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――私の大切なものは……

時系列が少しわかりにくい事になってしまってるかも知れませんが、生温かい目で見守ってやってくれれば助かります。



「……カリ。ヒカリ……」



……ここは、どこ? 私は……私はヒカリ、それは覚えてる。だけど私、さっきまで何をしてたんだっけ。私は一体、どうしてこんな真っ暗なところにいるの?


 それに、どこか遠くから私を呼ぶ声がする。だけどどこから名前を呼ばれてるのか分からない。誰? 誰が呼んでるの?







「ヒカリ……ヒカリ……!」



 声は段々と近付いてくる。ついには私の目の前辺りから聞こえるけど、手を伸ばしても何にも触れることができない。それに……そうだ、この声は……







「ヒカリ!」






 どこか懐かしい気持ちにさせてくれる声は私を飛び越えて、すぐ後ろから聞こえる。驚いて振り返ってみると、目の前には私の憧れの人がいた。



「な、なんで、あなたがここに……!?」


 まさかこの人がいるとは思わなくて、思わず口を手で隠す。信じられない、だって、あなたは……




 あなたは、私の……






「ヒカリ、どうした?」


 私の狼狽した姿に気付いたように、彼は私に優しい笑顔を向ける。その顔は真っ直ぐ私を見てはくれず、胸元に向いていた。




「う、ううん、なんでもないです、ごめんなさい……」



 再び、聞いたことあるような無いような声が聞こえてくる。その声の持ち主に当たりが付くと同時に、背後に小さな私が立ってることに気付いた。身長は丁度私の胸の高さくらい。その顔は酷く俯いていて、見ていて気の毒なくらいだった。そっか、傍から見たら私はこんなに……



 私の体を通り抜けて、憧れの人が「謝らなくていいんだ、大丈夫。俺達はずっと一緒にいただろう?」と小さな私の頭を撫でる。私の体を貫く腕に、無い筈の痛みを感じた。





 今でも私は、この手がとても温かかったことを覚えてる。その温もりが――サナやコウと違う手の温もりが、どれだけ私を救ってくれたんだろう。それなのに私は、ありがとうのひとつも言えないんだ。言えなかったんだ。










 気が付けば私は、あのいつもの洋館の中にいた。昔からずっと使ってた秘密基地。だけど、なんとなく昨日よりも綺麗になってる。


 それだけじゃない。サナやコウ、サクさんもいれば、昨日拠点の中で作業をしていたミズキやシュンもいたけど、皆ちっちゃい。それに他のメンバーの姿もなく、この場にいるのは私の幼馴染だけ。



 もしかしたら、9年くらい前かな? 9歳くらいのちっちゃな皆が、目の前の憧れの人――サクさんのお兄さんのシンジさん――を取り囲んで、目をキラキラさせてる。こうして見るとみんな可愛いや。




「これは、もしかして…………やだよ、走馬燈とかだったら」


 そうだ、私はさっきまで工場の破壊工作の援護をしてた。作戦は終盤まで、何事もなくとはいかないまでも順調に進んでいた。


 だけど最後に出てきた戦車。サナとコウを捕えるために出された戦車。2人を助けるために私はあいつの気を引いて、そして……



 痛む頭が、これ以上の思考を止めさせる。仕方がないから私は、今目の前の光景について考えることにした。






 私達はこの頃(9年前)からレジスタンスに入ってた。……というより、レジスタンスを立ち上げたのは私達だった。当時私達のリーダー的存在だったシンジさんが10年ほど前、軍がクーデターを起こす直前にレジスタンスの結成を提案したんだ。


 って言っても、その頃は政府軍と戦おう、なんてことを考えてたわけじゃなかった。銃を使うことになるだなんて、想像だにしてなかったんだ。シンジさんがいつも遊んでた私達を楽しませようと、何の気なしに提案しただけだったと思う。



 実際、その頃のオージアは平和だった。私達の活動は近所の人達への声かけや、迷子の親捜し、あとは火の用心とか。あ、あとは二回ほど万引きの現行犯を取り押さえたこともある。だからどっちかというと自警団のような存在だった。


