襲撃
「あなたは、どうしてスナイパーなの?」
その投げかけを、私はずっと考えてた。ついさっきまでは「残された銃がMSRだったから」 っていうのが、私にとってたった一つの答えだった。でも、いざ形になったその疑問は、口に出してみると、なんだか足りないような気がしたんだ。
だからといってすぐに足りない「何か」を言葉にできるほど、私は自分の事をうまく処理できるわけじゃないんだけどさ。
私は胸の中に溜まったこの消化できない問題を抱えながらも、3つの小さな小包を持って、駅前にある小さな雑貨屋を出た。もちろんユイさんも一緒だよ。
「プレゼントはその2つに決まったの?」
「はい! これできっと、多分、喜んでくれるんじゃないかなぁーって思います。店員さんにラッピングしてもらった猫のリボンも可愛いし。本当に、ありがとうございます!」
ふふふ、そう、2つ。ユイさんの前で買ったのはね。
「……どうしたの? 何か企んでそうな顔だけど」
「ひっどい、私悪だくみなんてしませんもん!」
悪だくみじゃないもん。ユイさんを驚かせたいんだもん。でもそんな考えはおくびにも出さないよ? 嘘は私の得意技ですから。みんな知らないだろうけど。
今日は生憎の空だけど、家を出て良かった。ユイさんとたくさん話せて、プレゼントも買えて。
「それにしても、今日はほんとに人通りが多いですね……今日って何かありましたっけ?」
人通り、特に小さな子供連れの家族とかカップルとかが多い気がする。なんだろう、珍しいな。
「うーん……今日は何もなかった筈よ。貴女達のお陰で、皆政府軍を恐れなくなったんじゃない?」
「やめてください、私達はまだそこまでの事はやってないですよ」
そう言って辺りを見渡すと、丁度公園が見えてきた。
「少しだけ公園で休まない?」
そんなユイさんの申し出を、私が膠もなく断る筈が無かった。
私達が入った公園は、とってもおしゃれな感じだった。出入り口以外は林で囲まれていて、中央に大きな円形の噴水があって、その周りは等間隔で配置された樹や花壇が飾っていて……まるでテレビに出てきそうな公園だった。横一列に5人くらいで歩けば、良い画になりそう。
「あ、子供が噴水に入ってる」
子供の声がする方を見てみると、男女の子供が二人、噴水に入ってばしゃばしゃと飛沫をあげてた。その隣には「入水禁止」の文字と、飛沫で濡れたベンチ。
「随分と元気な子供たちね。のびのびと育てる育成方針は、出来れば他人に迷惑のかからない範囲でやってほしいものだけど」
呆れたように笑うユイさんだけど、その目は笑ってない。 しょうがないから私は、10歳くらいの二人に近づいて呼びかけることにした。
「ねえねえ、噴水に入っちゃだめだよ! ここのお水もあんまり綺麗じゃないし、冷たくて風邪引いちゃう! それに噴水は遊ぶところじゃなくて、皆で『きれいだね!』って見る所でしょ?」
突然話しかけられてびっくりしてた二人は、顔を見合わせてから「ばーか!」って言って私に思いっきり水をかけてから、サンダルを履いてどこかへ走っていっちゃった。その場にびしょ濡れの私を置いて。
「……」
頭から水をかけられた私は、その場にいた全員の注目を集めていた。いくらなんでも流石に……
「あの子たち、絵に書いたような悪戯っ子ね……タオル取ってあげましょうか?」
プレゼントを預かってくれていたユイさんは、私のバッグからタオルを取ってくれた。
「ありがとうございます……寒い」
ブルっと体を震わせてから、私は大きく溜息をついた。三月とはいえ寒風の勢力は弱まる気配を見せてなかった。あの子たちよくこんな寒い日に水遊び出来たな……
「そんなこともあるわよ、あんまり気にしないで」
「こんなこと滅多にありませんよ……はぁ。あ、プレゼント持ってくれてありがとうございます」
上着から下着までぐっしょりなままプレゼントを受け取ると、私は大きな花壇が隣にあるベンチに腰掛けた。
「ヒカリちゃん、これあげる」
手を股に挟んで温めてると、ユイさんが自動販売機からホットココアの缶をくれた。ユイさん、私がココア好きだって覚えててくれたのかな。両手で受け取って、頬に当ててからプルタブを起こす。
「っ、はぁー、温まる……」
体は相変わらず冷たいけど、なんかこう、内側が温かい気がする。ベンチに寄りかかって空を見上げると、相変わらず機嫌を直さない空が不吉な感じに蠢いてた。何となく嫌な天気だ。
「あ、もう5時か」
頭上にあった時計が5時を指し、いつか聞いたことがあるようなないような音楽が聞こえる。
気が付くと、公園にいる人が更に増えていた。普通なら、こんな時間になったら人気もなくなりそうなものなのに……
「もしかして、この公園で何かやるんですかね?」
そうユイさんに聞いてみると、「ちょっと待ってて」と言って公園の地図に駆け寄っていった。
「……この公園、毎週金曜の日暮れの時間に噴水をライトアップするみたい。今日は5時半からだって。だからかしらね?」
