オペレーション:トリプルダブル ~守護月天~
3月7日、日曜日、午前8時、晴れのち曇り。
今日は明るい良い日だった。午後は曇りという予報だが、午前は雲ひとつない快晴で、時折暖かい風が頬を撫でていた。
そんな好天の中、外にも出ず洋館のエントランスに完全武装を施した30人強の人間達が、なにか決意を固めた顔で集まっていた。
「全員、装備は整えられたか? 何重にもチェックをしろ、うっかりなんてことが絶対に無いようにだ。
再度確認する。我々はこれから、ここサウスブロックを北上した場所にある通信局を攻撃する。目的は、現在このセントラルオージアに次ぐ大国である『ブロセント』と連絡を取るためだ。そう、サガラ一家が亡命しようとしていた国だ。
局の前に着いたら事前の打ち合わせ通り行動しろ、通信局はセントラルシティに近い。迅速な行動が作戦の明暗を分かつことになる」
サクの特等席である階段の踊り場で、エントランスの仲間達の顔を見ながら手すりを掴んで声を張る。
作戦指令書を読む者。何時にも増して他愛のない会話に興ずる者。自分の武器の調子を念入りに確認する者。だがその手は、一様に固く握りしめられていた。
比較的武装の軽いメンバーが数人いるが、彼らは後方での負傷者対応に当たることになっている。その筆頭は当然アイで、事前に自分の勤務先の病院にも、万が一の際の受け入れ態勢を取ってもらっていた。
「肩の力を抜けなんて無理はことは言わないが、大丈夫だ、正義は俺達の傍にいる。この作戦を成功させれば、俺達はオージア解放の一歩を刻むことになる! さあ行くぞ!」
サクの号令に合わせて、メンバー達は恐怖を紛らわすように拳を力強く上げた。
「皆緊張してる……当然だけど。大丈夫かな……」
シュンの運転する車に乗り込んだ後、ヒカリはMSRのボルトの具合を見ながら、中に乗ってる幼馴染の誰ともなしに呟く。およそ2か月ぶりの大規模戦闘はメンバーを緊張させるのに十分で、洋館の時点で彼等は必要以上に気を張っていた。そしてそんな彼等を心配していたのはミズキも同じだった。
「クローバー作戦のように戦う意志を無くさなければいいけど」
「しょうがないよ、そうなったら私が頑張ればいいし。それに一人で戦えるようにP90も手に入れてるんだから」
「そう言うあなたは、緊張はしないの?」
「私? もちろん緊張はするよ、でも私は所詮、後方支援でしかないから。私なんかが緊張してたら、他の人は過呼吸で倒れちゃうよ」
ヒカリはM&P9とP90、MSRの3つの銃器を装備していて、各種マガジンや銃弾を含めると武器だけで15kgを越える。そしてその重さは、即ちヒカリの意志の強さに直結していた。いくら軍人でも、軽く15kgを越す装備を身に纏いながらの行軍は苦しい。狙撃手だからこそ必要な装備であり、特別な場合を除き、あまり動かない狙撃手だからこそ可能な装備量だった。
しかしミズキは、ベクトルの違う気負いをするヒカリにデコピンをみまい、リュックをひったくる。
「そうやってなんでもかんでも自分一人で背負いこもうとするからサナが怒るの。少しは他の人にも頑張ってもらいなさい」
せめてポジションに着くまでは没収よ、とリュックをヒカリから遠ざけて、手が届かないようにしてしまう。始めは取り返そうと手を伸ばしていたヒカリだが、最後は諦めて、「ミズキはいつも、優しいなぁ」と呟いた。
「でもね、駄目なんだよ、私が頑張らないと。ただでさえ、私が背負いこもうとする端から皆が取ってっちゃうもん。私が守んなくちゃいけないの」
そう言いきったヒカリは、大きく息を吐き出した。
図書館、小病院、スーパーマーケットにコンビニ。ブロックの外において中々の規模を誇る町に、その通信局はあった。軍の占有施設というだけあって、入り口には二人の軍人が立っている。ミズキの収集した情報によると、内部にもおよそ一個小隊30人ほどが駐屯しているらしい。国外と通信可能な規模にも関わらず防衛が薄いのは、有事の際は即座にサウスブロックやセントラルシティから応援が来るのだろう。
