ACT.03-75.5:{Now Saving… : [ACT.03-Background_Task.#04]}
「喋った? ルイ=サン=ゴダードが?」
唐突に入ってきた連絡だった。
直轄統治教会領ルペル=カピルス州、その首都パリス=ユクスタ=プルガトリウムの『焚書庫』、さらにその地下に位置する書物庫。そこで、『円卓執長』フィナンジュ=F=フィナンシャルは耳に指を当てつつ応じていた。
『理由はこちらでも分かりません……つい十二分前です。今まで「ピネウス=アンテピティス」について何の口も聞かなかったというのに、何故かいきなりベラベラと口を割り出して……』
「……スレット=アンク=ディンドラル看守。話している内容は『ピネウス=アンテピティス』について、ですか? それともオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスに関して?」
『両方です。情報量が多いのもありますが、一度話して以降はこちらに伝える素振りはありません。……相手が「円卓執長」でなければもう一度繰り返すつもりはない、と言っておりますが……いかがしますか?』
「専用回線1169を用意して下さい。ルイ=サン=ゴダードに護符を与え、口部拘束具の解除を。鎮静用の護符は必要ありません、今すぐ彼と回線を開くように」
フィナンジュは耳から指を離し、机に並べた羊皮紙を横に払う。
『焚書庫』に保管された文書を『追憶』の陣で洗っても、オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスに関しての記述があるものは一つしかなかった。
それも現教皇インノケンティウス六六世の就任に際してのスキャンダルを立証できるかできないかという程度のものであり、オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスに関して詳細な出目を記すものではなかったのだ。元々『ピネウス=アンテピティス』含めた彼等の情報源として当てにできるのは六月新皇騒動首謀者ルイ=サン=ゴダードだけだったが、そいつが口を割ったとなれば……
「(おい閣下サマ、何かあいつやけにワタワタしてねえか?)」
「(……むお? フィルナンデルがかの? ……あのような反応を示すということは、余程のさぷらいず☆ でも転がり込んできたとしか思えぬが……さりとて専用回線1169か。あれを使ってしまうと我等の出番はなくなるの)」
「(1169? 何だ何かの暗号回線か何かか?)」
「(厳密には『胸外送話』式の占有回線じゃな。『円卓執長』の権限により行使することが可能な、あらゆる回線の途中妨害ないし傍受を跳ね除けるものぞ。外部からの干渉があった場合は即座に転送方式を変え、そうでなくとも一定時間ごとにランダムで方式転換を行う。魔族占領区風に言うのであれば一種の乱数暗号化を施している訳でな)」
「(……仮に盗聴されたとしても、会話の内容が飛び飛びになって全体像を作るのに時間が掛かるって訳か。盗み聞きされようが情報の独占は守るって感じだな)」
両手で羊皮紙の束を抱え、外野でヒソヒソと話し込むアストレアとパズィトール。
向こう側が理解してくれているなら説明は要らない。現時点で頼りになるのはルイ=サン=ゴダードが話す内容だけだ。羊皮紙を広げていた机に左手を突き、ゆっくりと呼吸を整え、そしてフィナンジュは口を動かす。
「今更、何の話をするつもりですか。私を相手にしても大した情報を吐かなかったのに」
『……おいおい、そのタイミングが来たからっTE理由じゃ不服かA? どうせなRAもっと焦らしてからでも良かったんだが、思ったよRI事態の進み方が早かったからNA』
「要点を述べて下さい。私も、長話に付き合っていられる程には暇ではありませんので」
『そっちが直接バスティーユに来てくれればそれで済んだんだが……まA良い。それに「円卓執長」サマが出てきてくれたことだ、II加減全部話すYO。オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスについて』
ツツ、と短絡的な音があった。
回線が自動で切り替わったらしい。誰かがここまで傍受していたとしても、これ以降の会話を拾うには『胸外送話』の設定を切り替える必要がある。少なくともジュディチュム=イノミエ=デイ修道会が介入する前には要点を話して欲しいものだが。
『どうせ「焚書庫」で調べたんだろう? そして一件だけがヒットした。「俺」が関わっていた六月新皇騒動、その首謀者は現教皇インノケンティウス六六世ロタリオ=ディ=コンティ。そいつが当時使っていた駒が「俺」、それにオデュッセリアだってな』
「同様の情報は掴んでいますが……それで?」
『何でオデュッセリアがそんな真似に走ったか。つーか、そこまでインノケンティウス六六世に突き従ってたか。その上で、何故「ピネウス=アンテピティス」を作ったか。そこまでは分からねえだろ?』
「オデュッセリア個人の感情に、今回の件のヒントがあると?」
『「あった」。「俺」には分かるYO、今はもうないってNA。アンタが「俺」の話を理解してるかどうかは知らねえ、だがオデュッセリアは「俺」の古き良き仲間みてえなモンDAからな。奴の考えてたことは「俺」がよく知ってる。だから話SITEやるんだYO』
「……、」
全てを心得ているような口振り。
だからこそ、ではない。
フィナンジュが言葉を返さず、そのまま沈黙を貫いたのは。
『オデュッセリアは「借名無神者」だったのHA、何MO金が欲しいなんて薄っぺらい願望のためじゃねE。コルス島に残したプルーマ=ブラツィウムのラシィナとエリィル、それにイピス=スィーネ=アラスのサリィナがIたからだ。教会の掲げる人間としての倫理に反しTEハルピュイアなんかと子作りしちまった、ミレィンとフォーリンラブをかましちまったのが大体の始まりみてえなモンだNA』
