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再醒のセブンロード  作者: 帯刀勝後
再醒のセブンロード ACT.04
20/24

『開会宣言』/ACT.04-B

 かつてこの地より布告された宣言により廃止され、円卓騎士団に座を譲ったものとは何か。

 今日この場において、本会議を開催するに辺り、私はまず皆に思い出してもらいたく思う。

 主はこの世界に君臨し、この世界におけるあらゆる理を司る存在。我々人間という生物だけではない、この世界に生きる全ての生物、ひいてはこの世界そのものを支配する、まさに唯一絶対唯一無二の存在なのである。

 故に。

 あらゆる異端は、我々の敵として立ちはだかり。

 故に。

 あらゆる異端は、我々が根の先葉の先に至るまで滅さなければならない。

 七日間の創造の六日目において我々という存在を生み出した主は、しかしなおこの世界における最大の邪悪たる存在、即ち魔族、そして異端者というものを消し去ろうとはしなかった。その後世界の維持と共に、我々に正しき道を示すために使わされる天使の堕天さえ、主はあえて止めようとはしないのである。

 主に力がない、と思うなかれ。

 それこそ、我々に与えられた最大の試練なのだから。

 今もなお異端者は根強く世界に蔓延っている。属に言われるプロテスタント、幾度の追放を経てなお姿を残し続けるアルビジョワ、とうの昔に駆逐されたにも拘らず再興の機会を虎視眈々と狙っているイスラマの愚者達。ここに挙げたものはほんの一例に過ぎない。

 それは、主によって作られながら主の命を全うすることなく、そればかりか主の教えに従わずそれを反故にする始末。この世界も自身も主による恩恵だということを忘れ、ひたすらに我々を憎悪し、自ら破滅の道を辿ろうとする愚者達である。

 過去も今も、彼等は我々に対抗しうる最大の敵である。それは既に姿を消した過去のイスラマの民のごとく、我々の信仰を愚弄し、我々の名に泥を塗り付けてきた者達には主の恵みはない。だが主は慈悲深き御方故に、一度は自らの手でお創りになられたに天罰を下そうとはしない。

 万物の創造者たる主は、ただただ我々を、世界を愛しておられるが故に。

 その代わりとして、我々は命を使わされたのである。

 この世界から、あらゆる異端を消し去ることを。

 この世界に、主の教えを解さぬ者が一人たりとも存在しないようにと。

 やがて迎える最後の裁きの日、生きとし生ける全ての民が、天に広がる永久の楽園へと至れるようにと。

 その一方で、近年の異端勢力の増加は未だ留まる所を知らない。円卓騎士団による盗伐作戦は常日頃より行われているが、一体何故主の教えを解そうとしないのか、何度も主の名を聞き入れてなお歯向かうことを止めない子羊達が消えることはない。

 その代替案として打ち出された苦肉の策たる『借名無神者(エグゾロパティー)』、主の教えの理解と受容、生前生後洗礼の拒否を許された代わり、人としてのあらゆる理性を放棄し我々の手足として動くことを義務付けられた穢れし者達によって、しばらくの間は異端者の増加を抑えられるだろうと考えられ始めていた。事実として『借名無神者(エグゾロパティー)』設立以降の異端者発生数は、上昇傾向こそなくなりはしないものの着実に減少しつつあったのである。

 しかしながら。私は、あえて皆様方に問いたいのだ。

借名無神者(エグゾロパティー)』、それは今の我々にとって必要な物なのか。

 この者達が存在していることこそ、我々の目的の成就を妨げる最大の要因ではないのか。

 悲しくも、ここに一つの事件が起きてしまった。

 皆様方もご存じであろう、主の命に背き、人の道にあるまじき行為として『聖なる(サンクトゥスフォレスタリー)』たるハルピュイアを手に掛けてきた違法密猟系『ギルド』、『ピネウス=アンテピティス』の存在を。同組織及び設立者にして親方であったオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスは『勇者』の手によって葬り去られたが、その後の調査によって新たな事実か浮かび上がったのである。

 オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスは、かつて『借名無神者(エグゾロパティー)』だった。

