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オペレーション:トリプルダブル ~差し伸べられた手~



「ミズキ、リーダー達に連絡して」



 迫り来る軍の増援に7発ほど撃った頃。ヒカリ達のいるビルからおよそ1600m前方、仲間のいる金融ビルから600m離れた位置で、ヒカリの牽制弾を嫌ってか2台が進路を変更して右へ曲がっていく。狙撃班のいる背の低い雑居ビルでは住宅の向こうまで見通すことは出来ず、ヒカリは不審に思いながらも別動隊の追撃を諦めた。


「――エッジだ、ラビットどうした?――」


「ごめん、2台に視線切られた、無線局の方へ行くかもしれない。残る5台のハンヴィーは私たちでなんとか抑えてみせるから、迎撃用意お願い!」



「――わかった、連絡助かる!――」


 ヒカリは「ごめんね!」とだけミズキを介して告げると、再び狙撃を開始する。





「3両目脱落。2台は依然接近中」


 ヒカリの弾が先頭を走る車両の運転手に当たり、蜘蛛の巣のようにひび割れたフロントガラスを赤で彩る。だが、目の前の直線道路を走る残りの2台は蛇行しつつ接近していて、その距離は1kmを切ろうとしていた。



「ビルで待機していたメンバーは停止した3車両に攻撃を。残りの2台は我々が対処する」


「――わかった、戦闘を開始する!――」


 それと同時に、ビルから銃弾が車目掛けて殺到した。先程の局襲撃でわかっていたことだが、やはり彼らは自発的に引き金を引くことが出来るようになっているようだ。



「ヒカリ、あなたは走行してる車両だけに集中して」


「わかった、ありがと!」


 コウとの通信の時もそうだが、ヒカリの言葉は普段通りでも、その視線や表情は一切動かない。それほど深い集中をしているのだ。だがそこに心が籠もっていることはわかる。それくらいには、ミズキはスポッターとしてヒカリの傍にいた。だからこそ、ミズキはこれからもヒカリの傍で、スポッターとして居続ける。





「ワンダウン、左の運転手!」


 800m程に接近した車両左側の窓ガラスが割れ、銃弾が運転手を座席に縫い付ける。手綱を離された車は行き先を失し、街灯へ衝突して停止する。それを見たもう1台の後部座席から、二人の兵士がヒカリ達へ射撃を開始し始めた。


 階下の窓が割れ、手すりが火花をあげる。それでもヒカリは怖じることなく銃を構え、標的を運転手からボンネットに切り替えた。


 いくらハンヴィーが右へ左へハンドルを切っても、銃弾はボンネットに着弾し、内部の機構へ入り込んでいく。こちらの狙撃を嫌って蛇行を激しくすれば、ヒカリ達へ正確な射撃が出来るわけがない。そしてヒカリが、車の蛇行程度で狙いやすいボンネットを外すわけもなかった。息をもつかせぬ速射の度に、エンジンオイルや冷却水のケースに穴が開き、ホースやエンジンが傷つけられていく。1発だけで破壊されるほど車も脆く出来てはいないが、何発も、何十発も叩き込まれれば話は別だ。



 やがて灰色の煙を噴き出してきたハンヴィーは次第にその速度を落としていき、エンジンはエネルギーを生成することを完全に諦めた。


 最後の抵抗としてヒカリに対し車体を横向きにして、搭乗員達は車を陰にして応戦を始めたが、兵士達は瞬く間にその数を減らしていった。知らず知らずのうちにレジスタンスに挟み込まれ、反撃する余裕もないまま息絶えていく。


 そうして2人の兵士が銃を捨てて投降し、ようやく静寂が訪れた。









「皆お疲れさまでした、負傷してる人はいませんか? もしいたら、今D班が向かってもらってるので看てもらってください。他の人は、投降した兵士に目隠しと装備の奪取。ブラフの吹き込みもお願いします。

 D班は、生きてる兵士がいたら至急応急処置をしてください。分散した残りの2台の行方が分かれば、近くの公衆電話から救急車を要請してもかまいません。私達は装備を片付け次第向かいます」