 私の悩みも、体が痛いとか、友達が欲しいとか、それくらいだったし。





 今のレジスタンスとしての……武装組織としての毛色が強くなったのは、7年前に急にシンジさんが姿を消してからだった。






「この国を変えるんだ」



 そう言ってシンジさんは私たちの前から消えた。それから数ヵ月間、シンジさんが私達の前に顔を出すことは一度もなかった。


 サクさんが両親にそのことを尋ねても、はぐらかされるばかりだったらしい。その時の私には、ただシンジさんの無事を祈ることしかできなかった。






 ある日、サクさんが「兄さんが帰ってきた!」と血相を変えて私達の秘密基地に駆け込んできた。私たちより5歳年上だけど、その時だけは幼い子供の用にはしゃいでるのを覚えてる。


 だけどその様子は嬉しそうというにはどこか陰りがあって、私は素直に喜ぶことが出来なかった。


「兄さん、帰ってきてからずっと自分の部屋にいるんだよ……」


 それを聞いた私達は心配になったけど、その次の日、以前と何ら変わりの無いシンジさんが顔を出してくれて、とっても嬉しかった。





 でもそれからシンジさんは時折、何を考えているのかわからないような顔をすることがあった。大抵はその顔が出てくるのは一瞬だけで、他の皆は気付かない。でも私は、シンジさんをいつも見てたからわかった。私だけが知ってる表情。それがとても怖かった。









「そうだヒカリ、一緒に訓練しに行くか?」


 この頃の私達について思いを馳せてると、シンジさんが思いついたように小さな私の手を取った。その仕草一つ一つに、小さな私の心は左右に大きく振られる。ほら、今もその暗い顔。



 気がつけば、皆の身長が少し伸びてる。お気に入りの長袖の服を着た私を見るに、7年前かな。シンジさんが帰ってきて数週間たったころ。



「ええー、ずるい! 私も行きたい!」


「しょうがないな。皆も来るか?」


「行きたい!」



 サナ達は喜んでる。この頃まで私達の間で訓練と言えば、誰が一番ゴールまで速く辿り着けるかとかで、一位だった人にはシンジさんがお菓子をくれるから。



 だけどこの日からの訓練はそれまでと少し違った。狩りの練習で銃を使ったこともあった。最初の方はジュニア用の空気銃を持って射撃場に行ったりしたけど、私は……私だけは早いタイミングで、シンジさんが特別に自分の狙撃銃を貸してくれた。「俺達だけの秘密だぞ」って。





 そんな歪な秘密でも、私はね、私には、本当に嬉しかったんだよ、シンジさん。







 他の皆については詳しくはわからないけど……ただの一般人でしかなかった私が銃を握るようになったのは、シンジさんが7年前(・・・)に銃を使い始めたからだと思う。このタイミングこそがベストで、少しでもずれこめば、私達が闘う今はきっと来てない。



「こんな昔の記憶、今更思い出したくなんて……」



 この頃は、サナが少しだけ羨ましいと感じていた。自分の思ったことを素直に口に出せる性格が。そして嫌な事にはしっかりと嫌と言えるところが。



 きっとサナは、もじもじしてる私の事は嫌いだったと思う。自分の気持ちは口に出さないし、気を使って遊んでくれても、楽しそうに笑う事が出来なかったし。一度もそんなことを言われたり、態度に出されたことはないけど、きっと。

 


 それでも私にとって、サナはとても格好いい存在でもあった。……まあ今もなんだけど。


 私はこの頃、自分の気持ちを伝えることが出来なかった。……これも、今もだけど。


 だけど今ではサナは私の事をよく理解してくれていて、私はサナの事をとても大切に思ってる。子供扱いは嫌だけどさ。






「じゃ、行くぞヒカリ」



 シンジさんはそう言って扉を開ける。離れていくその背中に咄嗟に手を伸ばすが、シンジさんを捕まえるには遅すぎた(・・・・)。開かれた扉から強烈な光が差し込んできて、私は思わず目を庇う。


「っ、シンジ、さん……待って、待って!」


 光がシンジさんを、皆を、私自身を包み込む。


















 再び目を開けた時、私は家の中にいた。窓の外は真っ暗で、街灯の薄明りが窓を叩く雨に滲んで仄かに見える。









「ここは……ああ、私の部屋、か」



 今じゃ全てにおいてサイズの小さい家具が、これまた狭い部屋に並べられてる。ベッドの上の布団は大きく乱れ、机の棚には料理本や手芸本が差し込まれてる。




「……お父さん? お母さんも、どこ行くの?」



 私の背後、廊下の方から子供の声が聞こえてくる。部屋のドアを開けて頭を出してみると、突き当たりの玄関の近くで、大きなクマのぬいぐるみを抱えた、パジャマ姿の小さな私が立っていた。その目の前には、見るからに面倒くさそうな表情を見せている私の両親が立っている。



