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The sky's the limit

諦めなければ、夢は叶うかもしれない。水をこの手で堰き止められれば、掴むことも出来るかもしれない。この空の限界が見えるなら、標結うことも出来るかもしれない。




「――民間人6人、探偵5人の11人全員捕縛。皆無事よ――」




 その無線が聞こえ、ヒカリはシュンとハイタッチをした。


「シュンの言った通りだね。確かに私がいなくても皆はちゃんと強いや」


「そりゃあ、みんなヒカリと同じくらい訓練してるからね。まあ僕が得意げに言えることじゃないけど……」


「何言ってんのさ、こうやって応急処置まで出来るようになったのは、アイさんに教わったんでしょ? それだって立派な訓練だよ」


 左掌に包帯を巻いてもらったヒカリは、ゆっくりと指を動かす。痛みを抑える薬は持っていないらしく、時折左頬がひきつれるように動いた。


「包帯は、本当は腕のを取り換えるために持ってきただけだったからさ。もう数センチ分しかないよ。

 それに、この人が手伝ってくれたから」


 端材を伸び縮みさせてバッグにしまうと、十字の描かれたバッグを閉じる即応隊の兵士に感謝を告げた。




「……この人たち、本当に大丈夫? 誰かに気絶させられたメンバーを守ってくれてるし、僕たちに敵意は見せてないけど……」


 処置を手伝ってもらった即応隊員に聞こえないよう、ヒカリに近づいて耳打ちをする。


「……悪い人たちじゃないと思う。思うけど……あの人たちにとって私たちは未だテロリスト。隊長の命令があれば、あの銃口は全部私たちに向くね」


 いくらヒカリでも、30人の軍人に包囲された状態で逃げのびられるとは思っていない。少し離れたところで俯くサクラを呼び寄せると、部屋に閉じこもる隊長の思考がレジスタンスにとって良い方向へ向くよう祈った。















 男は苦悩していた。部下の一つの提案が――今まで生きてきた中で1、2を争うほどの衝撃を与えた提案が、男の額に浮かぶ玉のような汗の源だった。



 ――サカマキ大佐は6月に、セントラルシティで予定されてる軍事パレードに出席します。そこで暗殺するんです。



 「そんな馬鹿な話」と一笑に付すこともできた。「ふざけたことを」と一刀のもとに切り伏せることも出来た。だがそんな考えは、心のどこかで確かに賛同する自分がいることで吹き飛ばされてしまった。男は一度耳を傾けてしまったが最後、どこまでいってもあの提案に悩まされ続ける羽目になっていた。


 実際、CuoASから陸軍にやってきたサカマキという大佐は、独善的な命令を繰り返していた。イーストブロックにいたAGMOZという反政府組織を潰すためセントラルシティから大規模な部隊の派遣をして費用を無駄に浪費したり、兵士の素行不良や犯した犯罪を「国民に示しが付かない」ということで無罪にするよう上層部や裁判所に働きかけている。


 大佐を排除すれば腐敗がなくなるなんてことはないが、陸軍の腐敗を速めた直接の原因であることに間違いはない。


「……厄介なもん、腹ん中抱えやがって……」




 小隊長自身、上層部(CuoAS)の下す決定は勝手に過ぎると思う節はある。他国との取引のほぼ全てを制限し、警察を潰して軍に警察任務まで兼ねさせ、上層部から左遷される形でやってくる政治将校が、腹いせの様な無理難題を押し付ける。挙句の果てには、フィクションか世界遺産程度にしかない巨大な壁を造りあげようとしている。その全ての決定が、国民は当然のこと、手足になって働く軍人にも多大なる苦を与えている。だから正直、アズマの心情は納得できた。


 だが問題なのは、その手段だ。目的を貫く為に人を殺すなど、という抵抗感があった。正義感が強いと自負する男にとってその手段を取るということは、忌み嫌うテロリストと同じ所まで堕ちることだと思っていた。それでも、だからといってこのまま何も無かったようにすることも出来ない。その葛藤こそが彼のアイデンティティーであり、部下からの信望の原因だからだ。


