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再醒のセブンロード  作者: 帯刀勝後
再醒のセブンロード ACT.03
4/24

ACT.03-25_At the ″their″ Cliff.[chapter.03~05]


 3

 

 どこかの場所、大体同じ時刻。

 その人物は掌の中で踊る数字を目にして、『改めて』舌なめずりをしていた。

「……おっと網に掛かった、か。それにしてもビーコンが反応したのがクナブラ=クォド=アモル殿なんて、今度の狩り場は中々に面倒ネ。ボスってば気でも狂って……じゃないな。とっくの昔から発狂済みだったっけか、ゲゥエアィイッヒッヒ☆」

 到底人間が発音しているとは思えない笑い声が上がるが、これは別に異常ではない。

 もちろん、そいつにとっては、という意味でだが。

 獲物を狩るにも様々な手段がある。真正面から迫って一方的に嬲り殺しにする、罠を仕掛けて引っ掛かるのを待つ、崖などに追い立てて自滅させる、見方の振りをして誘き出す、毒矢を放って衰弱するのを待つ……ただ単に密猟狙いであればその手段は膨大だが、自分達が専門とする連中については話が変わってくる。

 一つ、可能な限り新鮮な状態を保ったものであること。

 一つ、より大きなものであること。

 一つ、何よりも鮮やかであり、仕留めた際の傷や血の跡が付着していないものであること。

 条件としてはこんな所だ。二つ目については新人でも割と短期間の内に出来るようになるが、厄介なのは三つ目。

 文字通り飛ぶ鳥を落とす真似をしているのだから拳はまず届かない。自分達のボス……親方の地位に居座る男の趣味に影響されてかやたら鉄拳に拘る同僚も多いが、こいつらは獲物を『撃墜』してからが本番なのだ。少数の例外こそあれ、それ以前の過程については少々不慣れであるか、あるいは直接的に狙うことを避ける傾向にある。彼等の密猟を専門にしていると言っても初動には苦労する奴等も少なくはないのだ。

それ故に重宝されている人材が、まず『(サイレント)(バーサーカー)』。

 それから、彼以前にそのポストに収まっていた自分。

 体重は軽くないながらも持ち前のエレメント操作能力により、空中を滑るように移動する、数時間その場に留まってホバリングする、静止状態から巡行速度までわずか数秒も費やさない。食物連鎖の頂点に君臨しているにも過剰過ぎる力を持つ生物を仕留めるには、どうしても自分達のような人間を必要とするのだ。それこそ地上高数十メートルから叩き落とされ、全身の骨格を砕かれ内臓も破裂させられ、意識なんてとっくの昔に喪失して脳ミソが死んでいるような状況でもなお二本の足で地面を捉え、真っ向から激突できるように調整された肉体も、そのためだけに設えられたものなのだから。

 だからこそ、自分は誰よりもこの業界に向いていた。

 だが同時に、自分は誰よりもこの仕事に不向きだった。

 普通に羽ばたいただけでも時速一〇〇キロ越えは余裕の顔、エレメント操作を駆使した最大出力で音速の八割。生物学の常識が通用しないこの怪物を前にして、自分は鼻歌さえ交えながら相対することができる。相手はその歌を耳にする前に両羽を切り落とされ、無様に失速するのがオチなのだ。

 問題だったのはただ一つ、その加減。

 傷や血糊が付かないように狩っているのは、詰まる所の価格低下防止対策だ。状態の良いもの程高い値段で売り買いされる法則はハルピュイアの羽毛についても変わらない。職人達が徒手空拳に拘りを持つのは、単に親方の影響だけでなくこういう理由でもあるはずだ。

 だからと言っては何だが、自分のやり方は良い目では見られなかったのだろう。

 途中の妨害など一切気に留めず、その場にあるもの全てを武器として利用、赤色まみれになった相手が死後硬直を起こして動かなくなるまで切り裂き続けるというのは。

「……でもまあ、気に入られないならそれでも結構。自分のやり方は絶対に崩さない、そういうスタンスに立ってる教会の石頭共は何故か長生きしてるもんだしネ。変わらない方が幸せなこともあるもんヨ。俺ッちにとってはね」

 そもそもを言えば、自分にはハルピュイアに執着する心はない。

 どっかの鉄拳中毒の親方や『勇者』と違い、()()()()()()()()()()()()()()()

 誰に咎められることもなく、一心に殺しを続けられる。そういう労働環境が揃っていたからこそ、今は『ピネウス=アンティピティス』に腰を据えているのだ。殿(しんがり)役への転向がなくあのまま契約破棄となっていたなら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あの親方がいなければ、とっくに鞍替えでも何でもしていただろう。

「とりあえず餌は狩り場に収まった。後は結果を見て、それから決定すれば問題なし。ま、それまでは少し暇なんだし……ちょっとばかり手慣らし、じゃないか。遊びにでも出かけてようかにゃーん」 

