double ax
合図で飛び出した四人は二手に分かれて近くのビルへ身を隠す。廃工場の入口から飛び出したサナ達の後を追う様に銃弾が殺到したが、弾は全てが道路や壁に吸い込まれていく。
「――サナ、コウ、そっちは平気だよな?――」
「当然でしょ? それより、ヒカリ達置いて飛び出したけどどうすんの? 敵は下手くそだけどしっかり見られてるわよ」
工場から見て左手のビルに隠れたサナとコウは、道路を挟んで向かい側のサク、ミズキとデバイスで連絡を取る。
「――どうやら奴らは引っ越し用のトラックで民間人を輸送してるそうだ。あの車体をぶち抜くことはないだろうが、それに留意しとけ。
……なに? ……ああ、わかった。二人とも、ミズキが偵察機を出すそうだ――」
「偵察機?」
ビルの影に隠れたまま反対のミズキに注視する。その手元には何か大きな機械を持っているようだった。
「――ああ、無人偵察機さ。使用者の指示で移動や視界を操作して、その画像をデバイスに送信できる。しかも一番の利点は、そこら辺の電気屋で簡単に手に入るってことだ――」
「……あー、ラジコンにカメラでも載せたの?」
「――惜しいな、正解はマルチコプターだ。ラジコンヘリだよ――」
それと同時にミズキの手元から三つのローターのラジコンヘリが飛び立つ。即座にビルを超えて上空まで上昇すると、この道の先でこちらの様子を窺っている敵の元まで飛んで行った。
「ヘリじゃなくてドローンとか使えばよくない? そっちのが安定しそうだと思うんだけど」
「――似たようなもんさ。ドローンはGPSやらで自立飛行できるが、ラジコンは手動だけだ。どうも、画像を俺たちのデバイスだけに送信する装置を載せたり、カメラにある程度の耐久性を持たせるには、使わない装置の載ったドローンは重いらしい――」
「――見つけた。映像を送信する――」
普段は地図の映るデバイスの画面が切り替わり、画質の荒い上空からの映像が映しだされた。
「おーおーよく見えんな。見た目的に探偵が5人、ボウガン持った市民が6人か。皆トラックとトラックの間に隠れて、俺たちの方見てんな」
上空から筒抜けになっているとも知らず、敵は道の真ん中に横向きに停めたトラックに隠れ、その隙間からちらちらと様子を窺っている。どうやら武装のほとんどはクロスボウのようだが、それを持つ民間人は縮こまっていた。反対に身なりのしっかりした探偵5人はほとんどが猟銃や民生のアサルトライフルを構えているが、1人だけ、旧式の軍用ライフル――FALを持っているのが見える。その足には拳銃もホルスターに収まっていた。
「――装備の整っていない部隊において、拳銃やPDWのようなサイドアームを持ってる奴は、大抵が偉いか、それに見合うだけの実力を持ってる。講義を忘れてないな?――」
サクが、レジスタンスの訓練メニューにある講義内容を確認する。拳銃はライフルと違い肩に当てるストックが存在しない。そのため両手と肩で保持するライフルより扱いが難しく、屋内や近接戦闘時などの接近戦で用いられる。つまり通常の戦闘で使うことは少なく、配備優先度は低い。
「もちろん! うちだって政府軍から剥いだのを渡してるだけなんだから、たかが探偵がわざわざ手下のために拳銃を仕入れるとは思ってないわよ。
多分あいつ、退役軍人とかじゃない? 装備もそうだけど、1人だけ明らかに姿勢が違うから」
「――ああ、だろうな。だが目的は変わらない。極力血を流さずに無力化する。……サナ、コウ、二つ先のビルまで移動できそうだ――」
敵のサナ側への監視がまばらになった瞬間を見つけ、サクが指示を出す。それに従って前進すると、今度はサナがそのタイミングを計った。
「随分理想論を言うようになったのね、“リーダー”? 今、その先の駐車場渡っちゃって」
「――アピールさ。どうやらあの隊長は、ヒカリ大好き『アズマさん』に何かを吹き込まれて悩んでるようだ。それがもし俺達の処遇についてなら、可能な限り心証は良くするべきだろ? 待て、その先は見られる可能性がある――」
「了解。さすがサクって言うべきかなんていうか……ほんと、したたかね」