 曲りなりにも我々への忠誠を誓い、生涯を掛けて主を知らずにいた罪を清めることに尽くす、そう誓った者が、あろうことか我々の法だけではなく人としての尊厳さえ手放す行為に手を染めてしまったのだ。

 これはかねてより指摘されていた、『借名無神者(エグゾロパティー)』という地位に関する大きな問題であった。洗礼と信仰の義務を贖宥金という形で免除される代わり、例えどれだけ小さな欠片であろうと反抗の意志を捨て去り我々の命に従うことを義務付けられているこの制度。主の教えに従わない者に対する慈悲としてはこの上ない程に有効だとされていたが、これはもはや我々が持っていて良いものではなくなっているのだ。

 仮にも我々の持つ組織の一つとしてその名を刻んできた『借名無神者(エグゾロパティー)』は、信じ難いことではあるが異端を生む一つの門と化している。先に挙げた以外にもオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスはハルピュイアに対する性的暴行や、その後に産ませた二人のハルピュイアを利用した魔術の構築・行使など数多くの異端行為を行っているのだ。特に後者は場合によっては主のお創りになられたこの世界の基盤さえ突き崩しかねない強大なものであり、今回『勇者』による盗伐が行われなければ、あるいは主によって与えられた肉体を放棄し、人が主の真似事に手を伸ばす可能性さえ存在していたのだ。

 主の傍に控える天使長であり大天使でもあるミカエルの対として生まれながら、主の座に座ることを目論み地獄の底にその身を縛り付けられた大悪魔ルシフェルのように。オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスは、人としての役割さえ放り捨てる暴挙へと至ったのである。

借名無神者(エグゾロパティー)』は本来、主の教えを知らない野蛮な者共。

 今回発覚した一連の事件があった以上、今後の離反と堕落の可能性は、あるいは異端者の比と同等かそれ以上になる危険性は、果たして否定できるものなのか。

 どうか今一度、各々の心に問い掛けてもらいたい。

 どうかこの場で、各々の意志を問いたださせてもらいたい。

 主は世界と共に我々を創造し、その一方で次なる楽園へと至る道を塞ぐ障害たる魔族、ひいては異端者を作り出した。それは主の創造に不備があったなどというものではない、主が我々に与えて下さっている慈悲であり、また試練でもあるのだ。

 主の門は広いが裁きは厳しい、だが愛は深い。最後の裁きの日にあって、一人の人間も地獄へと突き落としたくはお思いになっていないのである。それは我々という存在、即ち人間も。あるいは『聖なる(サンクトゥスフォレスタリー)』たるハルピュイアも、主の教えを解そうとしない異端者も、あるいは主の敵として生まれたことを罪として背負う魔族に対しても変わらない。

 だがこの世界に生を受けるより前から課せられた罪を清めない限り、我々は天の門を潜ることはできない。我々の試練とは即ち、この世界に存在する全ての異端を葬ることなのだから。

 その結果、この世界にいかなる罪もなくなることが我々の目的。

 それを達するための次なる歩みは、『借名無神者(エグゾロパティー)』の廃止。

 今日この日を我々の一つの転換点として、ここに第五回ヴィエンヌ公会議の開催を宣言する。



 J.I.D『修道院長(アッバス)』エヴォルド=ディルミック=ルブルムヴェル





―(8月16日/午後4時32分/『骨船』コェプティス号客室区画『修道院長(アッバス)』寝室)


「まあ、大方こうなるとは思っておったが……あまりに予想通りじゃの」

「ルブルムヴェル枢機卿……を含めた枢機卿団が考えることは毎回変わりません。……自分達で悲劇をセッティングしておいていざ具合が悪くなると責任転嫁で後始末ですからね」

 そう言いつつ優雅にティーカップを啜る長身銀髪……正確には青みのかったブルーシルバーとと表現した方が適切な色合いをした螺旋形のクレイジーな髪形の美女と、これまた天然の色素ではとても考えられないようなバリバリの原色の紫髪を持つ美男子。その二人は小さな円卓を挟み、カーペット敷き+シャンデリア付きの豪奢な部屋で向かい合う。

