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オペレーション:トリプルダブル ~友達~



「今すぐヒカリから離れなさい! 早く!」


 ヒカリの真上で、寝転がった彼女にユイが右手を差し伸べていた。だがその手は先程まで、兵士のSCARを握っていた。狙撃兵の注意を逸らし、ヒカリの射撃を助けたのは、ユイだった。



「その通りにしたいのだけど、でもその前に私は銃を下ろしてもらいたいな。折角、慣れない銃なんて撃ってまで、みんなを助けようとしたのに……」


 緊張を孕むミズキとは対照的に、ユイは宙に浮いたままの右手を所在無げに腰に当て、悲しそうにヒカリとミズキを見て一歩下がる。そんな仕草を見ても、ミズキはP220をユイに向けたままだった。



「慣れない銃? 少なくとも私よりはよほど堂に入った姿勢だったけれど。銃は下ろせない。貴女は何者? 一般人は軍人を組み伏せられることも、ましてや離れたビルの狙撃兵に撃ち返すなんて芸当も出来ない」


「ほんとよね。こっちに銃を向けてるのが見えたから思わず手に持って撃っちゃったけど、まさかあんな近くに当たるなんてね。しかもその隙にやっつけちゃうなんて、流石はヒカリちゃん」


「あれが偶然だとでも?」


「みんながみんな、ヒカリちゃんみたいに銃が上手いわけじゃないでしょ?」


「ミズキ、この人は私の知り合いだよ、安心して」


 駄目よ、と冷たく言い放ち、ミズキはハンマーを倒してすぐにでも撃てる準備を整えた。



「何故こんなところにいるの? ここら一帯は人払いが終わってる、たまたまなんて言い訳は聞かない」


「って言っても、ほんとにたまたまとしか言い様がないのだけど……

 近くをツーリングしていたら、突然銃声が聞こえたの。それで遠くから様子を見たら、ヒカリちゃんが屋上から兵士を狙撃してるのが見えて驚いちゃって。そしたら、このビルに別の兵士が来たのが見えたから助けようと思ったの。それが、私がここにいる理由よ」


 これで信用してくれたかな? と窺うような視線をミズキに向けた。


「ヒカリが銃を撃っているところを見ておいて、兵士から助けようと思った? 随分と勇壮なのね」


「ミズキ……」


「ヒカリ、あなたもいい加減、友達だからと無制限の信頼を置かないで。銃声が響く地点に近づく人間は普通じゃない、信用できる人間かすらわからない」



 自分でも言い過ぎと思ったのか、ミズキがハッとした顔で一瞬だけ下を向くのがヒカリには見えた。同時にユイが唇を尖らすのも。




「私が他の人より少しだけ強いのは、物心付いた頃からお父さんに鍛えられてたから。徒手格闘や逮捕術なんかの護身術をね。それにあなただって、友達が危ない目に遭いそうだったら助けたいと思わない?」


 扉の近くに転がった兵士を見てみると、確かに逮捕術で捕縛したのだろう。荷造り紐で両腕を後ろ手に結ばれているのが見えた。


「他にも数人兵士はいたけど、その人たちも同じように床に転がってるわ」


「ふざけているの? 護身術で軍人を何人も倒せるわけがない」


 再びミズキの尋問が入る。だがユイは飄々と笑うだけだ。ヒカリが目にした表情は気のせいだったのだろうか。



「私がここに来るまでに、何人も兵士が遺体となってた。それをやったあなた達の台詞としては、随分じゃない?」


 微笑みながら首を傾げるユイに、ミズキは言葉を詰まらせる。


「それに一体何故、あなたは少し離れたところから私に銃を向けてるの? 例えば私が敵か何かだとしたら、一歩踏み出せばヒカリちゃんを人質に出来ちゃうよ? そうやって私を問い詰めるのは、私が逆上しないだろうと見積もってるから。それは心の中で、私がヒカリちゃんの知り合いだってのを勘案しちゃってるから。だけどそれは戦う人間として、甘いんじゃない?」