 言いながら、背中に背負ったバスタードソードの柄を握る。

 既に鞘は木製のスクラップと化し、刀身は中程で折れ、柄も無数の抉れと錆で満ち満ちていたが、当然ながらこれは自分の装備などではない。自分にとっては一つの武具を使い続けるとか長期間に渡り愛用するなど以ての外、武器は現地調達使えなくなったらその場で廃棄の繰り返しが常なのだ。

 だからこれも使い捨て。

 例え自分自身であっても笑顔で使い捨てる少女は、唇の端を歪めながら両手持ちの大剣を軽々回し、

「さぁーって、お仕事☆お仕事☆楽しみじゃーン☆ 早く動いてくれないかなあ、こちとら待つのは慣れてないんだからァ、せめてオールドレディには優しくしてよねエ☆」

 ゲゥエアィイッヒッヒ☆ という気色の悪い笑い声だけが響く。

 足元には、無数に漂う鉄の臭い。


 4


「……えっと、コレって要するに、どういう状況なの?」

 しばらくして、クナブラ=クォド=アモル殿の『勇者』の自室。

 食事用のテーブルを挟んで向かい合う二人の少女の間に会話はなかった。というか会話ができるのかどうかも分からなかった。一応人間の少女らしい姿をしていて、顔つきも人間のそれとほとんど変わりない。強いて言えば……身長に対して胸がやや大きいことぐらいか。童顔のくせして起伏もクビレも物凄い所を見ると往年の男共の欲望を思い出してしまってならないが、今はこんな陳腐なライバル心を燃やしている場合ではないのだ。

 そもそもこのハルピュイアは、一体どこか飛んできた?

 警戒心が強く、自分から人間に近づくことも稀であり、不用意に近づこうものなら最悪は八つ裂きにされて死体をも食い散らかされるという獰猛な魔獣、ハルピュイア。念のために図書室で調べた所によれば、かつては仲間を殺されたハルピュイアの群れによる大量虐殺事件が頻発していた年もあったらしい。その際は円卓騎士の二個中隊を投入してようやく収束に至ったらしいが、それでも中隊は半数以上が重症、三割が死亡という大損害を受けていたそうだ。

 教会はこれを『捧血の羽の(サクラメントゥム)祭壇(・プルーマ)』事件だとか呼んで機密事項に登録、今日まで一度たりとも公表していなかったらしい。ハルピュイアの保護政策を進めていた中でのこの騒動だとは言え、それにしてもこのやり方が正しいとは思えないのが本心だ。最初に群れの仲間を殺したのはこちら側なのだし、そもそも逆襲を受けるのが分かっているなら最初から手を出さなければ……とは、思っているのだが。

 何故なのだろうか。

 目の前で椅子に腰掛けているこのハルピュイアは、何故その常識に反してクナブラ=クォド=アモル殿にやって来たのだ?

 とにもかくにも黙っていては始まらない。沈黙が長いせいか部屋の外で待機させている執事やメイドの不安が伝わってくるようだ。ひとまず彼女は一息付いて呼吸を整え、定番のこの台詞を。

「ええっと……貴女、名前は?」

「……、」

「大丈夫、ここは安全だから。ついでに私も敵じゃない。貴女や仲間に危害を加えるようなことはしないから……とりあえず名前だけでも話してくれない? どう呼べば良いかも分からないんじゃ話のしようもないし……」

「……、」

「名前は言いたくない? じゃあ質問を変えるけど、どうして貴女はここに来たの? クナブラ=クォド=アモル殿には貴女を傷付ける人はいないけど、でもヴァティカンの中には貴女みたいな人間じゃない者を嫌う奴等だっている。下手したら殺されちゃうかも知れないのに……まあ、そういう意味ならここに来たのは正解かも知れないけど」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 三回に分けて聞いてみたが、駄目だ。ハルピュイアの少女は口を開かないばかりか先程から表情が一ミリたりとも動かない。お尻から垂れる風切り羽も全く動いている感じがしないし、瞳がこっちを向いているにも拘わらず彼女を見ているようには思えない。

 何と言えば良いのか、全体的に意思というものが掴めない。生まれつきの警戒心故にこちらに思考を読まれないよう極力体の動きを抑えているのだろうが……言葉が分かっているのかどうかも判明しないのであればもうお手上げだ。意思疎通がままならない以上会話を始めることさえ叶わないという事なのだから、このハルピュイアが何故ここにいるのかも曖昧なままなのだ。

 強化ガラスの窓だけではなく、聖術による防護結界さえもぶち抜いて、わざわざアモル=クィア=クィスク修道会の本拠地の、しかも子供部屋へ。

『ピネウス=アンティピティス』による襲撃でなかっただけ遙かにマシだろうが、しかしその影響でクナブラ=クォド=アモル殿の一部が損壊し、周辺の防護結界の展開状況にも問題が生じている。偶発的な事故であろうとこのまま放置する訳にはいかない。