「――強か、か。強くなければお前らもレジスタンスも守れないからな――」
本当はサクには、それ以外の道がないことをわかっていた。例えアズマがヒカリの事をこれまで庇っていたとしても、他の軍人がその通りになるとは限らない。いや、その可能性は限りなく低い。十中八九、レジスタンスと即応隊はあの廃工場で戦闘を行うことになる。そしてその場合、勝率は限りなく低い。
それならば、ほんの少しでも争わずにいられる可能性を増やすしかない。ヒカリのためにも、そして何よりレジスタンスという組織のためにも、ここで何としても生き残る道を模索しなくてはならない。
「こちらサナ、およびコウ。敵の真横についたわ」
「――私たちもついた。コウはそこで待機、サナは更にトンネルまで進める? 敵の背後をつけるように――」
「わかった。…………よし、トンネル入ってすぐの歩道に隠れたわ」
「――そこでいい。今から作戦を伝達する。まず敵の真横にいるコウとサクで、トラックの脇にあるガソリンタンクを撃ってもらいたい。一発では抜けない可能性を考慮して、拳銃ではなく貫通力のあるライフルでお願い。銃声に驚いた敵が動く場合もあるけど、ガソリンが漏れだせばそこから移動させることができるはず――」
「――それって平気なのか? ガソリンに引火したりしたらまずくね?――」
コウが珍しくミズキの作戦に質問する。アニメやゲームではよくドラム缶やガソリンタンクを撃てば爆発するから、サナもその疑問を密かに抱えていた。
「――その点は平気。確かにガソリンの引火点は-40度前後と低いけど、液体そのものが燃えることはない。ただし揮発したガソリンが空気と混ざった気体は引火性が極めて高い。つまり、タンクの下方を狙えば引火する可能性は低い。少なくとも爆発することはない――」
「――へー……よくわかんなかったけど、つまり下の方なら平気なんだな、わかった――」
デバイスでタイミングを合わせ、サクとコウが同時に二つのガソリンタンクを撃つ。場を包むように挟み込んで鳴り響く銃声が、クロスボウを持つ民間人を恐慌状態にさせた。
「ひぃ、爆発する!」
「おい駄目だ、落ち着け!」
「あああっちだ、あっちに行こう! 来た道戻れば平気だろ!」
散り散りになる民間人が、包囲されているとも知らず幼馴染達の元に走っていく。その姿がトラックから離れない探偵から見えなくなったところで、銃を突きつければ簡単に降伏した。
「ああ、そうだ、静かにな。そのまま武器を置くんだ……そう、それでいい。俺達はあなた達を傷付けるつもりはない」
人差し指を立てて、静かに武装を解除する。元々探偵に脅されて無理やり従わされてるだけだ、その大本のいる廃工場を襲った――と彼らは思っている――レジスタンスの指示に、わざわざ歯向かうことはしない。
「――二名捕縛――」
「――こっちも一人捕まえた――」
「2人無力化したわ。民間人って6人じゃなかった?」
「――例の軍装の男が、近くにいた民間人の女性を襟を掴んで捕まえてる。落ち着かせてるみたい――」
「――じゃ、敵はあと6人か――」
そう呟くコウの隠れるビルに、銃弾が殺到した。どうやら敵はガソリンタンクへの射撃からコウとサクの位置を特定したようだ。
「やっぱ一人戦闘慣れしてるやつがいるみたいね」
それも街に出て欲望を貪るタイプではないようだ。今も6人で全周を警戒しつつ、トラックの隙間であるサクとコウの隠れる方向を重点的に監視している。
「だけど、それなら次の行動が予測しやすいわね」
「――ええ、その通り。彼らの不幸は、軍事教練を積んだ人間が一人だけなこと。前進ならば先陣を切らねばならず、後退ならば殿を務めねばならない――」
「――そして、敵は本拠地である廃工場が俺たちに襲われたと思っている。更に、敵は俺たちに囲まれていると錯覚している。最後に、味方は全くといって訓練をしていないであろう民間人と探偵。こんな不利な状況なら、取る道は一つだろう――」
その言葉を皮切りに、民間人が先頭となってトンネルに一心不乱に走っていく。それをサナが暗がりで無力化するタイミングで、他の幼馴染もトンネルに向かい待ち受けた。
「――残りも向かって来た。やはり最後が軍装の男、それ以外は皆猟銃――」