だが、その中型通信局自体はこれといった特徴が無い、縦長のビルだった。広大な駐車場の中央にビルが聳えるが、車両は十数台がビルのすぐ傍に停められている程度しかない。
噴水や自動販売機があるわけでもない。屋上に設置されたソーラーパネルと巨大なパラボラアンテナ、そして全く活用されない広大な駐車場を除けば、特に防衛設備があるわけでもない、平凡なビルだ。
そんなビルを遠目に見つつ、20人強の物騒な集団が敷地の外に集合している。辺りにいた住民は一時的に避難させられ、その場にいるのはなにも知らない局員、彼等を警備する兵士、統一された黒のバンダナを身に着ける武装集団、そして200m近く離れた雑居ビルの屋上を陣取ったスナイパーだけだった。
「――全員配置に付いたか?――」
「――A班、所定位置に着いたわ――」
「――Bも大丈夫だ――」
「Cも準備万端です」
「――D班、医療支援準備終わりました――」
ヒカリと共に援護班であるC班のミズキは、局から遠目に離れたビルの上で双眼鏡を覗き込む。隣ではヒカリがMSRをリュックサックに載せ、何度も唸ったり首を傾げたりしていた。
「どうしたの?」
「いや、なかなか決まらなくて……うーん」
MSRの構え方の問題かとも思ったが、そういう割には、MSRを動かそうとする素振りは見られない。
何が? とミズキが口を開こうかと考える頃になって、ヒカリは納得のいかないまましぶしぶと無線機を手に取った。
「こちらラビット、リーダー聞こえますか?」
「――どうした?――」
「一応決まったんですけど、しっくりこなくて……」
歯切れの悪いヒカリの言葉に、「大丈夫だから言ってみろ」と先を促す。
「Triple Doubleとかしか浮かびませんでした……すいません」
姿の見えない無線機越しのサクに、ヒカリはついつい頭を下げる。
「――オペレーション:トリプルダブルか。バスケ……いや、WWWか――」
速攻でわかっちゃうんですね、とヒカリが顔を手で覆う。
「――悪くは無いと思うぞ、そんな申し訳なさそうに話さなくてもいいさ――」
「そうやってリーダーは……あんまり納得いかないから、皆には言わないでくださいね」
しかし、ヒカリの期待した返事は即座には返ってこない。
「あれ、リーダー?」
「――ああ、聞こえてる。だけどラビット、自分の無線機見てみろ――」
え? と、顔から離した黒い無線機を見る。上部にアンテナとチューナーが付いた極普通の……
あっ! とヒカリが普段出さないような声を上げ、サクに聞こえるほどの溜息をつく。
「――ラビット、デバイスと間違えて、メンバー全員と共有している昔からの無線機を使ってるだろ――」
「――俺達全員聞こえてたぜ。いいじゃねえか、WWWで――」
リュックサックに顔を埋めたヒカリの頭を、ミズキがぽんぽんと叩く。
「……いいから皆集中してよ! ほら!!」
無線機に怒ってからヒカリは、不貞腐れたように鼻を鳴らした。
頬を膨らますヒカリを傍で見ていたミズキも、やがて溜息をついて無線機を手に取る。
「A班、潜入した?」
「――もちろん、私がいるんだから当然! もう南の局員用トイレで待機してるわ、お願い――」
A班――サナ・シュン率いる潜入班5人は、既に建物の窓から局内へ潜入していた。作戦開始の合図とともに彼らも行動を開始し、3階にある通信室を目指す手筈だ。そして作戦開始の合図は、A班の潜入により下される。
「正面右の窓にはもうAが潜入してる、注意しろ。これより、オペレーション:トリプルダブルを開始する!」
二度目の大規模作戦は、クローバー作戦とは対照的に、深く静かに始まった。
「――了解! 全員行くぞ、とにかく北側に注意を引きつけろ!――」
B班――陽動・突入班はコウを筆頭に、小型通信局へ身を屈めて接近する。それと同時に建物の陰から警棒を持って飛び出した三人の仲間が、正面を見張る軍人を脇から襲い掛かった。
「わかった、B班の合図で援護を開始します!」
ヒカリもボルトハンドルを引いて初弾を装填し、仲間を守る見えないシールドを200m先の局まで展開した。視界の先で、仲間が警備員を無力化する。