「……本当にどうしようかなぁ、この子……」

 ひとまずリディアスに相談してみよ、と彼女の方が腰を上げる。

 これでもハルピュイアは微動だにしない。視線自体変わっていない所を見るに、彼女よりもむしろ外のザワつきが気になっているのかも知れない。座りっぱなしのハルピュイアに背を向け、無駄に巨大な部屋の扉に手を掛けた、その時だった。


 ぐきゅるるるるるぅうう~~~~…………という奇妙な音が耳に付いた。

 紛れもなく、テーブルに座って直立不動で固まっているハルピュイアからだ。


 ドアノブを掴みかけた彼女の動きがピタリと止まる。

 ……いや、まさかだと思いたかったのかも知れない。

 性質が獰猛であり、人間にはまず寄り付かない、ある意味カラスよりも厄介な生き物であるハルピュイア。確かに子供部屋で発見したときは口にソーセージを咥えてはいたが、その一人がここに来た理由がまさかの……空腹だったから、というのでは肩透かしにも程がある。今は着けていない両肩の鎧がずり落ちる幻覚を感じてしまう程にはずっこけていたようだ。

 だが振り返ってもう一度テーブルの方を見てみれば、そこには確かにハルピュイア。

 しかもつい数秒前までのポーカーフェイスのまま突っ伏している。眉一つ動かさないまま顔面からテーブルクロスにキスしているのは何ともアレな光景だが、もしかすると……

「……そこまで動けなくなってるの? お腹が空きすぎて墜落した上にクナブラ=クォド=アモル殿の防護結界を突き破って? ぶっ倒れる前にソーセージ一本にありつけたってこと……?」

「……、(こくん)」

ごくわずかにだがハルピュイアが頷いていた。良く良く観察してみると口元から涎も若干垂れているし、両目も心なしかぐるぐる目になっている……気がする。尻尾のように生えた風切り羽も力無くぶら下がっているようだが、その微妙な震え具合と振れ幅からしても目の前のハルピュイアは無言でこんな内容の懇願をしていた。

 何でも良いから何か食べるものをください。

(……、お腹が減って墜落するハルピュイアなんて誰かの妄想だと思ってたけど、まさか本当にいたなんて……こりゃエドワルドの豆知識講座(ガセネタブックス)も案外馬鹿にできないな……)

 どうしよう、とは思う。

 まずは現時点のクナブラ=クォド=アモル殿の責任者、つまりアストレア閣下の小姓ことリディアスへの連絡が最優先だ。だがその途中でこのハルピュイアが餓死してしまっては元も子もない。具体的な処理がどうこうだとか議論している間に死体が増えてましたなんて冗談は願い下げなのだ。

 ハルピュイアは教会が特別天然記念物に指定した魔獣。そのため届け出なしで餌を与えたり接触したりすれば相応の裁きを受けなければならない。その最短経路である閣下の許可なくハルピュイアを留めるのも良くはないが、しかし……だが……正直言えば、彼女の琴線は既に限界近いのだった。

 ひたすらにこちらを見つめ、一心に食べ物を要求するハルピュイアの目が容赦なく『勇者』の豆腐メンタルを貫通する。こんな、可愛がってくださいと書かれた箱に入れられた子猫を見つけてしまったみたいな心理状態から逃れることは到底できねえ訳で、

(ぐわぁああーーーッ耐えろ耐えるんだ私ぃ!! だ、駄目、人間が自然に介入するのは決して好ましいことじゃないし教会だってハルピュイアの餌付けを禁止してるんだしダメダメダメダメ絶対駄目!! 一回食べ物あげちゃったらこの子が自力で生きられなくなっちゃうかも知れないんだだから駄目なの!! ヴァティカンなら他にも自力で餌を取れる場所はあるんだし、それこそ市街地ならこの子好みの食べ物だってあるはずなんだし絶対に駄目だってうヴァァーーー!!!!!!)

「おおっーっとゴメンナサイ手が滑りましたッ!!」

「……ッ(びくっ)!?」

 ……が、無理。

ついに良心の呵責が限界を迎えた彼女は、どう考えても許してもらえなさそうな言い訳付で『勇者』が机にダッシュし、お湯を注いだままのカップラーメンの蓋を剥がし容器を鷲摑みにしてテーブルに跳ね戻る。ドゴンッ!! と少々スゴい音と一緒にハルピュイアの顔の前に立つジャンクフードというこれまた奇妙な取り合わせだが文句は言わせん。これは緊急事態を回避するための非常措置なのだ!!

