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――ただいま





「それじゃあ、そろそろお暇しますね。これ以上迷惑はかけられないし、それにサナ達がそろそろ心配しだすかもしれないので」


「それだけ貴女のことが好きなのよ。歩きで良ければ送るわ、怪我人を一人で帰らせるなんてことしないわよ」



 スニーカーを履いて家を出た私の目の前では、4時半の太陽が少しだけ傾いていた。


「もうすぐ冬も終わりね」


「これから短い春が来て、そしたら夏ですよ。知ってました? 私夏生まれなんです。暑いのは苦手ですけど。あと梅雨とか虫も」


「つまるところ、夏はあまり好きじゃないのね」


 私達はマンションを出て、ゆっくり、ゆっくりと歩いた。















「おーい、ヒカリ―! どこだー!」


 サナと別れ、手分けして辺りを探していたコウは、路地裏に向かって大きな声で呼びかけた。


「くそ、ここにもいないか……リーダー、そっちでなんか手掛かりとかなかった?」


「――コウか。サラリーマンの男性が、軍に追われる少女二人組を見たらしい。一人は腕を撃たれたようで声をかけたが、気にするなと突き返されたと言っていた――」


「場所は?」


「――公園のすぐ隣、隣の路上にある街灯の下でだ――」


 わかった、と返事をしたコウは少しがっかりして、別行動中のサナ宛にデバイスの信号を変える。



「サナ、そっちはどうだ?」


「――……コウ! あんたってほんと、タイミングいいのか悪いのかわかんないわね! ――」


「はぁ? そっちでなんかあったのか?」


「――大有りよ! 流石に一人じゃこれは厳し――」


 サナが言い終わる前に、デバイスは唐突に沈黙する。


「おいサナ!? どうした、何があったんだよ!」


 コウは一瞬考えた後に弾かれたように走り出し、オレンジ色の街を駆けまわった。











「はあ、ここにもいない……ヒカリ、あんたどこほっつき歩いてんのよ……」


 数分前、コウと同じように路地裏を探しまわっていたサナは、影も形も現さないヒカリに溜息をついた。もう何時間も歩き回っては、ペットボトルの紅茶を喉に流し込んでいる。


 いつしかサナは、細い道の先にある、忘れられた空き地のような場所に出ていた。四方は背の高いビルに囲まれ、サナの背後から差す夕日だけが薄暗く照らす広場。


 手掛かりはなさそうね、と戻ろうと振り向いたサナに、誰かがぶつかる。



「おーっと、大丈夫?」


「……ええ、大丈夫です。ちょっと通らせてもらいたいんだけど」


 両耳に大きな指輪の様なピアスをした男は、サナと大通りの間、路地のど真ん中に立っていた。その男の陰から、1人、2人、3人と、次々出てくる。


「……ああ、そういうこと」



「ああ、そういうことだよ」


 サナの後ろから野太い声が響き、続けて幾つにも重なった笑い声が木霊する。振り向くと、広場の反対側にある細い路地からも、男達が続々と集まっていた。


「大人しくしてたら悪いようにはしねえ。さ、持ってるもん寄越しな」


 後ろの男達にせっつかれて、サナは広場の中央へ誘導された。足元には缶詰や菓子のゴミ、財布、動かない腕時計などがいくつも散乱していた。太腿のホルスターに手を伸ばすも、M93Rはバッグの中にしまっていたことを思い出す。



