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新たな銃と迷い子と

 平和な街中にひっそりと佇む雑居ビル。カメレオンの瀟洒な門扉に、板チョコレートのようなドア。愛想を感じさせない受付と、常に笑みを浮かべる使用人の姿をした男たち。その地下に招かれたサク達は、武器商人の展示する武器装備を眺めていた。



 パタン、とすら音を立てず部屋に入ってきた白いシャツの使用人は、辺りで銃を眺める客人に脇目も振らずに商人の元へ歩み寄る。その姿を後方からサクが見ていたが、何を耳打ちしているかまでは窺い知ることが出来なかった。




 やがて、先程シュンから預かった爆薬を感熱紙と共に手渡すと、使用人は入ってきたとき同様音も立てずに部屋を出た。









「さて。全員聞いていただいても良いかな?」



 視線が、部屋の中央にいる商人に向く。全員が自分に注目したことを確認すると、満足げにゆっくりと口を開いた。




「君達は一体、これをどうやって手に入れたか。一介のグリーンカラーとしては非常に興味が惹かれることだが、無粋なことは止めておこうじゃないか。

 端的に言うと、これは現在量産が可能であろう爆薬の中で最強の威力を誇る爆薬だということが確認された。ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン、HNIW爆薬と呼ばれるね」



「ヘキサニトロア……って?」


 一回で覚えきれなかったヒカリが、シュンやサクを見る。一方のシュンはすぐにその爆薬の正体を掴んだらしく、酷く驚いた顔をして商人の手の上を見つめる。



「HNIW……それって、TNTの約2倍の威力を持つ?」




「そう、まさしくそれだよ。予めHNIWの構造図を伝えておいて、確認を急がせたんだが……よくもこんな物を手に入れたものだよ。念の為に聞くが、これを売って頂く気は無いのだろう?」



「当然だ」と一蹴したのはサク。何を馬鹿なこと聞いてるんだと言いそうなほどの態度を見せながら、一切の交渉を拒否した。




「つれないねえ。なれば、余裕を持って装備を整えるべきだと進言させていただくよ」


「それは、商売人としてか?」


「私個人としてだよ。君達の事は応援しているんだ」



「良いのか? 平和が訪れればあんた達はお役御免だ」






 乾いた笑い声を辺りに響かせ、心配は御無用だ、と言う。



「市場は世の中にごまんとある、需要もな。それに、まさか壁を破壊しただけで平和がやってくると考えているわけでもあるまい?」



 未だ誰にも伝えていないサクの心の中を、商人は手玉に取るように語った。








「壁を壊す……?」





 ミズキはサクを見る。一体何の話だ、という詰問を込めて。



「なんでもお見通しってわけか。……聞いてくれ、俺はこの国を封じ込めてる壁を、破壊したい」



 それを聞いた3人は、一様に困惑の色を浮かべた。


「サクさん、壁を破壊するって言ってもどうやって……」


「俺達はたった今、最強の爆薬を所持してることがわかっただろ?」





「壁を破壊するより、パルチザンを兵器として使用できないよう破壊工作に用いた方が、軍の戦力の低下を見込めると思うのだけど」



 ミズキからの当然の意見。それを言うのをわかっていたという風にサクは頷き、ヒカリに水を向けた。



「……だったらヒカリ、お前の率直な意見を聞かせてくれ。俺たちだけで破壊、ないし妨害工作が出来ると思うか?」



サクは既にヒカリの報告を受けていたが、あえて実際に現場を見てきたヒカリの意見を尋ねる。





「……無理じゃないですかね。装甲車両に戦闘ヘリもありましたし、逆に土木作業員なんかの一般人もいました。それにあの周辺の雪はとても柔らかいです、重装備を携えての雪中行軍は訓練が足りません。

