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オペレーション:トリプルダブル ~暗躍する影~


「ねえヒカリ?」


「なに?」



 トリプルダブル作戦はまだ終わっていない。通信局の2階や1階で不審な動きが無いかを200m離れた屋上から警戒していたヒカリは、不意に隣のミズキに声を掛けられた。スコープから視線を切らさないまま集中を解き、隅にミズキの姿を認める。


「さっきあなた、わざと間違えたでしょ」


「……さっき? なんのこと?」


 とぼけるのが下手ね、と笑ってから、ミズキはヒカリを追及する。ピクリと頬の筋肉が痙攣した。


「作戦名のこと。大方、メンバーの緊張をほぐす目的でわざとドジを踏んだんでしょ? あなたは無線機をデバイスと間違える前に、メンバーが緊張してることを危ぶんでた」


 車の中や作戦開始前、ヒカリは仲間が気張りすぎてることを気にかけていた。ミズキに言わせればそれはヒカリも同じことだったが。



「それで、私が恥ずかしい思いをして間違えて見せたって? やだなあミズキ、私がそんなことするわけ……」


「あなたの夢に。あなたの夢に自分を含めることをしないのに?」


 MSRが、ほんの少しリュックサックに沈む。



「『友達や沢山の人が幸せになること』っていうヒカリの夢に、自分自身は含まれていない。違う?」



『強いて言うなら……友達や、沢山の人達が幸せになることかな?』



 サクラを探しに行った帰り。強盗団と接触する直前の話を思い出す。


「……やだなぁミズキ、深読みしすぎだよ! 大体、私が一つ一つの発言にそんな深い意味を込めるわけないでしょ? それより、そっちの様子は?」


 露骨な話題替えに嘆息しつつも、そこまで追及する事でもないと考え直したミズキは手元のパソコンに視線を落とす。



「軍の応援部隊は何故か来る気配がない。ただし、まだ油断はしないで」


「わかっ、た……」


 返事をするや否や鼻をスンスンと鳴らしだし、ヒカリは空を仰ぎ見る。



「……どうしたの?」


「雨の匂いがする。ミズキ、雨だよ」


 睨みつけるような、何か恐ろしいものの様子を窺うような。そんな目がミズキには印象的だった。


「……天気予報だと雨が降る予定はないけど」


「いーや、絶対雨だよ。ミズキ!」


「わかった、落ち着いて。何事もなく進めば、雨が降る前に作戦は終了する。そしたらすぐに洋館に戻ればいい。なんなら直接自宅に向かったとしても、誰も文句は言わない」


「……うん、そだね。私、傘ならほんの少しの間我慢できるけど、合羽は使えないんだよね。なんか、『雨に打たれてる』って感じが強いし。……それに、結構暑いから汗かいちゃう」


 おどけて話を打ち切ると、ヒカリは今度こそ、無線機でなくデバイスを手に取った。





「こちらラビット、そちらの状況は?」


「――こちらエッジ、たった今無線室を制圧、生け捕りの兵士が9人いる。軍の応援は?――」


「まだ来てないみたい。それより、皆急いで。雨の匂いがしだしたから」


「――お前の天気予報は、雨に関してだけは100パーだもんな。今ピース(シュン)がでかい無線機の調整をしてる、それが終わったらリーダーが交渉する手筈だ。もう少しだけ待っててくれ――」


「わかりました、手早くね……」



「――こちらアンダーマイン。もしあれだったら、先にあんたは車で待機してたら?――」


「流石にそんなことは出来ないよ。万が一誰かがビルの入り口を抑えた時、どうにか出来るのは私だけなんだから」


 それを聞いてふふふと笑ったサナは、そんなに心配しなくていいのよと笑った。


「なんで笑うのさ、私別に間違ったこと言ってないでしょ?」


「――バカにしてるわけじゃないわよ。ただ、あんたは変わらないなぁと思って――」


 それじゃ、待っててね! と言い残してデバイスが沈黙する。



「変わらないなぁって……私ってそんな同じことばっか言ってる?」


 そう尋ねられたミズキは、ただ肩を竦めるだけだった。
















「こちらジャック1、もっと応援を寄越せ!! 俺達だけじゃ手に負えない、このままじゃ食い尽くされるぞ!」



 現在レジスタンスのいる通信局の位置する町にある図書館。その入口で重装備に身を固めた兵士が無線機を掴んで怒鳴りたてている。


「――ジャック1落ち着け、敵は現在通信局に立て篭もっているのか?――」


「違う、まだ局に辿り着いてすらいない! 直前で敵の妨害にあって足止めを喰らってる!」



 レジスタンスによる襲撃は、直後に局から発せられた連絡によって知られていた。手の空いていた部隊を即座に応援に向かわせた軍は、あとは事態鎮圧の報を待つだけ。



 その筈だった。



 セントラルシティから放たれた猟犬は、しかし倒すべきを見定める前に突如横合いから殴りつけられた。応援部隊が局のある街に近づくと、突如部隊のハンヴィーが何者かの攻撃を受けて爆発、炎上したのだ。