「……随分高い通行料なのね?」


「最近じゃ世知辛えからな。久しぶりのお客さんだ、がっつり貰うもん貰わねえとな!」


「……そう、私が久し振りの客なのね」


 それは良いことを聞いたわ、と独り言のように呟く。




「――サナ、そっちはどうだ?――」


 突然飛び込んできた声に、周りの男達は驚いて辺りを見回し始める。


「……コウ! あんたってほんと、タイミングいいのか悪いのかわかんないわね!」


 腰に掛けたデバイスに手を伸ばし、ボタンを押しこんだまま声を張り上げた。


「――はぁ? そっちでなんかあったのか?――」



 ――まったく、こっちのことも知らないで呑気に……



「大有りよ! 流石に一人じゃこれは厳し……」


 目の前の男が僅かにコクリと首肯したのを見て、半ば反射的に身を捻る。先程まで頭のあった空間を、鉄パイプが勢いよく通り過ぎていった。


「さっさとぶん殴って奪い取れ!」


 地面に打ち付けて跳ね返ったパイプを肩に乗せ、長身の男がゆっくりとサナに近づく。




「持ってるもん全て渡すか、殴られて全部奪われるか、だ」


 ニタリとした笑みを浮かべ、左手をサナに差し出してくる。その手はごつごつとして、よく鉄パイプに馴染んでいた。


「……あんたみたいに人の事を見下ろす奴、大っ嫌いなのよね」


 サナも腰を落とし、間断なく集中してこの場を俯瞰する。


 ――全部で、12人くらい。全員パイプだの包丁だの持ってるのか……コウ、早く来てよ?



 再び振り下ろされたパイプを、サイドステップを踏んで(すんで)の所で避けた。そのまま回転し、勢いを乗せて男の脇腹を肘で打つ。


「ぐぅっ! ……っへへ、なかなかやるガキじゃねえか」


「あんたに認められても嬉しくないのよ。あんた達全員どいてくれない? 私は友達を探しに来ただけなの」


「だったら俺達も、今日を生きようとしてるだけ、だっ!」


 再三叩きつけられた攻撃を避けたサナは、そのまま薙ぎ払われたパイプを腕でガードした。


「ったいわね……!」


 振り下ろされた後の攻撃だったため然程威力は無く、腕を痛めるようなことはなかった。しかし、後退したサナの後ろにいた別の男が、手に持った木刀の柄でサナを殴りつける。


「余裕なのも今のうちだぜ? 早いとこ全部差し出しゃよかったものを」


 左手で頭を押さえ、片膝をつく。そこを取り押さえようと接近した男の足を払い、サナは腰のシースナイフを抜いた。



「うわっ!? こいつ、ナイフ持ってんぞ!」


 足払いを受けて転んだ男の首元に、セレーションと呼ばれるギザギザした部分を当て、周囲を威嚇する。その隙に、後頭部の強打によって定まらない視界を取り戻すことに成功した。