見た目がこんなナリなものだから常々人目を引いてしまってしょうがない。普段表を出歩く際には必ず変装用の術式やらレトロなメイクで誤魔化したりして人目に付かないようにしている……なんてことはないのだが、そういうテクが必要な時はやむを得ないこともある。

まあそうなる状況が少ない訳ではない。

アモル=クィア=クィスク修道会の行動指針以上にこの銀髪の美女の意向もあって、彼等が属する修道会は身分を隠蔽しての行動を強いられることも珍しくはない。単にこの自分からトラップに掛かりに行くようなカモ野郎の性格を直せばそれで済むかも知れないが。

(……はあ……)

 目の前の見た目一八歳実年齢四〇越えの美女(ここ重要)には聞こえないよう、心の中で我等が『円卓執長(メンサムドゥクス)』フィナンジュ=F=フィナンシャルはため息を付く。

(何故、私の伯母上はこのようになってしまわれたのか。いついかなる時、伯母上がこうなることが決まってしまわれたのか……つくづく疑問です。私の亡き母上もまた『円卓執長』ではありましたが、思えば母上も魔族の男……私の父上と交わっていたのでしたか……)

「おい、聞こえないようにしてるつもりかも知れぬがバッチリ顔に出ておるからの」

 割とキツめに言われて、若干ではあるが縮こまる。

 追撃はされたくないのでとりあえず論点は戻しておくが。

「……閣下、それよりも……どう思われますか?」

「お主の我に対する悪態について感想を言えば良いかの?」

「……引き摺るのは大人げないので止めて下さい。私が言っているのは、このルブルムヴェル司祭枢機卿による開会宣言の原稿についてです」

「心配せずとも分かっておるでな、我も我とて司祭枢機卿じゃからの」

 悪戯っぽく言い、円形の窓の外を見据えるアストレア=A=アストラーニュは返す。

 地上の景色は雲海に阻まれて見えない。時刻から推定して、今は恐らくジェノヴァの海岸の上空を飛行しているのだろう。もう少し雲が薄ければ、入稿前の日数調整として錨泊するティークリッパーのマストが見えていたかも知れない。

『骨船』コェプティス号。

 それが、今現在二人の教会要人が乗り込んでいる船の名前だ。

「元々『借名無神者(エグゾロパティー)』を作ったのはジュディチュム=イノミエ=デイ。今その廃絶を宣言しようとしているのも同じ連中。あからさま過ぎるが、筋が通っているのもまた事実。六大修道会の一角の提案とはいえ主の教えに背いたからこその罰として、今回の『ピネウス=アンテピティス』の件が発生した……連中が言い訳として振りかざすとすればこの辺りが妥当の」

「しかし、これが他の修道会に受け入れられると? どう繕った所で今回の発端がジュディチュム=イノミエにあることは変わりません。彼等に批判が向くのは避けられないはずですが」

「常識的にはそうなる。しかし相手が強過ぎるの……連中のバックボーンを考えると、特に。そうであろうフィルナンデル?」

「……招集に際し各修道会保有の『骨船』の使用を要請した人物。インノケンティウス六六世聖下、でしたね」

『骨船』それ自体は個々の教会領を繋ぐ空路を管理する教会直轄の公共交通機関だが、そこは機関の名前の由来ともなった巨大な飛行船を保有している。

教会から特例扱いで提供された奇跡陣『天駆ける魂』により、宙へと浮かび機体を縦横無尽に操ることを可能とした『骨船』。クジラの全身骨格のような外見から名が付いたと言われるその機体だが、この内には最も巨大かつ荘厳とされるカテゴリーがある。

 ジャック=ド=モレー級。

 教会重鎮の移送を主な役割とする、主にヴァティカン~エルサレム等の重要航路に就役している『骨船』だ。設計初飛行共にかなり古い部類に入るが、度重なる改修により長期間の運用を可能にし、そのためか幾度となく歴史的な会議に関わることになったとも言われる。現在はその内の六機が六大修道会専用機として配されており、コェプティスはその内の九番機に相当する機体なのだ。