 ちなみに彼女の大声にビビったハルピュイアが声にならない小動物ライクな緊張反応を示していたのは内緒である。

「……? 。……、」

 いきなり眼前に道の物体が出現したせいだろう。ハルピュイアはおっかなびっくりカップラーメンの容器を眺めていたが、次第に中から漂ってくる匂いに惹かれたのか、ゆっくりと容器に口を突っ込んで啜っていく。両手が羽ではあるが、食べる動作にぎこちなさはない。あっという間にラーメンを食べ尽くし、スープまで残らず飲み干していた。

 野生動物にこの塩分量は大丈夫かな、と若干後悔する彼女。ただ今はカップラーメンのカロリー量が幸いしたようだ。ハルピュイアの顔色も先程よりは悪くない。

「美味しかった? 何か凄い食べっぷりだったけど、一体いつから食べてなかったんだか……自然界で食べ物を摂ることは簡単じゃないのは知ってるけど、ハルピュイアもダイエットの時代とかじゃないよね……?」

「……ぴよ」

 またしても頷き。

 この分だと、言葉自体は通じていると考えて問題ないだろう。教会領の公用語であるラテン語は中心部近くではメジャーだが地方ではあまり使われていない。

 このハルピュイアは、そう遠くない所から来たのかも知れない。覚えている情報が正しければ、確かヴァティカン隣接の自然保護区に営巣地があるという話もあった。繁殖期以外にはあまり生息地の外に出ないことを考えると、このハルピュイアも子持ちの母親なのかも知れない。で、子供に食べ物を与えようと頑張っている内に自分が絶食状態になって以下略、みたく。

 ……ちょっと悪いことをしてしまったな、と頭を搔く彼女。

「まあ良いか。それじゃあ気を取り直して……貴女の名前は? 何て言うの?」

「ぴよ」

「……どこから来たの? 何故、わざわざこんな場所へ?」

「ぴよぴよ」 

「…………ラテン語、言える? ルーマニア語は? 言葉は分かるけど話せないって感じなの? そうだったら頷いてくれないかな?」

「ぴよ? ぴよぴよ、ぴよっ、ぴよ」

「…………………………………………………………………駄目だ私にはさっぱり分からない」

 どう足掻いてもやっぱりお手上げだった、というのは最初から判明していた結末かも知れない。

 ハルピュイアは人間に似た部分も多く持ち合わせてはいるが、基本的には別系統の種族と言って良い。六芒四道説には含まれず実在するかも怪しい『風』と推定される複合エレメントに適合し、自身を中心とした気流操作によって外見以上の飛翔能力を得た魔獣なのだ。

 このタイプのハルピュイアであるプルーマ=ブラツィウム種は人間に匹敵する高い知能を持ってはいるものの、文化的な言語というものを有している訳ではない。囀るような声、濁った声、断続的な単音等々その代わりに人間には掴めない独自のコミュニケーション手段を得ているが、今回はこれが仇だ。

 筆談しようにも文字は書けないし、手話の文化もハルピュイアにはない。となればやはり使えるのは鳴き声による意思疎通だけだろう。ただし彼女はハルピュイアと会話をした経験など皆無な上、そもそも鳥の歌声の意味さえロクに理解できていないド素人だった。

(リディアスに伝えれば対処はしてくれるけだろうけど、本人の事情も聞かずに話を決めちゃうのもアレだしなあ……というかリディアスってハルピュイアと喋れるの? それができないとなるともう打つ手なしだよ……せめてここに来た理由ぐらい聞かせて欲しいんだけどなあ……)

 となると。

 リディアスの到着を待つのは当然として、それと同時並行で、ハルピュイアの言葉を理解できる通訳が必要になってくるか。

 彼女は机の一番上の引き出しを開け、そこに入れておいた羊皮紙の束を取り出す。子供達の遊び相手になってあげる時に間違えないように、というアストレア閣下の計らいで受け取った名簿だ。顔の写し絵と名前、さらに出身や特技までもが併記されたリストの索引をチェックし、目的の名称を探していく。

 そうすると、

「あったあった。最近まで見なかった顔だし、例の新しく入ってきた子だな……これならコミュニケーションの問題は何とかなりそう」

 普段はアストレア閣下から『子供達の中には特に悪い境遇で育ってきた子もいるからくれぐれも面倒には巻き込まないように』とキツく言われていたが、今回なら大丈夫だろう。ハルピュイアの少女も大人しくしてくれているし、彼女に対する敵意も見受けられない。繁殖期ハルピュイアである可能性が存在する以上、油断は禁物ではあるが。

「名前は……サリィナちゃんか。この部屋からそう遠くない所にいるっぽいな。ちょっと申し訳ない気もするけど、ここは少し協力してもらおっと。お礼も少し考えておいた方がいいかな」


 5


 狙いは当たった。

 読み通り、ハルピュイアの少女と背丈の小さな女の子は順調に会話を進めている。ハルピュイアの表情も柔らかく変化している辺り、少女もこちらを信頼してくれているのだろう。近くに立っている『勇者』はもちろん、部屋の扉に背中を付けて待機中の執事やメイド達にも警戒している様子はない。あっさり上手くいきすぎて逆に騙されているのではないかと心配したくもなってしまう感じだ。

 目の前の成功を素直に喜べないのは勝者の証。

 どこかでこんな格言……というか請売りを聞いたような気もするが、今の心境を素直に表すならそうなるだろう。

 上手いこと事が運んでいる時こそ気を引き締める、勝って兜の何とやらだろうか。

「……ぴよ。ぴよぴよぴよ、ぴよ、ぴよぴよぴよぴよ」

「うん……うん。いまは大丈夫、このこはきちんと信じてくれてるよ。ぶらふ? とかそういうのもないみたい。皆のことも敵だって思ってはいないし、いい人だって思ってくれてるみたい……うん? どうしたの?」