 雪解けを待つにも、あの周辺は緯度が高くて大分時間がかかります。それまでに建設が終わる可能性もある。

 今の私たちじゃ、あのパルチザンをどうこうすることは出来ないです」



「だそうだ。俺もヒカリの見立ては正しいと思う」


 ヒカリの極めて現実的な分析を、サクはミズキへの回答とした。




「だけど、壁を壊せたとしてもそこから……」


 更にシュンの追及を受けて、サクは流石に困窮する。



「わかってるわかってる、何も今日明日の話じゃない。まだまだやるべきことが沢山ある」




 だけど、いつかは通る道だ。最後にそう付け加えて、サクは爆薬を商人から受け取った。












「そろそろいいか? 購入を検討したい場合は俺に言ってくれ」




 時計を確認したサクの所へ、ヒカリとミズキがやってくる。シュンは既に地下室の出入り口で待っていた。



「コウにこれを……」


「私、スナイパーライフルだけじゃ足手まといになっちゃうから……」



 それぞれの言い訳と共に持ってきたのは、散弾銃のM37とPDW(個人防衛火器)のP90。その様子はまるで、母親の元にお菓子を持ってくる子供のようだった。




「コウ、前から『ショットガンは男の憧れだ!』って言ってた。それにこれは、建物への侵入の際に重宝することが予想される。強度も高く、安価で、且つ汎用性に富む」


木製のストックとフォアエンドが目を惹く、古き良き散弾銃。排莢口と装弾口を共有することで強度を増し、軍用銃としての過酷な運用にも耐えてきた実績を持つ。スラムファイアという、使用者の意図で暴発させることで連射させることが可能だったが、現代になって製造されたものにはその機構は撤廃されている。今ミズキが持ってるものもそうだろう。




「……それで、ヒカリは?」


 長方形に似た形の銃を持つヒカリに向きを変え、理由を促す。



「私は前線でバリバリ戦うことがないからと思って、サブマシンガンやアサルトライフルは持ってなかったですけど、この間の空港みたいに近距離戦闘も発生する可能性があるじゃないですか。毎回皆に守ってもらうわけにはいかないから、自衛用にと思って。

 弾はファイブセブンと同じだし、比較的軽い方だから邪魔にもならないし、50発もあればスプレイ(spray)アンド(and)プレイ(pray)出来るかなーって思いまして。勿論お金は自分で払いますから!」



 ダメかな……と不安そうな笑いを顔に張り付け、戻して来ようとする背中に、サクは手を伸ばした。



「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるって? そんな使い方してたら、PDWの弾なんてすぐ切れるぞ」


 サクは部屋の隅で立っていた男に話を付けると、ヒカリに男の後についていくよう言った。









「さあ、こちらへどうぞ」



 武器庫を出たヒカリは、人好きな笑顔を浮かべた男に従って『射撃練習場』と銘打った扉を開けた。


「すごい……ただの雑居ビルかと思ってたんですけど、こんな広い射撃場まで設えてるんですね」



「そうですね……まずはこの武器の基本的なデータから説明しましょうか」



 どうすればいいかわからないヒカリは、言われるがまま「あ、はい、お願いします」と任せた。




「このP90の弾倉は、本体の上部に、銃口と平行の向きに装填します。機関部が通常のストックに当たる部分、つまり頬のすぐ近くに位置するブルパップとなっており、排莢口は機関部の真下となっております。

 また、コッキングハンドルが左右どちらにも付いているため、使用者様の利き手に関わらないアンビデクストラスとなっております。

 弾倉にはP90の為に開発された5.7mm×28弾、ライフル弾のように貫通力の優れた新型弾薬が、50発入ります。お客様自身も言ってらっしゃいましたが、この弾薬は軍の制式拳銃であるファイブセブンと共通です」



 そこで、弾倉への弾込めを実演してみせる。




「このように弾込めをしていただきます。次は……そうですね、ここからは同時にやっていただきましょうか」


「え? あ、わかりました」


 ヒカリは男の指示を聞きながら、てきぱきと作業をしていった。




「弾倉は給弾される方を、つまり、先程弾倉に弾を込めた方を手前に持って銃本体の上部に差し込んでください。そう、そうやって差し込んだら、上からトン、と叩くと入りやすいですよ。

 次にセーフティですが、この銃のセーフティレバーは引き鉄の真下にあるんです。ああはい、そのダイヤル式のものです。


 解除したら……後は、あちらの的で試射してください。弾代はお気になさらずに。ボスが、『お得意様にそのような狡い真似はせんから、ごゆるりと』と仰っておりましたので」


 右手でターゲットを示しつつ、いくつかのマガジンを置いて隅へ下がる。





 セレクターをセミに回して、備え付けられたスコープを覗き込んでターゲットを捉える。P90の独特なフォルムは、構えると自然に前傾姿勢となり、反動を抑制しやすくなる。だがその姿勢は普段狙撃銃や拳銃を使うヒカリには中々慣れにくく、20発程を明後日の方向へ送り出した。