「――全隊へ、絶対に弾には当たるな。但し、仮にあたっても必ず救護のD班が助けてくれる。さあ、腹をくくれ!――」
無力化した敵を脇にどかしたのを確認し、コウがレンガを投げて局正面の自動ドアを粉砕する。するとけたたましくアラームが鳴り響き、俄に騒がしくなっていく。
「――さあ来るぞ、気張れよ……――」
やがて状況を確認すべく、2人の兵士が砕けた自動ドアを踏みしめてやってくる。だが誰も引き金を引かない。そのまま様子を見ていると、暫くして次々と増援が駆けつけた。
「――……今だ!――」
コウの命令と共に、無数の鉛玉が兵士たちを襲った。引きつけてから撃つ。全ての物事に置いて、初心は大事なものだった。
意表を衝いた初撃にも怯まず、兵士達は建物内部から何十もの牽制弾を放つ。だが広範囲に展開したレジスタンスのメンバーが、狙いも付けずに撃たれた弾にあたることはなかった。
しかし、次第に相手も統制を取り戻し、狙いの的確な銃弾がいくつも地面に着弾し始める。火花が散り、小石が彼等にぶつかる。腰を抜かしたメンバーが花壇に四つん這いで身を屈めた。どうやらこの広大な駐車場は、ただ広いだけではないようだ。
車でこの無線局に来る局員は、当然建物の近くに駐車する。攻め手は精々小さな花壇に隠れることしかできず、一方守り手は車がその身を守ってくれる。元々防衛を念頭に入れて設計されたのだろう。遮蔽物のない駐車場はとても危険だった。
軍人からしてみれば、後は砂糖に群がる蟻を、一匹ずつ潰していくだけだ。
彼らがただの武器を持った民間人だったならば。
「みんな、大丈夫。私がついてる」
局からの攻撃で地面に縫い付けられている仲間の元に、そんな通信が入った。そう、彼らはただ銃を持っているだけではない。普段から訓練を受け、射撃練習をし、そして連携を取る。
何より、彼らには守護月天がついていた。誰よりも過保護で、誰よりも強い、彼女が。
ヒカリが兵士やその銃を狙撃し始める。僅か300mの距離は彼女にとっては目と鼻の先のようなものだろう、必中の弾丸がそれを物語っていた。
抜けるような空に高々と響き渡るMSRの銃声。味方にはそれはまるで陣太鼓の音色のようで、段々とメンバーも戦意を取り戻してくる。
「俺達だって、ヒカリちゃんに守られるためにレジスタンス入ったわけじゃねえんだ! 子供だけに任せるな、今まで燻ってた大人の力、見せてやろうや!!」
メンバーの一人が、近くに居る仲間を集めて叫ぶ。それを聞いて雄叫びをあげたかと思えば、ヒカリの狙撃によって弾が飛んでこなくなった僅かな間に頭を出して反撃する。それはクローバー作戦から、大きな進歩だった。
彼等は彼らで思う所があったのか、その働きはサクやヒカリ、幼馴染達全員の想定を越える働きを見せた。ヒカリの狙撃しようとした兵士が、仲間の銃弾によって倒れていく。
「……すごい、今回は皆やる気になってるみたい……なにかあったのかな」
現に、以前のように引き鉄を引くことすらできない人間は最早おらず、皆決意を固めて銃を手に取っていた。
「士気高揚は悪くない」
例によって双眼鏡を覗き込みながら、ミズキが言葉少なく、それでも嬉しそうに呟く。
「2階、北階段を一般局員が通っている。そっちに銃口を向けないで」
「――了解!――」
仲間達が頑張ってくれていることで少しだけ気を緩めたヒカリは、階段の踊り場窓にスコープを向けて、銃を持ってない人間の姿を認めた。
「そうだね。それより、皆やる気になってるのはいいことなんだけど、その分周りが見えなくなるから、私が気を付けなきゃね」
そう言っている傍から、局の4階窓ガラスが割れて銃身が飛び出した。
「注意、建物上層部からも応戦あり! 私が対応する!」
「――狙撃班、頼んだ!――」
仲間達を見下ろす位置の窓を開けたその兵士は、全体を俯瞰できる位置から局の防衛に努めようとしていた。しかし、兵士が仲間の頭頂部に穴をあける直前、ヒカリのラプアマグナム弾が兵士の息を絶えさせる。