「……ぴよぉ、ぴよ」

「……さっきのかっぷらーめん? とかいうのが美味しかったから、もう一個ほしい? ……ごめんなさい、かっぷらーめんが何だか分かんないんだけど……おねえちゃん知ってる?」

「……知ってるけどここで公言するといろんな人から怒られそうだから遠慮するわ……何か今日だけでも結構酷い目に会ってるからこれ以上キツイのは勘弁って言うか、さっきのゴタゴタで緊張しすぎてパンツの中脂汗で蒸れて気持ち悪いんで替えに行っても良い?」

「???」

 床に付かない足をぶらぶらと振ってテーブルに座りつつ、ハルピュイアと向かい合う女の子が小首を傾げる。

 おしとやかな幼顔を強調させる金色のふわふわヘアー、ぶかぶかの白いシャツにショートパンツ、ついでに厚地の長靴と言う保護欲を誘うような外見。つい最近になって、アストレア閣下が引き取ってきたというサリィナちゃんだ。両親が行方不明になり修道院で養われていた所を、偶然閣下が発見して保護したという経緯らしいが、この子が孤児になってしまったことにも『ギルド』絡みの面倒な理由があったらしい。

 この地域では珍しく蛸や烏賊を食べる習慣のあった、地中海東部に浮かぶコルス島に存在したとある集落。ハルピュイアの営巣地である海岸部にも近く、教会領内部においては稀とも言える頻繁な交流があったせいかほぼ全員がハルピュイアの鳴き声を理解し、それを真似ることで意思疎通を図ることができたという結構凄まじい特徴を備えた所だったようだ。

 ただ近年の沿岸部浸食に加え、円卓騎士によって行われた異端盗伐作戦時の流れ弾のおかげで集落は壊滅、最終的に放棄するに至ったらしい。記録上存在する流れ弾が、実際は集落の食習慣を嫌悪した枢機卿によって計画されたものであるという噂もあるが……要するに、サリィナちゃんはその数少ない生き残りという訳だ。

 ……何と言うかアストレア閣下が引き取ってくる子供達は訳アリが多すぎるきもしないでもない。そういう趣味と言うか性格なので、今更どうこう言うこともないだろうけど。

「一週間ぐらい前からすんでるところのたべものがなくなっちゃって、でも家族のちかくをはなれるわけにはいかないからそのまま一緒にいて……結局おなかが空いて、飛べなくなって落ちちゃった……受け身を取ろうとしてむいしきにはねを動かしてたら、うっかり『かぜ』の力でけっかい? をやぶっちゃった。そこはごめんなさい……だって。けっかいとかいうの? このおやしきの周りに張ってるあれのことだよね?」

「本当にうっかりだったなんて……事実は小説よりも奇なりってヤツなのかな。それにしても、住処の餌がなくなった、か。ヴァティカン周辺の再開発は進められてるけど、流石に特別天然記念物指定のハルピュイアの住処を荒らすようなことはしないはずだよな……いくら分類自体は魔獣で、しかも脅威度判定が脅威(ペリクルム)級だからって理由で円卓騎士が独断行動に走るとも思えないし……」

「ぴよぴよぴよぴよ。ぴよ、ぴよぴよぴー。ぴよぴよ、ぴよ、ぴよっぴ」

「えっと、さいしょは普段たべてるうしさんとかいのししさんが少なくなって、次にねずみさんもどんどん数が減っていった……木の実もくさって食べられないヤツばっかりになって、探しても探しても食べ物がみつからなくなった、って。こっちでいう三か月くらいで、だって」

「三か月でヴァティカン郊外のハルピュイアの食物が消える……開発が進んでるにしても胡散臭いし怪しいわね、それ。どっからどう見ても違法操業の『ギルド』のやりそうなことに聞こえる。しかも兵糧攻めだなんて、とても普通の『ギルド』が思い付きそうなことじゃない……となると、やっぱりあいつら……ハルピュイア密猟専門業の『ピネウス=アンティピティス』が絡んでる感じか」

『火』のエレメント操作で作った宙に浮かぶ蜃気楼の文字列で情報を整理する彼女。

 テーブルに腰掛けたハルピュイアは彼女がこっそり取り出したカップ麺(二個目)をまじまじと見つめているが、しかしこの行動自体も生息地の異常事態を伝えている。

 ハルピュイアは大抵、人間と関わりを持たない。多少の例外こそあれそれは共通した特徴だが、その範囲は何も人の生活環境に接近しないというだけに留まらない。調理されたもの、つまり人の手が入った食物はほとんど口にすることがないのだ。単に栄養バランスの問題だとかそういう生易しい話でもなく、これは密猟系『ギルド』による毒の利用が大きい。人間の用意した食糧がいかに信用できないか、うっかりでもそれを口にした者がどうなったか、ハルピュイアはそれを身を以て知っているのだ。その結論に至るまでにどれだけの個体が犠牲になったかも計り知れない。

