ガールズトーク
下書きを修正したり、加筆補足をすると、どんどん展開が遅くなる不思議な現象に襲われています。
「さて、後でお母さんにお詫びのシュークリームを買わなきゃな……君達、本当に駅までで良いのかい?」
「はい、流石にブロックまで送ってもらうのは申し訳ないですよ」
後部座席にぎゅうぎゅうと押し込められた3人の真ん中で、辛うじてヒカリが声を上げる。ごみ箱から回収したリュックサックや銃が、3人乗りシートを更に狭くしたせいだった。
痛いだのごめんだのの声がひそひそ聞こえてくる中で、運転席の後ろに座ってたミズキが口を開いた。
「……サクラが持ってたリボルバー。あれはラプターのパイロットにプレゼントされたの?」
助手席に座るサクラはヘッドレストを掴んで後ろを向くと、驚きの表情を顔いっぱいに広げて頷いて見せる。
「うん、そうだよ! よくわかったね!」
「パイロットが『忘れ形見を用意してある』って言ってたから」
「あー、そんなこと言ってたっけ。みーちゃん、凄い勘だよ!」
「みーちゃん……」
――そんな猫みたいな……
全くの無邪気で喋るサクラに、思わず閉口するミズキ。珍しいタイプの人間に困るミズキを見て、サナとヒカリは少しだけ口元を綻ばせた。
「サクラはそのリボルバー、使ったことあるの?」
サクラの拳銃を見てから3人が抱いていた疑問を、代表してサナが尋ねる。
「えーとね、何度か銃の練習場で撃ったことはあるよ。そんなに上手じゃないけど」
バッグの中から既に弾の抜かれた小型の回転式拳銃を取り出し、弾倉をくるくると左手で回したり、右手のスナップだけで戻そうとしている。
「あっ、サクラちゃん、あんまりそういうのはやらない方が良いよ。シリンダーが痛んじゃう」
「えー、ドラマとかでやってるから真似してたんだけど、ダメなの?」
「まあ確かに動きはかっこいいからね。でもそんなこと言ったら、その銃を構えても『ガチャッ!』って音しないでしょ? かっこよく見せるための演出だから、あんまり真似しない方が良いと思うな」
「はーい、わかりました」
まるで不貞腐れたように間延びした返事をして、サクラはシリンダーを左手で優しく押し込んだ。
「それにしてもサクラ、よく一人で空軍の基地なんか行こうと思ったわね。1人で怖くなかったの?」
リュックからペットボトルを取り出して唇を湿らせ、サナは素直な感嘆の言葉を吐いた。
「皆そう言うけどさ、空軍の人たちが悪いことしてるのは見たことなかったから。怖がるにも、嫌うにも、その人たちの事知らないと出来ないでしょ? だから話してみたら、意外と良い人たちばっかりだったよ、戦闘機みたいに!」
「へぇ……『好きなものに一直線!』って感じかと思ってたけど、意外としっかりしてんのね」
最後の例えはよくわからないけど。その言葉を口にしないよう、サナはもう一度ペットボトルを傾けた。
「それに、それはひーちゃん達も同じじゃない? サウスブロックからわざわざ探しに来て、しかも基地の中にまで入ってきて。びっくりだよ」
「そりゃあ、サクラと連絡がつかない原因が私たちに」
「サナ!!」
慌てたヒカリの手が伸び、サナの口を塞ぐ。サナが言おうとしていたのは確かにサクラを探しに来た理由だったが、それを言ってしまえば自分たちがレジスタンスという反政府組織に属していることまで言わなくてはならない。
3人がサクラを探しに行った理由は大きく分ければ2つあった。
1つは、連絡が取れないと泣くナナミを安心させたいから。小さな子供が道端で泣いていれば誰だって心配になるし、泣き止ませたいとも思うだろう。そんな状況でレジスタンスが――とりわけヒカリが、少女を見過ごすわけもない。
1つは、イーストブロックの警戒の程度を推し量るため。そしてそれがいつまで続くかを知るため。サクは口にこそしなかったが、そんな考えがあっただろう。それにイーストブロックで軍の活動が活発になったのは、レジスタンスの作戦行動が原因だ。元より一般人を戦闘に巻き込まないよう避難誘導までする彼らが、自分たちのせいでサクラと連絡がつかないと知ったら、出来る限りのことをしようとするのは必然だった。
「そういえば。そういえばサクラ、その銃の名前は知ってる?」
いつもの口調でミズキが質問をするが、僅かに慌てているのが伝わる。だが出会って間もないサクラは不思議そうな顔をしながらも、手元の拳銃に視線を落とした。
「名前? ……そういえば知らないや」
きっと考えたこともなかったのだろう。素っ頓狂な声でミズキを振り返る。
「その銃は通称チーフスペシャル・エアライト・スカンジウム。正式名称をM360J SAKURA」
「サクラ……」
自分と同じ名前を冠する銃を持ち上げ、より近くで見る。今まであまり有難みを感じた事はなかったが、銃への愛着が、ほんの少し増した気がした。
「軍人が、いえ軍人でなくても、正式名称さえ知らないものを他人にプレゼントを贈ることはない。数ある銃砲の中からその銃を選んだのには理由がある。『エアライト』の名の通り軽いのは大きな取り柄だけど、それだけではない理由が。
それはきっと、あなたの事を大切に思っているから」
ミズキの言葉で、サクラはふと、いつか聞いた覚えのある言葉を思い出した。
「……確かね、いつかおじさんが、この銃は桜って花が沢山咲いてる国のものだって言ってた気がする。それに私の名前はね、私が生まれるずっと前、花を見た時から決めてたらしいの。でしょ? お父さん」
運転中の父親はガールズトークに水を差さないよう口を閉ざしていたが、サクラの言葉で彼も当時の事を思い出したのだろう。僅かに細めた目は車内の誰にも見えなかったが、その心には20年以上前の情景がありありと浮かんでいた。