「要請されたコェプティス、つまり本機はかつて教会直轄保有の機体であり、地方の委任統治教会領とのメッセンジャーとして使用されていたはずです。その時の……つまり、こちらに引き渡される前の名前はウルバヌス二世。それでもって今回の会議の場は……」

「かつて十字軍の廃止が決定された第一回ヴィエンヌ公会議と同じ場所。これを偶然の一致と呼ぶにしてはあまりに出来すぎじゃの」

「……ジュディチュム=イノミエは『借名無神者(エグゾロパティー)』を潰すつもりなのでは? であればコェプティス含めたジャック=ド=モレー級の使用指示はかえって自分達の格を下げているようにも見えますが……」

「あるいは、別の可能性も考えられるの」

 ヒィウン、と窓の近くを小さな影が横切る。

 両翼を鋼鉄の鞘で―――空力学に沿った形状を取るプレートアーマーで覆ったプルーマ=ブラツィウム種ハルピュイアの少女だ。背中には母親に背負われる赤ん坊のようにしがみ付く少女の姿もある。今回の件は二人にも(良くない意味で)関係があるため、別段連れていくつもりはなかったのだが……本人達が聞かなかったのだ。

 どの道プルーマ=ブラツィウムの方はクナブラ=クォド=アモル殿の防護結界もぶち抜くし、少女の方は通訳が要るからとか何とか適当な理由をこじつけていただろう。

「連中は本当に『借名無神者(エグゾロパティー)』を消すつもりでいるのか。あるいは存在を抹消されたことにして、より自分達にとって扱いやすい形に作り替えるつもりでいる、とか」

「違法組織を、表向きは存在しない形で……取り込もうと?」

「今後、オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスのような反乱分子が現れないように組織改造を加える、と言った方が正しいの。ティファレト=ダァトそれ自体はカバラに則った術式ではあるが中身が問題だった。連中にとって主は人間以上の存在でなくてはならないし、東洋の仏陀(ブッダ)のように人間が昇華出来て良いモノでもない。今の教会の体制と自分達が密接にかかわっている以上、教会の作ったストーリーと自分達の考える政策は一致していなければならないからの。かつて『救世主(キリスト)』が掲げた、信仰と愛が紡ぐ理想郷(ユートピア)はどこ行ったという調子ではあるが」

「それ故に……連中はティファレト=ダァトに関わったものを尽く一掃するか……もしくは独占する形で、建前と実際の整合性を図ろうとしている、と。閣下の見立てはそのような?」

「これが年甲斐もなく駄々を捏ねる子供の勝手な妄想で済んでいれば……どれだけマシだったかとは思うがの」

 再び窓際をハルピュイアが横切ったが、今回は位置がずれていたのか足先のみが視界の端に映るに留まる。それも長続きはせず、すぐに『骨船』コェプティスの翼付近まで遠ざかっていく。

 昨日まで一緒にいた誰かが、今日はこの機体に乗っていない。

 エリィルもサリィナも、ハルピュイアとして見てもまだ若い。サリィナについては遺伝的に人間の血の方が濃く出ているから、乳離れはとっくの昔にしていても親離れまでは至っていない時期なのだ。

いわゆる、家族のように頼れる誰かが必要、ではあるのだが……

「いつの時代になっても消えないものぞ。ぼでーの方は既に成長しきっていても、脳ミソが全く追い付いていないジジイ共は……やっちゃったゴメンねテヘペロ☆ がいつまでも許される訳がなかろうがあのバカ共は」

「そういう意味では、ルクルム=アクゥド=インペリウム修道会も似たようなものですがね……ルペル=カピルス州に隣接するヴィレ=ユニ=オベロニア王国の件とか」

「……やはり、お主も心配かの?」

「自分に関わっていることでもありますから、少しは……いえ、閣下の前で虚言は止めておきましょう。かなり、の方が適当です。『準人』であるとはいえ相手がエルフですからね……」

「ふむ。フィルナンデルもそう思っていたなら僥倖の」

「?」

「パスリシェ殿についてはパズィトール殿とルーシー=ギブスンを送っておいた。それとイノチェンティアとリーシャだったかの? 二人の無事も確認済みぞ。フィルナンデル、お主は安心して我の警護に集中すれば良い。……何せ今回は特段注視しなくてはならない人間がいるようじゃし」

