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一件落着





「ナナちゃーん! いるー!?」


 サウスブロック、夜のレジスタンスの拠点の中、ナナミは聞こえてきたサクラの声に首を巡らせた。


「……お姉ちゃん?」


 だが、聞こえるはずがないと思い直して俯く。サクラはイーストブロックにいるはずで、だから今まで文通をしていたのだから。


「あれ、ナナちゃん寝ちゃったかな。まあもう22時だし、しょうがないか……」


 それでも聞こえ続けるサクラの声に、ナナミはおもちゃの車を置いて立ち上がると、2階の柵の間から下のロビーを見回す。



「……あっ!! サクラお姉ちゃん!」



 そこでナナミは、玄関にサクラの姿を認めると、階段を駆け下りてサクラの胸に飛び込んだ。





「ナナちゃんごめんね、お手紙の返事書くのが遅れちゃって。さっちゃん、ここにプリンターってある?」


「勿論。こっちよ、ついてきて」


 サナがカナを連れてエントランスの奥へ入っていき、ミズキとヒカリは各種装備をテーブルの上にゴトゴトと置いていく。








「おお、3人とももう帰ってきたのか。その人たちは?」


 ヒカリ達に気が付いたサクが、傍らにいるサクラの父親に目線を飛ばす。


「夕方に連絡したサクラとその父親。ナナミに会いたいというサクラの希望により、一度彼女の家に帰ってから2人を連れてきた。

 それとは別に、一つ話したいことがある」


 それからヒカリを一瞥して、ミズキとサクは2階の会議室へ上がっていった。






 一人残されたヒカリは、重たい装備で固まった体を伸ばしてから椅子に座った。昼過ぎの強盗団との遭遇で疲れていたが、ほくほく顔のナナミに声をかける。


「ナナちゃん、サクラちゃんとまた会えてうれしい?」


「うん! お姉ちゃん見つけてくれてありがとう!」


 子供らしい純粋な笑顔を見て、ヒカリの心は安らぐ。


 ――ミズキがああ言うのも無理ないなぁ……


 ミズキの夢を思い出し、今更ながらその意外さに改めて驚いた。






「おっ、もう帰ってきたか!」


 そこに両手に買い物袋を提げたコウが帰ってきて、ヒカリはコウの持つ買い物袋を分担してあげることにした。


「なになに、何買ってきたの―?」


 自分の持つ袋を広げて中を覗き見る。それは生肉やポン酢など、普段は料理などしないコウが買ってくるには似合わない品々だった。



「ヒカリのことだからきっとすぐ任務終わらせてくると思って、予め買い物しておいたんだ。ヒカリ達が泊ってた時に、おじさんに野菜貰ってさ。ヒカリに鍋作ってもらおーぜって話してたんだよ」



「しょうがないなぁ、私に任せて!」


 料理番はそう胸を叩くと、貰ったという野菜を確認するためカウンターへ向かう。







「……それで、強盗団――というより盗賊団だが、そいつらとは戦闘をせずに帰ってきたのか」


 会議室で、ミズキからここまでの顛末を聞いたサクがコーヒーの入ったカップを傾ける。普段は冷たい缶コーヒーを飲んでいるが、心変わりでもあったのだろうか。


「そう。周囲に多数いた民間人への配慮や、事前に用意周到に計画を練られていて、気付いた時には挟まれていたこと、秩序を持って組織だった行動をとれていたことから、そう判断した」



 事前に考えておいた言葉をすらすらと並べ、サクの前へ提示していく。


「今までの話を聞くと、戦闘を放棄したのはヒカリだろ? ヒカリは、そこまで深くは考えていないと思うけどな」


 サクが別の書類を読みながら、視線を外してミズキを見る。



「……っ、民間人を第一に考えるのがヒカリらしさで、余程のことでない限り、彼女は周囲の人間に危険が及ぶ判断は下さない。それに狙撃手は、常に高度な計算や瞬時の状況判断を必要とする。頭の回転が遅い人間には務まらない」



 一瞬で見抜かれることを想定していなかったミズキは言葉を詰まらせたが、すぐにそのカバーに入る。



「確かにな。だが……別に非難してるわけじゃないんだ、犯罪集団を見逃したことで謗られるとでも思ったか?」


 ふっと笑ったサクは、傷つくなぁと肩を竦める。そんなサクの様子に、自分の思い過ごしを恥ずかしく思いながら小さく謝った。


「……別にそういうわけじゃない。ただ、私も盗賊団の言ったことに少なからず正しさを感じてしまった。それだけ」



「……まあ、正直言って俺がその場にいても、ヒカリと同じ判断をしたさ。だから、そんなに気を病むな。その強盗も、悪い人間ではないと判断したんだろう?」


 コクコクと頷くミズキに、「だったらいいさ」と優しく声を掛けた。



「今度、話を聞きに行ってみようか。もしかしたら仲間に引き入れられるかもしれない」


「……たくましいわね」









 話を切り上げてエントランスへ戻った二人は、コウが帰ってきていることに気が付いた。サクが手を挙げて、コウも二人に気が付く。


「おいコウ、どうだった?」


「良い肉ゲットしたぜリーダー!」


 肉? と疑問を浮かべたミズキだったが、すぐその疑問を吹き飛ばして質問を投げかけた。


「ナナミの家族は見つけられた?」


「当然だろ! 明日引き取りに来てくれっていったら、泣いて喜んでたよ」


「随分すぐ見つけられたのね」と、少しだけ目を大きくさせる。普段表情を変化させない分、それだけでも驚きは十分に伝わった。



「それが、実はおじさんの八百屋の常連だったんだ。おじさんの野菜は上手いから、多少遠くてもチャリで買いに来ちゃうんだと。きっとナナミちゃんも、買い物に付いてったことがあったから、ここら辺に来たんだろ」


