意外な才能?
例え太陽が空で煌々と照りついていようと、時が経てば必ず月にとって代わられる。朝、畑に水をやる人々は、夜も土をいじり続けることは出来ない。人々は時の流れには逆らえない。
だが時代の変化とともに、人は人工の太陽を手に入れた。足元の見えぬ闇を切り裂く、希望の光を手に入れた。
ここにいる彼女達もまた、抗えない流れの中で必死に遡行せんと足掻く者たちだった。
「さて、と。二人とも、そろそろ良いか?」
医務室でじゃれる二人が一段落した頃合いを見計らって、サクとアイ、それに後から合流したコウ、ミズキ、シュンが入室する。
「積もる話は沢山あるが、それは後でだ。先にAGMOZについての話をしたい。サナ、ヒカリ、コウの3人によって西部工場は破壊されたが、そこに駐留していた戦車は8両だけだったようだ。残りの車両と歩兵部隊が、首都のセントラルシティから出立したことをミズキが確認している」
「中央のセントラルシティからなら距離があるけど……それでも私達も急がないと」
と、ヒカリが緊張を身に纏う。サウスブロックとイーストブロックは比較的近く、首都からは遠い。そんな位置関係だった。
「その話は、AGMOZの方には?」
ヒカリを挟んでサナの反対側にいたコウは、右手を挙げてイーストブロックにある反政府組織の名をあげる。
「勿論伝えたさ。ただ、腹を割って話し合えば何事も解決できると謳っているからな、まともな反撃も逃走もするとは思えん」
「じゃあ、俺達が出るのか」
その通り、と頷くサクはいつになく苦そうだった。
「そういうことになる。だが、全部隊を倒せなんて無茶を言うつもりはない。相手は歩兵だけでレジスタンスの全構成員の百倍以上だ。そして、さらに戦車と複数の装甲車両がいる」
「戦車1両だけなら、昨日みたいに接近できればまだ勝率はあるけど……」
サナがベッドに腰掛けながら、溜息交じりに呟く。
「昨日は、ありゃ随伴してる奴がいなくて、相手がこっちに気付いてないで、決死の囮がいたから出来たもんだ。早々何度も近付かせてくれりゃしねえよ」
“決死の囮”を強調しながら腕を組むコウに、ヒカリは素直にごめんなさいと謝った。
「でもさ、戦車に兵士がくっついたからって何が違うわけ? そりゃ5個のターゲットを相手にするのは大変だけど……」
「戦車1両と、戦車プラス随伴兵とじゃ全く違うよ」
ちっちっち、とミズキの隣に立っていたシュンが人差指をわざとらしく左右に揺らす。
戦車はその砲塔に備え付けた戦車砲と、近付く者を薙ぎ払う重機関銃を兼ね備えている。加えて、外装は小銃弾をものともしない装甲。特に分厚いのは正面の装甲。対戦車榴弾、つまりロケットランチャーの中には一撃で貫けるのもあるにはあるけど、戦車の正面にはさっき言った戦車砲や重機関銃が牙を剥く。
そしたら、横から攻撃したり事前に地雷を設置してから爆破するほうが有効だ。だけど当然相手もそれを警戒してくる。
そこで随伴兵が出てくるんだ。戦車の四方を囲むように警戒して、敵が現れたら即座に発砲。そのうちに戦車の砲塔が敵の方向を向いて、120mmの砲弾を叩きこむってわけ。
手で簡略的に状況を説明しながら、シュンが随伴兵の重要性をわかりやすく説明した。
「流石はシュン、良く知ってるね」
ベッドの上で上体を起こした態勢でヒカリが感嘆する。
「銃は撃てないけど、一生懸命勉強したからね」
褒められたシュンは、後ろ頭を掻いて照れていた。そのポケットに入った火薬で黒ずんだグローブが、ただ勉強しか出来ない人間ではないと示している。
「確かに、いくらこっちが待ち構える側だとしてもあまりにも不利すぎる。加えて、レジスタンスはここまで大規模な戦闘行為を行ったことはない。要人の暗殺や狼藉を働く軍人の無力化、犯罪者の鎮圧に、よくて施設の破壊くらいだ。
よって、俺達の取るべき作戦は必然と遅延作戦となる。というかそれ以外は不可能だ、打って出ようなんて考えるなよ? 相手の足を遅らせ、住民を避難させる。今作戦の目的はこれだけだ、欲張るな。
ミズキ、頼む」
シュンの話を引き継いだサクは、ミズキに後を任せる。
「遅延作戦については、もう既に一部を実施中。三人が決死の努力で持ち帰ってくれたイーストブロック進攻作戦を知ってからすぐ工作部隊を結成し、事前にシュンが作っていたIEDを……即席の爆弾を設置したり、ゲリラ戦術を用いて直接的に攻撃している。
工作部隊の頑張り次第だけど、幸いなことにセントラルシティからイーストブロックまでの道のりは道路が少ないうえに狭い。おかげで、すくなくとも今日の夕方、うまくいくと夜まで引き延ばすことは出来そうよ。だからヒカリは、今は休んで」