「隊長、あいつらが……」


 しかし、その終わりの見えない逡巡は数十分後、床に並べられた探偵達を見て終わりを迎えた。










 手と足を結ばれた男達が、芋虫のようにもぞもぞと蠢く。


「おい、あんたらの別の仲間は?あと何人いんだ」


 コウが、工場まで男を担いで疲れた腕を振り回し、不良の様にしゃがみ込んで尋ねる。


「今日は外に出たのは俺達だけだ、別の仲間なんて知らん」


 噛みつかんばかりにがなる男から離れ、「ですってよ」とサクの方を見た。


「……わかった。気を失ってたメンバーたちも起きつつある、直にわかるさ」



 それからサクは部隊の方へ――特に隊長の方を向き、どうだと言わんばかりにその目を見る。


「我々は悪戯に人を殺すわけではないこと、分かっていただけましたか?」


「……ああ、それはわかった」


 返答は少しだけ遅れたが、普段の毅然とした言葉だった。だがその目は微かに揺れ、僅かな心の動揺がサクに伝わってしまう。何か言いたいことでも? と敢えてその動揺を突き、相手の出方を窺う。


「……ふぅ。よし、少し付いて来てくれ、話したいことがある。アズマ! お前もだ!」


 遂に覚悟を決めた男は、自らの武装を全て外し敵意が無いことを示してから、再度あの部屋へ向かった。その姿にサクは困惑したが、残された他の隊員達も同様に困惑している様子を見て、隊長に(なら)い何も持たずにその背中を追った。










「……おい、そこのお前達。そう、お前らだ」


 縛られたままのまだ若い探偵は、近くで見張るヒカリ、シュン、ミズキに小さく声を掛けた。


「なあ、なあ、良く聞け。お前らもうここにいたあいつ等を倒したんだろ?」


「……?それが何」


 意図の読めない男を警戒し、代表してミズキが口を開く。



「だったら、この集団誘拐を実行してたのが俺達探偵だってことも知ってるよな。それなら話は早え。どうかあいつ等の罪を軽くしてやって……」


「断る」


 間髪入れず、ミズキとシュンが同時に口を開く。その顔からは一切の交渉を受けないという決意が見え、捲し立てる男は一瞬言葉を止めた。


「っ、違う、ボスのことじゃねえ! 俺達に誘拐されて無理矢理暴れさせられた奴等の事だ!」


「おいスナブ、何言ってんだてめえ、裏切るつもりか!?」


 その言葉に、ミズキとシュンは勿論、じっと話を聞いていたヒカリでさえも驚いた。




「あいつ等は皆、親とか子供とかを人質に取られて、仕方なくやらされてただけなんだ。中には、本当は誰も人質になってないのに、ボスの口車に乗せられただけの奴だっている! だから、そいつらには情状酌量の余地ってもんがあるだろ? なぁ?」


 話せば話すほど疑問の増す3人は、ひとまず話を整理しようとした。



「あなたも探偵?」


「ああ、そうだよ。ボスからはスナブって呼ばれてた。確かに俺は何人も誘拐してきた。だけどこいつらは俺が命令を無理やりやらせただけだ。だからさ、頼むよ!」


 何故探偵がそんなことを頼むのか。その裏を探ろうとミズキ達は一度スナブから離れる。





 流石レジスタンス全体の作戦を考えてる2人は、すぐに幾つもの考えられる理由を挙げていく。だがそのどれもが今一つ納得のいかないもので、その度に2人は首をひねる。


「自分を良い奴に見せようとしてるとか? でもそれなら、自分も脅されて手伝いを強要されたって言えば良いよね。人質の中に、探偵側に感化され、探偵の脱走の手引を考える人間がいる? 一種のストックホルム症候群か……」


「……多分、2人とも考えすぎなんだよ」


 様々な推論を聞いていたヒカリはそう声を掛けると、すっくと立ち上がり1人探偵の元へ近づく。そんなヒカリを止める声も聞かずに、顔の傍でしゃがみ込んだ。


「ヒントが足りないならさ、考える為の別のヒントを貰えばいいんだから。……あんたは何で、他の皆を助けて欲しいの?何か企んでる?」


 その疑問は、男としても当然抱かれるだろうと思っていた。だがまさか面と向かい合って聞かれるとは思っておらず、はぁ? と訊き返してしまった。


「そんなわけねえだろ。っていうか、普通そんなことを本人に訊かねえし、訊かれても答えねえよ、普通」


 その短い言葉のうちに二度も『普通』という言葉が出てきたことに動揺が見える。


「そうだよね、普通そんなこと訊かないよね」


 笑うヒカリ。その笑顔は極普通のなんでもないものだったが、その顔にどこか嫌な空気を感じ取った。



「だけどさ、今は普通じゃないんだ。たった一時間前、私はあのトンネルで民間人を殺した。あんた達が命令したせいで、私はまた血の繋がった人を殺してしまったの」


 それを聞いたスナブは長い間黙っていた。ミズキ達も討論を止め、「あんた」と連呼するヒカリを黙って見ている。しかしヒカリは、これ以上進展を見込めそうにないと立ち上がろうとした。


