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武器取引




「全員、色めき立ったりするなよ。これから会う奴は何考えてるかわからないような奴だ」


 人のいない土曜日の道路。任務でもないのにリュックやガンケースを持ったヒカリは、サクの押す大量の銃器が入った箱を括りつけたバイクを、後ろからゆっくりと手で押しながら足を進める。



「この中身はどうするんですか?」


 同様に手荷物でいっぱいになっているシュンやミズキが、箱を見ながらサクに尋ねた。



「手土産だよ。員数外の物を持ってても邪魔なだけだ」


「手土産?」



 落ち着きを持たずにそわそわしてるヒカリに苦笑しつつ、「そう、手土産だ」と復唱する。




「それにしてもヒカリ、随分落ち着きがないのね。そのヘアピンがそんなに嬉しかった?」


 楽しそうに歩くヒカリの隣で、ミズキがすっかり落ち着いた口調で話しかけた。




「嬉しいよ、だってサナからのプレゼントだよ? これはもう毎日欠かさずに付けるしかないよね」


「そう、それは良かったわね」



 少しだけ微笑むミズキを見て、ヒカリは「いつものミズキだ」と笑った。



「さっき言ったとき、ミズキ寝ぼけてたでしょ。ヘアピンのことを教えたら、『大事にしなさい』って言って頭撫でてくれたの覚えてる?」


「……全く覚えてない。私、そんなこと」


「してたよ。それも笑顔で」と、バイクを挟んでサクの反対側を歩いていたシュンもヒカリに同調する。




「……その記憶は私のイメージを著しく損なう、忘れなさい」


「やーだねー。それにミズキのイメージはもう出来てるもん。しっかりしたお姉さんって感じで、だけど実は、昔から人形と一緒に寝てる可愛い女の子ってイメージが」



 眼鏡を押し上げて腕を組んだミズキは、ヒカリから顔を背けてツンとした態度を取った。



「あれ、ミズキ拗ねちゃった? ごめんごめん、馬鹿にしてたわけじゃないんだよ」


「もういい。私ヒカリ嫌い」


 ふん、とヒカリと顔を合わせようともしない。



「ヒカリ、ミズキに意地悪しすぎだぞ」


 見かねたサクがヒカリを窘め、何年振りの光景かと思いを巡らせる。



「そう言うヒカリも楽しそうに笑っちゃって。子供みたいだね」


「むー、別に良いでしょたまにくらい!」


「しょうがないね、ヒカリは僕達にしか甘えられないから」


 シュンのからかいを買って、ヒカリは口を尖らせる。


「もうその辺にしておきなさい。ヒカリ、(すこぶ)る機嫌が良いのはわかるが、やりすぎると嫌われるぞ?」


「はーい……ごめんなさい」



 それから暫くして、サクにからかわれたと気付いたヒカリは、悔しそうに呻く声を通りに響かせた。









「さあ、着いたぞ」



 4人が辿り着いた所は、何の変哲もないビルだった。入口にはカメレオンのような紋章が飾ってある門がある程度で、他には取り立てて特徴もない、民家に挟まれたビル。



「なんか門扉だけ洋館風ですけど……ここ、ですか?」


 本当に合ってますか? という意味を込めてシュンが口を開く。


「心配するな、ここだよ」



 バイクのスタンドを立てて、扉を2度大きくノックする。


 それから十数秒後、ゆっくりと開かれた扉の先には優しそうな男がいた。





「ようこそ、どうぞ中へお入りください。お荷物は……ありますね、こちらで運びましょうか?」


「ああ、頼みたい」



 どこかのホテルのボーイと見紛うその男は、他に3人を引き連れてバイクに乗った箱を囲んだ。



 サクはそれを任せて中に入り、ヒカリたちもそれに続く。





 暖房のお陰で、ビルの中はコートを疎ましく思うほどに暖かかった。中に入った4人のコートを、無表情の女性が預かってコートハンガーへ掛ける。


「サク様、それにお仲間の方も、本日はようこそいらっしゃいました。いつものお部屋で既に待っておられます」



 ヒカリ、シュン、ミズキの3人は、何事かわからずただ廊下を歩くサクに付いていく。辺りがあまりに静かなせいで、どこへ行くのか質問することすら憚られた。



 廊下の突き当たりでようやく立ち止まり、ミズキはサクの脇を人差指で突いた。


「この部屋の中に誰がいるの?」


「商人だな。商人が一番しっくりくる」



 その場を更に混乱させたサクは息を鋭く吐き出して、ドアノブを捻った。







「やはり来たか、そろそろと思い待っていたよ」


 部屋の中、深い茶色の机に腰掛けていたのは、簡単にいえば男性だった。ただ、どうにも年齢のわからない顔だった。目元は老人の様な深い皺が彫られているが、肝心の目は少年の持つ煌めきをまだ失ってはいない。