つまり、どんなに遅くとも明日の早朝には既に戦っているのだ。
ミズキが頷き、サクが再び口を開く。
「住民やAGMOZの避難が完了次第合流し撤退するが、これまでとはくらべるべくもないほど危険だ。よって、今回は作戦に参加するかどうか、戦闘するかどうかを自分の意思で決めてほしい。
……お前たちには先に言っておく。顔も知らないAGMOZより、俺はレジスタンスのメンバーの方が数倍大事だ。特にお前たちは。
それに正直、俺達にはまだ何千人もの命を救うための力はついてないと思う。だから、今ここで無茶をして取り返しのつかない事態になるより、悔しい思いをしても生きる方が大事だ。どれだけ目覚めが悪くとも、朝を迎えられることに変わりはないんだ。俺個人の考えとしてはな」
――それをお前たちが納得するとも思えないが、な。
ヒカリ達は互いに互いを見合う。彼女達はみな命を掛ける覚悟はしているが、死にたがりなわけではない。それに、サクは他の五人より5歳年上で唯一の成人だったが、他5人はまだ十代。悩むなという方が無理な話だ。
「30分以内に決めて欲しい、避難支援部隊の行動は早いほどいいからな」
そう言い残し、サクは医務室を後にする。正直言ってサクは、5人がどちらを選択するかわかっていた。腐っても幼馴染、もう10年以上6人は一緒にいる。
それでも選択肢を出したのは、たった一人の大人として、5人を守りたいからだった。
「俺は行くぜ」
サクが出ていってすぐ、コウが呟く。
「俺みたいな奴は前線で活躍するタイプなんだよ」
ふん! と力瘤を作り、サナに「銃撃戦に筋肉は関係ないでしょ」と突っ込まれる。
「僕も行くよ」
「シュンも?」
普段あまり外で作戦行動をしないシュンも出張ると聞き、ヒカリが僅かに驚く。
「うん。射撃はからきし……っていうか出来ないけど、何かあった時機械や爆発物をいじれるのは僕だけだ。それに今考えてる作戦で進めるなら、僕が出張るのが一番だから」
じゃ、僕は今作ってるのを完成させてくるから! とシュンも部屋を出ていった。
「私は戦闘には参加できない」
ミズキが小さく手を上げる。
「だけど、現地に出向いて無線でサポートする事は出来る」
「ミズキがサポートしてくれりゃ、心強いさ」
コウが親指を立ててみせる。
「それじゃ、あとはヒカリとサナだな。正直言うと、二人には参加してほしくねえんだけど……」
「コウに参加させといて、私が参加しないとでも思った?」
絶え目のない反論に、はぁ、と溜息をついて腕を組む。
「……そう言うと思ったよ。ヒカリはどうする? まだ頭痛むだろ? ここに残ってくれて良いんだぜ? それか、街の人達を避難誘導するか」
コウの気配りはヒカリの心に正しく届いたが、それでもヒカリは、受け取ることは出来なかった。
「コウ。気遣ってくれるのはうれしいけど、私にはこれくらいしか出来ることが無いから、行かなくちゃ。ここの留守も避難支援もどっちも大切だってことはわかってるけど、でも私は……銃を取って、戦うことで助けたい」
それを聞いたコウは深いため息をついて頭をかく。
「参ったなぁ、俺が折角男を見せようとしたらこれだもんなぁ」
「あんたはそんなキャラじゃないってことよ。それより、私達の初めての大規模戦闘、折角だから作戦名とか付けない?」
「たまにはサナも良いこと言うじゃん!」とコウが口走って、いつものローキックを食らう。二人ともポジティブだし明るい性格だが、能天気ではない。それが場を明るくするための方便だということは、考えずともわかっていた。
「ただ作戦名っつったって、良いのはなかなか出てこない……」
サナが腕を組んで唸る。
「ミズキはどう?」
様々な作戦を立てたり、情報を分析するのが得意なミズキなら、とサナは振り返る。その期待に反して、ミズキは首を横に振った。
「……突然だからあんまり浮かばない。それに、そういうセンスもない」
――クローバー、とか。
その声がした方へ振り向くと、ベッドの上で自分の口を押さえたヒカリがいた。「ごめん、今の取り消して」と、サナ達の頭の中に浮かんだ5文字を霧散させるかのように右手を振りまわす。
その心は? とコウが疑問を顔に張り付け、ヒカリにぶんぶんと手を振られる。
「いやっ、もうほんとに何でもないから、忘れて、ね?」
「それじゃ、皆の士気をあげるためにも、これから作戦名をヒカリに考えてもらおっか」
サナが悪戯な顔でそう提案し、ミズキなんかは自前のパソコンに[オペレーション:クローバー]と打ち込んだ。
――えぇっそんなぁ……
ヒカリの悲痛でいて大仰な声は、医務室によく響いた。