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再醒のセブンロード  作者: 帯刀勝後
再醒のセブンロード ACT.03
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Press any button... : [Introduction_ACT.03]

 聖職者の朝とは早いものらしい。

(……静かではあるが……思ったよりは騒がしくなっていたな)

 そんな午前四時、ヴァティカン外周部。

 腰に届いてさらに伸びる長い銀髪を持ち、一枚布を衣服のように身体に巻き付けたトガを纏う少女。詰まる所のエドワルド=アレクサンデル=クロウリーは、小さく息を吐く。

 季節的にも外はさほど明るくない。

 窓の外にちらちらと見えているのは、照明として利用されている蝋燭か、あるいは光源発生式の聖術によるものだろう。既に西暦も結構な年数を踏んでいるというのに、未だに前時代の発想しかできない辺りは『現在の世界』も相当堅いものだ。

 そんな中でも外に出歩いているのは、都市内部を警邏する円卓騎士団や独自の鍛錬に励む聖術師など、まあ色々。

 一部の商店は夜明け前から仕込みを始めている所もあるぐらいだし、この時間におけるこの人の密度は決して珍しいものではないだろう。特にこのヴァティカン外周部―――この都市はかつてのローマをぐるりと囲む城壁によって区切られているのだ―――では、近隣の商業都市ラバロがあってなお外部から多量の商品が届くため、必然的に業者は仕分けに追われることになる。

 もちろん、その中には顧客との信用からなる関係性の持続を目的として、時に合法とは呼べない手段に走る者も少なくはない。

 特に私設的職業組合たる『ギルド』の場合、直轄統治委任統治に拘らず教会領における法がカバーするスレスレを通ることさえある。

(『今の』サンピエトロ大聖堂の建設に際し多量の贖宥状が発行されていたとは聞く。それと一部の建材は、ノルマンディー地方の商業『ギルド』から強奪された疑惑のある航路を用いて運搬されていたな)

 教会直営の公共交通機関『骨船』による『ギルド』への違法な干渉が引き起こした、ノルマンディー航路利権闘争という内紛がある。

 だがそれ以前にも、ヴァティカンからノルマンディー地方への飛行船のルートを巡る『ギルド』同士の競争と潰し合いがあったのも確かだ。

 個々の『ギルド』が独自に押さえた航路を、他の『ギルド』が武力に訴えて奪う。それを繰り返している内は、どの『ギルド』も血眼になって殺し合いに専念していたものだった。

(それが、今になってお互いの手を取り始めた。共通の敵……つまり『骨船』が現れたがために一時的な共同戦線を張っているだけだろうが、それはそれで見ていて面白い。協力している内に相手の飛行船の技術を盗用し、自分達の価値を上げるのに躍起になっている様は特にな。そういった意味では、やはり密猟系『ギルド』は単調だ)

 違法性を利益にすり替える。どんな目的があるにせよ、そんな真似は普通なら教会の取り締まりから逃れることはできない。教会における傭兵組織たる『借名無神者』さえ甘ったるく思える程に黒い……つまり実績のある密猟系『ギルド』なら尚更だ。

 普通であれば。

(この場合は、普通なら、という所が話のミソだな)

 ノルマンディーへの航路を巡る闘争において、ある『ギルド』の設立者は言った。

 自分達が運んでいるものはむしろ教会にとって大きな利益となる。

 それを阻害すれば、今後の教会はどうやって金を得るのだ? 

(その獲物はキマイラの毛皮に水龍の鱗。教会重鎮が顧客となるのであればこの辺りがベターかな。常設軍たる円卓騎士団とは異なる戦闘技術は、個々の連携を重視することもあれば各々の実力に傾倒するパターンもある。何を狩るかによって戦いのスタイルも多元化する訳だが、同時に個々の『ギルド』は形式上でさえ協力関係には至れない。どこから技術が漏出するのか分からないからな)

「だからこそ、君達は秘密主義を徹底している。優れた身体能力と知性を持ち、並外れた記憶能力と社会性を駆使して人間の持ち味を封じる、そんな相手と互角以上に相対するために、だ。……私の言い分に少しでも語弊があるなら言ってみると良い」

「……ぁ、ば」

 エドワルド=アレクサンデル=クロウリーが立っている場所。

 そこは、ヴァティカン外周部の裏路地に面した酒場だ。

 二階建ての古い建築……恐らくローマ帝国時代のものをそのまま流用しているのだろうが、それにしても床面積が小さい。バーカウンター型の座席しかなく、さらにその奥に見える、二回への扉がはまっていたと思わしき溝から、元々は個人経営の店舗だったのだろう。