「この場で銃を持ってるのは私だけ。そんな私が不審者にわざわざ接近して、奪い取られる危険を晒すのは思慮が浅すぎる。それにヒカリは自分で自分を守れる力がある」


「つまりあなたは自分を守ることすらできないの? 驚いた、狙撃も、室内戦も、全てをヒカリちゃん一人に任せて、あなたは隣で一体何をしてるの?」


「っ、何とでも言えばいい、ヒカリから離れて、両手を上げなさい」


「嫌だ、って言ったら?」





「……二人とも、やめてよ。ちょっと、言い過ぎ、です」


 あのミズキが言い負かされるがままだ。だがヒカリも友達が責められているのをただ黙って見ていられるほど、日和見趣味ではない。



「……そうね、ここらへんで止めておきましょうか。ちょっと意地になっちゃってたわ」


 先程までの態度と一転し、朗らかに笑い手すりにもたれる。そうやって「ごめんね」と謝られてしまえば、ミズキは銃を下ろさないわけにはいかなかった。


「……わかった。あなたは本当にヒカリの友達なのね?」


 P220をゆっくりと下ろし、ハンマーをデコックしてから頭をひとつ掻いた。ミズキのそんな仕草は珍しい。


 それに対して勿論! と答えたユイは、「そうだよね?」とヒカリに同意を求めた。それまでの剣呑とした雰囲気を掻き消すような上目遣いを向けられて、ヒカリは強く頷いた。その頬を緩ませて。










「私達の事は、誰に聞かれても答えないで頂けると嬉しい。私もレジスタンスには伝えない。これはあなたがヒカリの友達だというのを信じるから。友人の友人を危険には遭わせたくない」


 ユイに「他言無用」と付きつけたミズキは、二人から少し離れて置いてある無線機を手に取った。連絡を取る背中は既にいつもの彼女のものに戻っていて、そんな様子にヒカリはミズキらしさをどことなく感じる。



「それにしてもショックだったな、まさかヒカリちゃんが兵士を撃ってるなんて」


 屋上の柵に腰掛けたユイは、足を浮かせながらヒカリに視線を送る。それに気が付き、ヒカリは振り返って手を後ろに組んだ。


「……私は、レジスタンスっていう組織に入ってるんです」


「この間ニュースでやってた、ライナー記念橋を落としたっていう組織でしょ?」



 ――あなたって、人殺しだったのね。正直言って私、ヒカリちゃんとはこれ以上……


 嫌な言葉が頭を駆ける。だが投げかけられた言葉は、ヒカリが予想したものとは正反対だった。


「ヒカリちゃんもそこで、こうやって戦ってるのね。でも、そんな組織に入ってて、あなたは危なくないの?」


「え、私ですか? 私は大丈夫ですよ。……まあ危なくないって言ったら嘘になりますけど」


 でも私には、仲間がいますから。と、階段室の傍でサクと通信してるミズキを振り返る。



「口下手だし、愛想が良い方じゃないかもしれないですけど、とっても真面目で、頭がいいんですよ。それにいい子で、さっきユイさんに銃を向けちゃったのも、私を守ろうとしただけなんです、きっと。

 銃なんてからきしなのに、なんとかしないとって。だからあんまり、ミズキの事は悪く思わないであげてください。元はと言えば、ユイさんに銃を撃たせてしまった私の責任ですから」


 ごめんなさい。無意識にユイとミズキの間に立ち、ぺこりとお辞儀をする。


「いくら私でも、彼女が悪い子じゃないことくらいわかるわよ。それに客観的に見たら、私の言葉が信じられないのもわかる。だからこれは二人とも悪いってことで、この話は終わり。ね?」


 屋上から垂らした髪を揺らして、綺麗にウインクをする。




「そういえば、この間聞いたあの話。やっぱりあなたの事だったのね」


 顔に疑問符を浮かばせるヒカリに「ほら、友達の女の子が大切な銃を……ってやつ」と水を向ける。


「ああ、実はそうなんです、この銃なんですよ。……嘘ついてごめんなさい、でも正直に言ったら迷惑かと思って」


 そう言ってMSRを抱きかかえるヒカリに、ユイは面白そうな、興味深そうな瞳を一瞬向けた。






「ねえヒカリちゃん、明日って空いてる?」


 明日ですか? と、再びユイの隣に腰かけたヒカリが尋ねる。


「ヒカリちゃんの話、もっと聞いてみたいな。ご飯でも一緒に行きましょ」


「えっ!?」


 驚きの声を発し、柵から落ちそうになって足をバタバタさせる。ユイの支えで落ちずに済んだヒカリは、何事かとこちらを向いたミズキに駆け寄って相談を始めた。




 少ししてからどこか納得のいかないような顔で戻ってくると、「明日は何の予定も入って無いみたいです」と伝える。


「あれ、もしかして嫌だった? それならキャンセルしてくれてもいいよ?」


「いやいやいや全然! 全然嫌じゃないんですけど、てっきりもう距離を取られるかと思ってて……銃を持って軍人を殺してるなんて、(はた)から見たら怖いじゃないですか」


「でもあなた達には、何かきちんとした目的があるんでしょう? それに今の話で嫌うんだったら、そもそもヒカリちゃんが見えた時に話を聞こうと思わないわよ。それじゃ明日、この間のベンチで待ってて!」