「いいからどいてよ。私だって無闇矢鱈と人を殺したいわけじゃないんだから」


 この場の誰よりも小さい少女が、刃渡り16cmもあるサバイバルナイフを取り出した事実に、少なくとも取り巻き達は大きく動揺した。


「お、お前ら、あのガキをなんとしてでも捕まえろ! 人の事馬鹿にしやがって……!」


「ちょ、ちょっとリーダー、助けて下さいよ!?」


 足元の子分が情けなく声をあげ、必死にリーダーとやらに助けを求める。先程から指示を出す、大柄な男がリーダーなのだろう。


「うるせえ、いいからてめえら全員かかれ!」


 そうやって総9人の男達は、半恐慌状態でサナを取り押さえにかかった。


「うっそでしょ、馬鹿ばっか!」


 サクはこんなんじゃなくてよかった、なんて思いながら、早く来てよと再びコウに念を送った。






「お前らナイフ押さえろ! あれさえ取りゃこっちのもんだ!」


「駄目だ、近付くな!」


「ぐあぁっ! 痛え、切られた!」


 空き地の中心で、サナは男達に囲まれていた。ナイフを順手に構えたサナは大きく息を吐き、わざとらしく刀身をオレンジの日光に照らす。


「ただ道を開けてくれるだけで良いって言ってんのに、ほんとに馬鹿ね」


 そう言うと横に一歩ずれ、死角の背後から殴りかかってきた男をかわす。そのままナイフを首に押し付け、背中を思い切り蹴り飛ばした。



「くそっ、血が、血が!」


 皮膚が切られて血が滴る。だが、それだけだった。


 切創は僅か3mmにも至っておらず、致命傷はおろか出血多量にもならない、日常で負うかもしれない程度の傷。


「私、達人とかじゃないんだけど。丁度いい手加減の仕方なんて知らないわよ……」


 独り言ちたサナは負傷した男が戦線に復帰したのを見て、舌打ちをした。


「もう良い、捕まえられないならぶち殺せっ!」


 その命令を受けて、今度は包丁やナイフを持った男が前に出てくる。



「いい加減にしなさいよ……! っ、殺されても文句言うんじゃないわよ!」


 自分の命を護るために、サナは先手を打った。




 大型のナイフを持った男の腹部に刃を突き立て、手を離して逆手に持ち替える。


 両手で包丁を突いてきたフードの男は、サナの脇の服を裂いた。左手で男の両腕を掴み、腹を蹴り飛ばしてから二の腕の裏を切りつける。


「あああっ! 腕が、腕が動かねえ!」


 当然ながら、人間の四肢は脳からの命令を受けて初めて動かすことが出来る。そして命令を伝える神経は太腿や二の腕を通っている。特に二の腕は太腿と比べて非常に細く、ナイフで深く切りつけられれば、容易に傷付き、或いは切断される。その点で言えば、狙撃弾によってヒカリの神経が切断されていなかったのは、不幸中の幸いだった。


 このフードの男も神経を深く傷つけられ、包丁を取り落とした。



「あたしは別に暇つぶしに来たんじゃない。仲間を探しに来たのよ! それをあんたらなんかに邪魔なんて、させない!」











「……それでコウがヘリコプターのラジコンを操縦したら、私の方に飛んできて! もう少しで私の顔に突っ込んでくる所だったんです」


「それは危なかったわね。大丈夫だったの?」


「はい! シっ、友達のお兄さんが私の前に腕を出して、助けてくれたんです!」


「友達の、お兄さんが? ……それは知らなかった、貴女はその人の事が好きなの?」


「それは……えーっと、その、まあそうですね」



 ヒカリとユイの二人は、談笑しながら帰路の途中にいた。さっきまでの話なんてなかったように、無邪気に笑う。





「なんか騒がしいわね」


 道を曲がったところで、風に乗って誰かの罵声が耳に入り込んだ。それも何度も何度も、どこか苦しみを紛れさせた声音の罵声が。自転車に乗った主婦が嫌そうに見遣ったのは細い路地で、入口は換気扇やら鉢植えやらで大分狭まっていた。


「あの路地から聞こえてきますね。しかも声的に、何人かいます」


 視線を合わせた二人は頷くと、ユイが汚れるのも厭わずに鉢植えを跨いだ。


「危ないですよ、私が先行きます」


「レディファーストでしょ? だったら私が先じゃない」


「それはどんな意味でですか……」


 脱力したように問いかけて、ヒカリは念のためM&P9のセーフティを外した。




 太陽の光は最早路地に差し込まず、足元を視認することすら難しい程に暗くなっていた。時刻はまだ日の沈む数時間前だが、路地を照らすのは建物の窓からの薄明かりだけだ。


「少し広くなったけど……本当に真っ暗ですね。ユイさん、闇に紛れたりしないでくださいよ?」


「心配だったら手でも握ってましょうか?」


 やんわりと断った少しあとで、不意にユイの手元が強く光る。明順応を待ってヒカリが目を開くと、発光体は二つのケミカルライトだった。用意周到ですねと声をかけて、一本を受け取る。