だが窓は至る所に設えられている。各階から次々と兵士が頭を出して、地上で戦闘してる仲間達に照準を合わせる。高さのない遮蔽物に身を隠す仲間はそれだけで見動きがとれなくなり、敵が徐々に息を吹き返していく。
「A班、今どこ!?」
「――2階南階段で戦闘中! ここさえ突破できれば3階の通信室はすぐなのに!――」
「見つかっちゃった!? 人数少ないんだから、押し切ることに固執しないで!」
ヒカリは2階に見える敵を重点的に狙う。階段には踊り場にしか窓が拵えられていなかったためサナ達の援護はほぼできないが、代わりに背後に回ろうとする部隊の足を止める。挟撃を阻止するだけでもサナ達の役には立てていた。
「――リーダー! 無線技士たちは4階に全員避難したそうです!――」
いくらブロック外にある無線局だろうと、国外と通信できるサイズの無線機が設置されている施設だ、その運用に必要な技師は最低限必ず駐在している。彼らが一か所に固まるまでの間爆発物関係を自粛していたが、初め入り口に立っていた兵士の無線機から流れる情報により、今、その封印は解かれた。
「――非戦闘員の避難を確認! 遠慮はいらん、押し返せ!――」
2階の兵士がヒカリに釘付けにされているこの隙に、コウ達が再び頭を出し始める。コウのSCARに付いたEGLMからグレネードが放たれ、自動ドアの枠組みを吹き飛ばす。そこに取り付いていた兵士が吹き飛ばされたのを最後に、1階からの応戦が無くなった。
「急いで突入して! A班まだ2階にいる、援護してあげて!」
B班が局の壁に接近し、窓から内部の様子を見ている。これ以上1階の援護ができなくなったヒカリは、北階段踊り場を敵が通らないかチェックしていた。
「ミズキ、爪噛んでるよ」
ミズキが溜息をつく音が聞こえ、ヒカリは戦況に余裕があるのを確認してから振り返った。手持ちのパソコンをじっと見つめるミズキは、爪を噛むのを止めてヒカリに口を開く。
「あなたも、左目。……私の立てた作戦が裏目に出たかもしれない。B、C班が正面で警備の気を引いてるうちにA班が潜入し、シュンが通信室で発信するつもりだったのに、いざやってみたらまるっきり。やはり、欲張らずにどちらかに戦力を集中させるべきだったかもしれない」
珍しくミズキが弱気になっている。そのことにヒカリは少しだけ驚いたが、すぐさま笑って「大丈夫だよ」という。
「まだ作戦は失敗してないし、皆生きてる。それに、完璧に想定通り事が運ぶなんてないでしょ?」
「……そうね。ここでくだらないことを考えてたら、本当に失敗する可能性が高い。ありがと」
反省は後で良い、と切り捨てたミズキは、極普通に、なんでもないことのように感謝の意を伝える。
「どういたしまして! さ、指示を!」
「B班へ、こちらカーム。作戦を変更する、あなたたちは速やかに北階段を経て2階に上がり、A班の援護を。A班は負傷者の出ないよう、少しずつ1階へ後退して敵を誘き出して。南階段にいる警備を排除したら、ピースを極力守りながら3階の通信室へ急行して。繰り返す?」
「――B班了解、南階段にいる敵を挟み込むんだな? 突入後、数人をA班に合流させる。隙を見て突っ込む、C班、援護頼むぜ!――」
「――Aも了解! あんたの馬がロバじゃないことを祈るわよ!――」
いつぞやの掛け合いを引っ張り出す所を見れば、A班も切羽詰まっているわけではないようだ。幾許かの精神的余裕を取り戻したメンバーは、勇んで虎穴へ飛び込んだ。
「皆、作戦は聞いた? ゆっくり後退しよう!」
武器を持たないシュンが、無線機を持ったまま叫ぶ。2階、階段を挟んで3階の敵と交戦していたA班――潜入班は、互いに損失を与えられず膠着状態になっていた。兵士は散発的に銃弾を返してくる程度の応戦だったが、積極的にこちらを倒そうとしてこないので身を出さない。それはレジスタンスにとって避けるべき状況だった。
「ああもうっ、イライラするわね。撤退よ撤退、一時撤退!」
わざと相手に聞こえるよう大声を張り上げ、後退する素振りを見せる。
――ほら、かかってきなさいよ……
しかし、3階を死守する兵士は一歩も前進せずに首をひっこめたまま。こちらの誘いにのる気は毛頭ないようだった。