「噴水のライトアップか、ちょっと見てみたいな……」
「折角だし、見ていく?」
「いいんですか!?」
やった、と缶を高く突き上げて、私はココアを一気に飲み干した。
「……ねえ、ヒカリちゃん」
「はい?」
空の缶をゴミ箱に入れた所で、ベンチの傍にいるユイさんが声をかけてくる。振り返ると、座りもせずに私の事をじっと見てる。その纏う空気がさっきまでとは違うことくらい、私でもわかった。
「貴女達の目的は、この国を助ける事なのよね」
「……? はい、そうですけど……」
薄暗い空のせいか、それとも未だ乾き切らない服のせいか。私は寒気がして、つい右手で左手を掴む。
「その目的は、何があっても変わらない? とても辛いことがあったとしても、前に進み難い事が起こったとしても、変わることのない目的なの?」
「……はい、それに間違いはありません。私たちレジスタンスは、何があってもこの国の開放を目指します」
そう言い切る。正直に言えば、私たちなんかがこの大きな国を開放するのは、とても難しいし骨の折れることだと思う。それでも、絶対に、諦めない。諦めるなんてこと、私たちには出来ないんだ。
「確かに諦められないかもしれない。でも人間、諦めなくとも意思を折らなければならない時は必ず訪れるんじゃない? そんなときでも、貴女はそうやっていられるの? ねえ、どうして貴女はそんなにも強がっていられるの?」
私を試すような言葉だけど……どうして、どこか切実な響きを感じるんだろう。
「私には、守らなきゃいけないものがありますから」
「それじゃあ、もし……この国か、貴女の大切なものか。どっちかしか助けられないとしたら、貴女はどっちを選ぶ?」
……さすがだね、私の大切なものが、この国じゃないってことが見抜かれるなんて。
「わかってほしいのは、私は、本当にこの国を助けたいんですよ? その為に出来ることは全てやります、八方手を尽くしますし、手を抜くなんてことは言語道断です。命を懸けてもいいと思っていることも本当です」
泣きそうなのかなんなのか、ユイさんは私を見つめたまま口を開かない。
「その上で、私は………多分、私の大切なものを選びます。今の私があるのは、この何より大切な、私の命より大切な人達のおかげですから。
だから、大切なものを犠牲にしなければこの国を救えないというのなら……どちらかしか助けられないというなら……」
深呼吸が、私を落ち着かせる。私の言いたい言葉を、伝えたいことを、はっきりと言えるように。
「……私は、この国を犠牲にしてでも、大切な人たちを救いたいと思います」
それを聞いたユイさんは、とても悲しんだような、残念なような、泣きそうなような怒ったような……そんな、感情の読み取れない顔をしてた。
「そう。それは良かった。貴女がそう言ってくれて、私はとても嬉しい」
そう言って作った笑顔は、私にはとても嬉しそうには見えない。
ふと、背筋がゾクゾクして思わずしゃがみ込む。鳥肌が立つような、肩がピクンと跳ねるような、ゾクゾクする感じ。
「どうしたの?」
いつもの優しい雰囲気に戻ったユイさんが、困惑した表情を浮かべてるのが見える。違う、これ、この感じは寒いからじゃない。
「大丈夫、風邪でも引い……」
「こっちにこないで!!」
こちらに駆け寄ろうとしてくれたユイさんを止めて、私は立ち上がって辺りを見回す。
ユイさんじゃない。この感じは敵意とか恨み、そんなのが籠った暗い、殺意。
まさか敵、軍隊!? そんな、私の姿と正体を知ってる軍人なんていやしないのに。作戦行動中は必ずバンダナしてる、わかりっこない。だけどこれは確かに殺意だ。私に、殴りつけるような殺意を向けてきてる。
突然、5時半を告げる音楽が鳴り響いて、噴水が勢いを増して鮮やかなグラデーションでその身を飾る。でもそんなのに気を取られる暇はない、早くこの敵を……
「……噴水が気になるの?」
ユイさんの言葉が聞こえる、けど、それに反応してる余裕はない。私が見てるのは噴水じゃない。その向こう。
円の外側から、中央に向かって段階的に大きくなっていく噴水の、その向こう。
私の目には、遥か遠くから、煌めく殺意がこちらを射貫くのが見えたんだ。でもこの違和感は……
「…………違う?」
違う、違う、私じゃない。こっちを向いてるけど、私じゃない。
じゃあ、あの殺意は……まさか!
「ユイさん!!」
私は息をするのも忘れて、ユイさんに向かって走り出し、手を伸ばした。驚いたユイさんが薄手のコートの下に手を伸ばすのが見える。その直後に……銃声も。
付き飛ばされて倒れつつあるユイさんが、目を大きく見開いてる。その手前、空中を漂う真っ赤な血。花壇に隠れるように倒れこむ。這うように近づいてくるユイさん。千切れた洋服。じんわりと、そして急に襲い掛かる激痛。
ゆっくりと自分の左腕を見下ろす。そこでこの痛みの正体に気付く。私の左の二の腕には、小指一本分ほどの穴が開いていた。