「用意が足りなくて死ぬよりはいいわよ」



 ケミカルライトを掲げて歩いていると、再び何かを叫ぶ声が聞こえる。


「さっきよりも近い。それに、壁に反響してよくわからないけど……女性もいる?」


 そう言うとヒカリは、ユイの脇をすり抜けて駈け出す。空の缶詰を蹴り飛ばしたことには、気付かなかった。





「全員動きを止めてから両手を上げなさい!」


 ヒカリが辿り着いた場所は、路地と路地の間にある広場だった。暗闇の中、微かに揺らめいた闇へ向けて手に持っていたケミカルライトを投げ、腰のM&P9を片手で構える。


「少しでも怪しい動きをしたら躊躇なく撃つ! 全員ライトの傍へ寄りなさい!」


 くるくるとコンクリートの上を滑ったケミカルライトは、やがて4本の足元で停止した。


「待ってくれ! 暴徒に襲われて友達が怪我したんだ、撃つな………って、その声は、まさか……」


 ヒカリもピンと張った腕を緊張の糸と共に緩め、ハッとする。


「……もしかして、コウ?!」


「やっぱりヒカリか!?」


 顔の見えない影がゆっくりとライトに手を伸ばす。それと同時にヒカリの背後からユイが追いつき、ようやく互いの顔を視認する事が出来た。



「ヒカリ!」



 ユイがヒカリの顔の傍でライトを掲げた直後、何かが強烈にヒカリの体に衝突した。


「ヒカリ! あんた今までどこ行ってたのよ、バカ!」


「痛い痛い、いたたたたっ! サナ、ちょ、ちょっとだけ緩めて、左腕が!」


 サナの抱擁に巻き込まれたヒカリの左腕は、猛烈な痛みに抗議を挙げた。



「ほんっとうに痛いんだよ、サナのバカ……」


 目を潤ませ、うずくまる。その背中に申し訳なさそうに、暖かな手が添えられた。


「あ、ごめん。なんか前にもこんなことあったわね。……っていうかヒカリ、あんた左腕、服に穴開いてるじゃない!?」


「ちょいちょい、折角の感動的シーンなんだし、こんな真っ暗な所じゃなくて通りに出ようぜ?」


 コウが拾い上げたライトで路地の先を指し、それからライトをくるくる回した。





「ほんとに、ほんとあんたが無事で、本当に……!」


「サナ、さっきからほんとしか言ってないよ。それにサナこそ大丈夫? 頭から血が……それに服も切られてるし」


「私? 大変そうに見えるだけで全然平気よ。馬鹿な奴らに絡まれただけだから」


 通りに出たサナは、ヒカリの肩を掴んで俯いた。普段から過保護ぶりには閉口しているヒカリも、ここまで心配をかけたら流石に申し訳なくなった。



「私がヒカリちゃんを今まで借りてたの。サナちゃん、心配を掛けさせてごめんなさい」


 ユイはケミカルライト2本をしまうと、サナに頭を下げた。


「この人が、ヒカリの言ってた友達か?」


「うん、そう。ユイさんっていうの。ここの近くの公園で噴水のライトアップを待ってたら軍に襲われて、撃たれたのをユイさんに助けてもらったの」


 それからヒカリは、これまでの経緯を掻い摘んで話した。


 ユイの正体には触れずに。






「……つまり、公園で一緒に襲われて、ユイに治療してもらったってこと?」


 ヒカリの話をそう総括したサナは、ユイに左手を差し出した。


「ヒカリのことを助けてくれてありがとね。私はサナっていうの」


「助けられたのは私の方よ。サナちゃんの話はヒカリちゃんから聞いてるわ、自分の事を気に掛けてくれる、とっても大事な友達だって」



「俺はコウだ、よろしくな! ……ヒカリと友達になってくれて、ありがとな」


 サナの次に名乗ったコウは、ヒカリに聞こえないように小声で耳打ちした。


「ユイよ、こちらこそよろしく。……ヒカリちゃん、心配されるのは嬉しいけど、されすぎはちょっと嫌なんですって。気を付けてあげて」


「ちょっと二人とも、何話してるの?」


 そこにヒカリが近づいてきて、コウは曖昧にお茶を濁した。




「そう言えば二人は、あんなところでなにやってたの?」


 ヒカリは二人が路地裏にいたことを不思議に思い、路地を目で見ながら二人に尋ねた。


「いや、何してたって、ヒカリを探してたんだよ」


「……あんなところで?」


「身を隠すなら、あんなところが最適でしょ?