「おや、今日はお仲間もご一緒かい。可愛いお嬢さん方、聡明な紳士諸君、本日は如何様な用件かな?」


 優しく微笑む姿は、成長した孫を見守る祖父のようにも見えたが、毛髪はまだ黒々としていて若々しさを主張していた。



「そんなに見詰められては、こちらとしても緊張してしまうよ」



 商人の顔を見てじっと考え込んでいたミズキは、商人に声を掛けられてやっと視線を外した。






「用件を伝える前に、まずは何時も通りこれを」


 4人の男が運んできた箱を手で指し、更にヒカリ達が背負っていたリュックからも武器を取り出した。



「SCAR―Hが25挺に、光学照準器のドットサイトとブースターが8つ、ホロサイトが5つ。それとファイブセブン24挺。M2重機関銃が2挺に、H用のFL40グレネードが6つ。流石に全部は持ってこれないからな、頭金としてSCAR10挺だ」



 商人の前にずらずらと並べられていく多数の火器。その全てからマガジンが抜かれ、一発たりとも装填されていなかった。員数外の武器は使えないが、その銃弾まで売り払う余裕はない。




「相変わらず豪勢じゃないか。希少性は低いが、国軍の装備というのはそれだけで価値が上がるものだ。特に軍事国家の装備はな」


 商人は立ち上がると、並べられた内の一挺を手に取り、構える。その姿はなかなか堂に()っていて、ヒカリなんかはその態度を人知れず硬化させた。




「目立った歪みや傷、内部構造の損壊、銃口内の異物……全て異常なし。あとは……」


 傍に立っていた男からマガジンを受け取った商人は、銃に装填してからコッキングレバーを勢いよく引いた。


「うん、良い音だ」



 そのまま振り返ると、商人から一番遠い男の真横に照準を合わせ、躊躇い無く引金を引いた。




「ヒカリ!」



 隠していたM&P9に手を伸ばしたヒカリ。その前に手を広げ、サクは彼女を制した。


「落ち着けヒカリ、大丈夫だ、敵意はない!」


「わかってます!!」


 左手で右手をぎゅっと握りしめて、意志の力でM&P9から手を離し、ヒカリは商人に対し静かに謝った。




「おや、驚かせてしまったようだね」


 拳銃を向けられそうになったというのに、商人はまるで警戒を示していない。それどころか周囲で色めきだとうとする部下を抑えていた。



「この子が敵対する男が怖い事くらい、あんたなら調べてあるだろう?」


 正対する相手をヒカリから商人に変えたサクは、怒気を孕ませた口調でゆっくりと言葉を選ぶ。



「すまない、だが君達がどれくらい自分を統制できるか気になってな。どうやら、伊達に新聞に載っているわけではないようだ。まさか私が謝られてしまうとは思わなかったよ」


 そうやって少しも悪びれる様子の無い商人を見て、その場の全員が小さく溜息をついた。





「それにしても……狙った所に弾が飛ぶというのは素晴らしいことだ」


 マガジンを抜いた銃を足元に置くと、誰にともなく商人は口を開いた。



「それで、ご希望の品はパンツァーファウスト3で良いのかな?」


「……我々はそんなこと一言も言ってないわ」


「顧客の情報は常に集めているよ、特に御贔屓の客のはね」



 不思議そうな顔をしたミズキを見て、商人が笑う。その笑顔は得意げに自慢する子供のよう。



「話が早くて助かる。だが用は他にもある」


 サクの合図で、シュンが懐から高性能爆薬の一塊を取り出す。それを見た商人は「見せてみなさい」と爆薬を受け取り、薄暗い蛍光灯に透かすようにしてしてそれを眺めた。



「扱いには気を付けた方がいいです、少量で800mmの金庫を吹き飛ばせますから」


「ふむ、少量とな……」


 暫く考え込んでいた商人は、男に何か耳打ちしてから爆薬の検査を命じると、4人を地下に案内した。



「君達は特に大事な顧客だ、最上級のもてなしを用意しなくては……」









 地下への階段を下った先、無機質な廊下を曲がったところには、鋼鉄製の扉が待ち構えていた。暖かい一階とは裏腹に、地下は足元からせり上がってくるような冷気が充満している。