トンネルの中に3人の無力化された民間人とサナ、その入り口の脇にある建物にサクとコウ、ミズキが息を潜めている。
「――コウ、俺達であいつらの気を引くぞ。威嚇射撃でトンネルに入らせたところをサナ、確保してくれ。近接装備はあるな?――」
「当然! 私が忘れるわけないでしょ?」
三段警棒に、蜂のナイフ。探偵は民間人と違い、銃を突きつけたところで投降はしないだろう。
足元や街灯を撃つサクやコウの隠れる建物に、二、三発で切った反撃を行う殿の男。探偵に早く行けとどやして、その手に持つFALを連射した。
「よし、ここまで戻ってくれば平気だろ。あいつは平気だ、それよりさっさと逃げたやつらを捕まえんぞ」
「……ほんとにここも安全か? 注意していった方が……」
「平気だ平気、誰かいたなら先に行った奴らが悲鳴でも上げてるはずさ。それとも何だ、暗がりが怖いか?」
トンネル内に探偵の話し声が木霊する。どうやら先に逃げた――実際にはサナの足元で口を押さえながら蹲っている――民間人を探しに行く二人と、入り口で殿の男を待つ二人に分かれたようだ。
「だけど、二人ってのはまずいだろ。せめて四人で行った方が」
「しつこいぞ。仮に誰かがここで待ってたとして、暗がりで待ち構えるような雑魚は取るに足らねえさ」
直前まで敵に襲われていたのにも関わらず、油断に溢れた一歩を踏み出す。
「だったらこいつも避けてみなさい!」
ヒカリの伯父、エイイチのように歩道の影に隠れていたサナが、それに足をかけて飛び掛かる。真横から振り下ろす警棒は、咄嗟に向けようとする猟銃では避けられない。
「なっ、クソ、こいつ!」
頭頂部への一撃で銃を取り落としたが、もう一人の仲間は自分の猟銃でそのままサナに殴りかかった。警棒でそれを払うが、何度も何度も振り下ろしてくる。
「バカみたいに、同じこと、ばっか!」
またも警棒で右に払いのけた猟銃をそのまま左手で掴み、自分の体を探偵の懐に引き入れ、回転する勢いで警棒を思い切り首筋に振るった。
「ふん、誰がザコだって?」
「――サナ、殿がトンネルに入った。私たちも背後を取る――」
「了解、探偵も二人のした、あとは三人だけよ」
「……に? この先にもいるのか?」
「ああ、誰かの声が聞こえた。注意していこう。所長の救出は後回しだ」
フラッシュライトの光がサナの足元を撫でる。即座に駆けだすと、探偵が引き金を引く直前に再び歩道と車道を分けるコンクリートの影に隠れた。トンネルの中に猟銃の銃声が轟く隙に、影を縫うよう探偵に近づく。
「お前らは下がれ、俺がやる」
「っ!?」
またしても飛び出して虚を衝こうとしたサナの眼前に、軍装の男の拳銃が付きつけられていた。首をひねって間一髪のところで銃弾を避けるが、姿勢を崩した状態で二撃目は避けられない。
男が構えた右手を引き戻す。その空間をボウガンのシャフトが引き裂いた。
「……基本的に、銃弾もボウガンも避けようと思って避けられるものじゃないんだがな」
「……サク!」
矢の放たれたボウガンを捨てる影は逆光で顔は見えないが、その声はサクのものだった。
「……視線と銃口から軌跡は読める。貴様ら、何が目的だ?」
「視線なんか見えてないだろ。何が目的かって、それはこっちの台詞さ。民間人を誘拐して何をしてる?」
「知らんな、金をもらって護衛をしてるだけだ。その目的がなんだろうと関係ないし、お前たちが敵だということにも変わりはない」
サクの背後から一発の銃声ともつれ合う音が響く。それを合図にサナが男に蹴りを繰り出し、サクは距離を詰める。男は蹴りを腕で受け止め弾き返すと、サクの拳がサナに向かうよう上手にいなす。当たる直前で勢いを殺すと、そのままサナの腰にさしたままのナイフを引き抜いた。
「サナ、合わせる」
「りょーかい!」
「ミズキ、下がれ!」
サクの後方、トンネルの入り口付近で探偵二人と戦うコウは、傍に転がる細い鉄筋を両手に握り締めるミズキを背中に隠すように腰を落とした。
背の低い方が猟銃を捨てて、スタンガンを構えて突進してくる。背の高い方はその場で猟銃を構えて、コウに退くという選択肢を潰していた。
