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さよなら、かみさま。  作者: 一之瀬ゆん
【日常編】不器用なエゴは舌先で弄ぶ
2/15

「さっむ」


 びゅんびゅん風がふいていて、その冷たさに体を震わせた。12月にもなると、寒くて体が凍りそうだ。

 ふあ~と思いっきりあくびを放ち、鼻の穴をひろげる。あっ、と気づいて口元に手をやったが、鼻の穴は隠れなかった。

 乙女として、華の女子高生としてあるまじき姿! これでは鼻の女子高生だわ。

 ちょっと上手いことを言った気になったけれど、声に出して言えなかったのがとても残念。


 茶色く染めたこの髪の毛は、すこしだけ傷んできた。年頃の女の子としては気にしておくべきだろう。

 美容室に行かないとなぁ。

 ゴムでひとつくくりに結ばれ、ぴょーんとななめ前に向かってキレイに"(なら)え"をしている前髪を、ちょんちょんと触った。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 電車が来る音がしたが、コイツは快速という裏切り者なのでどうでもいい。

 裏切り者の名の通り、やっぱりわたしの目の前を颯爽(さっそう)と通り抜け、一瞬のうちに視界から消えていったそいつを、睨むだけに留めた。

 動体視力の優れたこの若い両眼で(とら)える急行駅在住のリッチな奴らが、「お先に失礼しますね〜」と鼻で笑っている気がしてちょっと腹立たしいのだけど。完全に言いがかりです。


 スマホをポケットから取り出し、人気のRPGゲームを開始した。暇なときのゲームは最高だ。

 そうしてすっかり熱中していたわたしは、後ろからの気配に気付かなかった。


 バシーン!