 しかし、それから驚異的な速度で慣れていき、50発撃ちつくす頃にはフルオートでの指切りでもある程度命中させるレベルまで上がった。


 つかつかと後ろから歩いてきた男に、ヒカリは反射的に身を引く。



「おっと。驚かせてしまい、大変申し訳ありません。ただ、ここまで急速に上達した方はお客様が初めてです。きっと才能があるのか、良き指導者をお持ちなのか……若しくはその両方か、いずれにせよその銃はお客様と相性が合うのかもしれませんよ」




 一切の敵意がないその笑顔に、ほんの少し肩の力を抜いて「相性ですか?」と尋ねる。


「ええ、中にはどれだけ練習しても的に当たらない方もいらっしゃいますから。そしてそんな人は、大抵自分に合っていない銃を使っているのです。……ここだけの話、銃自体肌に合わないという方もおりますが……」



 誰にも聞かれてはいけない秘密の話をするかのように小声で話す男を、ヒカリは可笑しく感じた。


「営業がお上手ですね」


「他のお客様にもそのようにお褒め頂いております。とにかく、お客様は自分に合った商品を見つけたようです。如何なさいましょう、購入を検討しますか?」


「そうですね、戻って仲間と話し合ってみますね」



 ヒカリはぺこりと礼をすると、再び男に率いられて射撃場を後にした。









「あれ……?」



 ヒカリが小さく声を上げたのは、武器庫に戻って拳銃のコーナーを通った時だった。



「どういたしました?」


 目の前を歩く男はヒカリの声を聞いて、顔に疑問符を浮かべて振り向いた。



「あそこの壁のリボルバー、どうして一挺だけ高いんですか?」


 そう指差す先には、どれも似たり寄ったりの値段の中で、5倍ほどの値札を括りつけたリボルバーがあった。



「ああ、あちらの商品ですか。あれは商品本来の価値もありますが、需要と供給量が見合わないからですね」


 それから、男はそのリボルバーについての話を始めた。




「あの回転式拳銃は、9年前にこの国から警察という組織が無くなるその日まで現役で使われていた拳銃です。先程売って下さったSCARが高値で取引されるのと同様に、制式装備だったこの拳銃も比較的高値で取引されていたものの、需要と供給は均衡点で留まっていました」



 しかし、と話は起承転結の転に差し掛かる。



「数年前、突如この拳銃『のみ』を買い占める方が現れたのです。大量の弾薬、空薬莢と共に。我々も国外と繋がる独自のルートを持っているとはいえ、封鎖の始まったこの国において大量の取引は不可能。

 それも『警察制式装備』というプレミアム付きなら更に。以来、あちらの元制式拳銃の価値は非常に高騰したのです」



 とてもわかりやすく説明してくれた男にヒカリは再度頭を下げ、「なんだか政経の授業を受けた気分……」と独りごちた。









「すいませんサクさん、お待たせしました!」



 やっとサクの姿を発見したヒカリは、再び男に頭を下げてから「サクさん、この銃は私と相性が良いみたいなんです、それでも駄目ですか……?」と訴えた。




「あれ? ヒカリって狙撃銃以外も使えたの?」


 扉の近くで武器を眺めていたシュンが、意地の悪い声を上げる。



「なんか馬鹿にされてる気がする……ハンドガンもアサルトライフルもサナやコウほどじゃないけど、人並み以上には使えるもん」


 些か失礼な事を言うシュンにそっぽを向いて、サクに向き直った。



「……一応言っておくと、俺達はその銃の扱いを指南する事は出来ないからな。本体に加えて予備のマガジンも多めに買っておけ」


 別に俺は反対してるわけじゃないけどな、と付け加えて、サクは商人に向かって手を上げた。



「この場で購入したい、P90と弾倉を……8つほど。弾はいらん。それとM37、12ゲージの散弾、スラッグ、ビーンバッグ、ブリーチング弾の辺りをくれ」


「ふむ、良いだろう。今回も色を付けておくとしようじゃないか。それとパンツァーファウスト3だが、希望の数が手持ちに無く、今別の支部から取り寄せておる。明日の昼にでも受け取りに来て頂けると助かるよ」