 だからこそ、このハルピュイアは異常だと言える。

 いくら信頼関係を築けているとは言っても結局は野生動物、魔族製とは言え人間用の食べ物などまず口にはしないはずだ。

 飢え故に手段を選んでいる暇がないとしても、これは奇妙にも程がある。むしろあってはならない事態だとも言い表せるのに……。

「ぴよ、ぴよっ、ぴよっぴっぴ~むしゃむしゃ」

「う、うわあ……すっごい良く食べるね。もうはんぶんもなくなってる……っていうかこれ、えっ、ちょっ、『げきから』って書いてある!? ど、どうしてこのここんなに無頓着にたべられるの……!?」

「鳥類は辛味を感じないって言うけど、それに似た感じなのかな? でもハルピュイアは魔獣であって普通の動物とは違うはずだし、そういう所も同じだとは思えないんだけど……」

「ピピぴっぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ。ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴよ、ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴっぴよぉおおおおお」

「……なんて言うか、踊り食ってるね」

「さ、さすがは『どうもう』なほしょくどうぶつ……ハルピュイアってたべられれば質にはこだわらないのかも。わたしたちの村のちかくにいた子たちだって、たまーに台所にしまっておいたおにくを食べてたことがあったし……」

 まるで砂山が崩れていく様を倍速にしているかのようだった。お湯を注いで三分も待たずに即刻カップにかぶりつき、団子状に固まった乾麺を啜るかのように飲み込んでいく。辛味入り粉末スープもトッピングのガラムマサラも全く気にしていねえ食いっぷりであった。

 この分だと刻みハバネロをたらふくぶち込んでおいてもお構いなしに完食することだろう。ハルピュイアの普段の食生活からすると物凄いカロリーオーバーな上に塩分過多ではあるが、飢餓状態にあった少女からすればそんなことはどうでも良いらしい。

「まあ、とりあえず話の続きは食べ終わった後でするとして、問題はこの子をどうするか、だよねえ……一応初動としてはこの子が墜落しただけだけであってこちらから接触した感じには入らないと思うから、食べ物を与えたこと以外は違法にはならないはずだけど……その辺なんて書いてあったかな。くぁー、適性試験にその辺の法規の問題あったのに、今更度忘れとかないわー……」

「わたしむずかしいお話分かんないけど、たべさせちゃダメなの?」

「ちょっと待ってよ奥さん。ひょっとしてサリィナちゃんの集落が潰されたのってそれが原因だったりしないよね……? 教会ってつまらない所に突っ込んできては言いがかり付けて好き放題してる感じがあるし……社会の闇を感じるわー教会なんていっつもこんな感じだったのねー」

「……その言い方ですと閣下も含めることになりますが、さて三途の川の向こう側にちょっと散歩に行く準備はできていらっしゃいますか?」

 と、そんな折だった。

 少々笑えない冗談(……で、良いのか?)と共に、彼女の身長よりもデカい扉が開く音がした。

 巨大なクナブラ=クォド=アモル殿では移動にもかなり時間を喰うらしい。呼び出しから九分以上、ようやっと我等のリディアス=トゥベル=ボーンカッターが、不安げな表情を消せないままのメイドに連れられて部屋に入ってきた。つい先程まで『勇者』の適性試験を手伝ってもらったこともあって今回は彼女も返す口がない。とりあえず呪いのような一言には反応しないでおくとしよう。

当のリディアスもそこにいちいち言及するつもりはないようで、つかつかと部屋を横切り、真っ先にお食事中のハルピュイアの前に立つ。彼はしばらく少女を見、考え込むように顎に手を当てて、

「この子ですか、クナブラ=クォド=アモル殿の防護結界をぶち破ってここに侵入してきたハルピュイアというのは。見た限り少々幼い個体……人間換算でも一六歳程度のようですが、群れを外れるにしても若過ぎます。まだ未熟だとしか言いようが」

「え!? この子そんな歳しかないの!?」

「そうですが、何か問題でもありましたか? これまでの観察結果から、ハルピュイアの寿命は人間の約半分と言われています。つまりこの子はまだ七歳前後ですね。番を作るにしても少々早いですし……プルーマ=ブラツィウム種のハルピュイアでは最初に妊娠する年齢は速くても九歳ですから」

「……マジでそうなの?」

「ですから何か疑問でも?」

 しれっと答えてくる辺り、彼女の予想は外れたらしい。

 リディアスもアストレア閣下の小姓として最低限の教養は身に着けているようだ。逆に言うと素人は黙っとれという話になるだろうが。

 どーん、と重苦しい効果音付きで若干ヘコむ彼女であった。悔しい。一応これでも『鉄拳交渉人』の二つ名を受けて各地を巡っていた者だと言うのに、見た目一〇歳のリディアスに負けてしまうのが地味に悔しい。