スタンガンは直線に突き、同時に左フックを放つ探偵。その拳を右手で受け止めると、左手でスタンガンを持つ手を掴み、動きを止めた。
「この程度のパンチじゃ邪魔にもなんねえよ!」
掴んだ手を引き寄せる前に、探偵が逆にコウの手を掴む。そのままジャンプするとコウの腕を引き寄せ、同時に胸までためた足をコウの胸に突き出した。
「がはっ……ふぅ、ふぅ、見た目通り、身軽だな……」
「ああ、そうだろ? お前はここで大人しく寝とけや!」
咳き込みつつ、胸を擦って目の前の男に近づく。距離を取ってしまえば、離れた位置にいる仲間に撃たれてしまう。
――どうすりゃいい? この小さい奴倒しても、すぐにあいつに撃たれちまうしな……威嚇用に銃を抜こうにも、それはこいつが邪魔してくるし。
上下左右から襲い掛かる多彩な蹴りを受け止め、いなし、或いは避けつつ考える。後ろに下がった背の高い男は楽な姿勢でコウのことを狙っている。恐らくこの格闘に決着が着けば、その直後に撃ち抜かれるだろう。ミズキはトンネルの外に出たようで銃に狙われる心配はなさそうだ。
「おいおい、どこ見てんだ? 後ろのあいつなら気にすんな、俺がお前にやられない限り手は出させねえ。それとも先に行ったあの仲間の心配か? それも無駄だ、あいつは元いた軍でもかなり良い成績ってんで所長が雇った用心棒だ、金さえ払えばきちんと仕事する奴だよ」
「心配なんかしてねえよ、俺達の中に弱い奴はいねえ、皆それぞれつええからな」
「はっ、その割にはさっきの女の子はすごすご逃げ帰ってたけどな。あいつも強いってのか? あん?」
「ああ、あいつだってつええよ。今だってお前らを倒すための作戦を俺の代わりに練ってくれてるはずだ」
足払いを退いて躱し、ハイキックを右に避ける。立ち上がりの裏拳を腕で受け止め、肘を額で迎え撃つ。その動きの中で、トンネルに人影が差したのをコウは見逃さなかった。
「どうやらこれももう終わりだってよ」
「あ? てめえ何言って」
「コウ、遠慮はいらない。もうやっちゃって」
ミズキがゴーサインを出す。それを合図にコウは男のキックを片手で受けると、その鼻を折る一撃を顔面にお見舞いした。
「ぶぁっ、は、鼻が、鼻がぁ!!」
狼狽える男の鳩尾に後ろ蹴りを差し込む。その場に立ったまま泡を吐く男の襟を掴むと、強引に立ち上がらせた。
「悪いけど、お前の蹴りは全体的に軽いんだよ。サナの方がもっと速くて、鋭くて、重たい」
悪化した形勢を見て、背の高い男が照準をコウに合わせようとするが、持ち上げられた背の低い男が邪魔で狙いをつけることが出来ない。そこに、蜂の羽音のような風切り音が接近する。
「な、なんだ!?」
それはミズキのドローンだった。狭いトンネルの中で一直線に男を目掛けて飛んでいき、大きな機体がぶち当たる。
「いってぇ! くそ、プロペラがっ!!」
頬や首筋、手や露出した皮膚をプロペラが切り裂く。出血するような鋭さは持っていないが、気を削ぐのには十分な痛みだった。
「このっ、邪魔しやがって、ああ!」
猟銃のストックで機体を叩き落とすと、操縦主に銃口を向ける。その時、視界の上から何かが降ってくるのに気が付いた。重たい音を出して男の足元に落下したそれは、細長い金属の筒。
「なっ、手榴弾!?」
既にピンが抜けた使用済みのスタングレネードだとも気が付かず、驚いて後ろに飛びのく。すぐにその場から離れようとしてその足を何者かに掴まれた。
「おいおい、どこ行くんだよ」
首にその太い腕が巻き付き、裸締めが極まる。タップする男の意識は、すぐに深いトンネルの闇に吸い込まれていった。
「……ふぅ、こっちは完了っと」
男から手を放し、コウは肩を回す。近くに落ちたドローンを拾い上げると、プロペラをくるくる回して壊れてないか確認した。
「コウ、ありがとう。移動中にヒカリが使ったと思われる手榴弾を見つけたから、それをドローンで拾ってきた」
駆け寄ってくるミズキに手を掲げる。
「いや、俺一人じゃまじどうしようもなかった。助かった、サンキュ!」
ミズキはコウの手を見て、自分の小さな手を合わせた。