「……、」
『何せ教会は異類婚姻を否定してんだRO? 本気の本気で恋しちまったとはいえハルピュイアと関係を持ったことが公になればオデュッセリアがタダじゃ済まねえことはよーく分かってたYO。奴が「借名無神者」なんざやってたのは、何MOコルス島に住まわせた妻と娘を食わせるためじゃねE。「借名無神者」として教会に名を売って、自分の「罪」を見逃してもらうってのが本来の魂胆だっTA』
「つまり、プライドと引き換えに妻子の安全を保障させたと?」
『本来「借名無神者」に支給されるはずの金の一部も一緒にな。まあ元々コルス島にはハルピュイアとの関係性が深い集落があったから、金がなくても食い扶持と教育には困らなかったんだが』
決して珍しい話でもないはずだ。
『借名無神者』、生前洗礼も生後洗礼も受けておらず主を中心とする信仰に加わっていない、それにも拘らず教会の下で仕事を請け負い莫大な金を受け取る、一種の傭兵集団。設立された時期については不明瞭な部分が多く、また公には存在さえ知らされていないはずの組織。にも拘らず多くの人間、ないし魔族とのハーフを吸収し肥大化していくそれは、本来の教会に与えられた使命とは真逆の暗い側面を体現するものだった。
捏造された不正によって領地を没収された、委任統治教会領の王族。
命令不服従を理由に騎士団を追放され、行き場を失った円卓騎士。
『借名無神者』に属する者は今も増え続けている。当然単純な金銭欲で『借名無神者』になった者も多いが、このような教会が自分達の都合で世界を掻き回した時の余波を受けた連中も少なくない。
オデュッセリアは、その一人だ。
『……結局、何がオデュッセリアWO「ああさせた」NOか。今のジュディチュム=イノミエ=デイじゃ情報封鎖のせいで知ってる奴は一人ぐらいしかいねえだろうGA……良くも悪くもオデュッセリアは「目立ち過ぎた」。六月新皇騒動から続くインノケンティウス六六世への譲位、その過程で、必要以上に自分を売り出しちまったようだからNA』
「……『目立ち過ぎた』、とは?」
『今の奴ほど大規模なモンでもなかったんだGA、あの時点で既に基礎的な部分は完成してたんだYO。あらゆる「定義」を書き換え使用者を「主」と同等の存在へと昇華させる術式ティファレト=ダァトが。あの時から誰もが、エットゥワール三七世に重症を負わせたのが「新皇」を宣言した「俺」だと思ってた。「円卓執長」のボッチャマも含めてNA。実際に手を下したのは、ティファレト=ダァトによって大衆の認識外へ逃げたオデュッセリアの方だってのにYO』
「ティファレト=ダァト? 『定義』を書き換える、……? では、六月新皇騒動の首謀者として私が拘束した貴方は……」
『関わってたのは事実DA。だがエットゥワールを刺したのは「俺」じゃNAい。だがそれ自体オデュッセリアにとって問題になっちまったNだよ。これだけ強力な術式があるなら、それこそ教会の支配を全世界に拡大することもできちまう訳だからな。……だからこそ教会は保険を拵えようとした。「借名無神者」でありつつ教会へ絶対服従するように、オデュッセリアの柱をへし折ったのSA。……ヒットした羊皮紙に書いてなかったKA? コルス島を軸に据えた例の作戦とか何とKA』
「……コルス島……ハルピュイアと人間が共存する集落……まさか、」
『円卓騎士団の異端盗伐の流れ弾、沿岸部の侵食。表向きにはそうなってる。だが実際は違った訳だ。今後の地位の保障と引き換えに、オデュッセリアに……本来なら存在してはならないハルピュイアの妻、ミレィンを含めたコルス島のハルピュイアを殺して羽を持ってこI。できないなら、二人の娘を殺すとYO。結果的にオデュッセリアはコルス島の掃討作戦と称してハルピュイアの群れを、自分の妻と一緒に葬ったんだがNA』
どちらを取るか。
どちらを死なせるか。
真っ当な父親であるなら、こんな選択に乗る訳がない。
どちらかを殺して、どちらかを生かす。どんな心理によって理不尽な要求を受け入れたのかは想像で補うしかないが、結局オデュッセリアは手に掛けてしまったのか。
自らの、妻を。
異種でありながら心を通わせることができた、そんな存在を。
『……自分には妻も娘もいなI。アレ以降のオデュッセリアは呪詛NOようにコレを言うようになっTA。ついでに自分の両手を開くこともなくなっTA。ミレィンを手に掛けた両手じゃ、再会できたとしても……エリィルもサリィナも、抱き締めることはできない。……アイツ自身が言及してようがしまいが「俺」には分かRU。あの時からオデュッセリアが何WO手放したかなんざNA』
自分自身で『定義』を書き換えた。
ミレィンという名の妻はいない。
故に、エリィルもサリィナも自分の娘ではない、と。
何故、力だけを欲するのか。
答えは簡単、目的を見失ってしまったからだ。
何のために教会に従っていたのか。自分が今まで両手を汚してきたのは、何のためだったのか。あるいは本当に欲していたのは、自らに降り注いだ悲劇に間に合ってくれる。そんな者だったのかも知れない。どんな悲劇でも必ず手を差し伸べてくれる、そんな世界であれ。そんな願いを込め、自ら構築したティファレト=ダァトだったからこそ、あるいは自滅を招いたのかも知れない。
自らの原点さえ見つけられなくなってしまった男、オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥス。
その末路こそ、『ピネウス=アンテピティス』であり、ティファレト=ダァトだったのだ。
客観的な考察を挟めば、全ては一つに繋がる。
だが、全てを見通すことができない者であれば。
あるいは自分自身の『定義』さえ決められない『彼女』にとっては。
既に。
遅かった。