「……ああ、そうだよ。あの満開の桜の下で、僕はお母さんに告白したんだ。大切な思い出さ」
「えっ、ちょっとやめてよ恥ずかしい!」
頬を膨らませて怒った素振りを見せるサクラに、おどけたように謝る父親。きっといい家族なんだろう。ヒカリは沁みるように痛む心で、そんなことを思っていた。
「でもさ……みーちゃんは桜、見たことある?」
残念ながら、と答えたミズキを、サナが引き継ぐ。
「確か、20年くらい前にどっかの島国がオージアに贈ったんでしょ? 今までの数々の支援の礼だとかで」
「サナ、なんで知ってるの?」
さも珍しそうにヒカリが目を向けたので、サナは人差指でデコピンをする。
「お母さんが写真を撮ってたの。桃色の花で、すごい綺麗だった。実際に見たことは無いけどさ」
――もしかして、便箋に印刷されてた花弁って桜なのかな……
ヒカリはナナミに見せてもらった手紙に、綺麗な花弁が散っていたことを思い出した。
「20年前ってことは多分、この国は現首都であるセントラルシティしかない。当時セントラルオージアはオージア大陸の中央にしかなく、セントラルシティはその中央にあったから」
20年前には各ブロックは無かったのだから、とミズキが簡潔に話し、この国で桜が見られない理由を推察した。
「……私ね、いつか桜を見てみたいんだ。この国のじゃなくて、その島で咲き誇ってる姿を。いつか、きっと、このカメラで撮ってみたい」
まあ、海外旅行は禁止されてるんだけどさ。そう言いきってから思い出したように照れたサクラは、照れ隠しで3人にも話題を振った。
「さっちゃんは夢とかある?」
「私はちっちゃい頃から、自分の事をサナって言えるわよ」
少し分かりにくいツッコミをしてから、考えてみる。
「私は、そうね……ううん、やっぱりない。今を生きるので精一杯よ」
「まだ17、18でしょ? 今のうちに疲れちゃったら、これから先大変だよー?」
至極真っ当な意見を受け、返す言葉もない。
「じゃあ次、みーちゃん!」
続けて回ってきたことに驚いたミズキだが、それでもいつも通り冷静に、自分の心を見詰めて答えを探し求めた。
「……私は、平和になったこの国で、子供と触れ合える仕事がしたい。私に向いてないっていうのは分かってるけど」
その夢は、サクラは当然のことサナやヒカリも知らないものだった。「その話聞いてない!」と、ただでさえ狭い3人の顔が更に接近する。
「まだシュンにしか話してない。シュンは私に似合ってるって言ってくれた」
「まあ、シュンはね……」
そりゃそう言うよね、とサナがヒカリに苦笑いを向ける。
「どうして?」
ヒカリは「どうしてってそりゃ……わかんないの?」と逆に質問するサナを見て、同じことがサナとコウにも当てはまる事を教えてあげたくなった。
言わなかったが。
「最後! ひーちゃんの夢ってなにー?」
「私の夢? 夢かぁ……」
10秒ほど唸りながら考えるも、夢らしい夢は一つも出てこない。
――んー、料理家、パティシエ、薬剤師……違うな。私の夢って、多分こんなんじゃない。
「強いて言うなら……友達や、沢山の人達が幸せになることかな?」
自分でも、求められた答えとはずれていることを理解している。それでも自分の心を正直に言語化すれば、これが一番当てはまっていた。
「お祭りのときに『戦争が無くなりますように』ってお願い事するやつみたいだね!」
からかわれ、ヒカリは先程のサクラのように頬を膨らませてみせた。
「ん……? なんだ、渋滞か?」
はしゃぐ子供たちには聞こえなかったが、サクラの父親は静かに口を開いた。どんよりと曇った空の下では無数のテールライトが連なっていて、その車列は進む気配を見せない。その列に今ヒカリたちも加わり、その後ろに新たな車が連なっていく。
辺りには森や林しかない、高さ1mほどのブロックが中央分離帯の真ん中に置かれた片道二車線の公道。目立つものは等間隔に設置された街灯程度で、カーブとカーブの間に設えられた直線道路に渋滞を巻き起こすような物は何もないはずだった。
だがいつの間にか、誰も気が付かないうちに車列が伸びることはなくなり、ヒカリ達の乗る車は列の真ん中よりも後ろ寄りといったところから動くことが無くなった。
動かない景色を訝しんだ子供たちも会話を中断し、辺りを見回す。だがその目に映るのは、止まった車と木々だけだった。
「なんだなんだ、なんでこんなところで停まるんだ?」
ハンドルを体に引き寄せて前を窺う父に、窓を開けて体を外に出す娘。前方の様子を早く確認する事が出来たのは娘の方だった。
「お父さん、なんか、車が横向いてる……」
真っ直ぐに伸びた車列から、数台明らかに飛び出してると言う。先頭車両がスピンでも起こしてしまったのだろうか。
「ちょっとここで待ってなさい。多分事故渋滞だろうが……少し様子を見てくる」
そう言って父親は運転席から離れ、車の間を縫って前方へ進んでしまった。
「……2人とも。なんか、嫌な予感がする」
サクラを怖がらせないよう小声で話すヒカリは、数年前から感じるようになった悪寒がすると言い、拳銃を懐に忍ばせた。何かがあったとき、サクラだけでも守れるようにと。
「……油断はしないで」
ヒカリの呟きがまるで合図にでもなったかのように、くぐもった銃声が車内にまで飛び込んでくる。それはサクラの父親が向かった、正面から聞こえてきていた。
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