右からは低い重心からの殴打、左からは頭部や肩を狙うナイフ。その速度も高さも違う二人の猛攻に、探偵に雇われた元軍人は耐え続けていた。それだけでなく、二人の攻撃の隙を見て反撃の刃を繰り出してくる。
男が二歩下がり、左手に拳銃を構える。その下からサナが警棒で、銃を握る手を殴り上げようとしたのを見て、右手のナイフを振るう。それをサクに蜂のナイフで止められると、足で警棒を踏みつけた。同時にサナの左手が拳銃を掴み、照準をずらす。
「……そのナイフ、どこで拾った?」
均衡状態で、蜂の刻印を目にした男が小さく尋ねる。
「さあな。あんたの知り合いに持ち主がいたか?」
「ふっ、知らんのか。どのみちお前らにやられたってことは、噂程のやつらじゃなかったんだろうな」
「噂? ……そうか、あいつは確か、軍で表彰を受けてたな」
「どうだかな。俺はもう軍を離れた身だ、話すことはなにも、ない!」
頭突きでサクを遠ざけ、右足で警棒を踏んだまま最小限の動きで左足を繰り出し、サナを蹴り飛ばした。
「ちっ、いったいわね!」
警棒をサナに蹴りつけて動きを止め、自由になった拳銃を向けるが、その手をサクが押して銃弾が壁にめり込んだ。そのまま拳銃をひねり上げて離れに放り投げる。
「銃が怖いか? 悪いが銃はまだあるぞ?」
「その背中のFALか? そうだな、じゃあ出来るだけ構えられないようにしよう」
その言葉と同時に、トンネルの暗闇に乗じて男の背後に回り込んだサナが体重を乗せた警棒を振り下ろす。
「手品も戦闘も、大事なのは気を逸らさせることさ」
警棒が直撃する。サクもナイフの柄で追い打ちをしようと、持ち方を変えた時だった。パン、と銃声が鳴る。
「……なっ……?」
「ああ、お前の言う事は間違いない。敵の思い込みは、最も利用価値のある材料だ」
サナの警棒を男は頭をずらして避けていた。左肩で警棒を受け、その腕の先には別の小さな拳銃を握っている。
「拳銃は二丁だ、いつ何が起きてもいいようにな」
「ぐっ……」
男はナイフを逆手に持って、背後の影に突き刺す。それを引き抜くと、目の前で苦しむサクに刃を向けた。
「22LRは痛いよな、威力が弱すぎて。今楽にしてやる」
ナイフを振りかぶる男に、サクも応戦する。ナイフを持った右手をがむしゃらに振って男を遠ざけようとした。実際男は一歩下がったが、すぐに近づいて、サクの渾身の一撃を受け止めた。
「随分と大振りだな、そんなに死ぬのが怖いか? だったら安心しろ、苦しませずに殺してやる」
ナイフをしまい、FALのスリングに手をかける。そこでふと、動きが止まった。
「……これから死ぬってのに余裕な表情だな?」
「いや、そんなことないさ。本当に死ぬ寸前ってときは、俺だってみじめに泣き叫ぶかもな」
そういうサクは不敵に笑っている。不審に思い、掴んだ右手を見る。その手は何も握っていなかった。
「思い込みは敵さ、確かにな」
隠れた左手に握られたナイフが、FALのスリングを、そして男の額を切る。
「安心しろ、頭の傷は致命傷にならない」
「……はっ、こんなので逆転できたと思うか? 忘れたわけじゃないだろうな、お前を貫いた銃弾はまだ7発撃てるぞ」
血の入りそうな右目を閉じ、左手に小さな拳銃を握る。その頭を、今度こそ衝撃が襲い掛かった。目をぐるりと回し、膝から崩れ落ちる。どさりと倒れこんで気を失ったようだ。
「ふぅ……」
額の汗を拭ったサクに、サナが手を差し伸べる。
「サナ、よく無事だったな」
手を取る腕をよく見ると、上着が巻き付けられていた。どうやら男のナイフをこの左腕で受けたようだ。
「いやぁ、蹴り飛ばされたときに念のためこれやっといて大正解。別に刺されてもこいつは倒せたけど、血出してるとヒカリに心配されるかんね。
それより、サクこそ大丈夫?」
「ああ、俺は平気だ。基本的にいつでも防弾ベストを着てるからな。LRくらいなら防げるよ」
穴の空いたシャツをめくって、下に着込んだベストを見せる。潰れた銃弾がめり込んでいた。
「用意周到なことで。じゃあこれで敵は全滅ね?」
走ってきたコウとミズキも合流して、サナはデバイスを手に取った。刺された上着を見て不機嫌そうに眉を寄せながら。
「――民間人6人、探偵5人の11人全員捕縛。皆無事よ――」