「やっぱり、交渉みたいのは苦手かなぁ。これからはリーダーとかに……」


「……ヒカリ」


 その言葉に、ヒカリは即座に拳銃を抜いた。




 M&P9を構えたヒカリは、うつ伏せのままこちらを見上げるスナブを見て、驚くよりも先に疑問を持った。


「あんたの前で私の名前は呼ばれてない。どうして知ってるの? 私のデータもあのパソコンに入ってた?」


 ハブの体を足でひっくり返し、仰向けに回転させる。銃口にハブは萎縮したが、それでも果敢に口を開いた。


「あのおっさんは……エイイチって奴は、俺が誘拐してきた。ここに連れてきた所で、ボスが言ってたんだよ。『姪のヒカリを殺されたくなかったら、俺達の言うことを聞け』って。その写真はあんたには似ても似つかなかったけどな。

 まさかその姪に、殺されるとは」


「……何を他人事に」


 ヒカリの吐き捨てる言葉が、ミズキ達にも聞こえる。


「わかってる、俺のせいだ。殺したいなら殺せよ」


 シュンが一歩を踏み出し、ヒカリを止めようとする。だがヒカリはそれよりも早く、拳銃をホルスターへしまってスナブの頬を叩いた。


「……殺す必要ないなら殺さない、私はさっきそう決めたの。それに……後悔してるように見えた」


 先程と打って変わって冷静になったヒカリに、そして心の内を見透かされたことに当惑する。


「何言ってんだ? 心でも読めるつもりなのか?」


「自分で殺せって言う奴は、大抵自暴自棄か後悔してるかなの。少なくとも私の知ってる限り」




 やがて男は、仰向けのまま天井を見上げてぽつりと呟いた。


「そりゃ後悔はしてる。皆を騙して、脅して、各地で暴れた奴等は死ぬか捕まるか。その責任は、誘拐してきた俺にあるんだから。それでもボスに抗うことは出来なかった」


 だからしょうがないって?そう詰問をしようと口を開いたが、まだ話が続く気配を感じて黙る。


「だけどさ、最近世間は騒がしいだろ? 巷じゃ、AGMOZやらレジスタンスやらが軍に抗ってる。別にそれに感化されたわけじゃない。それでも……今まで長いものに巻かれる人生だったけど、駄目なものは駄目だって、はっきりそう言っていいんじゃないかって思えたんだ。

 まあ、それを言う前にあんたらに捕まったが」



 あんたらも、悪かった。そう傍らの民間人に語りかける。


「カジ、あんたの娘は孤児院にいるらしい。

 ミズナ、彼氏がこないだ『僕の彼女を探してくれ』って俺達の事務所に来たよ。

 シノミヤ、お前母さんを探してたよな。だけどもう、亡くなってたんだ。それでも俺達は、お前にいつまでも母親の幻想を見せ続けてたんだよ。

 それにサミー、悪かったな。お前の国に向かう輸送機の機長に頼んで、今日の朝やっといい返事が貰えた所だったんだ。

 ……こんなことになるなら、もっと早くにお前らを解放してやればよかった」


 溜息をつき、男は目を閉じた。



「……そんな、これからに繋がらない後悔は口に出すべきじゃない。そんな事を考えてるから捕まったんだよ。『後悔は、心の片隅で』やってればいいの」


 そう厳しい言葉を投げかけるヒカリの顔はどこか嬉しそうだった。








「……あんたら軍人だけど、悪い奴じゃないのか……?」


「俺たちにとっては、お前たちの方が悪人だよ。……少なくとも、こうやって目の前に現れるまではな」



 長いこと悲しみと恐怖に支配されていたその廃工場は、今では緊張感が混ざり合った空気が漂う。小隊長とサクが非武装で部屋に入ったことが、その部下達が話をするきっかけとなったからだった。緊張感、そして目の前の立場の違う人間を信じてもいいのかという猜疑心と期待の混ざった視線。