「ああ、わかった」



 どうやら今回の商売契約は無事に締結したらしい。商人は男にガンケースと幾つかのアモ缶(弾薬箱)を持ってこさせると、そのまま表のサクのバイクまで運ばせた。





「さあ、帰るぞ」









 買ったP90を早速腰に吊り下げたヒカリは、弾薬や榴弾などの消耗品が多数入ったリュックを重たげに背負いながら帰路についた。


「ヒカリ、俺達がこのブロックの人に歓迎されてるからって、必要の無い時にあんまり公に武器を出すな」



「わかってます。だけどリュックにいつもより多く詰まってるから、これを入れるスペースが無いんです。今だけですよ」


 そう言って腰にぶら下がったP90の側面を叩く。





 レジスタンスという組織は、サウスブロックの住民に広く支持されていた。それは昔の自警団色の強かったレジスタンスを知っている人間が多いことと、治安の維持に一役買っていることに起因していた。


 とはいっても、レジスタンスのことを詳しく知っている人間は多いわけではない。それより、軍とのいざこざでたまに銃撃音が鳴り響くことはあれど、それを差し引いても彼等は治安を守ってくれている――それが住民の大体の総意だった。










 ビルの近くまで戻ってきた一行はふと、道端で見知らぬ子供が座り込んでいる所を目撃する。そして声を掛けようか迷って、ヒカリは足をとめた。


「ごめんシュン、ちょっとあの女の子に話聞いてきてくれない? 知らない子だから、私は銃隠したらすぐ行く」



 ヒカリとミズキは購入した武器を持っていて、サクは荷物満載のバイクを押している。一番手の空いているシュンは快諾すると、仰々しく見えないようリュックサックの類を脇に置いてゆっくりと近付いた。




「君、大丈夫? 泣いてるの?」


 腰を屈め、野良猫をあやすようにゆっくりと、優しく声を掛ける。体育座りで両膝に顔を埋めていた子は、しゃくり上げるのを止めてシュンの顔を見る。



「お兄ちゃん、誰?」



「僕はシュンだよ。歩いてたら君が泣いてたから、大丈夫かな―って思ったんだ」




 近づいてくる足音を聞いたシュンが「ほら、僕の友達も心配してるよ」とヒカリ達を示す。それを機にシュンとヒカリが交代し、ヒカリはしゃがみ込んで女の子と同じ高さになった。




「こんにちは、私はヒカリって言います。君は?」


「……ナナミ」


「ナナミちゃんか、可愛い名前だね。ナナミちゃんはどうしてこんなところで泣いてるの?」



 それを聞くと、ナナミは顔を歪ませて、思い出したようにしくしくと泣き始めた。




「あっ、ナナミちゃんごめんね、嫌なこと聞いちゃったかな? でも私達も心配なんだ、どうしたのかなー、大丈夫かなー、ってさ」


 再びゆっくりと顔を上げると、女の子はヒカリの顔をまじまじと見つめて笑った。



「そのヘアピン、可愛い……」


 サナの贈り物を指差したヒカリは、「これ? 可愛いでしょ、お姉さんが友達にプレゼントして貰ったんだよ!」と気さくに笑いかける。




「……私ね、お姉ちゃんとお手紙交換してるの。だけどね、毎日やってたのに、もうずっと前から全然お返事くれなくなっちゃったの」



 そう言って手に持った便箋をヒカリに渡す。その便箋は仄かな桃色がかっていて、全体に花弁が散っていてとても綺麗だった。中には丁寧な字がびっしりと詰まっていて、小さな写真も添えられている。




「お姉ちゃんは、いつも私と遊んでくれて、飛行機の事もいっぱい教えてくれるの」


 その言葉の通り、写真はヒカリと同い年程の少女が、飛行機の側面のように見える部分をバックにピースしている瞬間を写したものだった。


「このお姉ちゃんって、ナナミちゃんのお姉ちゃんなの?」


「ううん、お母さんの、お友達の家にいるの」



 ――……つまり、母親の友人の娘? 姉妹じゃないのか。




「ヒカリ、ちょっと写真見せて」


 後ろのミズキは写真を見ると、考え込む素振りを見せた。


「その子知ってる?」



「……ううん、だけど後ろのは……」



 口許に手を当てて考え込んだミズキは、「確証がないから何とも言えない」と結論を下した。




「それで、このお姉ちゃんからお返事が無くて心配なのか。でもさナナミちゃん、ナナミちゃんがいなくなってお母さんも心配してるんじゃないかな? 一緒におうちに帰ろ? このお姉ちゃんは僕達が探し出して見せるよ、それにお返事を考えてるだけかもしれないよ!」