 私はあんたを探してる途中で、ゴロツキ共に襲われたのよ。余裕綽々な態度を見せたのに馬鹿だから突っ込んできて。途中までは勝ってたんだけど、後ろから頭にガツンと喰らっちゃった。それで、残り二人になった所でピンチになって……」


「俺が颯爽と駆けつけたってわけ。しかもこいつ、ホルスターだけ付けて肝心の拳銃をバッグにしまってて、俺があと少し遅れてたらヤバかったんだぜ」


「軍がここら辺を見張ってるんだから、どっちみち銃は使えないでしょ! まったく……」


 段々と言い争いに発展しそうな二人の後ろで、ヒカリはユイに近づいた。



「ほら、あの二人滅茶苦茶仲良いでしょ? あれじゃ疑われてもしょうがないですよね」


「とっても楽しそうね」


「ですよね。あの二人は昔から仲良かったんです……」


 そこまで言った所で、前を歩く二人がどちらも自分の方を向いてることに気が付いた。



「……聞こえてた?」


「そりゃもう」


「バッチリ全部」


 息のぴったり合った返答に、「ほらね?」と繰り返した。




「……ふふ、ふふふっ、皆仲が良いのね。私はそろそろ戻るわ、またね」


 楽しそうにじゃれ合う3人を見て、ユイは笑みをこぼした。


「あ、ちょっと待って下さい! ユイさん、色々と本当にありがとうございました!」


 ヒカリも振り返って頭を下げ、それに倣って二人も軽く頭を下げる。


「良いのよ、そんなこと。それより……これから、頑張ってね」


 それだけ言うと、「じゃあね、ヒカリちゃん、サナちゃん、コウくん!」と手を振って3人から離れる。



















「もう戻ってきたんですか」


「ええ。いつまでも行動を共にしてたら、どこかのストーカーに嫌疑を掛けられかねないもの」


 ベンチに座る部下を見遣り、自分は背もたれに腰掛ける。


「何を話してたんですか? 態々ジャミングを張るなんて。それに、自分が聞いていた最後の会話では、彼女があなたのことを疑っていたようでしたけど」


「……ただのガールズトークよ。それにあの子は、銃を握ってるとはいえそれ以外は普通の人間。いくら油断してても、私がヘマをして正体を気取られるわけない」


 部下が手に持った紙コップのコーヒーを啜る音を聞いて、浅い溜息を吐きだす。



「彼女の言葉の真意を確かめてた。なんてことはないわ、『この国を犠牲にしてでも、大切な人たちを救いたい』というのは目の前に差しだされた二択の時だけ。現実でそんなことはありえないでしょう? 彼女の目標は今も『国を解放する事』よ。まだまだ利用価値のある、ね」


 尚も紙コップを傾ける部下を尻目に、自分のベルトに通した長方形の機械を取り外す。



「はぁ。いつでも簡単に情報共有が出来るというのは良いコンセプトだけれど、身の回りにストーカーがいるんじゃ考えものね。貴方、これ返しといてくれる? 『C-。理由は後で書類にして渡す』って伝えておいて。私は報告があるから」


