜かないと『勇者』のメンツが立たないってものなの。それに」
「それに? あのハルピュイアのことも気になるって言いたげな続け方じゃねえの『勇者』ちゃん?」
先読み。
人格がぶっ壊れているだけなら、とてもではないが可能な芸当とは思えない。
ルーシーの魔術によってねじ曲がった首をゴキゴキと戻しつつ、襲撃者は刀身の折れたバスタードソードを弄ぶ。だが途中でそれにも飽きたのか、唯一の武器をあっさりと手放し、その裸足でさらに叩き割ってしまった。
「ダメダメ駄目駄目全然だァめ。そういうのがあるから『勇者』ちゃんは教会の連中から嫌な目で見られるんだよ分からない? そういうお人好しがかえって事態を悪くするって何で気が付かないかなァ?」
元々ボロボロだったものを無理に振り回した弊害だろう。鋼鉄製の巨剣は赤錆を撒き散らしながらいとも簡単に崩れていく。その感触を足裏で感じながら、
「マルティリャーナ教会立公園。ハルピュイアの自然生息地としちゃあ有名だけどぉ……食糧危機が起きてるんだってねえ、俺っちたちのせいで。俺っちたちの仕掛けたアレのせいで、ハルピュイア達は飢えて飢えて仕方ない、もう人間の食糧に手を出さなきゃならない程に衰弱しつつある……でもさ、そんな選択ばかりが解決策じゃあないんだゼ?」
「……どういう意味よ?」
「分かんなイ? マジで分かんないのかなァ『勇者』ちゃん? そーりゃもう貝合わせ☆したくなっちゃう程にゃあ哀れって言うか哀れだわな? まー殺す前の種明かしは俺っちの常套手段だから教えてやっても良いんだけどォ……どうすっかなァ? ィッェッヴァィ☆」
あえて時間を先延ばしにしているかのように、襲撃者は気持ちの悪い笑い声を上げる。
金切り声をさらに枯らしたような音とでも言えば良いのだろうか。少なくとも教会領と魔族占領区を渡り歩いてきた経歴のある彼女でも聞いたことのないものだが、そこにいちいち拘泥していても仕方ない。どう言っているにしろ、そこに込められている意味合いが何にせよ、奴が『ピネウス=アンテピティス』の一員である以上、コイツを何とかしないことには何も始まらないのは同じなのだ。
『聖剣』の刀身に、背後からの明かりが反射する。
「っつってもヨオ、どうせマルティリャーナ教会立公園に行けば分かることだし、そこまで行ってみることを勧めてやるよ。自席っつっても俺っちの目的の場所もそこなんだし、『勇者』ちゃんの相手なら後でいくらでもできるんだしね。……知ってるから知らねえかは知らねえけど、あそこだって俺っち達『ピネウス=アンテピティス』の狩場なんだゼ? 意外と目立ってねえって言うか、俺っちが毎回毎回追っ手を全滅させてるからなんだがなぁ☆」
しかし、それでも不穏な一言をサラリと言ってのけた。
マントのせいで表情を掴むことはできないが、どうしたって欲望と歪んだ喜びで満ち溢れた笑顔が想像できてしまう。
「……マルティリャーナ教会立公園が、『ピネウス=アンテピティス』の……アンタ達の、狩場だって? ちょっと待ってよ……そんな話、リディアスは一言も……」
「……敵の言葉ですよ、耳を貸さないで下さい『勇者』さん!! こんな自分から精神破綻に向かってるような人の言うことがまともな訳がありません!!」
「真っ当な弁明どーもヘタレ魔術師ちゃん。でもね、『ピネウス=アンテピティス』があの場所に『トラップ』を仕掛けたのは事実なんだなーこれが☆ 効果は見ての聞いてのお楽しみってヤツだけど、いやースゲエよアレ? まさか『氾昂』のヤツが作ったあの術式がこんなにも使えるモンだとは思わなかったっすねえ☆ 今頃どうなってんのかなー、勝手気ままにフラツイタ個体は生きてるかも知れねえけどお、律義に群れに残った連中がどういう末路を辿ったか。そんでもってバッタバッタ落ちてきたハルピュイアは、『ピネウス=アンテピティス』の手でどうなっちまうか? 答えが知りたきゃ自分でマルティリャーナまで来て探してみるこったよ『勇者』チゥアン!! 俺っちたちとどっちの方が早く事を鎮められるか勝負と行こうかァ!? ゲゥエアィイッヒッヒ☆」