 ある者は、軍人が必ずしも憎むべき相手ではないと知り、またある者は、反政府組織が悪戯に引き金を引いてるわけでないと知る。



「俺みたいに悲しい思いを皆にさせたくない」


「誇りある軍に戻したい」



 そんな、方向は違えど目指す場所は同じ想いが響き合うのに、あまり時間はかからなかった。







 暫くしてサクと隊長、そしてアズマが部屋から出てきた時、銃を手に持ってる者はいなかった。数人が各自で丸く座り込み、それぞれの想いを語り合う。


「……何があった?」


 中央にあるデスクに腰掛けて、サナと話しながら足をぶらぶらさせるヒカリが、部屋から出てきた3人に気が付き手招く。その顔は心なしか嬉しそうだ。



「ヒカリ、何かあったのか?」


 サクは辺りのメンバーを見回して、眉間に皺を寄せる。ここに姿がないことを考えるに、コウやシュン、ミズキもどこかの輪に入ってるようだった。


「きっかけは、3人かな。武器を持たないで部屋に行ったでしょ? それを見てたメンバーが隊員に話しかけて、氷が解けるようにゆっくりと打ち解けて。それからどんどん広がってって、最終的にこの状況です」


 両手を広げて、心の底から嬉しそうに微笑む。



「はじめは複雑でした、相手は仮にも軍人ですから。でも軍人でも、中には本当に良い人もいて、そういう人とはきっとわかりあえるのかもしれないって、そう思っちゃいました。

 この一見平和な状況を作りだせたのは、きっとアズマさんが友達思いだったからかもね」


 初めての邂逅を思い出し、片足を胸元に抱きしめる。それからヒカリの横にいたサナが口を開いたが、振り返ったヒカリが、何か喋る前に人差指を宛がってそれを止めてしまった。


「だから言ってるでしょ?私はそんな趣味ありませーん」


 そのまま優しく頬をつまみ、サナにデコピンされる。




「それと、さっきサナたちが捕まえてきた探偵に聞いたんですが、やっぱり別動隊はいないそうです。メンバーもどうして気絶したのか覚えてないそうで、ふっと意識が遠のく感覚だけは覚えてるって言ってました」


 少しだけ眉毛が下がって、真面目な表情をする。その報告はレジスタンス、即応隊、そして探偵以外の存在がいることを示していた。


「だが、それ以降接触はしてこないな。意図が読めない」


 幼馴染を呼んで周囲を警戒しようとするサクを、ヒカリが止める。


「…………私の予想としては、そんなに警戒しなくてもいいと思います。まあ勿論周りは見て回るつもりです」


 根拠はない。それでもヒカリにはそんな確信があった。


「わかった、お前がそんなに言うなら特別警戒はしないが……」


「ありがとうございます。じゃあアズマさん、行こ」



「はぁ、やっぱヒカリって……痛い痛い! 冗談だってば!」





 サナとじゃれ合うヒカリを指差して、アズマはサクの肩を叩いた。


「あいつはいつもああなのか?」


 そんなわけないと首を振るサクに安心し、その手を元に戻す。事件が解決してからのヒカリはそれほどまでに風変りしていた。


「基本的には、あまり自己表現しない奴です。本当は『自分』を持ってるのに、それを出したら嫌われると思って自分で溜めこむような。

 でも子供の時は――あいつと同い年の友達がぎりぎり覚えてる記憶の中じゃ、丁度あんな様子で笑ってたらしい。5つ年上の俺には、残念ながら見せてくれなかったが」


 それから、「ヒカリと行動を共にしたあんただから言うんだ」と釘を刺され、肩を竦める。












「全員聞いてくれ! 一つ、大きな提案があるんだ!」



 サクと隊長が工場の中央に立ち、ひと際大きな声で辺りの注意を引く。


「レジスタンスも即応隊も全員だ!」


 やがてぞろぞろと、中央の2人から少し離れた所で半円状に固まる。その場には監視を買って出たアズマとヒカリ以外の全員が揃い、しんと静かに口を開くのを待っていた。



「6月に、セントラルシティで開かれる軍事パレード。これに参加すると目される軍上層部、通称CuoASの大佐、サカマキを我々で暗殺する」


 想定されていた通り、どよめきは起きた。抑えようとして抑えられるほど生半可な動揺でないことはわかっていたので、2人は無理に落ち着かせようとはせず、決意を示すように毅然と立つ。