「――B班、北側廊下制圧!――」
「――全部の部屋を確認しろ、油断するな! A班まだ大丈夫か?――」
一階下にいるコウから無線が入る。
「こちらA班、誰も負傷してないけど状況はあんまり良くないや」
皆無事だよね? と、緊張した班員達に声を掛ける。その返事は「うん」だったり、「当たり前じゃない」だったりとばらばらだが、銃を強く握りしめてることは共通していた。
「2階は今のところ制圧下にあるものの、掃討は出来てない。それに3階の敵が動かない。B班は北から3階まで上がれる? 予定を変更して、南北二つの階段から時間差で攻撃を仕掛けようと思うんだ」
一度退いたA班の真ん中で、シュンが無線機を強く握り、戦術の共有を図る。
「――了解、1階も確認が済んだ、これからいく――」
陽動のために爆発物類を所持していたA班なら、3階で待ち構えている敵の層もなんとか食い破れるだろう。それにシュンの提案した作戦をミズキが止める気配もない。それだけ戦況の膠着は厳しいものだった。
「大丈夫か?」
「リーダー? こっちに来たの?」
誰かが階段を上がってくる気配がする、と班の仲間が言った通り、下からサクの声がする。シュンの言葉通り下から上がってきたのはサクと2人の仲間だった。
「Aの方はエッジがいるさ、俺が抜けても火力は足りる」
「直接あっちの指揮を執ればいいのに」
「いや、俺よりエッジの方が皆の士気が上がるさ」
あまり戦闘に直接参加することの無いサクは、「なにもしないのに椅子にふんぞり返るのも難しいんだ」と肩を竦める。
「A班は準備完了したわ、Bもういける?」
「――B班も大丈夫だ。カウントダウンで突入、いくぞ。……5、4、3、2、1、ゴー!――」
カウントダウンと同時に、北階段で何かが炸裂した音が反響し轟音として鳴り響く。サナ達の正面で警戒していた兵士達も、敵が南でなく北からの攻撃に切り替えたと考え数人が走っていく気配を感じた。
そこへ、シュンが商人から仕入れた閃光手榴弾を投げ込む。警戒されていては簡単に対応されるものも、コウ達の攻撃に意識が向いた瞬間を衝けば、当然反応は遅れる。凄まじい音と光を発した手榴弾の傍には、目を瞑りながら両手で耳を押さえる兵士が8人。
その中を、特殊警棒を携えたサナが脛を打ってまわる。骨が折れそうなほどの勢いで強打された兵士は漏れなく全員倒れ込み、順次メンバーが銃を取り上げて拘束した。
「そっちは撃つな、サナ達に任せとけ!」
B班はグレネードを放った数秒後に、閃光手榴弾の炸裂音が鳴り響いたのを合図として3階へ踏み込んだ。コウは廊下の南側へ銃を向けた仲間達に声をかけ、正面に対し体を遮蔽物に隠す。頭を出して警戒する限りでは兵士の姿は無く、コウは背嚢に差し込まれていたショットガン、M37を取り出した。
「折角貰ったんだ、使わなきゃな」
レシーバー下部に開けられた穴からショットシェルと呼ばれる円柱形のケースを一つ入れ、ガシャコンとポンピングする。それから4発穴に入れると、手近な3人を呼び寄せて廊下の片隅へ集まった。
「練習思い出せ、ブリーチングだ! 一息入れて……いくぞ!」
コウは鍵のかかったドアの施錠部を撃ち抜くと、ドアを蹴破って仲間の為の路を作る。
「クリア! 誰もいません!」
「よし、次いくぞ!」
空になったショットシェルを排莢し、部屋を出ようとするコウの視界の端に、壁に設えられた受話器がぶら下がっているのが見えた。ぶらぶらと揺れる受話器の根元には、『本部』というラベルだけが貼ってある。
「……こちらエッジ、全員に連絡だ。とっくに応援が要請されてるらしい、いつ増援が来てもおかしくない。注意しろ!」
いくらこの無線局が防衛に秀でた立地だろうと、それは小火器同士の戦闘の場合だ。一度取り囲まれてしまえば、残されたレジスタンスは窓から覗く事すらできないだろう。或いは建物ごと吹き飛ばれるだけだ。
だが後には退けない。ここで作戦を中断すれば彼らの戦闘に意味がなくなってしまう。それは非常に危険な事だった。対外的にとっても、レジスタンスメンバーの意志にとっても。