 ハンヴィーに向かって一直線で伸びていた煙を辿ると、部隊は街中の図書館に辿り着いた。図書館は通信局から遠く離れていて、まさかこんなところで待ち伏せは食らわないだろう、という油断がそこにはあった。



 10人を選んで館内へ突入させるが、15分経っても連絡が来ない。不審に思った部隊長(ジャック1)の指示で数人を残して侵入すると、彼等の前に待っていたのは10人の死体だった。


「――ジャック1へ、10名全員の死亡を確認、繰り返す! 10人とも死んでる!!――」



 しかし、兵士が懸命に発した救難信号は、その場にいた仲間以外の誰の耳にも届くことはなかった。酷いノイズが耳に飛び込み、思わず兵士は無線機の電源を切る。


「だめだ、無線が通じない。おい! 外の仲間に伝えてきてくれ!」


 手近にいた彼の部下にそう命じると、周囲を見渡した。無数の本棚が規則正しく並べられたその図書館は、兵士達にとっては全方位に死角の散在する死地以外の何物でもない。


 油断するな、そう注意を促そうとした矢先、彼等の後方からただ1度だけ銃撃音が聞こえてきた。静寂に包まれる館内において、高く響く銃声だけが彼らの耳を貫く。



「なんだ!? ……全員固まって動け、付いてこい」


 各人が各方向を警戒しつつ、1つの集団としてまとまって行動していた。仮に足音を絨毯が吸収しても、接近してくる人間がいたとしたら気が付かない筈がない。


 少なくとも、その瞬間まではその場にいた誰もがそう考えていた。



 急接近する、ただ一人を除いて。




 影はそこにいた。足音もなく、9人の誰にも察知されることなく、後方を警戒しつつ最後尾を歩いていた男の目の前、手を伸ばせば届きそうなほど近くに。



「っ、敵がめのっ」



 頭に浮かんだ言葉が全て口から吐き出されるのを、鉛弾は待たなかった。ぶれることなく喉元へ邁進した凡そ9.6mmの銃弾は、喉仏の真下で男を貫いた。貫通した銃弾が本棚に当たり絨毯へ落下するのと、手に持ったライフルを発射する事無く一瞬で息絶えた兵士が膝をついてから後方へ倒れるのは、同時だった。


 そのまま影が左手に持ったリボルバーを前方へ3発連射すると、銃口から閃光が瞬く。それはただのマズルフラッシュとは異なり、正面にいる兵士たちの視界を奪うほどのものだった。


「なんだ、何が起きた!? なんで突然光ったんだ?!」


「知るか! いいから反撃だ、仲間に当てるなよっ」



 閃光手榴弾のそれと似通った光に目が眩んで、碌に視界を確保できない。兵士達はそれぞれ本棚に身を隠すと、視界が戻るのを待ち、声を頼りに、回避行動を取って四散した仲間と合流すべく歩を進めていた。だが、先程返事した仲間が突然黙り、再び銃声と共に何かが倒れこむ音が残響する。



「いたぞ、目の前だ!」


 兵士の目の前を、黒い影が舞い踊る。本棚の陰へ消えていった人影を慌てて追いかけると、その場には6本の空薬莢のみが床に残されていた。


「なんだ、相手はリボルバーか!? くそっ、どこまでも馬鹿にしやがって。いるなら出て来い!!」


 その言葉の返事は、やはり銃声と銃弾だけだった。





「どこに隠れてやがる。出て来いよ、卑怯者!!」


 完全に視力を取り戻した兵士は、周囲に五感の全てを張り巡らせながら本棚の一つ一つをクリアリングする。


 本棚の影に横たわる仲間を見つけるのも4人目になろうというとき、聴覚が兵士に異変を知らせる。振り向きざまに引金を引いた兵士は、本棚や本そのものに多数の銃痕を残して人差指から力を抜いた。空の弾倉を投げ捨て、乱暴に新しいマガジンをセットする。


 思わず悪態が口をつき、傍にある本を肘で反対側へ押して落としていく。そこに、この方が視界が開けるから、という論理的思考はなかった。



 気が付けば、仲間の気配がしない。いつの間にか、10人いた部隊は彼1人きりとなっていた。その彼も今、本を叩き落とすと同時に左膝を撃ち抜かれて赤い絨毯へ倒れ込む。




「あああああ!! くそっ、くそっ、ぶっ殺してやる! 出て来いよ!!」


 膝に横から侵入した弾は皿の下を通り、向かいの本棚の下部に抜けていった。血に染まった弾丸が床に転がる。



「あまり感心しないわね、貴方は本を読んだことが無いの?」


 痛みに耐えながら声の聞こえてきた方を見ると、目の前には両手に長さの異なるリボルバーを持った少女が立っていた。咄嗟に右手で握っていたSCARを持ちあげるも、ほんの少し動かしただけで右肩を貫かれる。