「さあ、どうぞ」


 そう言って商人が扉を引き、中から風が流れてくる。扉の向こうは薄暗く、商人が電灯を点けるまで中に何があるのか見えなかった。




 床は汚れが無くなるほど磨かれていて、真っ白な床に白色の明かりが反射し、部屋を綺麗に見せる。そんな綺麗な部屋は、床と対照的にくすんだ金属質の光を反射する武器庫だった。壁を埋め尽くす銃火器や、片隅に大量に固められた各種弾薬、榴弾、爆薬。



「ここには、今のところ我々が所持してる銃器が全種類飾ってある。性能は全て折り紙付き、どこに流れても恥ずかしくない逸品よ」



 ――こんなの見ちゃったらシュンが……


 そうヒカリがシュンに目をやると、当のシュンは既に近くの壁を穴があくほど見つめていた。


「これは……FAMASにAKシリーズ、それに……L85?」



 ゆっくりとシュン達を避けた3人は、辺りを見て回った。







「あ、このスナイパーライフル知ってる!」


 ミズキと共に部屋を歩き回っていたヒカリは、スコープが沢山煌めく一角で立ち止まった。


「えーっと、DSR-1に、RSASSに、ウルティマラティオに……WA2000だっけ」


「……ヒカリ、もしかしてシュンに毒された?」



 微妙な顔をしたミズキが、狙撃銃の名前を唱えていくヒカリを見る。


「違う違う、スナイパーライフルくらいは覚えておけって、前に言われて……」



「それなら、一挺買っていってはどうだろう?」



 商人はいつの間にか2人の背後に立っていて、わざとらしく手を揉みしだいて提案する。




「君達は基本的に、銃を使用する場面は街中が多いのだろう? ならばセミオートが良いと考えるが。例えばこのSR-25なんかは、セミオートにしては良い働きをする。他所の国でも現役で使われていて、非常に信頼性のある代物だ」



「あー、えーっと、でも私には、今使ってるのがありますから……」


 やんわりと断るヒカリに商人は食い下がり、手を変え品を変え様々な商品を勧める。ヒカリは思わず隣のミズキに助けを求めるが、ミズキはさっきの仕返しだと言わんばかりに無関心を貫いていた。


「うー……買いたい物があったら私から言います!」


 そう言い残し、ヒカリは短機関銃のコーナーへ逃げ込んだ。





「ふむ……見た目に反して意外と芯が強いようだな。どうしたものか」


 顎に手を添え、楽しそうに呟く商人。



「そうだ、君にも自衛用の銃は必要なのでは?」


 ヒカリの背中を見ていた商人は後ろのミズキにも水を向ける。



「丁度彼女の向かった先は短機関銃が揃えられたコーナーだ。小さな狙撃手と一緒に見てきたらどうだい?」



「どうも。だけど私は銃が使えないから結構です」


「これはこれは、彼女以上に取りつく島がないな」



 それでも商人は愉快そうに笑っている。それに怪訝な目を向けるミズキに気付いたのだろう。


「私が楽しそうなのが気になるかい?」


 そう問いかけて、髭を親指と人差し指でなぞっている。



「……そういうわけではない、けど」


「けど?」


「……あなたの目的が分からない。客観的に見れば、私たちはろくな戦力も持たないテロリスト。それも大々的に軍と戦っているため、万が一捕まればあなた達の情報が漏洩する可能性もある。それなのにそこまでリップサービスをする必要はないと思う」



 真面目な顔をしていた商人だが、話を聞き終えると先程までの微笑みが戻ってくる。


「やはり君は一際聡明なようだ。いやすまない、君たちは皆非常に頭が回るが、君とリーダーの彼、そしてあの狙撃手は特に思慮が深いという意味さ。或いは他人への不信感の表れなのかもしれないが」



 探るような視線を受けミズキはたじろぐ。



「まあ、そんなに敵対視しないでくれ。君たちが戦いをやめない限り、私たちは良きビジネスパートナーであり続けるだろう」


 右手を差し出されたが、ミズキには少しの間、それが握手の合図だとはわからなかった。地下に漂う冷気とは異なる悪寒を感じるが、彼が商人である限り、そして彼女らが戦う限り、この手を取って損はないだろう。



「これが悪魔との契約でないことを願うわ」




「だとしたら、是非とも魔弾を贈呈しようか」




「それならどうか、6発のリボルバーを」




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