「いや、上への報告は自分がやります。貴女は試作品を返却してから仮眠を取ってください、お疲れでしょう?」


 そう言って立ち上がった部下に、一瞬躊躇ってから返事をする。


「……それはどうも」


 部下は紙コップを握りつぶすと、ゴミ箱に放り入れてからその場を去った。鋭い舌打ちが響いたのは、それからしばらくしてだった。















「……えっ」


「どうした?」


 自分のショルダーバッグをガサゴソといじっていたヒカリは、思わず言葉を漏らしていた。


「いや、なんか無くしたと思ってたのが入ってた……から……」


 それから小包を取り出したヒカリは、再び怪訝そうに手の中を睨んでからサナに近づいた。


「ん、どしたの?」


「……ううん、なんでもない。

 実はね、ユイさんと一緒にあるものを買ったの! はいサナ、どうぞ!」


 後ろ手に隠した小包をサナに見せると、サナは恐る恐る、ゆっくりとそのプレゼントを受け取った。


「これ、私に? ……ありがと、中見るのは洋館に戻ってからでもいい?」


「……うん、勿論! お気に召さなかったらごめんね!」


 ううん、大丈夫。どこか上の空に答えるサナの後ろで、ヒカリは少しだけ肩を落とした。


「心配すんな、嬉しすぎてリアクション取れてないだけだろ。あんな“犬”のリボンが付いてるんだから、嬉しくない筈ないだろ?」


 そうヒカリの肩を叩いて、コウはサク達に連絡を取った。


「……うん、そうだね……」










「ふぅ、やっと帰ってこれた……」


 僅か二日空けただけの洋館でも、ヒカリには懐かしく感じられた。サナから鍵を貰って玄関を開けた先には、メンバーのほぼ全員がヒカリの帰りを待っていた。ヒカリが中へ一歩踏み込むよりも早く、小さな子供が二人抱きついてくる。


「お姉ちゃん、帰ってくるのおそい! ぼく達みんなで探してたんだよ!」


「お姉ちゃん、大丈夫? お父さん達も、シュン兄ちゃんも、心配してたよ?」


 右足には、母を亡くした男の子。左足には、サガラの娘で命を狙われたカナ。二人に抱きつかれたヒカリは体勢を崩しかけたが、なんとか持ちこたえて二人の顔と、ビルの中でヒカリの事を見る仲間達の顔を見回す。


「……御迷惑をおかけしました、本当に、ごめんなさい」


 頭を下げるヒカリの背中を、誰かがバシッと叩く。


「俺達皆、ヒカリに助けられてんだ。そんなに気にしなくて良い。それに少なくとも、この中で一番心配してたのはサナだぞ」


 コウはそれからヒカリの頭を乱雑に撫で、大きく欠伸をした。


「お帰り!」


 シュンやミズキ、サクがヒカリに声を掛ける。それにヒカリは、「ありがとう」と頭をかいた。





「サナちゃん、プレゼントでも貰ったの?」


 他の仲間とヒカリの無事を祝っていた女性が、サナの持つ小包に気付いた。


「ええ。友達と一緒に選んだんですって」


「良かったわね。もう中身見たの?」


 首を振って、両手で抱えながら二階へあがっていく。そんなサナを微笑ましそうに見送って、女性は再び仲間の輪に戻った。



「あれ、サナ……」


 メンバーに事の経緯を尋ねられながら、ヒカリはサナの姿を探していた。しかし、既に二階へ上がったサナを見つけることは出来なかった。


「ヒカリ、どうしたの?」


 シュンが、きょろきょろするヒカリを呼び止める。


「サナにプレゼントを贈ったんだけど、あんまり喜んでくれてないみたいで……」


 見るからに落ち込むヒカリに、思わず「本当に?」と訊き返す。それほどシュンには、ヒカリの言ったことが信じられなかった。


「いつものサナなら、泣いて喜びそうなものだけど……下にいないってことは、上でゆっくり開けようとしてるんじゃないかな?」


「そっか……じゃあ、行ってみる?」


 ヒカリが人差し指を上に立てて、シュンは呆れたような笑顔で頷く。普段は冷静に作戦を練り工作に勤しむが、彼も未成年。こうやってたまにふざけることだってある。





「その左腕の傷、今度アイさんが来たらちゃんと見せてね。そんな大怪我、然るべき処置をしないと大変なことになるんだから」


 階段を上がりながら、険しい顔でヒカリの左腕を指さす。


「大丈夫、わかってるよ」


 穴の空いた服の下に見える包帯を優しく撫でて、僅かな痛みに顔を歪める。



 サナは、一番奥の仮眠室にいた。扉の隙間から覗き見てみると、普段あまり使われることの無い机の上に小包を置いて、正対しているようだった。


「……なにしてるんだろう」


「しっ! ……これから開けるんじゃないかな」


 サナは一度自分の頬を両手で軽く叩き、それから小包の袋を破かないように慎重に開き始めた。その様子は普段のサナとは正反対で、指先一つ一つに至るまで気を張っているようだった。