 ――これで、全部解決ね。



 肩が少しだけ軽くなったミズキは、眼鏡のレンズを拭いてほっと一息ついた。





「あれ、ヒカリ、そのダンボールどうしたの?」


 奥の部屋からサナとサクラが出てきて、野菜が大量に入ったダンボールを苦労して抱えるヒカリを発見した。


「コウが一昨日、おじさんに貰ったんだって。今日はお鍋だよ!」


「じゃ、折角だからヒカリの家で食べましょうよ! あっちにまで聞こえてたわよ、コウの仕事も終わったんでしょ?」


 ロビーで座りながら親指を立てるコウに、「よくやったじゃない」なんてねぎらいの言葉をかけている。


「しょうがないなー、でも手伝ってもらうよ?」


 私が作るんだから! と笑って見せるヒカリから、サクラの父親が箱を奪い取った。



「こんな重たいの、言ってくれれば私が運んであげるよ」


「ちょっとお父さん、ひーちゃんに色目使わないでよね!」


 娘に思ってもみないことを言われ、心外そうな顔をしながら父親は段ボールを持ちなおす。


「すいません、ありがとうございます」


「良いんだ、君は娘の恩人なんだから」


 そう言って、現像した多数の写真をナナミに見せるサクラを指差す。その笑顔は空軍基地に入り浸っている航空機マニアのものであり、同時に面倒見のいいお姉さんのものでもあったが、一度でも拳銃を抜き、敵と戦う決意をした少女のものには見えなかった。





「護身用に持ってる銃で、まさかあんなことをするとは……」


 自分の責任だ、と視線を下に向ける父親に、ヒカリは首を振った。


「目の前で不幸な目にあってる人がいて、自分の手元に武器があったら、自分が守ってあげようとしても不思議ではないですよ。だからサクラちゃんがやったことも、当然ですよ」


 怒らないであげてください、と口を添える。



「それに、私がしゃしゃり出たせいであなた達にまで目を付けられる所でした。本当にごめんなさい」


 父親はそれに答えず、短く息を吐き出す。




「……君達はもしかして、AGMOZのメンバーかい?」


「うーん、惜しいですね。私達はレジスタンスです、AGMOZみたいにメンバーは多くないんですよ」


 主にイーストブロックで活動してる非武装反政府組織の名を上げた父親に、ヒカリは自分たちの所属する組織の名を告げた。彼は既にヒカリ達の名前を知っている。その気になれば、軍に駆け込むことも出来るだろう。だがヒカリはその危険を理解していながらも、名前を隠すことも、バンダナで顔を覆うこともしなかった。



「そうか……私は君達に掛ける言葉を多くは持ち合わせていないが……死なないように、気を付けて。そうでないと、サクラが悲しんでしまう」


 そう微笑む顔に娘をひたすら大切に思う父親の姿を見たヒカリは、ただ黙って頷いた。








「そういえば、シュンはずっと何やってるの?」


 姿の見えない友人を思い、ミズキがシュンの行方をサクに訊ねる。


「シュンには、昨日一昨日聞いたサガラさんの話とUSBのデータとを照らし合わせて各種情報を整理してもらってる。例のパルチザンについてな」



「わかったことは?」


「パルチザンは、対空・防空砲としての運用を主眼に設計されたが、対地攻撃もこなせるようにはなっている。ヒカリの持ち帰った槍は、実は実験段階の品で、実物はあれの数十倍は大きい。他にも……」


 とそこで、2人は背後から忍び寄ったサナとコウに捕まった。



「そんな堅い話は、またメンバー全員が揃ってからでいいでしょ! 今日はこれから、ヒカリの家に行くわよ!」



「リーダーも、折角全部片付いたんだから行こうぜ! シュンはヒカリが呼びに行ってる、さあビルの鍵を持って!」



 “何時も通り”息ぴったりなサナとコウは、息巻いて他のメンバーをビルから連れ出した。それを追いかけるように少ししてヒカリとシュンも出てくる。


「シュン、もう用事は済んだ?」


「うん、サガラさんの話も大体はまとめられたし、大丈夫だよ」



「それじゃあ、私はここらへんで……サクラ、明日一人で帰れるよな?」


 段ボール箱をコウに手渡し、父親は両手を払う。


「勿論! お母さんにも心配しないでって言っといて!」


 サクラが安心したように頷く父親に手を振ると、ミズキやサクが頭を下げて見送る。



 振り返って離れていく背中と、手を振る少女。ヒカリは二人の背中を交互に見遣って、そして家への一歩を進んだ。




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