「はい!」


 二人の約束が固まった所を見計らい、ミズキがヒカリを呼び寄せる。屋上の端に来た二人は、手すりに腰かけて足をブラブラさせるユイに背を向けて話し始めた。




「生け捕りにした兵士の扱いで遅れてたメンバーがこっちへ向かってきている。それに私の罠にかかって負傷した兵士のために医療班も」


 その言葉と同時に無線機から、遅れて申し訳ないと謝るメンバーたちの声が届く。


「こちらラビット。私たちは二人とも無事だから大丈夫です。寧ろ、生け捕りにした兵士はこのビルで待機していてもらいましょう。連れてきてください」


「――ああ、了解だ――」


「それじゃユイさん、私は自分がやった事の後片付けがありますから……」


 振り返ってそう言ったヒカリの前には、既にユイの姿は無かった。





「あれ? もう帰っちゃった?」


「どうやら」


 屋上のどこにもユイの姿を認めることは出来なかった。「もう行っちゃったんだ」と手すりを掴んだヒカリは、俯いて溜息を一つつく。


「そんな顔しない。明日会うんでしょ?」


「……うん、そうだね。とりあえずは無事にアジトに戻ろっか」















「こちらミラージュ、これから戻るわ」


「――随分感情的にターゲットと会話するんですね。認められずにムッとしたかと思えば、ターゲットには笑顔を見せて――」


「……先に帰ってなさいと言わなかった? それとも、ガールズトークを盗み聞きすることが趣味かしら」


「――『先に戻ってても良い』とは言われましたが、『戻れ』とは言われませんでした。それに、あなたを残して自分が先に帰ったら、後が煩いんです。直属の上司なんだから、それくらい配慮してくれても良いものを――」


「上司の言うことを鵜呑みにするのでなく、言わんとしてることを汲み取ることが出来る部下が欲しいわ。上司がわざわざ『戻っても良いよ』なんて言ってきたら、『お前は帰れ』って意味でしょう?」


 理不尽ですね、と呻く声が、インターカムの向こうから聞こえる。



「――左右(とかく)、明日は休日届を出しておきます――」


「私は良い部下を持ったみたいね。ただ、折角だけどその気配りは要らないわ。レジスタンスの重要人物とプライベートで接触すると思う?」


「――それじゃ、仕事ですか。友達って言われてあんなに喜んでたのに、可哀想に――」


「友達、ね。随分と甘い話だわ。そんなことで一喜一憂出来る子供だからこそ、友達のためにこの国を変えようだなんて思えるのかもしれないけれど」


「――自分は何も、ターゲットの事だけを言ったわけじゃないですよ。貴女も嬉しそうに見えましたが――」


「あら、順当に人の心を理解できるようになってきてるわね。このままいけば、そのうち友達も出来るんじゃない?」


「――はあ。今日は帰ったら念入りに体洗ってくださいね、その硝煙臭いまま行ったら嫌われますよ――」


 そこまで言って、相手は一方的に通信を打ち切った。



















 全ての作戦を終了させたレジスタンスは、負傷兵のために公衆電話で救急車を呼んでから少し離れた場所に停めておいたトラックに向かっていた。生け捕りにした兵士は、ビルに並べて放置してある。



「サクさん。あの通信は……」


静かにサクの隣に移動したヒカリが、周りの誰にも聞こえないよう小声で話しかける。だがサクはまるでそうやって来ることをわかっていたかのように、ヒカリが言い終わる前に用件を言い当てた。


「ブロセントとの無線か? それがどうかしたか?」


「あの、一人優秀な人間がいるって……あれって」


「ああ、お前の事だ」


「っ……!」


「サガラ一家を発見し、全員無事に合流まで守り抜いたんだからな」


「……それは、ありがとうございます」


 サクからのお褒めの言葉にも、ヒカリはその険しい顔を崩さない。だがそれはサクも同じだった。傍目から見れば穏やかな青年の笑みにも見えるかもしれないが、幼馴染――すくなくともヒカリには、サクが笑っているようには到底見えなかった。