「……げふん。それはともかく、状況はメイドが説明した通りよリディアス。今さっき分かったのは、この子がヴァティカン郊外の住処が普通じゃあり得ない食糧難に見舞われて、そのせいで群れから離れて墜落する羽目になったってこと。防護結界を破ったのは『風』のエレメントの誤操作らしいけど。……『風』なんてエレメント、六某四道説にはなかったはずだけどね」

「あれ? ごめんなさい、もしかしたら……サリィナ、ほんやく間違えちゃったかも……」

「いえ、サリィナの言っていることに問題はありません。『風』については『火』と『水』の複合によって生成されるエレメントとの報告もありますし。……ともあれ、幼いと言えど流石にハルピュイアです。ついうっかりで防護結界を貫けるのであれば、本気を出した時にどうなるのか……考えたくはありませんね」

 珍しくもため息交じりにリディアスが頭を抱えていた。

 ちなみに現在、結界の破損部分と子供部屋の損傷についてはアモル=クィア=クィスク修道会の聖術師達が応急処置に当たっている所だ。同じ修道会同士の抗争を想定して展開されている結界なだけあって陣が複雑であり、強度と引き換えに修復は容易ではないそうで、最低でもあと三時間は要するらしい。教会領屈指の建築物の密集率を誇るヴァティカンでは、それだけあれば六大修道会の内四つはクナブラ=クォド=アモル殿に奇襲を仕掛けられるだろう。残り一つも直接戦闘には介入できずとも、四つの修道会の後方支援ぐらいには回れるはずだ。

 墜落してしまったハルピュイア自身には罪はない。

 だがそれが原因となって、クナブラ=クォド=アモル殿に敵性勢力が殺到するという事態に発展してしまっては目覚めも悪くなる。ハルピュイア自体は本来野生の魔獣なのだ、そこに人間の作った理屈を介在させるのはあまりに傲慢というものなのだし、それを押し付けるというのは以ての外だろう。

「……ですが、だからと言ってこのハルピュイアを無暗に放つ訳にもいきません。偶然だろうとハルピュイアを自身の本拠地に招き入れ、あまつさえ食事を与えてしまった。これが発覚すれば一大事では済みません。特別天然記念物であるハルピュイアには人間が手を入れることが許されていないのですから」

「うっ」

「要するに、ハルピュイアとは関係を持ってはならないのですよ。自然は自然のまま、かつて『ギルド』によって引き起こされた無計画の大量密猟事件を再発させないためにもと、教会はハルピュイア周りの事件については異常にピリピリしています。これで『勇者』様が適性試験で稼いだスコアもパアに成り兼ねませんし、場合によっては再び極刑が回って来ることも……」

「うぅううぅう……ッ!? そ、そんなルールは初耳なんだけど……それリディアスが今作ったとかじゃないよね? っていいうかそうだよね!? ねっ!?」

「まさか、この私が好き好んで『勇者』様をぶっ殺すような冗談を口にするとお思いですか?」

 ……上っ面ではこんな風に言っているが、さっき三途の川の向こうがどうこう呟いていたことはノーカンらしい。自分が言われるのは気に食わないけど他人に対して突っ込む分には問題がないのか。こんな顔した見た目一〇歳の執事でも黒い所は黒いらしい。別に服装のことを問題にしてる訳ではないが御主人様が見ていない間は結構黒いらしい。耳の脇の三つ編み引っ張ってやろうかコイツ。

「……一回目は『事故』として黙認致しますが二回目以降は『確信犯』として厳罰を課します。それでもお試しになる覚悟があるなら、それでも構いません。主の教えは『右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ、ただしやり返してはいけないとは一言も言っていない』ですから、私がブチ切れて『勇者』サマを半殺しにしようが問題視は成されないのです」

「……やっぱりこの執事中身は真っ黒だよね? ついでに読心術までぶちかましてきやがったし一体どういうスキル持ちなの」

「閣下のお傍に侍る者としてこの程度は当然のことです。むしろ何故『勇者』様がこのような術を持たないのかが不思議でたまらないのですが、如何なる理由がおありなので?」

 さり気なく人を言葉の暴力の渦中に晒すスタイルだけは変えてくれないようだ。

 しかも地味~に『聖剣』の柄を握りかけた『勇者』には目も向けていない。しっかり嫌がってるアピールをしたと言うのに、そもそも気にしてくれないのは派手に傷ついちゃうな……と凹んでる彼女さえアウトオブ眼中なのはもはやプロの領域だ。

 まあそんな事はどうでも良くて、本題は彼女の取るべき行動。今回の件をまとめた羊皮紙のメモを指でなぞりつつ、リディアスはテーブルで爆食なハルピュイアを見据える。

「ともかく、このハルピュイアは私が閣下の権限をお借りして秘匿致します。しばらくは周囲の目、ひいては教会重鎮の耳に入れる訳にはいきません。これは閣下の、アモル=クィア=クィスク修道会の防衛策として当然のことですが……それ以外にも今回は特殊な事情付きですからね。生息地の異常な食糧難とあっては教会も黙って見ているとは考えられませんが、しかしそれを理由にこの子の存在を公表するのも危険です。わざわざ罪状捏造の材料をこちらから提供するような真似に成り兼ねませんし、それは。よって」