 立場によっては聞き心地の良い音がホームに響いた。

 ついでに、その影響を最大限に受けたわたしの脳内にも、振動が響きわたる。

 なんだ、と考える間もなく「いったい!」と声をあげたわたしは、「おっはよー、せら!」という男の声を耳にした。


 ほう、犯人は貴様か。


 たたかれた自分の頭をさすりながら、ひょこっと顔を出してきたそいつを睨みつける。これ以上バカになったらどうしてくれるの。

 しかし、そんなわたしの様子に気が付いていないらしい――いや、気がついていてのガン無視か。「げんきー?」と何気ない様子で挨拶をかましてきた。


「今日、テストが返される日だな。一緒に地獄見ようぜ~!」

「1人で落ちてたらいいよ!」

「オレとせらちゃんの仲だもの、一緒に決まってるじゃん」

「なにそれ嬉しくない」


 わははははと笑っているそいつ。無表情になるわたし。

 しかし、わたしは寛大な人間だ。

 たぎる怒りを暗示でなんとか押し殺したわたしは、怒りの対象・東雲宇宙しののめそらを睨みつけるだけに留めた。

 感謝しろ、宇宙。わたしはお前の目に、己の指を差しこむ予定だった。こう、シュッとな。シュッと。


「そんなせらちゃんにね、新情報!」

「まず謝ってほしい」

「ごめんにゃん」

「うっざ」

「あ、いまオレの心が折れたから謝って」

「ごめんにゃん」

「うわ、なんかごめん」

「は? なんなの、ケンカ売ってるの」


 そんなやり取りをして、ぷっ、と笑いあう。

 いつもどおりの、さわがしい朝だ。


 宇宙そらとわたしは、いわゆる“幼馴染(おさななじみ)”という関係に分類される。

 お互い、イタズラ好きでやんちゃな性格をしているせいか、だれよりも気が合うと思っているし、だれよりも隣が心地良いと感じる。

 だから、宇宙といるのは気楽で良い。


 ぶっちゃけ、わたしが宇宙を恋愛対象としてすきだというのも否定できないが、いまの関係でも十分満足なくらい、いつも一緒にいるようにおもう。


 宇宙の髪の毛は茶色く染められており、色はわたしよりもちょっとだけ濃い。同じく前髪をゴムでひとつに縛っており、ゴムはわたしが赤色、宇宙が青色。

 宇宙はちいさい頃から整った顔立ちというか、女の子みたいな顔をしていたけれど、今はそのやんちゃで明るい性格も相まってか、学校でも人気者だ。


 そんな宇宙を好きになったのはもうずいぶんと昔の話で、その理由やキッカケなんてものは思い出せなかったりする。

 けれど、恋愛感情だけじゃなくて、幼馴染として、大親友として、だいすきなんだっていうのも、わかってほしい。

 や、なんかはずかしいけど。


「でね、新情報なんだけど」

「うん」

「今日からもう1人部員が入るらしいよ」


 おお、こんな時期によく部活に入ろうという気になったなぁ。

 なんたって、2学期はもう終わる。とは言え、こちらとしては大歓迎。本人は途中参加で不安かもしれないけれど、うちのサッカー部に彼をいじめたりするような奴はいないだろう。


 だから、たくさん構いたおしてやろう。

 ふっふっふ、と笑みを浮かべれば、「しかもね、せらちゃん」と、言いたくて言いたくて仕方がないとでもいうような弾んだ声が宇宙から出てくる。

 いつも以上にわくわくした口調の宇宙に、「なになに」とこちらも興味を隠しきれない様子で問いかけた。


「すっげぇサッカー上手くて、すんげぇイケメンらしいよ!」

「ほう、ほうほうほうほう、ほーう!」


 おもわずテンションが上がる。

 美少女とイケメンは人類の、いや世界の宝だよね。うんうん、と納得しながら、「下の名前なんて言うの!」と、立ったままの宇宙を見上げる。

 に、と笑みを浮かべた宇宙は、「カオルくん」とだけ言ってわたしの隣にドカっと座った。


 おもわず、ドキリとする。

 そうやって、なんの気構えもなしにわたしのとなりを選んでくれることが、ささやかな幸せなのである。

 その様子を横目で確認したわたしは、「カオルくんって、名前からしてさわやかイケメンじゃん」と呟き、電車がくるというアナウンスを耳にした。


 知らせの機械音と音楽を聴きながら、目の前に止まった電車を確認した。ドアが開いて中の人が出たのを見届けて、わたしと宇宙もその場所に乗り込む。

 あたたかい風が一瞬のうちに身体を包み、寒さから解放されたことをうれしくおもった。


 車内は相も変わらずの過疎っぷり。何度も言うがさすが田舎と言える。とは言っても学生はたくさんいるので、座席が埋まるくらいには電車内も繁盛しているようだった。

 見慣れた景色を、ガラス越しに走り見る。雪とか積もるときれいなんだけどなぁ。まだ降りそうにない。


 地元の駅から3つ過ぎたとき、いよいよ都会に出てきてしまった。

 ここからは、キツイ香水をまとったオバサンや、みっともないくらい過激な貧乏ゆすりに加齢臭を備えたオジサン。

 電車内で驚愕のビフォーアフターを遂げるお姉さまや、反射する自分の姿を必死に眺めて手直しするナルシストボーイなどがたくさん入りこんでくる。


 一気に端っこに追いやられたわたしは、あまりに押されすぎて息苦しさを感じ始めた。わたし、圧縮されてまーす。ヨガでもしているかのように体が不自然にななめにそれた。


「見て、バナナン」

「おもしろいからやめて」

さらに体を反らしたら、宇宙から止められてしまった。


 しばらくすると、また次の駅で人が大量に入りこむ。あと5駅も待つのは正直しんどい。

 嫌だなぁと顔をしかめていると、「せら、大丈夫か」と宇宙がわたしをかばうように立った。その声色がやさしくて、ガラにもなくちょっと気恥ずかしい気持ちになってしまった。

 くそ、わたしこんなキャラじゃないんだけど!

