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『焚書庫』登録番号Ω-137『手紙・192678』……開示許可申請中……拒否。
『修道院長』特例権限による検閲不許可。
本文書の閲覧に際しては、教皇聖下よりの許可を以てのみ可とする。
…………、
『円卓執長』並びに『修道院長』特別開示権限の行使を確認。
『焚書庫』緊急開示機構『禁書筆記陣』作動開始。蔵書Ω-137『手紙・192678』を表示します……
【Ω-137『手紙・192678』】
教皇インノケンティウス六六世聖下
此度の聖下御就任につきまして、我々ジュディチュム=イノミエ=デイは心より喜びを申し上げる所存でございます。
つきましては、今回の件に際して行われた作戦に関連したご報告を。
エットゥワール三七世猊下の処理は完了致しました。聖下のお望み通り猊下は直轄統治教会領フォルティス=ファクトラム州ニグルム聖堂へと収容され、現在は『約束された地』による軟禁状態を維持しております。猊下の監視役兼警護役として我等ジュディチュム=イノミエの精鋭を選出し当てております故、まず脱走や反乱の御心配はございません。
現在全ての教皇権限はインノケンティウス六六世聖下の元に集約されており、例え猊下が円卓騎士団の扇動を計画したとしても実行は不可能です。聖下の御命令通り現時点では軟禁という体制で一貫しておりますが、聖下の御指示あれば、我々はいついかなる場合でも猊下の処分に乗り出す所存であります。
猊下には教皇という立場に立てるだけの権力がありながら、その力を正しい方向へと使うことはありませんでした。周辺国家との慣れ合いや不確かな体制下での平和条約締結を目論む等、主の意志をことごとく無視した行動指針には我々も憤慨しております。もし聖下の許可を頂けるのであれば、猊下の処分に際しては聖下の御同席を願いたく存じます。証拠の管理・処理につきましては聖下の御手は煩わせません故、御一考を頂ければ。
また今回の作戦の実行者として臨時追契約を行った『借名無神者』ルイ=サン=ゴダード、及びオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥス両名に関しては処分の必要性はございません。両名はいずれも我々との協力関係の維持を希望しており、報酬の次第によっては聖下直属の実行者としての永続契約を承諾すると述べています。両名は『借名無神者』としても十分な力を備えた人物であり、聖下の下での活動に際して不備はないかと思われます。
ただ私見を申し上げるのであれば、オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスの永続契約については注意を要するかと。
報告によれば、同人物が本作戦にて使用した術式にはある種、因果律の書き換えに近い効果が認められております。猊下に直接的な攻撃を加えたルイ=サン=ゴダードが周辺警備の厳重さを全く意に介さず、胴体部だけでも一七か所、全身に合計五七の裂傷を負わせたことからも術式の完成度が伺い知れるものでしょう。この時猊下は防護結界『約束された地』に保護されていたにも拘らずその効力は完全に無力化され、報告の通りの重傷を負っており、四肢の麻痺や思考・発言の不安定化等、現在も生活に支障をきたす障害に苛まれている様子です。
このような点を鑑みても、オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスが我々の側に立っている間はまだしも、仮に彼が主の敵となった暁には聖下に危害が及ぶ可能性の否定はできません。当面は同人物の活動を厳重監視しつつ依頼を続行、その間に聖下に対し敵対的な言動か兆候が確認された時点で契約は無効化、即座に同人物の処分を実行するのが得策と考えます。(なお、こちら側への奉仕姿勢の確認の一環として、件のコルス島を軸とした盗伐作戦への同行を主とする計画を検討中。詳細は別紙を参照してください)
『借名無神者』は、主の名を知らぬ罪を我々への奉仕という形で償う存在。その基盤が必ずしも盤石とは言えない以上、オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスに対する警戒もまた怠ってはなりません。必要に応じ駒を切り捨てる御覚悟も、また教会による支配体制の確立に不可欠なものです。
教皇としての名に恥じぬ権威を、どうぞその身に。
どうか、聖下に主の御加護がありますように。
J.I.D『修道院長』エヴォルド=ディルミック=ルブルムヴェル
(以下、返信による追記とサイン)
貴公の提案を受領する。
この世界に迷える子羊達に、どうか主の御導きがあらんことを。
教皇ロタリオ=ディ=コンティ=レディット=インノケンティウス
分厚い羊皮紙の束。
その内の、白紙にしか見えない一枚に、幾多の文字列が浮かび上がる。
「……出てきましたか?」
「一応は、ってトコだな。たかが一人の名前じゃ効果は期待できねえかと思ったが……一つだけだが、辛うじて『追憶』に引っ掛かったみてえだ」
この階層には長いこと人が入っていなかったのだろう、無数の埃の層に覆われた机に両手を突き、パズィトールはそう告げる。
肝心のルイ=サン=ゴダードは役に立たなかった。
だが名前という手掛かりを得られた以上は、ここで新たな接点を見つけられる可能性も高まっていたのだ。
フィナンジュ、パズィトール、アストレアの三人がこの場所を訪れたのもそれ故のこと。
『焚書庫』と呼ばれている建物があった。