「……なんだか、見ててじれったいね」


 シュンがもどかしそうに声を出し、しゃがみ込んで観察を始めた。



 それから3分ほどの格闘の後に、ついにサナは、小包の中から小さな箱を取り出すことに成功した。


「そういえばヒカリ、何を買ったの?」


「えへへ、ひみつー。見てればわかるよ」


 パカッという音で二人は黙り、サナを見る。箱を開けて中身を発見したサナは、品物を手にとって暫くの間固まっていた。


 二人が固唾を呑んでサナを見ていると、突然プレゼントを抱いて足をバタバタさせ始める。その様子の急変さに、不安気に見ていたヒカリは頭上のシュンを見上げた。


「サナ、どうしたんだろ? 大丈夫かな?!」


「……大丈夫だよヒカリ。多分、喜んでるだけだと思うよ」


 これ以上水を差しちゃ悪いね、とドアに手を掛け、シュンが立ち上がる。しかし、しゃがんで覗いていたシュンはほんの少しよろめいて、ドアノブに頭を打ち付けてしまった。


「いったっ! っつー……」


 頭を撫でて痛みを少しだけ緩和させていると、ゆっくりとドアが開いていく。



 開かれたドアの先には、サナが腕を組んで立っていた。その首元には、ハート形のロケットが煌めいている。


「……それ、プレゼントしてもらったの? 良かったね、似合ってる……」


 引きつった笑顔を浮かべる二人を、サナは思い切り抱きしめた。


「わわっ、ちょっ、サナ!?」


「サナ、落ち着いて! 僕まで巻き添え喰らってる!」


 すぐに腕の力を緩めたサナは、小さく溜息をついてから手を離した。それから間髪入れず、二人の頭に手刀を振り下ろす。


「さっきのはプレゼントのお礼。今のは覗き見した罰よ!」


 チョップを喰らった二人は頭を押さえ、同時に膝を折る。特にシュンのダメージは深刻だった。





「僕……そんな悪いことやってないのに……」




















「馬鹿野郎共がっ! テロリスト共を逃してのこのこ帰ってこれると思うなよ!? 何の痕跡も発見できずに帰って来ようものなら、全員処罰の対象になるからな、覚えておけ!!」



 パルチザン建設現場に設えられた基地内部、閉まり切っていないドアから無線に怒鳴りたてる将校の声が漏れ聞こえてくる。


「ったく、お前達は碌な作戦も考えねえんだから、お前が行けよ」


「おい、アズマ……」


 ニシは相変わらずアズマの言葉を窘め、無線室からアズマを引き剥がした。



「そんな必死になんなくたって、面と向かって直接言ったりはしねえよ。ただの独り言だ」


「最初は古井戸相手の独り言のつもりでも、それは巡り巡って本人の耳に飛び込むことだってあるんだぞ」


 静かに言い合いをしている所に、ドアの開いた音が飛び込んだ。



「おお、良い所に! お前達は即応隊所属だな!? これからお前達にもサウスブロックへ行って、仲間の尻拭いをしてもらう。詳しくはお前達の隊長に話すが、うちの軍のゴミどもが反政府の『レジスタンス』の屑どもを取り逃がした。やつらは南部の無線局を占拠し他国と接触を図った恐れがある。もし見つけたら、躊躇うなよ?」


「はっ!」


 それだけ言うと、つかつかと歩いていってしまう。



「……そうか、まだあいつ等は捕まってないのか」


「なんか言ったか?」


 独り言だよ、と、ポケットに手を入れて再び歩き出す。



 ――お前、何やってんだ? なあ……ヒカリ。







これにて第3章は完結となります。

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