 赤く染まっただろう頬を見られたくなくて、自然とうつむき加減になる。実際に紅潮したかどうかは別にして、熱を持ったその場所が気になって仕方がなかった。


「ま、大丈夫ならいいけど」


 わたしをちょっと気にしながら、彼はそんなことをこぼす。軽い口調で言われたそれを耳にしながら、必死に足に力を入れて流されないように気を付けた。

 バカでお調子者でどうしようもないやつだけど、こんなふうにやさしいから周囲に好かれるのだろう。こんなにも良いヤツを幼馴染に持てたわたしは、しあわせ者だと思う。


* * *


 学校に着いて、多くのクラスメートと挨拶を交わした。

 テストが返ってくる日ということもあってか、みんなすこしだけ落ちつきがない。

 わたしと宇宙は余裕の面持ちで席についているが、決してできたことへの自信の表れでない。赤点万歳なことへの自信の表れだ。


 担任が教室に入ってきても収まらないざわつきは、「ホームルーム始めるぞー」という呼びかけによりやや消えつつあった。

 うちの学校は、そんなに偏差値が高いわけではないものの、基本的にイイコちゃんがそろっている。特別着崩されたような制服は見かけないし、こんなふうに言うこともちゃんと聞く。

 まぁ、今年の3年はとっても怖いって聞くし、実際に見るとめちゃくちゃこわかったけど、ああいうのはたまたまだとおもう。


 さて、わたしの前で机に突っ伏し、夢のなかへと旅立ってらっしゃる宇宙は、まるで死んだように動かない。

 教師の視線がゆっくりと宇宙を捉え、そのおでこに青筋を浮かべた。浮き上がったそれに、ちょっと噴き出しそうになる。


「柊、そいつ起こせ!」


 教師の言葉に「へいへーい」と返事をして、教科書を引き出しから抜いた。

 その瞬間、わたしたちに注目していたクラスメートが、サッと視線を逸らす。


 恒例行事なのだ。次にわたしがすることを、クラス全員が知っている。

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら、「柊せら、いっきまーす」と言って、その教科書を持ち上げる。そして、


「おまちどー!」


 宇宙の頭に勢いよく叩き当てたのだった。


「いってぇぇぇぇぇええええ!」


 ヤツの絶叫がクラス内に響きわたる。

 今日も良い仕事をしたなぁ。ふう、と大げさにため息を吐き、頭をさすり出した彼を生温かい目で見守る。


「なにすんの、せら! んでもって、指導者まるまるっ!」


 宇宙は、担任である丸田昇平(通称まるまる)とわたしを、交互に涙目で睨みつける。

 そんな彼にまるまるが「お前が寝るのが悪いんだろう」と言えば、そーだそーだ、と同意しておくことは忘れない、柊せら、16歳きゃぴ。


「や、聞いて、まるまる」

「一応聞いてやる」

「なんかさ、昨日宿題してたら遅くなっちゃって……」

「嘘つくなよ。お前宿題出してなかったじゃねーか。もっと言うとお前が宿題出したら、次の日地球は滅亡だ。東雲、自分の破滅的な提出率を理解してんだろうな」


 あはー、とゆっるい顔でわらった宇宙に、まるまるは呆れた表情で切り返した。

 そのとおりだ、と思ってうんうん頷いていれば、勢い良く宇宙が反論する。


「ひっでぇ! まるまるの髪の毛はすでに滅亡してんのに! まるまるこそ自分の破滅的な発毛率を理解し」

「お前、今日居残りな」

「やん、ごめんまるまる許して。よっ男前! 大理石のような肌のすべすべ感には」

「おい待て、なんで俺の頭見てんだよ」

「脱毛……脱帽だぜ!」


 ぴき、と何かが切れる音がして、「あ、まるまる怒った」とだれかが漏らす。宇宙も、「あ、やべ」とこぼしながら、ツカツカと無言で宇宙に向かっていくまるまるに、身を強張らせた。

 まるまるが手を持ち上げる。皆が一斉にツバを呑み込む音が聞こえたかと思えば、「おまえなー!」とまるまるが宇宙の髪の毛をわしゃわしゃと散らかした。

 「やめろよー!」と宇宙が騒ぐ。


「まるまる、もっとやれー!」

「せらは黙ってろよ!」

「柊、宿題の提出率についてはお前もだからな」

「せらもいつもは宇宙側じゃん!」


 なぜか各所よりお叱りを受けておりますが。

 おかしくてギャハギャハ笑えば、クラスもわいわい騒がしくなっていった。


 これが、わたしと宇宙の、日常。

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