「ほとぼりが冷めるまでこのまま待ってろってこと? それで良いのかなぁ……いくら特別天然記念物の生存危機だからって教会が真面目に手を打つとも思えないんだけど。あいつら大体捏造とか冤罪まがいの異端盗伐ばっかりでこういう問題には対策を取ってこなかったっていうか」

「はい。ですので、そこで『勇者』様のお出番なのです」

 はい? と首を傾げる彼女に、リディアスが付け加える。

「仰った通り、教会はこの件には手を出しません。私達が唯一の証言者であるこのハルピュイアが、クナブラ=クォド=アモル殿に来たこと自体を明かさないのですから、それが正しい結果です。それでも……だからと言って生息地の異常事態を放置していれば、『「異変」を察知していながらアモル=クィア=クィスク修道会は初動を怠った』として別の糾弾を受けることも考えられます」

「どっちにしても教会はアモル=クィアをぶっ潰す方に手を打つってことね……教えが正反対の方向を向いている上に聖書も特に重要視しないって、下手したらプロテスタント以上の異端にも受け止められるはずだし、連中にも都合が良いって訳?」

「当然、それは閣下の望む所ではありません。私も聖術師達もフィルナンデル様も、ここに住まう子供達も、自らの住まいを失うことに繋がってしまいますので」

 ハルピュイアが突っ込んできたフロアの部屋はまだ封鎖中のはずだが、それでも子供達の対応速度は速いものだ。

 既に彼女の自室の近くにも元気な声が響き渡っている。バタバタと鳴っている物音は子供達と、それを追いかけるメイドのものだろうが……要するに踏む轍を間違えればこの光景すら消え失せると、リディアスはそう言いたいのだろう。

「……まさしく八方塞がりね。一応、閣下はアモル=クィアを独自に動かして『ピネウス=アンテピティス』を追ってるって話だったけど、それでも帳消しにはできない程か」

「こちらとしても教会に余計な種を渡したくはありません。この『院長邸』マンダリン=アナティスは何としても守らねば……それ故に、『勇者』様に動いて頂くことがベストなのです」

「……それってどゆこと?」

「分かりませんか? では要点だけ持ち出して纏めますが、このハルピュイアの住処を特定し、そこで起きた『異変』を突き止める。それが『勇者』様の取るべき最良の行動だと申し上げています」

 執事服の金髪少年はそう告げた。

 ……もちろん、これが伊達や酔狂ではないことは確かだ。

 教会の横暴の程度については年々酷くなっているとも言われるが、修道会における内部抗争自体はそれ以前から始まっていたとも伝えられる。特に重鎮とのコネクションが深いジュディチュム=イノミェ=デイ修道会はアモル=クィア=クィスク修道会の永久の天敵、いつどのようなタイミングで異端認定をしてくるかも分からない。そういう意味では、確かに災いの目を取り除くという意味でも有効なのかも知れない。

 ただし、

「……ちょっと待ってリディアス。そうは言うけど『勇者』って簡単にホイホイ動いちゃいけないんじゃなかった? 何か前もそれが原因でフィナンジュに酷い目に会わされた気がするし」

「そこはご心配には及びません。『円卓祭祀公憲章』、つまり円卓騎士団のルールブックに従うなら、その第二十章第九節が『勇者』様の行動の自由を保障しています。『勇者』として剣に選ばれし者に対し、彼の者の思惑を優とし無断にその行動を妨ぐことはこれを禁ず。教会領がこのような法を自ら明記しているからには、この一文が『勇者』様の味方になるかと」

「……私が『ピネウス=アンテピティス』の連中に狙われてるからここで謹慎してるって話じゃなかったの? 下手に出ていったら正門空けた瞬間に首チョンパされない?」

「防護結界に不備が生じたクナブラ=クォド=アモル殿に『勇者』様を置いておいたせいで『ピネウス=アンテピティス』と同時に他の修道会による襲撃を受けるなどという事態が起きるよりかは遥かにマシです。それに円卓騎士団が彼等の対応に当たるとなれば、彼等もそれで手一杯かと。少なくとも真正面から袋叩きに会うことはないかと思いますが……もちろんタダでお任せするつもりもありません。手慣れの護衛を付けるということでは不服でしょうか? あの方も『ピネウス=アンテピティス』とは浅からぬ因縁がありますが、刺激しなければ問題ありません。少なくとも黄金の鎖で脳髄ぶっこ抜きはされないでしょう」

「やっぱり最後は暴力主義じゃねえかこの腹黒s」

 彼女が言い終わるよりも早かった。

 何があったかは想像にお任せするとして、とりあえず分かりやすく結論を書いておこう。

 見た目程当てにならないものはない。そんな誰かさんの名言を、身をもって実感する羽目になったのは自業自得……ではなく理不尽というものなのだ。

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