 軍政権になって2年くらいだから、今から8年前だ。忘れたくても忘れられない記憶として、深く刻まれているから間違いない。




「ヒカリ、待っていなさい。あんたが目覚める頃には帰ってくるからね」


 母親はグローブを外して頭を掻きながら、苛立ちを顔に出さないように笑顔を作ってる。そんな笑顔、この期に及んで何の意味も為さないのに。



「そうだよヒカリ。お父さん達は少し用事があって行かなくちゃいけないんだ。今すぐ行かないと間に合わないんだよ」


 母親よりは優しそうな父親の声。だけど()はそれを聞いて、反射的に腕を掴んだ。




「……いや、だ。いやだよ。いやだよお父さん……わた、しを、わたしを、1人にしないで! お母さんも! 夜には、黒いサンタさんがやってくるの。悪い子には、罰を当てるっていうから、だから……」



 パジャマの裾をぎゅっと握りながらクマを抱きしめてる小さな私を、見ていられなくなる。



 私は二人に嫌われてた。私の覚えている限りのプレゼントは、今も小さい私が抱き締めてる、いつ貰ったかも、何で貰ったかもわからない大きなクマのぬいぐるみだけだった。だけど嫌われてるってことも、この頃の私にはわかんなかった。





 お母さんは、わたしが大きくなった時にくろうしないように、毎日わたしにおしごとを任せるんだ。


 お父さんは、わたしがバカできちんとできないから、毎日わたしをたたくんだ。





 そうやって私は、叩かれる度に自分の悪いところを探した。理由もなく叩かれる筈が無いって、悪くないのに怒られるわけないって、そう思ってたから。






「ヒカリ、我儘(わがまま)を言わないで。お父さん達は行かなくてはいけないんだよ。我慢しなさい」


「やだ! 用じなんて、うそなんでしょ? なんでわたしをおいて行くの!?」



 そう言って小さい私は母親にしがみ付く。……もう止めて。






「ヒカリ、早く寝なさい。言うことが聞けないの?」


「やだやだ!」


 しゃがみ込んで目と耳を塞ぐ。駄目なの、私が抗っても……




「……もうやだ、やめてよ……私はこんなの、見たくない!」


 それでも、聴きたくない声が、見たくない映像が心に流れ込んでくる。



 ううん、違う。止められるはずがなかった。だってこれは、私の心から溢れてきてるんだから。









「っ、いい加減にしろっ!!」






 堪忍袋の緒を切らした母親は突然叫んで、小さい私を無理やり引き剥がす。勢いよく突き飛ばされた私は床に尻もちをついて、お気に入りの唯一の誕生日プレゼントだった、大きなクマのぬいぐるみが落ちる。



「ああもう鬱陶しい、こんなもの!!」


 母親はポケットから小さなナイフを取り出すと、ぬいぐるみを何度も何度も突き刺した。


 小さい私はひっと声をあげたきり、何も言わなかった。その代わり目は、瞬きを忘れてその光景を目に焼き付ける。



「私はっ! あんたに、お母さんなんて呼んで欲しく、ないのよっ!! あんたみたいな、鈍くさくて! 私達に、迷惑掛けて!! ああもうっ、死ねっ! 死ねっ!!」


 髪を振り乱して、クマさんに何度も何度もナイフを突き立てるその姿は、今日まで忘れたことは無い。





「もうやめて……」



 その言葉は私が言ったのか、それとも小さい私だったのか、よくわからない。“私達”は微動だにせず、ただひたすらに涙を流した。




「あんたなんかと一緒にいると! 私達まで、死ぬのよ! もうこれ以上、私に迷惑を、掛けるなっ!!」


 ぬいぐるみから綿が飛び出し、ナイフに付着して雪のように空中に舞う。ひらりひらりと、クマさんが体を美しい雪へと変えていく。



 そういえば、この時は雪の無い冬だった。ただただ体が芯から冷えて、シンクの水は苛むように冷たい。足に挟んだ指はいつまで経っても温まらなくて、穴の開いた靴下からは、フローリングへ体温が流れていく。