「サカマキ大佐は俺達の上の上の上の存在だぞ……?!」


「我々って一体どういうことだ?軍と協力して暗殺するのか?」


 レジスタンス、即応隊双方から真っ当な疑問が噴出する。その質問全てに2人は真摯に答え、これは嘘じゃないと告げる。


「だけどっ、ですが隊長! そんなことをしたら今まで以上の混乱が発生します! それにそんなのがばれたら、俺達全員CuoASに殺されますよ!」


 落ち着いた様子のヒロを横目に見ながら、隊員の一人が声を張り上げる。


「わかっている。だがこのまま、今までと何ひとつ変わらぬ日々を送るわけにはいかない。

 お前らはレジスタンスの構成員と言葉を交わしただろう。その言葉は嘘だったか? この国を変えたいと語る言葉に血は通ってなかったか?」


 前に出てきた隊員は口を噤み、傍にいる男を見る。レジスタンスのスカーフを腕に巻き、死んだ友の為に国を変えたいと語ったレジスタンスの男を。



「我々は()の陸軍大将に直々に選任され、曲がりなりにも正義の炎をその胸に抱いている。だが我々のやってきたことは、腐敗した部隊の尻拭いと言っても良いようなものだ。

 何も、卑下しているわけでも、反政府組織を全面的に肯定してるわけでもない。だがレジスタンスは、大きな力に流されることを良しとしなかった。自由を手にする為立ちあがった。そこは素直に敬服に値すると思う。

 それなら我々はこのままでいいのか! このまま火を絶やし暮らすか? 己の信じる正義の為に、オージア軍人としての誇りを取り戻す為に、体を焼き尽くす程の炎を胸に闘うか?

 強制はしない。私が言っているのはお前たちを死地に赴かせるのと同じだ。

 だが私は闘う! ただ生きる為に生きてるわけではない、娘に誇る為に生きているからだ!」




 その演説とも呼べない語りかけは、その実部下の内心を的確に表していた。冷静になれば、その言葉が理論に裏打ちされたものとは言い難い。言っている本人だって、後になって恥ずかしく感じるかもしれない。だが同時に、確かに聞く者の心を叩く言葉でもあった。


 劇場型政治の定型文だと言えるかもしれないとしても、大事なのは、その言葉一つ一つに感化され、共感する人間がいたことだ。



「……俺達だって、最初は憧れで入隊したんです。それが、気が付けばクーデターを起こして国を乗っ取り、流れに流れてここまで来た。

 だけどもう、決めました。俺は独身で、躊躇する理由は無い。何に命を懸けるか訊かれたら……俺は誇りを選びます。

 せめて、このワッペンに恥じないよう、燃え尽きてみせます」


 そう肩の部隊章を握る隊員の目は、不敵に笑っていた。


「今まで冷え切った人生だったんだ。最後くらい夢に殉じますよ!」



 ヒロイズムや格好良さは、最も単純な行動原理の一つで、そして最も心を突き動かす感情の一つである。サクは以前どこかで読んだ事のあるその言葉を、人知れず思い出していた。





















「……あれ、本気?」



 廃工場の外で周辺を警戒するヒカリの耳にまで、中の小隊長の声が聞こえてくる。


「ああ、本気だ」


 キャットウォークの手すりに持たれて、二人は並んで道路を見ていた。


「本当に横は警戒しなくていいのか?」


「平気。勘だけど、私たちのメンバーを気絶させた人は、少なくとも今は敵対しようとしてるようには思えないから。

 それより、あの隊長さんが誰かを暗殺するなんて考え、持ってたとは思えないんだけど?」


「そんな考えをもってそうな人間なんてどこにもいねえだろ」


「そうじゃなくて! あれってアズマさんが言ったんじゃないの?」


 遠くのトンネルを見るアズマを肘でつつく。



「……そうだ。あいつは、サカマキってやつはこの陸軍を牛耳る政治将校でな。階級で言えばトップの陸軍将官には敵わねえが、あいつは陸軍と空軍を統括するCuoASからやってきてる。権力で言えばサカマキ大佐が一番さ。

