Now Loading…: [ACT.04-Background_Task.#01]
(八月一六日/午後九時五七分/座標特定不可)
恐らく『外』の連中によって空けられたものだろう。彼が今まで感知していた客室区画のホール全体を内側から吹き飛ばすように、外壁そのものが大きくめくれ上がっていた。『骨船』としては規模も堅さも最大級と称されるジャック=ド=モレー級に対して、ここまでの打撃を与えて、だ。
生半可な砲撃で可能になったことではない。
『外』と通じている者の存在は疑いようがない。そんな風に、頭の中のロジックが解を紡ぎ出すのを静かに感じながら、彼は外部の景色を眺める。
「二〇〇隻ものアンタレアドゥス型飛行船、か……流石『雲海の園の狩人』、慣れた手口だな」
彼自身、あの手の『ギルド』が取る戦術はよく知っている。
まず根本的な問題だが、『ギルド』が正面切って教会と戦って勝てる見込みはない。
どれだけ大規模に成長していようが所詮は教会の支配体制に不平を抱いた民間人の集まりでしかないのは言うに及ばず。
それに加え、かつては十字軍として存在していた『武術・聖術を鍛える機会』も現在は正規軍たる円卓騎士団に一本化されている。つまり『ギルド』に属する者は教会由来の戦闘技術を得られなくなってしまったのだ。十字軍自体が教会産術式の流出場とまで呼称されていたことからも、何故ヴィエンヌの地で廃止に追い込まれたかを察することができるだろう。
聖地の奪還は成し得なかった、それは何故か。
十字軍の移動に関わっていたヴェネツィアの商人との癒着、本来の目的を見失ったことによる暴走、多大な軍事費の支出による教会そのものの疲弊。
数々の説こそ唱えられてはいたものの、結局の所根本的な原因は、十字軍が『教会の内部事情を知る場所』と化していたことだろう。第一回ヴィエンヌ公会議によってそれが廃止され、代わりに円卓騎士団が台頭して以降に教会の優勢が強まったのもそれが理由のはずだ。
ひたすら異端盗伐に特化し、外との接点を作らないこと。それが教会にとっての最適解だったのだ。
「……『ギルド』では教会に勝てない。だが教会を生み出した神の子もまた人間であり、教会はその教えを広めることを画策した人間の手で作られた、か……」
数でも質でも劣る『ギルド』は考えた。
ノルマンディー航路の所有権を巡る紛争に始まった、あらゆる運送系『ギルド』の主権を勝ち取るための戦いにおいて、どのようにすれば教会を覆すことができるか。
その一つの解は、今この外で起きている。
「……、」
粉々に吹き飛んだホール、本来その二階部分だっただろう場所を歩き、視点を変える。
足元に街の輝きを映し出すのは、ヴィエンヌからそう遠くない夜の空の上。そしてゲオルギウス号の外にいるのはアンタレアドゥス型飛行船で間違いない。『マルシュール=デ=シェル』が好んで運用している、全長一〇〇メートル程度の中型。七〇〇メートル前後が基本のジャック=ド=モレー級と比較するとかなり小さいが、その使用期間の長さが示す信頼性は折り紙付きだったはずだ。その上サイズが小さいが故に安価で生産性にも優れているため、やろうと思えば二〇〇隻を短期間で建造することもできるだろう。
あえてやらなかったのだ。
数を揃えてジャック=ド=モレー級を一機落とす、そんな真似を。
「実際にこの周囲にいるアンタレアドゥス型は五〇機もない。おおよそ二〇機前後、他は全て幻覚どころか、単にゲオルギウス号の外部観測用の聖術陣に干渉して作っただけの映像か。事前に機内の照明を落としたのも、機内に混乱を起こして監視役の入れ替わりを進めるため……」
三本マストの帆船のヤードを取り外し、代わりに生物的な外見の翼を取り付けたような異形。『骨船』の就役以前は教会も使用していたその飛行船は、現在ゲオルギウス号の周囲を取り囲むように展開されているが……恐らく今のこの景色は、船橋から見たそれとは大幅に異なっているはずだ。
数も密度も、乗っている人間の数さえ。
(……ただ術式に干渉すれば良いなんて話じゃない。ジャック=ド=モレー級に使用されているものは複数の陣から得た情報を繋ぎ合わせて一つの映像として作り直していたはず。一つ一つの陣に虚構のアンタレアドゥス型を書き込み、纏めた時にも違和感を生じさせないような綿密な調整を必要としているはず……)
こけおどし。
このトリックを簡単に言い表すなら、これ以上に相応しい言葉もない。
純粋な戦いを挑んだ所で勝てる見込みはない、だから連中は方法を変えた。できるだけ力に頼らず、可能な限り自身に対する被害が少なくなるように、連中は人の心に突き刺すような先方へと舵を切ったのだ。
もしも策が露見すれば全てご破算、同じような手口を繰り返せばいずれ教会も理解する、そんなリスキーな方向に。
トリックは秘密であるからこそトリックとして成立する。今回のゲオルギウス号は獲物としては打ってつけだとしても、これが他の『骨船』にまで通用するとは限らない。まして今回については、あらゆる状況において場を搔き乱す究極のジョーカーが同乗している、連中はそのことに気付いていて、それでも決行した。
『勇者』という少女が。
自分の追う者が、ここにいながらここにいながら。
(……まさかとは思うけど、ここから落ちたとか言わないよな?)