 最早壮絶な痛みで何も考えられない。痛みから逃れたい一心で叫んだ兵士の咆哮は、誰もいない図書館で虚しく反響した。



「それでも弱い方のだけど、私の弾は痛いでしょ? 貴方達を通すわけにはいかないの。だから、ここで死んでもらうことになるわ」


 なんでもないことのようにさらりと言い放ち、溜息をつく。


「それに貴方、もう少し本を大切に扱うべきよ。少なくとも貴方の人生の何十倍も価値のあるものなんだから。でしょ? ……ケンジさん」


 ――この野郎、ふざけたことぬかしやがって。


 精一杯の反抗で睨みつけた兵士を、少女は一瞥すらしない。左手で持った短銃身のリボルバーを操り、エジェクターロッドを押してシリンダーから青いシールの貼られた空薬莢を取り出す。


「それでも、私にいたぶる趣味はないから、すぐに終わらせてあげるわ」


 薄手のコートから弾丸を取り出した少女は、何故かリロードした短い2インチモデルでなく、右手に持った長い4インチモデルのリボルバーを兵士の脳天に向けた。




「……ま、待って、くれ……」


 痛みに震える声を上げた兵士は、突如として命乞いを始めた。ここにきて冷静に話せるのかと、少女は銃口を外し、天井へ上げる。


「俺、には、妻と子供がっ、いるんだ……だから、頼む……殺さないでくれ……娘はあんたと同じ、くらいの年なんだ……」


 ただし、心の内は全く違っていた。彼は所帯を持たず、油断した所で寝首を掻こうという浅ましい計算があった。




 だが。




「34年前、セントラルシティ、ミドルコースト生まれ。9年前に入隊し、軍での成績は下の上、上司と共に街に繰り出しては気に食わない相手にその拳を振るってきた。長い独身生活で、見えない家族まで見え始めてしまったのかしら? 

 まあ、諦めないその姿勢だけは好きよ。ただ、人生は自分の手で切り拓かなくちゃ。敵に救いを乞うようじゃ、どっちみちお終いね」


 天に向けた銃を再度男に向ける。


「なっ、ちょ、ちょっと」


 最早その言葉を聞く気もなかったのだろう。眉ひとつ動かさず、少女は引き鉄を引いた。



「ヒントはあげたわ。私が貴方の名を知っているのだから、情報が漏れていると気付けなかった貴方の負け。勝利の資格は、最期の瞬間まで諦めない者にしか与えられないのよ」



「――クサい台詞ですね――」


 左耳のインターカムから、あの不愛想な部下の声が鳴る。


「だけど、真実でもあるわ」


 踵を返し、2階の窓から道路の様子を見る。無線機にがなり立てる男が、手近にいる部下に突入命令を再度下していた。ガラス越しにその男の胴を狙い……



「本来の目的を失した時点で、私の勝ちよ」


 ……轟音と共に、男は吹き飛ばされていた。
















 無線局を完全に制圧して数十分。シュンの調整によって使用できる状態になった無線機で、サクはブロセントという国の外務担当官とつながっていた。



「――……つまり、君達がレジスタンスと呼ばれる反政府組織で、オージアを解放するために戦っていると仮定したとしよう。それで、その反政府組織が我々に接触してきた理由はお聞かせ願えるのかな?――」


「目的は二つ。無数の国民が助けを求めていることを貴方がたに伝えることと、この国を解放するためのお力添えをしてもらいたい。そちらのブロセントという国は大国なのでしょう?」


「――壁に囲まれているにも関わらず、よくご存じじゃないか。確かに我が国は、この10年で成長を遂げた。オージアに次ぐ大国に、な――」


「こちらにも1人、優秀な人間がいるので」


 巨大な無線機の設置された室内。傍にはシュンやコウ、メンバーが固唾を呑んで見守っていて、サナは外で待機している仲間にも、当然、ヒカリにも(・・・・・)聞こえるように無線機を握りしめている。


「――それでなんだ、力添え? 仮に我々が反政府組織に力を貸したという情報が万が一にも出回った場合、一国としての他国との関係や立場が危機に晒される。そんなハイリスクなことを我々がすると?――」


 相手が嘲笑いながら、そんなこともわからないのかと溜息を吐いた。



「『この国を開放する力添え』とは言いましたが、『我々に力を貸してほしい』とは申し上げておりませんよ」


 だがその言葉を聞くと、外務担当官の笑い声は鳴りを潜める。


「――……それは、どういう意味かな?――」


 笑い声は鳴りを潜めたが、こちらを馬鹿にした物言いは変わっていない。それも仕方のないことだろう、所詮はたかだか反政府組織、武装した民間人でしかない。



 その嘲笑も、続くサクの言葉で完全に消え去ったが。

 




「簡明直截に申し上げます。この国に戦争を仕掛けていただきたい」





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