 ヴァティカンと言えど、中心部と外周部では整備状況に開きがある。ここはそんな事情を逆手に取った場所なのかも知れない。

 支配者の手が行き通っていない場所では、よく違法が横行する。

 あるいはこんな現実を、嫌でも思い起こさせるように。

「私自身こういう所は嫌いではない。外周部はかつてのブライスロード……全盛期の『黄金の夜明け』に属した魔術師達が、互いの力を競い合ったあの時代。それを健全かつ公平な形で再現したかのようでもあるからな。あまりに安易かつ傲慢な自己の利益のために、それも他者に対する害をまるで考えていないような輩に汚されるのは……私としては少々立腹物だ」

「……ぼ、」

 ばちゃり、と汚らしい水音がした。

 酒場の唯一のカウンター席……いいや、先程まではそうだった所と呼んだ方が正しいか。そこにいるのは、つい数分前まで自分を相手に商談を持ち込もうとしていた輩だ。どういう名前だったかは覚えていないというか、名前を口にする前にこのザマにしてしまったので、ここは自分に非があると認めるしかない。

 簡素なシャツとズボンを身に付け、両腕を毛皮で覆った男がいた。

 ただし腰の辺りで身体を二つにねじ切られ、四肢のほとんどを叩き潰され、頭部については脳ミソが半分溢れ出ているような有様を見た時、凡人であればそのイメージを作ることは到底不可能だろう。

身体から千切れた下半身も壁にぶち当たってほとんど原型を留めていないなどというレベルでは済まない、もはや人肉をミキサーにぶち込んで作ったスムージーのように、床一面にグロテスクな水溜まりを作っているのだ。瞬間的に莫大な圧を加えられてカウンターに叩き付けられた。受けた側はこの程度を理解する前に意識の奥深くまで殺し尽くされているはずだが、それがどうも様子がおかしい。

 既にロクな会話をする能力も残ってはいないようだが、しかし一向に死ぬ気配がないのだ。

 こんな肉体損傷を負えば数秒間も生きていられるか怪しいというのに、何故か生命反応が消えることがないのだ。

(……『黄金の夜明け(G∴D∴)』の一部が使用していた術式に似ているが……毛色が違う。いやもっと単純に考えれば良いか。そこから発展した近代学派術式、その金字塔をそのまま模倣しているだけか)

「密猟系『ギルド』、その一つ。君はそこから、コレを処分するべく飛んできた訳だ。ヴァティカンにおけるレートを十二分に理解し、その流通ルートを確保した上で、より高額で売り付けられそうな相手を探して……だがタイミングが悪かったな。まさか、その相手が史上最悪の『不導士』レデンズ=ニーマンドだとは思わなかったか」

 そう言って、エドワルドは男の耳を掴み、そのまま引き裂く。

 膨大な激痛を伴って奪われたその先端にピアスのように取り付けられたのは、一枚の羽毛だ。

 だが一般的なそれとは違う。黄色と緑を基調とした鮮やかな色合いこそ他の鳥類でも見受けられる特徴ではあるが、少なくともこの近郊にこのような羽毛を持った鳥はいないし、第一飛行を前提としているなら形状的に揚力の発生効率の面で難がある。

ただ空を飛ぶだけの生物が持つ羽毛でない事は確か。

それは持ち主を失ったこの羽が、微弱ながらも生み出し続けているものがよく示している。

「……()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだろう?」

「ぉ、……」

「数あるハルピュイアの種の中でも特に人間の形に近く、到底空を飛ぶことに適しているとは言い難いその形状。それを補助するのは『火』と『水』の複合エレメント、『風』。プルーマ=ブラツィウム種は特に『風』の制御に長けた種であり、ただ空力学に則って揚力を得るだけでは持ち上げることができない自身の体重を、『風』の上昇気流でもって下から押し上げることができるのだから。それ故、プルーマ=ブラツィウムはハルピュイアでありながらも人の形に近い姿形を維持できる。本来であれば、それは人間の殺戮欲求から逃れるためにはこの上なく有効なものだったはずだが、しかし欲という物に底はなかった。例え相手が人間と同じ顔をしていようが、この羽の魔力を知ってしまった者は、一切の良心をかなぐり捨てて羽毛に固執する。ちょうど、君のように」

 ずるずる、と這うように肉塊が動いていた。

 これを見て、人間と判断できる奴はここにしかいない。

これをやった本人、つまりエドワルド。仮にこの状況を客観的に捉えることができる者がいれば、そう答えるだろう。

 だが、違った。

 同じ場所、この酒場にはもう一人、この惨状の目撃者がいたのだ。

「……プルーマ=ブラツィウム種は、ハルピュイアの中でも特に知性と情に溢れた獣。円卓騎士数人が全力で応じてようやく相対できるだけの獰猛さを持っていながら、時に人間と思いを交わすこともある、だったな。つまりそれを悪用した結果がアレか」