エレメント操作の反応……『適合者』が無意識の内に行っているそれを嗅ぎ付けてここまで来たのは良い。実際問題自分の第六感は、つい最近までここに『勇者』がいたことを示しているのだが、肝心の『勇者』は影も形も見当たらない。
特にゲオルギウス号の中で移動した形跡もなく、最後のエレメント反応は機体の外へと続いている。もしもの可能性も濃いと言えば濃いが……それだけで判断するのも危険だ。今現在ゲオルギウス号の注意は周辺の『雲海の園の狩人』に向いているようだが、恐らく侵入者の存在を認めた瞬間に内部の警戒を一気に跳ね上げるはずだ。
いずれにせよ長居はできないし、元よりそのつもりもない。
やるべきこと自体は既に決まっている。後は実行するか否かの違いでしかないのだから。
(……タスクは二つ。目下優先すべきは『勇者』の追跡及び撃破、これが第一だ)
『勇者』の発していたエレメント操作痕、及び聖術魔術の使用形跡は追跡可能な範囲内に確認できず。第六感が察知するのはいずれも過去のものでしかない。ゲオルギウス号内部に反応を確認できない以上はここを探しても無意味だろう。
『適合者』によって操作された後のエレメントは、その時『適合者』が思い描く性質をそのまま映し出したものとして物質化、あるいは力場として発散する。それが意識的であればある程、それら『司索残骸』の量ないし密度は比例的に上昇していくものだ。故に無意識的に操られたエレメントの反応は非常に微弱であり、『適合者』が持つとされる第六感だけでは到底追跡できない……とされている。
あるいは、そういう所なのかも知れない。
『勇者』の素質がある訳ではなく、『聖剣』に選ばれた訳でもなく、根本的に教会支配には一切隷属する姿勢を見せない。それでいて実力面だけは特に特に優れているし、今後さらに成長する兆しを見せている。そういう部分が多かったからこそ、他の連中からは快い顔をされなかったし、どれだけ結果で証明してみせても重鎮は良いように思わなかったのだろう。
四等天列。
実力主義の強い組織においては異例とも言える低ランクに延々と固定され続けているのも、たぶんだがそういう理由。高い階級に付けておくことが傲慢を誘発し、いずれ教会に対して良からぬ影響を及ぼすのではないか……そんな間違った危惧の積み重ねが、今の自分に対する教会の姿勢なのだ。
現在進行形でカウントダウンが刻まれるヴィエンヌ公会議についても、教会維持を全てに優先し得る必須事項として周辺国家への攻撃行動を繰り返す枢機卿団についても、同様に。
そして何より、
「……偶然に助けられるのも今の内だよ、『勇者』」
本人は意識していないかも知れない。
実際に対面したとして、彼女からどんな顔をされるかも分からない。
自分自身、『勇者』について知っているのは風貌と力の一片を示す情報だけだ。内面だとか癖だとか、思考パターンというテンプレート的情報に囚われない部分については何も掴めていないし、実際に接触を果たしたとしても知ることはできないだろう。
だからこそ、だ。
『勇者』という名が何を奪い、何を殺してきたか。
それを教えることができるのは、自分。
そして、もう一人の少女しか有り得ない。
稀代の『不導師』エドワルド=アレクサンデル=クロウリーにも、その学派の一端を制覇する魔術師たるパズィトール=クスティガトルにも、はたまたアストレア=A=アストラーニュやリディアス=トゥベル=ボーンカッター、フィナンジュ=F=フィナンシャルも列挙するべきか。その誰が伝えようとした所で『勇者』には届かない、そういうものなのだ。
「まずは自分の持つ強運に感謝すると良い。まだ生きていられることを享受して、主に祈りを捧げていると良い。その上で……それら全てが、あらゆる人間の不幸を導いていると自覚させてやる」
ヴィエンヌまではそう遠くない。
ここは既に敵陣、『雲海の園の狩人』が思う以上の危険空域。
時間的な余裕はない。追跡はすぐにでも始めなくてはならないのだが、そこに至るまでの障害がないとは言えないのもまた事実だった。
だがそれは、『雲海の園の狩人』によるものではなく。
かと言って、ゲオルギウス号に搭乗するプラエセプトゥム=クゥム=ヴェリタス修道会の連中によるものでもない。原因はそれ以外の別にある。
「だから、今は待っていろ」
そう呟いた彼は背中に腕を回し、自らの得物を引き抜く。
重厚な、槍と呼ぶにも巨大過ぎる武具。見ようによってはバスタードソードのようにも捉えられるが、それにしても過剰に分厚く長大。しかしながらそれは重力法則を無視して自身を握る持ち主の右手によって保持され、あたかも質量が存在しないかのように振り回される。
それに合わせるかの如く、同時に現れた複数の殺気を背中で受ける彼は。
ひっそりと呟いて。
「……安らかに、眠れ。死は其の終焉に非ず、生きとし生ける者の安寧なり」
一切の躊躇なく。
ホール全体を瞬時に圧壊させるような一撃を、放つ。