 第五回ヴィエンヌ公会議における論点は『借名無神者(エグゾロパティー)』の存続の是非。

『ピネウス=アンテピティス』を率いたオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスのような人間が、今後『借名無神者(エグゾロパティー)』の中から現れないとも限らない。会議の開催はそういう懸念による所が大きいのだろうが、そうなると一つ厄介な点が浮き彫りになる。

 会議中の、『借名無神者(エグゾロパティー)』所属者の安全。

 違法組織に対して塩を送っている訳ではない。元々『借名無神者(エグゾロパティー)』自体が教会の闇を司っているような存在なのだし、こいつが残っていること自体問題のようなものだとは知っている。だがオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスがそうだったように、そこに属する者全てが根っからの戦争屋とは呼べないことも確かだ。

 教会に何らかの弱みを握られてしまい、それを内密にしておく代わりに、教会からの法外な依頼を受けざるを得なくなった。

 そんな事情がある中で、ただ自分達の安心材料を作りたいがために『借名無神者(エグゾロパティー)』を廃止すれば。より教会にとって都合の良い組織に作り替えられてしまえば、こんな連中はどうなる?

 オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスよりも凄惨。

 そんな悲劇に、身を墜としていくことだってあるはずだ。

 無論、誰にも気付いてもらえずに。

「我とて『借名無神者(エグゾロパティー)』に恨みがない訳ではない。しかし……我以上の被害者がいることも要実ではある。そういった奴等は教会から悪い目で見られないよう、徹底して高い戦績を上げることに注力する傾向があったの。教会領外の出身である傾向、比較的若年、良好ではない家庭環境……その点から判断して会議中に『粛清』を食らう可能性があるのは……」

 二人に挟まれた円卓の上には、ワインボトルに下敷きにされる形で一枚の写し絵が置いてあった。銀色の髪を持った黒いコートの青年。ノルマンディー系ギリシア人ということにされているが……つ(、)い(、)昨(、)日(、)の(、)一(、)件(、)の(、)た(、)め(、)に(、)現存数が少ない資料に記載された経歴含め、多くは偽装によるものだろう。

 アストレアは一息置いて、

「だからこそ、到着後はお主にはその者の追跡と監視を任せたい。我の近隣については心配せんでも良いでな、『ピネウス=アンテピティス』の時と違って今回はリディも一緒ぞ。余程のことでは殺されたりはせぬよ。今回は歴史的公会議……かの因縁深きヴィエンヌで行われる転換点(ターニングポイント)らしいからの。そんな時に六大修道会の一人が欠けていては話にならんじゃろう?」

「それは分かっております。分かっているのですが……」

「?」

 甥っ子の不安げな声に首を傾げるアストレア。

 当人のフィナンジュは意識を逸らすように窓の外を見据え、

「……今回はいないのですね。『勇者』は」

「『勇者』殿か? 今は『骨船』ゲオルギウスにおるでな。格納庫で埃被ってた所を久々に引っ張り出されたせいか一部防護結界に不備が出ているらしくての、それをカバーするために一時的に同乗しているのじゃ。実力主義のプラエセプトゥム=クゥム=ヴェリタス修道会の船に乗る形ではあるが、穴埋めの戦力としては十分じゃろう」

「はあ。そう、ですか……」

「……どうしたフィルナンデル? やけに寂しそうな物言いではないかの。『勇者』殿が一緒におらぬのがそんなに不満か?」

「そうではありませんし既婚者たる私に限ってそんなことはありません。色々と大丈夫なのかと気になっていたのです。あの『勇者』様の行く所には、必ずと言って良い程に事件が付きまとっているように見えてなりませんし……」

「……不幸体質……ではないことを祈るしかないの」

 お互いに小さく呟き、テーブルの上のワイングラスに口を付ける。

 コェプティス号の最大速力では、ヴィエンヌまであと三時間半。その時間には『勇者』と現地合流できるだろう。

 そうとでも思っていないと、やはり不安なのであった。

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