 男だったものを見下ろしつつ、エドワルドは酒場の最奥に意識を向けた。

 壁に打ち付けられた金具、そこから吊り下げられた鎖、それに縛られる格好で何かが吊るされていた。

 第一印象は、幼い人間の少女。

 だが両足の膝から下を覆う鱗、それと足を形作る前後合わせた四本の指、その先端から生える鉤爪を見れば、その認識が間違いであることには容易に気付けるだろう。

 それを妨げる要因があるのも確かだった。

 肩口から下、本来ならプルーマ=ブラツィウム種ハルピュイアの最大の特徴である一対の翼があるべき場所。そこには何もない。

 乱雑に巻かれた包帯の下からは、赤黒い血液と黄色い膿が滲み出るだけ。鎖自体が断面を圧迫するような恰好であるにも拘らず、小さな肢体のハルピュイアは身じろぎもしない。

 その足元に置かれた黒色の肢体袋が、全てを物語る。

 獰猛さと高い知性を併せ持つプルーマ=ブラツィウム種ハルピュイアは、時に人間と心を通わせることがある。エドワルド自らが告げたこの言葉通りなら、その中身が誰なのか……何故ハルピュイアは激痛を身体に表すこともないのか、その理由も言わずと知れる。

 悪趣味だ、と素直に思う。

 自分が人の事を言えた義理ではないのは、他でもない自分がよく知っている。

それでもこの光景に対して、胸糞悪いと思ってしまうのは、まだ自分にそんな思考回路が残っている証拠だろう。

「君は私にこう言ったな。アレは商品を切り取った後の廃棄品で、元々他の使い道はなかった。こんなモンに商品価値を見出したのはあんたが初めてだ、と。……だが生憎と私にそのような趣味はない。君は廃棄品を再利用した新しいビジネスとやらに挑戦しようとしたようだが……まさかかの『不導士』と同じ名前を持つこの私が、変態趣味向けの娼館を取り仕切る女将だと本気で思ったのかね?」

 鼻で小さく笑い、

「人外の欠損系なんざ誰も食わない、だったか? だが性欲を持て余した挙句に何十人の人妻を犯して回ったジャック=ザ=スプリングレッグなる愉快犯もいるぐらいだ、所詮人間の世界なぞその程度ということだろう? 他でもない密猟系『ギルド』が、わざわざ人間に対して行うような心理戦をハルピュイアに仕掛けて羽を奪うという真似をしているのだからな」

 いつの間にやら、銀髪の少女の手には、一本の杖が握られていた。

 ねじくれた形の銀色の杖。その表面に刻まれた刻印はTo_Mega_Therion。本来なら杖共々存在しないはずなのに、何故か男だった肉塊にはそのように見えてしまう。

見えてしまうし、思ってしまう。

 それこそがエドワルド=アレクサンデル=クロウリーという少女の狙いだということにさえ、気付けないまま。

「次の狩場は決まっている。最終的に何を狩るかも決まっている。後は実行するだけ……さて、そう易々と事が運ぶと思ったか?」

 息をする感覚で世界を二度も三度も滅亡させるような術式の開発に勤しみながらそれを誰にも伝えない、誰の手にも渡すことはない、それ故に『不導師』。

だからと言って簡単に善悪の線引きをされても困る所ではあるが、それでも少女は言い放つ。

「私の裁量で言えば、君のそれは好悪の悪に当たる。……だが君の話に興味がなかった訳ではない」

「……ぃ、ぁ」

「「故に、などという安易な理由ではないが。少しは手加減してやるから安心したまえ。私は『霊術大全(ネクロノミコン)』をも記した『不導師』、君が六文銭なしで三途の川を渡れるぐらいには取り計らってやろう。いくら潰しても死なないその身体、私としてはこれ以上ないぐらいに面白みを感じている所でもあるからな」


 そして。

 夜明け前のヴァティカンの一区画に、熟れた果実を絞るような音が響く。

 

 ―――それから数分が経っただろうか。

 男の形さえなくなった肉塊は、今度こそ脈も失った。エドワルドはそちらには気を向けず、最奥の壁に吊るされたハルピュイアの方へと足を進める。

 両翼のない少女の首を縛り付ける金属製の首輪。存在しないはずの銀色の杖の先を当てると、穢れのようにこびり付いていた何かが、少女の意識へと滑り込んでいく。

 あの男は『密猟系』ギルドの人間だった。であれば、これこそが……

「『ピネウス=アンテピティス』」

 清楚な女性を模した身体には似合わず、エドワルドは無遠慮に顔をしかめながら呟く。

「盲目の賢者の逆襲、か。何とも皮肉の効いたネーミングだな。さては、またしても古典主義のウエストコットが残した遺産を掘り当てたか? 何にしても嫌な響きだ」

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