 うん! と元気を取り戻したナナミは、辺りを見回してから「……ここどこ? お家どこ?」と言った。




「……サクさん、迷子の女の子を保護しました、一回連れて戻りますか?」



「……そうだな。まあこのブロック内ならいいだろう。もしかしたら悲しみに明け暮れて出鱈目に歩きまわってたのかもしれない」


「じゃ、行こっか!」と、ヒカリはナナミの手を引いて歩きだした。



















「それじゃ、お次の……アズマさん、どうぞ」




 酷く殺風景な廊下、先に入室していたニシと共に出てきた看護師がアズマの名を呼んだ。




「どうぞ、そこへ掛けてください」



 軍医がアズマを背もたれの無い回転椅子に座らせ、手元の資料に目を通す。



「えー……成程、北東部にある回廊の森の中で、作戦従事中に目の前で少女が貴方の拳銃を奪い、自殺したと」



「はい、その通りです」



 背筋を張って答えるアズマを見て、軍医が紙にさっとペンを走らせる。




「それでは、貴方はそのことを気に病んでるという自覚はありますか?」


「私が上手くやればあの少女を救えただろう、と後悔はいくらでもあります」


「ふむ……何かご自分でお気付きになられた異常は? 例えば、頭が痛いだとか、体調を崩したとか」


「いえ、全く」



「幻覚、幻聴の類も?」


「ありません」



 滑らかに応答するアズマに静かに唸りつつ、いくつかの文章を書き記す。それからアズマの経歴を上から辿っていき、ある一文に目を留める。




「貴方も15年前からの戦争に参加したのですか?」


「はい。私が軍学校を卒業後すぐ、ですから12年前に、後方支援を担当する部隊が狙われまして、そこに私も居合わせました」


「12年前……丁度18歳ですか。なるほど……ふむ、貴方はその経験によるものか、ストレスへの耐性が強いようです。ただ、数日間は休んだ方が良いでしょう」


「わかりました」



 軍医に頭を下げてから椅子を立ち、扉に手を掛ける。


「そういえば、私の前に看たニシは大丈夫でしたか?」


「大丈夫だということは、貴方が一番わかってるんじゃないかな? それより、私からも一つ聞きたいことがある」



「なんでしょう?」


「君は、15年前の戦争は吹っ切れているのかい?」




「……はい」




 僅かに言い淀んだアズマを、軍医は見逃さなかった。
























「それで、帰り道にいた迷子の友達を探そうって?」



「そう。ナナミちゃんによると、友達と5日間連絡が取れてないらしいの」



 ミズキが手土産に買ってきたM37の様子を確認しながら、コウがヒカリに聞いた。



「その友達はどこに住んでんだ?」


「イーストブロックらしいよ。元々はご近所さんらしいけど、引っ越したせいで文通だって」


「今時文通ねえ……」


 コウが、離れたテーブルに座る二人の女の子を見る。




「ナナミちゃんって言うの? 私カナ!」


 建物内を元気に走りまわるナナミとカナが、その場の空気を弛緩させた。






「最近は色々やることが多くて疲れるな……」


 サクは集まった面々にそうこぼし、周りを見回して人差し指を一本口元へ立てる。





「なんだ、君達は迷子センターの代わりも務めてるのか?」


 サガラは遊ぶナナミのことを指して揶揄した。



「迷子センターより献身的ですよ……それじゃあ、今日のやるべきことだ。まずはサガラさんに話を聞く。これは俺1人で十分対応出来る」


 サクがサガラと自分を指差し、指を一本立てる。



「次に、ナナミちゃんの母親探し。この広いサウスブロックを探すことになる、コウとシュンに頼みたい」


「お任せあれ」と気取った返事を聞き、二本目の指。



「ビラを作るなり、誰かに手を借りるなり、手段は問わない。……もしこのブロックにいないようなら捜索は打ち切りだ、俺たちを危険にさらしてまでボランティア活動は出来ない。

 そして、それから最後に、ナナミちゃんの友達の行方を探る」



 残った人間はヒカリ、サナ、ミズキ。




「ただし、現在イーストブロックは空港での一件のせいで厳戒態勢だ。その上、ここ程とは行かなくてもイーストブロックは広い。だからこそ、期限を一週間に設定する。今日から一週間以内に必ず帰ってこい、そして半日ごとに連絡をよこせ。これは命令だ、いいな」



「勿論です!」とヒカリ。


「当たり前じゃない!」とサナ。


「当然。ある程度の目安も付いてる」とミズキ。




「心強いな」



 ふっと笑って、サクは解散を命じた。






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