 仲間に一通りの指示を出したヒカリは、無線機を持つ手を緩めて溜息を吐く。MSRのチャンバーを開放し、熱を持った銃身を冷やす。




「ヒカリ、大丈夫?」


「大丈夫だよ、ありがと。久しぶりの戦闘で、少し疲れちゃった」


 バンダナを外し欠伸をするヒカリの肩を、ミズキが優しく揉みほぐす。


「なーに、深夜テンションなの?」


 確か去年の出来事だっただろうか。ヒカリは、まだここまでレジスタンスが戦闘する事態になる前の、あの楽しかった日々での一幕を不意に思い出した。


「……約束が違う。忘れてと言ったわ、ヒカリ。忘れてと言った」


 ミズキの細い指がヒカリの肩に食い込む。


「痛いたいたい、ごめんね、ごめんなさーい!」


「はいはい」


 冗談の謝罪を軽くいなすも、指の力は再び心地良いものになった。そもそも初めから怒ってはいないのだろう。


「……ありがと」


「いいえ」







「――こちらエッジだ、さっき言ってた2台のハンヴィーだけど、全然来ねえぞ?――」


 ビルを出て無線局の屋上へ移動しようとした2人の無線機に、コウの報告が入る。疑問を浮かべた顔を見合わせてから、ヒカリは双眼鏡を、ミズキはデバイスを手に取った。


「そんな筈はない、さっき2台が大通りを外れ、脇へ入っていった。応援部隊が逃げ帰ることは考えにくい、そちらに向かってる筈」


「こちらラビット、もう一度確認したけど、やっぱり大通りには戻ってきてない」


「――そんなこと言ってもなあ、来ねえもんは来ねえし――」


 コウのぼやきを受けて、ミズキが自分のラップトップパソコンに視線を落とす。


「現在近隣のカメラを洗ってる。ちょっと待って……」


 しかし、ミズキが探し出すより、ヒカリがその居場所を特定する方が早かった。左手をミズキの前に出し、パソコンから離れさせる。




「ミズキ、今の音聞こえた? ……多分このビルに来たよ」


 音? と尋ねると、「ドアが何回か開いたり閉まったりした」という返事が返ってくる。


「ここら辺の民間人はもう避難させてある。子供が周りの目を盗んで勝手に戻ってきたってこともあるかもしれないけど……金属音が多いから多分兵士」


 そう言うと、腰に密着したP90のサムホールとスリング用の穴を通った紐を外し、初めての実戦投入となる新たな相棒を手に取った。



「ミズキは私の後ろにいて。……こちらラビット、皆聞こえる? 私のいるビルに兵士が侵入、数は大体10人くらい。手が空いた人は応援に来て下さい、無線は切ります」


 無線機とMSRをその場に置いて、二人は足音を立てずに階段を下った。その口元には既に、バンダナが巻かれている。










 階段室に入り、一歩一歩着実に階段を踏みしめる。手すりの固定されたコンクリートに寄りかかって耳を凝らしてみると、既に下層から、足音や金属の擦れ合う音などの気配が聞こえてきていた。


 もう来てる、とミズキにウィスパーボイスで耳打ちし、続けて指を3本下に向ける。それを受けたミズキが事前に3階に置いておいたカメラを起動させると、丁度画面の目の前を8人の兵士が音もなく通り過ぎる所だった。



 画面の中で突然、ドアを開けようとした兵士の足が爆ぜる。カメラと耳が同時に小さな爆発音を捉え、ミズキが仕掛けた罠が作動したことを確認した。


「取りあえず、3人は削った」


 足を負傷した兵士に肩を貸して、壁際で処置をしているところも画面の隅に確認できる。このまま待ち構え、階段の手前で迎撃する事を決めたヒカリ達は、足音を立てずに上がってくるであろう兵士達を、ただじっと待っていた。誰が発したかもわからない衣擦れの音が聞こえ、ヒカリは身を緊張で固める。



 居場所を移動した2人は、階段を出てすぐの4階の廊下で壁を背に座っていた。ミズキの隣でヒカリがP90のコッキングレバーを軽く引き、銃が発射可能であることを確かめる。


 そこへ、突然悲鳴が飛び込んだ。飛び出しかけた心臓を押さえて見ると、ミズキの画面の向こうでガーゼを押し当てられた兵士が呻いたようだった。声が聞こえたのはミズキのパソコンから。


 何事かと驚いていたヒカリが納得し、再び階段へ注意を向けたその時、何かが階段の踊り場に着地する。半ば反射的に廊下に倒れ込んだ二人は、されど飛び込んでくる閃光と高音から身を守る術は持っていなかった。




 両手で耳鳴りの激しい両耳を押さえ、近くの壁に体を押し付けることで自分の体を固定する。そのまましゃがみ込んで近くのP90に手を伸ばそうとするが、直接で無いにしても近距離で閃光を受けた瞳孔は一時的に縮小し、視界が奪われていた。


「くっ、ミズキ! 壁から離れないで!!」


 近くにいるであろうミズキに叫んで、自身も動き回ることなくじっと視界が戻るのを待つ。誰かが階段を駆ける気配を肌で感じるが、足に触れたP90を拾い上げた時、しゃがんでいたヒカリの体を振動が走った。ミズキは3階のドアと同じ古典的なワイヤートラップを階段にも仕掛けてあり、それに気が付かなかった兵士が恐らく引っかかったのだろう。


 爆発の衝撃でようやく五感を取り戻しかけたヒカリが階段に反撃の銃弾をばらまく。廊下の隅から腕とP90だけを出し、引き金を引き続ける。右腕がでたらめに跳ねるのに任せて、50発全てを撃ち尽くした。




「これは……」


 視力を取り戻したヒカリがまず目に入った光景は、トラップにかかり足を吹き飛ばされた二人の兵士だった。足の損壊もそうだが、P90の弾丸が何発も彼らの体を穿ったようだ。他の兵士の気配は踊り場の下から感じるが、またすぐにでも上がってくるだろう。