 それも、近くにメンバーが寄ってからは鳴りを潜めたが。




「そうだサクさん、明日ちょっと出かけてもいいですか?」


 どこか不穏な空気を変えるため、ヒカリは大げさに手を打ち鳴らしてみせる。


「ああ、別に構わないが……なにか用事か? っていうか、わざわざ俺に確認を取らなくても良いんだぞ」


「ヒカリ、どっか行くの?」


 ヒカリの鳴らした音に気を取られたのだろう。両手に持ったM93Rをくるくる回そうとして失敗したサナは、両足に括りつけられたホルスターに戻してヒカリの前で後ろ向きに歩き出した。



「ちょっと友達と会いたくて……」


「友達? 友達って……友達?」


 驚いたサナが同じ言葉を3度も繰り返すのを見て、ヒカリは「私にもまだ友達がいたみたいだよ」と、おどけて笑う。ミズキに目を向けるが、ミズキは頷くだけで何も答えない。



 ――ヒカリの友達って、今は殆ど……



 だがヒカリは、サナの目から見てもとても上機嫌だった。冗談とも皮肉とも取れる軽口がその証拠だ。









「……リーダー」


 コウが道の先を指差して耳打ちする。その指の先には、ガードレールに腰掛けた男……先日洋館を訪ねてきた記者、レンの姿があった。


「おお! ここで待っていた甲斐があった! やはり君たちがレジスタンスなんだろう?」


 メンバーそれぞれを舐めまわすように目を動かす。皆銃を露出して携行している、取り繕うのは不可能だった。やがて勝ち誇ったように笑みを浮かべると、サナに向かって軽くお辞儀をしてみせる。



「あんた、今度はこんなところまで付いてきて何の用よ!」


「そう邪険に扱わないでもらいたい、そんな怖い態度を取られたら訊きたいことも訊けなくなってしまうじゃないか」


 身を低くした番犬のように噛みつくサナをヒカリとコウが押さえ、レンから遠ざける。



「それじゃ、私から改めてお尋ねします。あなたは我々を待っていたのですか?」


 一歩前に出たサクのことを眉を上げて見たレンは、少しだけ居住まいを直して向き合った。



「ま、正直に言うと違います。別件でセントラルシティ近辺の町に取材をしようと通りかかったら銃撃音が聞こえてね、これはレジスタンスだな! ってことで予定を変更させてもらったんだ」


 すごい行動力だね……と、シュンの呟きが聞こえてくる。


「確かに、その行動力は敬服に値する。こうやって完全武装した集団の前に現れる、その行動力にはな」


 明らかな脅迫にも、レンは動じない。



「ああ、恐ろしい。武力を持って反対意見を淘汰、か。まるでどっかの軍隊と同じじゃないか」


「あんだと……!?」


 いきり立つメンバーを、幼馴染たちが押さえる。





「ここで会えたのも何かの縁、一つ私にインタビューさせてもらえはしませんか?」


「丁重に断らせていただきます」


 きっぱりと付きつけたサクは、レンの奥にあるトラックに乗り込もうと歩を進めたが、その歩みは再び止められた。



「『信用が無いから話せない』ではなく、『信用できないからこそ話す』方が良いのでは?」


 どこか歪な笑みを浮かべ、サクの目を射抜く。



「……なるほど、我々を脅し返しますか」



「とんでもない、私があなた達を脅せる筈もない! ……ただ、何の情報もない中では、我々も推測で記事を書かなくてはいけなくなる。そうなると、誰がどのような不利益を被ることになるか見当もつかないですからね……」


 ヒカリ達の後方で、サナのそれとは違う、低い舌打ちが聞こえる。ヒカリが舌打ちをしたメンバーを目で牽制すると、その男はレッグホルスターに伸ばした右手を戻したが、ヒカリにもレンへの憤りについて共感できる部分はあった。



「私が聞きたいのは極々簡単なものですよ。即ち、『あなたたちは何が目的』で、『何をしようとしている』のか。その二点です」


 シュンがサクの顔を窺う。言うべきか? 言うとしてどこまで言う? 言わないとして何を言わない? そんな無言の会話をこなす二人。それだけ慎重になるのも当然だった。何せついさっき、他国の人間と繋がってデリケートな話をしていたのだから。