かつては教会によって建築された、ルペル=カピルス州の中心たる存在になるはずだった名無しの大聖堂らしい。だが本来の都市開発計画は途中から路線変更を繰り返し、最終的に州北部に枢機卿団保有行政地区群パリス=ユクスタ=プルガトリウムを設置することが決まったこともあり、一度もその役割を果たすことなく解体処分が下されたそうだ。
一般市民が近寄りたがらないばかりでなく、枢機卿団内でも保有に際しては長期間の閣議を余儀なくされた程に忌み嫌われたこの場所。数多くの罪人が収容されている街という立地はかえって機密情報を隠しておくには申し分ないと判断されたことで、六大修道会の一角スクェント=エクス=イグノランタ修道会により改造を受けたという。
詰まる所の円卓騎士団や『借名無神者』による虐殺事件であったり、あるいは教会支配地域における異端盗伐十字軍の派兵記録等々。
ここには、そういった『見られてはならないもの』が数多く保管されている。
言ってみれば、『焚書庫』とはその存在自体が禁忌とも呼べる場所なのだ。
「しかしこりゃ想像以上だぞ。知識が無知の知が云々言ってる連中だから可能性はあったけどよ、まさかこんなモンまで……」
「六月新皇騒動……前々から『そういう疑惑』は存在したが、こうなれば確定じゃの。エットゥワール三七世の継承式の最中の襲撃、そこからわずか数年で教皇の座をインノケンティウス六六世へと譲り渡したこの経緯には、当初から結構な胡散臭さがあったのじゃ。黒い噂の絶えないジュディチュム=イノミエ=デイ修道会と結託して教皇の地位を狙っていたのだとすれば、『借名無神者』時代のオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスと接触していたとしても不自然ではないの」
「彼等には、かねてから違法『ギルド』の黙認や異端盗伐に名を借りた虐殺行為、修道院の運営を隠れ蓑にした児童買春やら闇業者との密会等の疑惑があります。大半は教会の手でもみ消されて表には現れませんが……しかしこの者が、かつての『借名無神者』だったとは……」
「まあ、全くもって有り得ない話でもなかろう」
こう返答したのはアストレアだ。片手に羊皮紙の束を抱え、表面を指先でなぞって埃を落としつつ、ついでに髪に付着した蜘蛛の巣も取り払い、
「『借名無神者』は教会内部組織の中でもかなり新しいものぞ。連中は円卓騎士団でも扱えないような黒い仕事を依頼し、その代わりに『約束された地』内部での魔術行使を可能にする護符の付与と洗礼の免除を保障された者達でな。その特性上教会によって破門ないし追放処分を受けた者が、稼ぎ場を目的に加入することも多いのじゃ。だが教会の庇護下にあるという点が気に食わなくなった者が違法『ギルド』に身を落とすこともあると聞く。表向きには存在しない組織である以上、脱走者の粛清は容易いことであろうがな」
「だが中には運良く生き延びるか、持ち前の力でもって教会と裏の契約を結ぼうとする奴等もいる。それがオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスってヤツか……」
この書簡は重要な証拠品だが、まだ断定はできない。
ここに書かれているのは、あくまでオデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスが教会……というよりジュディチュム=イノミエ=デイ修道会と関係があるということだけだからだ。
それ以外に何か情報が含まれている訳でもないし、多分だがこれをジュディチュム=イノミエの『修道院長』ないし教皇に付き付けて吐かせようとした所で意味はない。
一応『焚書庫』に納められてはいるものの、もしこれに物的証拠としての効力があるなら、根本的に『円卓執長』の権限でこじ開けられる程度の施錠で終わるはずがない。一般には認識すらされていない『焚書庫』なんて分かりやすい場所に保管されていること自体、そもそも連中がこれの開示を恐れていないことの証明になってしまう。
ともあれ、名前から探り出せた情報はこれだけだ。
ルイ=サン=ゴダードがそれを引き合いに出していた以上、他にも読み取れるものがあるはずだ。
『ピネウス=アンテピティス』の本拠地の場所は直接書かれていない。だからと言って何の手掛かりも含まれていないのかと言われれば、答えは否。
最大のヒントは、この文書の中に記述されている。
ただそれにいち早く気付いたのは、三枚のタロットを組み合わせた『追憶』の陣で羊皮紙を調べるパズィトール……ではない。
「……『約束された地』の無効化」
「あん?」
「それを可能とするのは件の護符か……あるいはそれに類する力を持った術式だけです。少なくとも『借名無神者』に扱える術式程度では……」
「……まあ、言われてみりゃそうかも知れねえけどよ」
「そうじゃな……やはりフィルナンデルも違和感を感じていたかの。アレは教皇の防護に使われるぐらいじゃ……この時張られていた結界は相当強固なものに違いない。パズィトール殿のタロットでも打ち破れないぐらいにはの」
「それを、無効化かよ? マジでチートなんてモンじゃねえぞ……そんなん一個人が行使できる魔術のキャパを超えてねえか? 確かに俺のトートは写本だが、効力自体は別にオリジナルと大差ねえはずなんだがなぁ……、っぉっぷ!? な、何か今耳元で変な気配が……?」
「……とにもかくにも、鍵はそれですか。『定義』の書き換え……『定義』……何というか、響きはエレメント以前に唱えられていたプリマ・マテリアのような感じですね……」
さて。
オデュッセリア=マヴロス=ケルドゥスという名前。
四元素論の根幹を成す根源存在と近しい、それ以前に唱えられていた概念。
この会話の終わりにおいて、彼等はその繋がりに気付けたか。