ドッ!! と石畳を踏み抜く程の勢いを付け、とっさに突撃を仕掛けようとした彼女だったが……相手の方が行動が早かった。
後方に飛ぶような格好で回避される。ギリギリの所で『聖剣』の切っ先が宙を薙ぎ、虚しく頭に被せたマントの端を裂くに留まっていた。今度はすんでの所で引っ掛かることもなければ、切り返してもう一撃を加えるにも至らない。
「きひっひヴぃ☆ やっぱ駄目だねーオッソィねえぇ『勇者』ちゅわん!? そんなんじゃあ誰もダンスにゃー付き合ってくれねえゾォ!! いっひっひっひひっひ☆」
「こい、つ……ッ!!」
速度が高いだけではない、ひたすらに反応が早い。その間に相手はバックステップで距離を開け、マントの中に手を突っ込んで……アレは簪か? それとも先の折れたレイピアか? 先程のバスタードソードと同様血と錆で汚れたそれを逆手に掴み、彼女に裂かれた脇腹を切っ先で撫でつつ笑っているだけだ。そのまま水面を跳ねる魚のように、何度も跳躍していく。着地の度、石山が崩落するかのような轟音と一緒に石畳を割りながら宵闇に紛れていくのだ。
音のお陰で辛うじてポジションは掴めるが、見失うのは時間の問題。
しかし発言を信用するなら、襲撃者の目指す場所は彼女と同じ。
その上、マルティリャーナのハルピュイアに食糧難をもたらした『トラップ』とやらを仕掛けた『ピネウス=アンテピティス』が、恐らくそこで『収穫』を始めようとしている。
どちらにせよ時間はない、ということか。
(チッ、それもこれも全部『ピネウス=アンテピティス』の仕業ってことだったのね……やっぱり密猟系『ギルド』なんてロクな連中な訳がない……!!)
「ルーシー、追っかけるわよ!! アイツよりも早くマルティリャーナ教会立公園に向かわないと色々ヤバいことになる感じだし!!」
「了解しましたけど……でも大丈夫なんですか!? 『ピネウス=アンテピティス』は『勇者』さんを狙っているって話なんですし、その上現在進行形で『狩り』をしている場に行くって……私の護衛ありきでも結構危険な気がするんですけど!!」
「あそこでハルピュイアが密猟されてるってのが本当にしても嘘にしても手を出さない訳にはいかないでしょうが!! それにアイツ、あんなイカれた野郎を放置しても良いことになる訳がないわよ!! とにかく、追っかける!!」
魔力によるルーシーの身体能力強化が切れないことを祈りつつ、『聖剣』を左腰に納め、こちらも全力で走り始める。
『ピネウス=アンテピティス』によるハルピュイアの密猟。
それは、マルティリャーナ教会立公園という近郊における虐殺。
その最初の目撃者になんて、彼女であってもなりたくはない。
8
各員に伝達。
誘い出しには成功した。
狩場はアモル=クィア=クィスク修道会本拠、マンダリン=アナティス邸内クナブラ=クォド=アモル殿。この点において変更なし。
第一ステップ、『勇者』の陽動は完遂。対象者は予定通りマルティリャーナ教会立公園に向け進行中。思考暴走抑制リミッター解除後の『裂禍』の行動にも異常は認められず、現時点で問題行動・発言の検知件数ゼロ。引き続き段階的にリミッターを解除しつつ『勇者』との交戦を継続させ、予定時間が経過しだいリミッターカットを停止することとする。
第一ステップ終了を報告。
引き続き、ステップを第二段階へ移行。
目標、ハルピュイア=プルーマ=ブラツィウム×一を発見次第、攻撃行動に移行せよ。必要であれば武装の使用制限を解除するが、今回はクライアントの意向により建築物及び民間人の被害は最小限に留めるため、解除レベルは三までとする。違反者には罰金並びに相当の禁固措置が課されることを留意されたし。
以上。