 やがて大きく頷いたサクは、深く息を吐いてレンを見据える。




「……わかりました、お答えしましょう。我々の目的はこの国を……いえ、この国の人々を救うことです。それで、『何をしようとしているか』ですか。答えは簡単、戦争です。先程この町の無線局で、他国とコンタクトを取りました」


 ミズキが慌ててサクの服の裾を引っ張るが、大丈夫だよ、とサクは口を動かす。その目は諦めて取らざるを得ない選択肢を取ったわけではなく、自らの意思で伝えることを選んだようだった。




「……私は、いや、この国の軍人を除いた大多数は、レジスタンスやAGMOZに代表される反政府組織を『虐げられる国民を救うため立ち上がった』組織だと認識していた。

 だが君達が本当に外国の軍隊を呼び寄せようとしたなら、それはA級戦争犯罪にも値する事になるぞ。君達は本当に戦争を起こそうとしているのか?」


「ええ、そうです」


 酷く驚いた様子のレンに、先程までの慇懃な態度は見られなかった。



「そんなことをすれば、必ず多数の民間人が傷つくぞ。それだけじゃない、この国はひどい混乱に陥る。お、お前達はこの国を転覆させようとしているのか?!」


「私達はただ、この国の人々を救おうとしてるだけです。人々を虐げてるのは、10年前に軍事クーデターを企てこの国を乗っ取った軍隊。だったら、やるべきことは一つ、それだけの話です」



 サナは、レンが蛇の様な細い眼を大きく開き、信じられないという気持を体全体で表わしているのを見て、どこか面白く感じ、そして僅かに共感した。


 この鎖国状態のオージアにおいて、一反政府組織が他国と繋がり外患を誘致しようとしている。あり得ないことだし、あり得てはいけない事でもある。


 もっともそれは、少年少女と呼ばれるてもおかしくない彼らが銃を握っていることにも言えるが。



「……どこまでいっても『皆の為』か。ただし、レジスタンスの企みが水泡に帰した時、君達だけじゃない、近しい人までが首を括らされる羽目になるんだぞ? その覚悟が本当にあるというのか?」


 サクから他の人間にレンは口を開く。その様子はまるで思いとどまるよう説得するかのような様相で、とてもインタビューに相応しいものではない。


「俺達は皆、今の政府軍に生活や大事なものを奪われ続けてるんだ、これ以上失うものは無い。そこにほんの少しでも希望の光が指せば、その光に手を向けるのは当然の話だ。

 それに、この子たちが戦ってんのに俺達だけ日和見できるわけねえだろ」


 メンバー達の中から、代表した一人が声を上げた。口を開けて反論を探していたレンは、メンバーが「この子たち」と言って顎をしゃくる先にいたヒカリに目を向ける。



「おいおい、こないだの子もそうだが、君なんか、まだ年端もいかないような女の子じゃないか。何を生き急ぐ必要がある、今からでもこんなことをやめて軍から隠れれば、まだまだ生きていけるだろう! 軍に不満を持つのもいい、友達と遊ぶのでもいい。銃を手に取る必要はないだろう!」


 手を振り回してヒカリに力説するところを見たら、レンにも同じ年頃の娘がいるのかもしれない。コウは薬指に光る指輪を見ながらそう思った。



 だが、相手が悪かった。数十人いるレジスタンスメンバーの中でも、ヒカリは最も押し崩すことの難しい相手だろう。



「私も皆と同じですよ。今までに沢山の人やものを政府軍に奪われて、私も死に掛けて。友達なんて、もうほんの少ししかいない。だけどそれはもう、この国じゃ特別なことじゃないんです。だからこそ、私達は戦ってるんです。この国を救うために。数少ない友達を守るために、まだこの手に残ってるものを、守るために」


 一番攻め落としやすいと考えていたヒカリにまできっぱりと突き離され、レンは三行半(みくだりはん)を突きつけられたように呆然としていた。


 サナが思わず肩を揺すると、溜息をついたレンが「すまない」といってサナの手をどかす。




「わかった、君達は本気なんだな。この国を引っ掻きまわすでもなく、自分達のしたいように暴れるでなく、この国の人間の事を考えて戦っているというんだな」


 それは質問や確認と言うより、自分へ言い聞かせているようにも感じ取れた。


「だったら私も、君達に対する態度を変えなくてはいけないな」


 それから膝を叩き、「本来の仕事に戻らなくては」と笑ってレジスタンスに背を向けた。



「君達も、早く帰るといい。もうすぐ雨が降りそうだ……」




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