「もうやめなさい。これ以上うるさくすると気付かれてしまう。それにそのナイフはもしものために大事だ。こんなことで問題が発生したら目も当てられないだろう」



 父親が興奮してる母親の肩に手を掛け、優しく諭す。だけど、その言葉は娘のことを思ってではなく、自分達の為だけのものだった。きっと私の事はなんとも思ってないんだろう、一瞥すらくれないことからもそれはわかった。




 我に返った母親はナイフをしまって、深呼吸してから小さな私を睨む。




「……折角だから教えてあげる。私達はあんたを捨てて、他所に逃げるのよ。こんな息の詰まる国捨てて、高跳びしてやる。国境を越えるための仲間も集まった。

 だけどね、あんたは連れて行かない。何でかわかる? あんたみたいなのと一緒にいたら逃げられないし、逃げられてもあんたのせいで行動が制限される。全ては、あんたが餓鬼で、馬鹿なせいよ。恨むんなら、自分でも恨みな」



 小さな私はそんなことを言われても、殆どの内容は理解できない。それでも、酷く耳に残った一つの言葉だけで、自分の置かれた境遇を理解する事が出来たのは幸いだったのかもしれない。



「わたしを、すてる……? お父、さんも……? かえってこないの……?」


 今にも泣き出しそうな呼吸で、痛む右肩を押さえながら立つ。




「ああ、そうだよ。他人の為に自分の命はかけられない。それに、馬鹿で我儘ばかり言う奴と、どうして一緒に行かなきゃならない?」



 小さな私には、周りの世界が音を立てて砕けていくように思えた。いや、多分本当に砕けてた。ただ、私がずっと耳を塞いでて、気付かなかっただけなんだ。






 そもそも私は、あなたたちに我儘なんて言ってない。料理も、洗濯も、ゴミ捨ても、それ以外の何もかもを、私は文句も言わずにやってきた。ただ、ちょっとサナ達と遊んだだけ。


 だけど、だけどそれだってあなたたちは許してくれなかったじゃん。友達と遊んでたらすぐに来て、私も友達も怒鳴り散らして。私が幼馴染以外と遊ばないんじゃない。幼馴染以外が私と遊んでくれないだけ。



 ……今更こんな反抗をした所で意味が無いことくらいわかってる。8年経たないと(ろく)に言い返せない私が、弱いだけだ。








「やだ、やだ……」



 私は今まで、お母さんにもお父さんにも直接反抗したことは無かった。鈍くさいし馬鹿かもしれないけど、私はずっと言うことを聞いてきた。口を開くことも、目を合わせることもせずにただ命令を聞いた。



 例え私の世界が、大切なものがとっくの昔に砕けていたとしても。砕けた破片が私の体に無数の痣を作っていたとしても。その世界が歪んだピースだけで構成されたパズルだったとしても。ばらばらになるのを黙って受け入れることは出来ない。







 それが生まれて初めての反抗でも、私は私の世界を護らなきゃいけなかった。







「ん?」


「やだ!!」



 小さな私はそう言って父親にしがみ付く。決死の思いで、震える手で。きっと最後は許してくれると思って。



「おねがいおいて行かないで!! わがまま言わないから! 言うことききますから! おねがいします、おねがいします!」






 そんな希望は、持つだけ無駄だったのに。






「……しつこい!!」


 小さな私は父親の腕に振り解かれ、壁に頭と背中を強く打ち付ける。再び目の前に雪が舞い、暫くしてそれが、ただ目を回しただけだと気付く。



「はあ……そうやって一人で泣いてなさい。お父さん達はもう行くから。明日から伯父さんが来てくれるらしいから、良かったな」



「だから早く寝なさいって言ったのよ。あんたが早く寝てれば、こうはならなかったのに。本当、可哀想になるほどの馬鹿ね」




 そう言って、足元に転がっているぬいぐるみを蹴って寄越す。クマのぬいぐるみを抱き寄せて、顔を埋める。ぬいぐるみに沢山のシミを作っても、二人の大人は見向きもせずに雨の中家を出ていった。それが私の記憶に残る、最後の背中だった。




 家の中には、音も立てずに涙を流す、小さな私と私。膝を抱え、ぬいぐるみを抱きしめたままのちいさな私の元へゆっくりと近付くと、ぎゅっと優しく抱きしめる。記憶の中の私に触れることは出来なかったけど、それでも強く、優しく抱きしめる。









感想等、よければ宜しくお願いします。

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