 あいつが政治将校として来てからだ、兵士の腐敗が加速したのは」


 内ポケットから煙草を出し、ヒカリの反対側に移動する。100円ライターで火を点けると、まるで深呼吸するように煙を吸い込んだ。


「それに私たちレジスタンスを巻き込む理由は?」


「俺たちは軍人だ、それが自軍の大佐を暗殺したとなりゃ大問題だ」


「それで私たちを利用するつもりなんだ。……まあその暗殺がこの国を自由にするために必要ならやるけど」


 まあ、出来ればだけどね、と包帯でぐるぐる巻きにされた左手をアズマの前に出す。



「ほんと馬鹿だな、なんで左手を使っちまったんだ。軍はただでさえ左手を怪我した少女を探してるってのに」


「しょうがないじゃん、そうじゃなきゃサクラちゃんがあいつを撃ち殺すとこだったんだから。手を汚すのは私で十分」


 それから深いため息をついて、手すりに肘を乗せて空を見上げた。雲がゆっくり流れていき、頭上では深い青がゆっくりとオレンジに染まっていく。





「アズマさん、この空の高さって知ってる?」


「は? それは定義によって変わるが、この国だと基本的に熱圏の800kmまでが空、それ以上が宇宙……」


「そういうことじゃないよ」


「魚の目に水見えず人の目に空見えずってことわざがあってだな」


「それも違う! ……いやまあ、ほんの少し近づいたけど」


「何が言いたいんだ」


 アズマは煙草の灰を落として、深々とため息をつくヒカリを振り返った。




「私にとって軍人は、絶対に許せない敵だった。それなのにノースブロックであなたに出会って、私の心をぐらつかせて。わかってる? あの時の言葉、あれは全て私の本心だったんだからね?」


 殺意と敵意にあふれた邂逅、第一印象は最悪だった。ほんの少し一緒にいれば、今まで思い描いていた人間ではないことを知った。守りたいもののためなら危険に飛び込むことの出来る人間だと知った。思いもかけない優しさに触れた。



「だけど、私は知ってしまった。例え立場が違っても、私が心の底から嫌っていたはずの軍人でも、分かり合える人はいるんだって。何て言えばわかんないけど、一番近い言葉で言うと、私は感動しちゃったの。私の世界が二回も壊れるだなんて思ってもなかった。一度はバラバラに砕けた、だけど今度は少し違う、広がったの。私の世界がアズマさんのおかげで広がったんだよ!

 だってまさか、軍人と協力するなんて日が来るとは思ってなかった。こうやって肩を並べる日が来るなんて考えもしなかった。敵だった人と仲間になれる日なんて、来るわけないと思ってた」


 空から目を離す。吸殻を小さな入れ物にしまったアズマは、中から聞こえるざわめきを聞きつつ手すりに寄りかかっている。



「きっとあいつらも思ってなかっただろうな。政府軍と反政府組織だ、水と油さ。それに俺だって思ってなかった」


「そう、私たちの誰も考えてなかった。皆少なくとも軍人に対する恨みがあるから。だけどこうして少しずつ和解していって、いつか実現するかもしれない。それはすっごいことなんだよ。まるでこの空(The sky's)の限界(the limit)に挑むような、そんな感覚」



 手すりから離れ、ヒカリは自分の足で、目の前のアズマの前に立つ。




「私は、あなたを信じてしまった。心を許してしまった。私の悪い癖で、一度でも人を信じちゃうとその人を信じ抜きたくなっちゃうの。良くない癖だとはわかってるんだけど、でも今でもまだ治らないみたいだからさ……これからも、アズマさんを、信じてもいい?」



「……ああ、安心しろ。お前が信じられる人間かはわからねえが、少なくとも今のところ、俺は俺としているつもりだ。だからまあ、この地獄までの片道切符はまだしばらく続くさ」


 いつも通り、気怠そうに首筋に右手をかけて、空を見て呟く。だが一つだけ違うのは、不意にヒカリがキャットウォークから右手だけで飛び降りたのを見て、慌てたことだ。仄かに温かい手すりを掴んで、地面を見下ろす。


「私はこの国の未来を、地獄になんかさせない! 無理難題は承知の上だけど、でもこうして私たちは一歩を踏み出した! だからきっと、絶対、私はやり遂げる!!」


 大きく胸を張って、ヒカリはアズマを見上げていた。


「私は二度と、この手から命がすり抜けるのを見たくはない! 大切なものを失いたくはない! アズマさん、あなたもそうでしょ? だってこの空は、この空の限界は……!」


 強く握った右手を開いて差し出す。アズマの握る手に力がこもった。



「ああ……そうだな!」


 大きく足を上げ、手すりを飛び越える。




この空に限界はないし、川の流れを止めることは出来ない。そうだとしても、それと同じくらい諦めることも出来なかった。

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