思わず口に酸っぱい液体がせり上がってくるが、意志の力でなんとかそれを押さえる。それでも、二人は手を握って階段を駆け上がり、一心にその場から逃れた。







 屋上に舞い戻った二人は、扉を開け放したまま扉の脇に隠れた。乱れた呼吸が整わない。


「……ヒカリ、大丈夫?」


「……うん、私は……ミズキは?」


「私も、だい、じょう……」


 途中で首を振ったミズキは、髪を押さえながら屋上の端に移動し、嘔吐する。気の毒だが、背中を擦ってあげることも、水を渡すことも今は出来ない。


 ヒカリは足音が階段を駆けあがってくる前に新たな弾倉を取り、一発だけ抜いてからリロードをした。




「ミズキ、来る」


 壁にもたれかかって階段室に耳を澄ましていたヒカリは、ぎゅっとP90を握って立ち上がった。



「ミズキは……ミズキは壁の裏に隠れてて。私はこっちから飛び出すから」


 コッキングレバーをゆっくりと引き、チャンバーに弾を送り出す。その顔は憔悴に満ちている。隠れるもののない屋上では、人数差のあるヒカリ達は不利だ。なんとしても階段から兵士が昇ってくるのを防がなくてはならないが、それを抑えられる武器はP90一丁と拳銃だけだ。



「ごめんな、さい……もう大丈夫だから」


 鼻を手で擦り、拳銃を両手で握る。それを見て頷いたヒカリはP90を構えると、扉の正面に銃弾を投げてから飛び出した。スライディングしつつ引き金を握りこみ、ミズキは一拍遅らせて影からしゃがんだまま上半身を覗かせた。


 そんな2人の目の前で、兵士は少女によって地面に押し付けられて取り押さえられていた。手に持っていたSCARが2人の足元に転がる。



「……なっ、なんでここに!?」



 兵士から手を離した少女は、腰ほどまで伸びた長い黒髪を揺らして微笑んだ。初めて会った時もそう、こうやってヒカリを見下ろしていた。



「久しぶりね。ヒカリちゃん」



 その右手を、差し伸べて。






「……な、なんでユイさんが、ここに……」


 驚き、目を見開く。そして彼女の足元で組み伏せられた兵士を見て、ヒカリは目の前の右手を取ろうとする。


 その全身を、悪寒が貫いた。



「っ、ミズキ伏せて!!」



 そう叫び、ヒカリ自身も掴んだ手を引いて屋上へ倒れこむ。その毛先を、音速よりも早い銃弾が撫でる。


「別働がいたか……!」


 ヒカリが敵意に敏感でなければ、確実に頭を貫く一撃だった。この事態を予測できなかったことを悔しがり、抱きしめていたユイを離して即座に置きっぱなしのMSRへ取りつく。敵意で狙撃手の位置はある程度特定できている、そこへ銃口を向け……スコープの先に、こちらを狙う敵兵が見えた。躊躇わずに引き金を引く。


 だが、スコープの先の敵兵は倒れない。そこでつい先ほどの自分を思い出す。そう、ハンヴィーへの速射によって熱を持った銃身を放熱させるため、チャンバーを解放――つまり、ボルトを引いたまま。


 ――……間に合わない?


 兵士が持っているのは狙撃銃ではなくただの自動小銃だ。だが彼我の距離は短い、200m程度なら小銃でも正確な弾丸はいくらでも叩き込める。


 一方ヒカリはボルトを戻す一手間がある。この距離でその作業差は致命的だった。ヒカリの全身を冷や汗が伝い、すぐ後ろにいるはずのミズキとユイの事を考える。


 ――ミズキなら大丈夫、応援を求めればあいつは簡単に対処できる。だけどユイさんは……



「思考はいらない、撃ちなさい」



 寝そべるヒカリの足を誰かが蹴る。その衝撃で意識を敵に向けたヒカリは、ボルトを握って押し戻す。


 MSRの引き金に触れる前に、銃声が響く。それでもヒカリの体に痛みが走ることはない。それどころか、兵士が僅かに身を屈めたことで射撃姿勢が崩れていた。



 引き金を引くだけのヒカリと、姿勢を戻して狙いをつける必要のある兵士。この距離でその作業差は、致命的なものだった。


 再び、銃声が響く。






 スコープの先で敵が倒れたのを確認し、ヒカリは止まっていた息をゆっくり吐きだす。


「ありがとミズキ、ほんとに助かった……」


「銃を捨てなさい。早く!」


 ミズキの緊張した声。何事かと思い、ヒカリは足を蹴った人間を見上げた。


「……それはちょっと、あんまりじゃない?」


 右手にSCARをぶら下げ、ヒカリの真上に立つ人影。その影は……


「大丈夫? ヒカリちゃん」


 影はミズキを一瞥し、SCARを優しく投げる。そうやって差し出された右手をヒカリは、今度は握ることが出来なかった。



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